81.解雇
「ああ、それから昨夜貴女が突き落としたのはうちの侍女の1人、雛々です」
「はーい!
落とされてしまいました!」
「ひっ、っぐぅ」
あら、待機中の雛々が古井戸の中からひょっこりと。
驚き、直ぐ様呻いたのはのは、その脇で矢を受け、捕縛されていた黒髪の貴妃です。
痛みが酷くなっているのでしょう。
あんなにも元気ハツラツと痛がっていたのに、声が出せないのが見て取れるほど、押し黙って打ち震えてらっしゃいましたものね。
いつの間にか浴びせられていた、陛下の覇気は消えています。
しかし悲鳴を上げて動いたせいで、義兄であった丞相を睨む余力も使い果たしたかのよう。
もちろん彼女の血の繋がった家族達は、継続して元養子を睨み続けておりますよ。
猿轡は外さない方が無難でしょうね。
貴妃は古井戸にもたれ、冷や汗を流しながら目をギュッと閉じて痛みに耐え始めました。
「うふふふ、下に子猫ちゃんを待機させていて正解でしたね」
「でも結局力が足りなくて、下に敷いてしまいましたけどね!」
そう、雛々が井戸に落とされたあの時、井戸の中には子猫ちゃんがいて、受け止める役をお願いしていたのです。
私ですか?
私はあの小屋で鳥肉焼いてましたよ。
念の為左鬼はこっそり同行をお願いしておりましたが。
「ガウニャ〜ゴ」
おや、どこからか子猫ちゃんがまいりました。
褒めてと言うように、喉をゴロゴロならしながら私の腰にスリスリ顔を擦りつけます。
ここ2日ほどで子猫ちゃんな大きさでなくなってますね?
養蚕場の時のように、何かザリュザリュしてなければ良いので……右鬼の担ぐ俵もどきを、うっとりと見つめ始めていませんか?
「そんな……で、でも確かに雰囲気も声も……」
しかし俵もどきは子猫ちゃんに全く気づいておりません。
丞相はそれまでに私へ向ける、どこか恍惚とした視線を、陛下と同じく子猫ちゃんへ向けて凝視しています。
彼らの目には相変わらず黒い靄として映っているのでしょうか?
大きさも含めてどう見えているのか、ちょっぴり気になりますね。
夫の隣で成り行きを見守る皇貴妃は目を凝らしているような?
薄っすら何かが見えてはいるようです。
「雛々は元々、物真似がとっても得意な子なんですよ」
ある町の孤児達で結集した詐欺師集団の稼ぎ頭でしたからね。
荒稼ぎしていたところを、この子と仲の良い子達共々引き抜きました。
「えへへー、物真似得意なんだよー」
そう言って井戸の縁に腰かけ、無邪気に微笑む様は可愛らしいですね。
あ、もちろん金品は返して示談を成立させていますよ。
ああ、この子達を引き抜く直前、何故か、ついうっかりと集団は解散してしまったんですよ。
お陰で把握していないだろう、この子達の経歴も綺麗になりました。
「ふざけんな!
そんなのどうでも良いんだよ!
シャオシュエをどうして……」
「どうして、とは面白い事を。
先に騙したのは貴方方でしょうに」
「っ、な、何で……」
私の言葉にしどろもどろしなくとも、流石にもう気づかれている事に気づいているでしょうに。
彼の本当の雇用主は、当然私ではないのです。
「とはいえ、それと私の筆頭侍女が無関係なのは間違いありませんからね。
そろそろ起きてはいかがです?」
そのまま彼を素通りして井戸に近づけば、今度は近衛は止めに入りません。
「それにしても、相変わらず息を止めていられる時間が長いですね」
「ええ。
5分と少しでしたら、何とか」
ムクリと起き上がり、被っていた黒衣を外せば、いくらか色のついた肌の筆頭侍女が起き上がる。
「なっ、えっ、お前、も……騙したのかよ……」
怒りで感情がグツグツ沸騰していたようだったのが、急速冷却されてたようですね。
「先に滴雫様を騙し、良からぬ計略を巡らせる片棒を担いだのは兄様ですよ。
私がこの方に忠誠を捧げているのがわかっていながら、危険に曝す計画に乗ったのですから」
「それは……はぁ、悪かった」
妹の無事が確認でき、安堵したのか座りこんでため息を1つ吐いて妹に謝ります。
「ええ。
ですからダーシュエ。
貴方は本日付けで解雇です」
「……ああ、そうだよな。
悪かった」
そう言って、今度は座りこんだまま姿勢を正し、私に頭を下げて謝罪しました。