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77.高揚〜巧玲side

(シュー)嬪」

「約束通り、いらして下さいましたか」


 本来の立場に戻したあの下級女官を秘密裏に呼びつけ、見張りの女官の目を盗み、部屋を抜け出した。


 この宮に来て長いもの。

話に聞いていた有事に備えて皇帝の女人を逃がす為の抜け道は調べ上げている。


 晨光(チャンガン)様がもどかしい状況に耐えかね、私をここから連れ去ろうとなさるかもしれない。

そう思うと調べに熱が入った。


 薄暗くなった春花宮の奥。

蘭花宮にほど近い場所で待つ私に声をかけたのは、薄闇に紛れて現れた、あの性悪貴妃。


 教えた抜け道を使い、指定した時間に訪ねてきた性悪は、黒の薄衣を頭から目深に被っている。

指定した通り、人目を忍んで来たらしい。


 あの銀髪が目立たないよう配慮したのね。


 魔力が少ない事の象徴のような薄い色。

けれど銀髪は珍しい。

調べれば性悪は母親から譲り継いだ色で、異国の卑しい血の混ざり者だったのには驚いた。


 そんな者を愛しいあの方が入宮させたという事実が……気にいらない。


 思わず不快さに眉を顰めそうになったけれど、どのみちこの性悪とももうお別れ。

少し辛抱すればいい。


「それで、(わたくし)に見せたい凜汐(リンシー)貴妃の悪事とは?」


 やはりそこに食いついた。


 あの時の陛下との仲を見れば疑いようもなく、この性悪は夫となる陛下に惚れこんでいる。


 麗しく神秘的なお色を纏う殿方と、夜を共にしたのですもの。

小娘が夢中になるのも頷ける。


 もちろん私はあの方一筋だけれど、それでも陛下の比類なき美貌には惹かれた。

もし陛下にお手つきにされ、皇貴妃への純愛を私に向けてくれていたら、或いは惚れてしまったかもしれない。


「どうぞ、こちらへ。

お見せするわ」


 足元に用意していた提灯を手に持ち、魔法で火を灯して進む。


 もう既に陽が落ちかけている。

夕餉の時刻だけれど、監禁状態の私は、運ばれてきたそれを盆ごと受け取るだけ。

使えないあの女官でも上手く誤魔化せる。


 宮を仕切る塀の一部に戸が設置されていて、もう何年も前からそこの鍵は壊れていた。

そこをくぐる。


「蘭花宮と繋がっていたのですね」

「ええ。

壊れていたのも、その証拠を見たのも偶然でした」


 そう、これは真実。


 ある日の夕暮れ、この辺りの抜け道を調べていた私は、ある場面に遭遇した。


 今はもう居なくなった筆頭女官と、あの癇癪女が2人して古びた井戸に何かを投げ入れるところを見てしまった。


 2人がそそくさと立ち去るのを見届け、好奇心から古井戸の中を覗き見たけれど、暗くて良く見えない。

けれどちょうど傾いた夕陽が中を照らし……。


 あの時の光景を思い出し、迫り上がる怖気(おぞけ)に思わず足を止め、体がブル、と震える。


「いかがされましたか?

春とはいえ、夜は冷えますからね。

寒いようなら日を改め……」

「だ、大丈夫です!

それより、もう見えました。

あの井戸の中に証拠が眠っております」


 明日には愛しいあの方と、癇癪女の罪を明らかにして冤罪にかけねばならないのだもの。

日を改められるはずがない。


「あの井戸の中ですか?」

「ええ。

もう暗くて良く見えていないでしょうから、こちらで中を照らして見て下さいな」


 訝しむ性悪に提灯を手渡す。


「……わかりました」


 受け取った性悪はかなりの深さがある枯井戸の脇に立ち、中を照らす。


 私はゆっくりと背後から近づく。


「暗くて深いのでよく見えませんね」

「もっと提灯を奥まで入れこんで照らして見て下さいませ。

ほら、あの女が癇癪をおこして殺してしまった者達の遺体がございますでしょう?」

「え、遺体?」


 そう言いながら、性悪が井戸の縁に片手をついて中に身を乗り出した。

提灯を持ってる方の手を奥へ伸ばし……今よ!


 ドン、と小さな背中を突く。


「キャ!

何を……」


 そのままズルリと体が滑る。

しつこく踏み留めようとした足を両手で持ち、上に払えば……。


「きゃああぁぁぁ……」


__ドサ。


 悲鳴が井戸に吸いこまれた後、何かが底を打つ音が微かに聞こえた。


 思わず中を覗いたけれど、一緒に落ちた提灯は火が消えたらしくてもう中を見られない。


「死んだ、わよね?

……ふ……ふふふ……ざまあ見なさい!

この性悪!

あはははは!」


 初めて人を殺めた。

けれどこんなにも高揚するなんて!


「あんたが悪いのよ!

身の程知らず!」


 そう言って、私はその場を走り去った。

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