６.そして14年後
「何者か。
名を名乗れ」
寂れた廃宮で対峙した私を睨む殿方。
鋭くも凛とした声音の主の手には、見覚えのある冷たく光る抜き身の剣。
天に浮かぶ望月が照らすは、藤色の髪。
陽光の下で見るならば、恐らくかの瞳は紫紺色なのでしょう。
今はもう遠い記憶の中でしか見る事の叶わない、あの方と同じ……。
まさか今世で産まれてからたった14年で後宮に入宮するとは。
何とも……………………ふっ。
あら、ついうっかりと鼻で笑ってしまいました。
だって今は現在進行形で、不愉快極まりませんもの。
ですが鼻で笑うのも全て胸の内に留めておきましょう……今は。
ええ、現在は。
「胡伯家が嫡女、滴雫。
陛下の貴妃として本日入宮致しました」
それでも微笑みを貼りつけ、付け焼き刃的な礼を取ります。
あくまで、とっても軽いものです。
「…………チッ。
たかが貴妃とはいえ、初日に手打ちにするわけにもならぬ故な。
まともに礼も取れぬ恥知らずの箱入り小娘のようだが、運の良い奴だ。
去れ」
この殿方、本日一応は、私の夫となったこの帝国の最上位の身分であらせられる皇帝陛下であったような気がしなくもありません。
加えて随分と不機嫌なご様子を明確かつ意図的に、醸し出していらっしゃいますね。
舌打ちまでされてしまいましたし、自己主張抜群です。
満月の月明かりとはいえ、夜闇ですもの。
警戒して剣を抜くのは身分を考えれば仕方ないと、納得して差しあげます。
が……。
「左様でしたか。
でしたらここは貴妃以下立ち入り禁止とわかりやすく看板でも立てるか、周知を徹底なさって下さいませ」
黙って差し上げるには私がこの国に対して支払った対価に到底見合いません。
「何だと？」
凄まれたとて、勇ましくも凛々しく綺麗なお顔だと眼福を感じるのみ。
もちろん胸の内とは全く対局の、涼やかで優しげな淑女然とした微笑みを浮かべております。
「つまらぬ事で捨てる命は私も含めて誰１人、持ち合わせておらぬが世の道理でございましょう？
他にもそのような場がございますなら、世間一般的にまともと称される者を寄越し、一通り説明なさって下さいませ。
それでは御前、失礼致します」
「ほう、死にたいか」
礼も省いてクルリと背を向け、一歩踏み出そうとすれば……流石と褒めるべきでしょうか？
この稠基帝国歴代皇帝の中において、三国統一を成した初代皇帝と同じく魔力が高く、武にも秀でていると称されるだけの事はあるのでしょう。
いつの間にか背後に立ち、スラリと抜いた両刃の剣を私の首筋に当てておられます。
あら、フツリと切れた銀髪が数本下に落ちましたね。
……女子の髪を切るとは……。
今度こそ、ついうっかりと自らの体を使って鼻で笑ってしまいました。
「ふっ、つまらぬ初夜となりましたね、陛下」
「っ……おい！」
そのまま構わず一歩踏み出せば、チリ、とした僅かな痛みが走り、更に銀髪が散ります。
毛量が多い方で良うございました。
けれどこの程度の殺生沙汰に動じるほど、中身は小娘ではございません。
「怯んで剣を離すくらいなら、初めから陳腐な脅しなどなさいませぬよう」
「何だと」
＿＿初代皇帝と同等な力量と噂に伝え聞いたでありんすが、なんとも小っさき男でありんしょうか。
うっかり心中で初代の言葉が出てしまうくらいには、抑えていた怒りが沸いてまいります。
「金塊、織物、家畜、穀物、その他諸々。
貨幣価値にして帝国の国家予算１年分を私の個人資産から持参金として納めております。
他にフー家として入宮に際し必要な、最低限の献金もなされているはず」
「は？」
何ともポカンとしたお声ですこと。
どのような表情をされてらっしゃるのか、ほんの少しだけですが興味が湧きますね。
もちろん振り向きませんけれど。
それにしても、今の反応で察してしまいました。
大方、最低限目を通すべき金銭に関わる書類すらも通していないようだと。
国家の主ともあろうお方がコレとは……。
「はぁ、目録も提出しております。
気が向かれましたらご確認下さいまし。
しかし……」
ため息が口をついたのは不可抗力です。
ご覧いただきありがとうございます。
早速ブックマークや評価していただいた方に心から感謝を。
こちらはカクヨムに先行投稿していてストックがあるので、本日も複数話公開します。
