68.嬪2人の退出
「「これは皇貴妃、これは滴雫貴妃の茶で……」」
黄茶、黒茶を茶杯の半分程ずつ飲んで花と鳥を彫った木札をそれぞれ正しく杯の前に置く。
闘茶の残りは彼女達自身の用意した茶ですが、随分時間をかけて先の2杯を吟味したものです。
それを見る私達はそれぞれ2杯目の六堡茶を飲みながら歓談です。
誰も2人を心配する素振りは見せませんね。
「どうしたの、巧玲?
残りは自ら選んで送った茶なのでしょう?
迷う事もないのではない?」
その言葉に梳巧玲は微笑みを崩さず、目力だけは幾らか増した笑みを再従姉妹の凜汐貴妃に向けます。
しかし勝ち誇ったかのような顔で微笑まれ、とうとう歪ませてしまった顔をうつむけてしまいました。
「皇貴妃……その、やはり体ち…………ぁ、いえ、何でも」
今度は呉静雲ですね。
姉のように慕っているらしい玉翠皇貴妃に再び体調を訴えようとしたのでしょうか?
顔色が更に悪くなったような?
それとなく司空が威圧して黙らせませんでしたか?
いくら末席でやりやすいとはいえ、的確に場を定めて威圧するなどなかなか……。
「気のせいだ」
そうですか、義理の息子が私の顔を見て思考を遮るかのように力強く仰るならば間違いありませんね。
白も黒と言えば黒になる御方です。
心得ておりますよ。
「どうした。
政務の時間もある。
そろそろそなた達が貴妃に送った残り2つの茶を選定せよ」
その上で自らの法が認めた2人の妾に冷たい声音で命じます。
そろそろ良いかしら?
そう思い、立ち上がろうとした時です。
「ならばウー嬪の代わりに私が参加しても宜しいかな」
「ならばシュー嬪の代わりは私が」
先に名乗りを上げた司空に続き、丞相も片手を上げて名乗ります。
「お2人共に顔色が悪い。
下がってはいかがです」
「陛下、皇貴妃。
2人を下がらせては如何かな」
今度は丞相に続いて司空が提案なさいました。
「「しかしそれは……」」
「構わぬ、下がれ」
「「なれど……」」
「聞こえませんでしたか。
下がりなさい」
仲良く声を重ねて躊躇う嬪達に、陛下、皇貴妃がそれぞれ退出を促しました。
「やれやれ、筆頭女官達は何をしておるのやら。
主を連れて下がらせぬか」
「「は、はい!」」
今度は大尉が破落戸達に表情は朗らかで静かながらも厳しい声音を響かせて顔色悪く戸惑う嬪達を退出させ、暫し皆が沈黙です。
「ふふふ、茶が冷めましたね」
腰を上げてまずは1番近くの嬪の席にあった茉莉花茶を一口飲み、風車の札を茶杯の前に。
「貴妃?!」
怪訝そうにしつつも赤茶の瞳を丸くした凜汐貴妃を無視し、続いて末席にあった白茶を一口飲んで月の札を同じく置き、席に戻ります。
夫なのですから、コイツ何やってる、と考えている事が筒抜けになる怪訝そうな顔を浮かべず、もう少し朗らかに迎えて欲しいものですね。
皇貴妃は思わず腰を浮かしましたが、私の行動の方が早かったからかそのまま座して平静を纏います。
「丞相、司空、出しゃばった真似をして申し訳ございません。
しかし2人が謝罪にと送られた茶ですから、彼女達が退出したのなら私が飲んで此度の謝罪については正確に受け取ったと意を表すのが筋かと。
そうお伝え下さるかしら?
皇貴妃、凜汐貴妃」
にこやかに微笑めば、皇貴妃は瞳は全く笑っていませんが軽く微笑みかけ、貴妃はバツが悪そうに頷きました。
そうですね。
それぞれの宮の夫人と嬪の関係でいくならば、丞相と司空が動く前にこの2人の夫人が助けに動かねばならなかったのですよ。
何故2公が動いたかは、家門同士の縁故関係なのですから当然でしょう。
しかし私が動いた以上、采配は私のもの。
2人の嬪とは全くの無関係であった燕家縁の3人は悠然と構えて私を観察しております。
「どのような茶であった」
「左様ですね……」
私の言にこの場の者達が固唾を飲んで聞き入るのはこれが弱いとはいえ、毒入りであったから。
もちろん私がわざと出方を窺った事は、茶杯を銀から陶器に変えた時点で当人達も含めて皆に伝わっていたでしょう。
どちらにしても化かし合いの後宮で、あの2人は多大なる力量不足により家門を危機に陥れた事が本家の者達に明確な形で露呈したのですから、餌としては十分です。