69.無期限の謹慎〜巧玲side
「信じられませんわ!」
__ガシャン、バリィン!
陶器の壷や花瓶、飾り絵を床や壁に投げつけて割る。
それでも気が治まらない!
「お前!
何故私をあの場から無理矢理連れて行ったの!」
キッと筆頭女官を睨みつければ、青くなって打ち震える。
「申し訳ございません!
しかし陛下も大尉も皇貴妃も……」
__バチン!
言い訳にあの年増女を使う愚か者の頬を脇に捨て置いた閉じた扇子で叩く。
「筆頭女官という立場にしてやったのは私なのに、この恩知らず!
陛下はともかく、大尉と皇貴妃が何よ!
私の後ろ盾は風家であり陛下とは幼馴染で懇意にしていらっしゃる丞相だと知っているでしょう!
大体お前があの大して美しくもない、生家も伯爵位などと後ろ盾の弱い性悪に遅れを取るからこうなるのではないの!」
見る間に頬を腫らす様を見ても溜飲が下がるはずもありませんわ!
2発、3発と両頬を交互に打つ。
「ひぃ、痛い!
おゆ、お許し、ひぃ!
お願い致します、お許しを、巧玲様!」
「その上あの茶を飲んで寝込みもせずに元気に宮で鳥を狩っている?!
この私が丞相より無期限の謹慎を言い渡されたのに?!
医官と薬官を買収でもして私の送ったあの壷とすり替えていたのよ!」
更に悲鳴を上げる愚か者の髪を掴んで頬を打てば床に倒れ伏して動かなくなり、息が切れ、やっと気持ちが少しばかり落ち着く。
確かに高熱で寝込む程度の毒を茶葉に染みこませてあったけれど、結局はその程度ですのに!
あの茶葉を1度に全て飲み干さなければ死ぬ事もありませんわ!
少しずつ飲み続け、やがては虚弱な体で陛下のお子を授かれないと後宮を去るよう仕向けたつもりでしたのに!
私はもう何年も未だ陛下の嬪としての関心を向けられる事もなく、このままでは女としての旬の盛りすらも過ぎてしまうと焦燥を覚えながらこの後宮で過ごしてまいりましたわ。
しかし皇貴妃とて既に年を取りながらお子を授からず、皇貴妃としての権威を失墜しつつあるのが現状。
いずれはと、そう思う事で私自身を日々慰めてきたの。
そんな時にあの年だけは若い性悪が入宮したのよ!
何年も前から密かに想い続ける丞相、晨光様。
あの方があの性悪を直接見つけて私より上の貴妃という地位を与えただけでも腹立たしいのに!
個人的にも晨光様と外で過ごし、皇貴妃以外に無かった初夜を陛下に与えられ、翌日の早朝に陛下は皇貴妃を連れて挨拶を交わさせた。
父とは従兄弟同士だったから昔から良く知っていて、可愛がられてきた本家の風おじ様が突然宮へいらして仰った。
あの日はおじ様の娘である高飛車女共々、私も未だ寵どころか関心すらも得られないと叱咤されてしまいましたのよ!
どうやらあの性悪は丞相が個人的に陛下にあてがった、フォン家とは全く無関係の辺境領主胡伯家という、フォン家の権威が届かない家門の娘でしたの。
もちろん私は理解してますわ。
まずはどこの家門の影響も受けない、陛下にとっては政に影響のない娘を与え、皇貴妃が独占する陛下の寵を分散させるおつもりだと。
悲しいけれど私は陛下の嬪。
いずれは陛下の寵が得られるように、そしてやがてお子を授かり皇貴妃を引きずり落とさせる意図がおありなの。
けれど晨光様は養子。
おじ様は血の繋がりの薄い分家の裏切りを疑っておいでよ。
だから焦りましたの。
愛しいあの方の為にも私は陛下の寵を得ねばならないのだもの。
それがこんな事になるだなんて!!
「ふん、この程度で意識を失うとは。
軟弱すぎて筆頭女官などさせられませんわね」
確かこの者が顎で使っていた女官がいたはず。
あの文を手渡しに行った女官。
1人は幽霊に襲われたと戯言をほのめかして気が触れたんだったかしら。
そんな者を置いておけないし、あの文を届けさせた者だと知られればまた麗しい想い人に叱られるかもしれないからと早々に生家へ返した。
「確か姓は範……フン、あの性悪と同じ伯家ですわね。
誰か!」
女官達が慌てて入ってきて固まる。
「範という女官を連れてらっしゃい。
そこのゴミ屑はこの宮に不要ですわ。
追い出して」
「「「……御意」」」
一礼した後、女官達はゴミ屑を引きずって退出した。