83.悪妃〜暁嵐side
「陛下」
背筋がゾクリとした時、背後から呼びかけられ、飛び上がりそうになる。
気合いで平静を装いつつ振り向けば、腹黒を伴って佇む最愛の妻。
「もしやあの剣……貴妃が鞘から……」
来て早々に、小娘の足元にある剣を目ざとくも見つけるとは流石だ。
……油断した。
「ユー。
気にする事はない」
妻は本当の事を知れば、間違いなく気にするだろう。
しかし下手に誤魔化しても、長年の付き合いからか、どういう訳かバレてしまう。
だから基本的には、妻に真実を話すようにしている。
「左様ですか」
静かな声で、凪いだ微笑みを向けられた。
ここのところ、ずっとこうだ。
妻の心が、どこか遠くに行ってしまったようで、焦燥感を日々煽られてしまう。
「私も丞相も、あの者から必ず来るよう言伝てが来たのです」
「ええ。
無理矢理にでも時間を作ってここに来れば、此度の件ではある程度、私達の要望を叶えるとの一言も添えて」
「……そうか」
全くの初耳だ。
小娘からは誘えと言われて誘ったが、2人からは断られていた。
丞相もさる事ながら、ユーもまた、貴妃と嬪の後始末に追われていたのだ。
この宮と、隣の春花宮の元主達の刑が確定し、ユーは2つの宮を無人にする手続きに追われていた。
2つの宮に仕えていた者達と主がどこまで犯罪に関連していたかの追求に、事実確認。
そして小娘の盗難の届けとの精査。
女官達も指示通りにさっさと盗んだ物を返却していれば、大事にならなかったというのに、愚かな事だ。
小娘の提案した指紋鑑定は、既に軍部で正式に認められた鑑定方法となっている。
これによって女官達も比較的早くに罪を認めたものの、罰を受けた後、生家に帰された。
そして帰された者達の生家は半数がフォン家の傍系であり、何かしらの関わりを持つ。
先に罰を与えられた事で、連座での打ち首は免れた。
しかし奴隷として紋を刻まれた後、強制労働の中でも、重犯罪を犯した者達が奴隷として働く場に向かう。
表向きは、強制労働だ。
しかし荒くれ者達が、年若い女奴隷をどう扱うかは分かりきった事。
いっそ生家の者達共々、斬首された方が幸せだったかもしれぬ。
そして忘れてはならぬのは、その元女官達を増長させていた根源ともなる、2人の嬪と貴妃だった者達だ。
梳巧玲は滴雫貴妃殺害未遂ではなく、貴妃付きの侍女殺害未遂であった故に、嬪の任を解き、その場で後宮追放を言い渡した。
梳家へ出戻ったところで、生家の汚職の連座となり、打ち首。
凜汐廃妃も同じく打ち首となったが、こちらは生家の連座ではない。
あの者はこの場で捕らえた後、直ぐ様尋問されたが口を割らず、結果、拷問する事となった。
そうしてやっと、後宮に入ってからの女官殺害を認めたのだ。
殺害したのは、当時の筆頭女官も含めて3人。
そして検死官が調べた限り、井戸から発見された人骨の中で、比較的新しい骨は確かに3人分だったと報告された。
他はあの者が入宮する以前に遺棄された事が、一目でわかる程古かった。
風雨に曝された場に放置され、明らかに風化していたらしい。
欠損した骨もいくつかあり、今の検死技術では正確な人数を特定するのは難しいとの事だ。
死因もまた、刺し傷があった骨以外、特定できていない。
性別は全て女性だろうとの事だ。
後宮内での出来事は、原則後宮内で沙汰を下すものの、貴妃付きの中でも直接的に世話をする者は侯家の令嬢が大半。
殺害された女官達もまた、そうであった。
朝廷に仕える大尉、燕峰雲が直々に主導し、調査した報告を元に、まずは廃妃とした。
その後、生家に戻る事を許さず、平民として市中引き回しの末に公開斬首刑とした。
しかし……その後の報告には、流石だと舌を巻いた。
下に見ていた平民達に石を投げられても、刑の執行者が目の前で大斧をチラつかせても、最期まで無実を訴え、罵詈雑言を吐いていたという。
中でも小娘への怨み言は凄まじく、先に囁かれていた性悪貴妃の噂と、罪人の鬼気迫る形相も相まったのだろう。
小娘の評判もまた、数打ち妃や性悪貴妃から、悪妃と噂が囁かれるようになったらしい。