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84.武舞と剣舞〜暁嵐side

「それにしても、あの者が入宮してからというもの、激流に流されるかのような日々ですね」

「ええ。

しかし皇貴妃のこれまでの憂いは減り、風通しも随分と良くなったのではありませんか?」

「これまでの……そう、かもしれません。

しかし被害を受けた側である、あの者の噂が芳しくないものとして回り始めてしまいました」


 凪いだ微笑みで腹黒に返事をするも、最後は申し訳なさげに小娘を見やる愛しい妻。


 小娘の入宮から約3ヶ月。

短期間に公や侯爵位の名家が断絶し、年若い女官達が奴隷堕ちとなったのは事実だ。

しかし被害を受けたのは、間違いなく小娘だった。


 朝廷の大きな派閥が1つ消え、風通しが良くなった。

その上、目障りな法律上だけの妻と妾が減ったのは僥倖だが……妻の言葉の通り、自らの良心が幾らかは痛む。


 そう、幾らかだ。


 正直、あの腹黒すらも謀りきる、得体の知れない小娘だけに、本来ならもっと痛んでも良いはずの良心が痛みきれない。

申し訳ない気持ちも……あるのだが……。


 大体、この2人は来られないと小娘には伝えていた。

にも関わらず、しれっと何かしらの取り引きをもちかけて呼びつけていた事をこちらには知らせてはいなかったのだ。


 正直、良心が目減りするのは不可抗力ではなかろうか。


「あの時の曲ですね」

「ああ」


 黙りこんでしまった妻には触れず、腹黒がこちらへと声をかける。

あの小屋で共に聴いたこの曲は、腹黒も覚えていたのだろう。


 だがそこからは俺達も言葉が続かず、何となく気まずい空気が流れる。

空には黒雲が現れ、日が陰り、更に気が滅入る感覚を覚えた。


 それはそうだ。

俺は苦楽を共にしてきたこの腹黒を、人生で初めて、はめたのだから。


__シャラシャラシャラシャラ……トン!


 銀笛の音色が止まると、侍女の手にしていた手鼓が鳴る。


 音に導かれるように小娘を見れば、銀笛を掲げ、或いは持ち替え、または回しながら、キレのある武舞を舞う。


 小娘の視線は常に井戸に向かい、まるで井戸に舞を奉納しているかのようだ。


 舞があまりに見事だからか?


 井戸の真上にある黒雲は特に分厚く見えるのに、刺すように冷たいと感じた空気は霧散していた。


 動きの拍子を取るかのような、手鼓の打音と金属音が舞を更に洗練された動きに()せ、心に高揚を与えてくる。


 いつの間にか3人が横一列になり、ただ黙して舞を見つめる状況に、この2人もそう感じているのだろうと察する。


__カン、カン、カン……。


 梆子(パンズ)の音が鳴り響く。


 小娘は手にある笛に魔力を纏わせたと思えば、宙へ放り投げた。

かと思えば、足元に置いていた剣を目前にして両膝をつき、右手を左手で包んで、恭順や尊敬の意を表す拱手(こうしゅ)の礼を取る。


__ゴッ……ドン!。


 ふと、黒雲が唸ったかと思う間もなく、宙にあった銀笛に稲妻が注ぎ、そのまま井戸に落ちた。


「「「!!!!」」」


 声にならない声を上げたのは、もちろん並び立つ俺達3人。

驚いてよろけた妻の肩を抱いて支える。


 向こうで楽器を構える青緑達も、雷柱が落ちた井戸の眼前で頭を垂れる白も微動だにしていない。


__ゴゥッ。


 雷柱が上から落ちたかと思えば、今度は下から天に向かって火柱が上がった。

自分達が息をのむのがわかる。


__ヒュン。


 それを待っていたかのように、重いはずの剣が軽快に(くう)を切り、柄を握る小娘は立ち上がる。

再び敬意を示すかのように直立して火柱に一礼する。


 剣に魔力を纏わせている?


 小娘が手にする剣と長らく過ごしているからこそわかる、僅かな刀身の揺らぎを見る。


 そして木笛は冬を、二胡は春を象徴する、帝国に昔から伝わる古曲を奏で、それに合わせて小娘の剣舞が始まった。


 初代皇帝が三国統一する以前の曲を、古曲と称している。

中でもこの季節を表す曲は、比較的新しい部類だ。


 統一する前の三国が、比較的穏やかな関係の頃、名もなき娼妓が創作して当時大流行させたと、()()手記には書かれてあった。


 人々の生活に安寧と慶びを願った四季の曲。

1つの曲として分かれた4つの季節を順に奏でても、澄んだ美しさを聴く者に与える。


 しかし季節毎に違う曲を同時に奏でると、音に深みを与え、重なる音に荘厳さを感じ、何百年も経った今もなお、人々に好まれる曲だ。

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