31.養蚕と七輪と瓢箪
「引き換えにお肉を寄こせと?」
「ガウッ」
「半分なら良いでしょう。こちらに取り置きした新鮮な肝もいかがです?」
「ガウッ」
どうやら今度は、全て了承するようです。
「それにしても、あなたはどこの宮の飼い猫ちゃんですか?」
「ウガウガウッ」
「飼われていないと?」
「ガウッ」
うーん……戦闘態勢では毛が硬く尖り、黒虎に蝙蝠のような翼。そこそこ好戦的な性格。
太夫をしていた時でしょうか。清国の書物を豪商のご贔屓さんに見せて頂いた事がございました。こんな妖について書かれてあったような?
しかもここは四神を模したり象徴とする宮ですから……しかしまさか……。
――キュルルルル。
「あら」
お腹の虫が自己主張。
すると目の前のつぶらな瞳から、心なしか哀れみの視線が発せられたような?
「そうですね、食べましょう」
「ガウッ」
お肉も茹で上がりましたし、と鳥足を持って引き上げれば、芳しきお肉の香り。
側にあった岩の土埃を払い、魔法で水を出して綺麗にしたら、肝と小刀で削いだお肉を置きます。
「どうぞ」
「ガウッ」
私は小刀を使って削いだお肉を突き刺して、調味料を振りかけてから、表面を焜炉で炙ります。表面カリカリですよ。
いただきますをしてから、パクリ。
「んふぁ〜、美味しい〜」
「ガウッ」
「ふふふ、ありがとうございます」
「ガウ?」
「あなたのお陰で、味気ない食材が美味しく味つけできましたもの」
「ガ、ガウッ」
子猫は照れたようにそっぽを向いて食べ始めましたね。天邪鬼でしょうか。
そこからは互いに無言で貪ます。この調味料、美味なり!
鳩が半分ずつだったので、もちろんすぐに食べ終えてしまったのは残念です。成長期ですからね。物足りません。
骨と足は子猫ちゃんに差し上げましたよ。
「さてさて。折角です。この瓢箪があった場所へ案内してくれると、もっと美味しい何かができるかもしれませんよ?」
「ガウッ」
案内してくれるようです。意気揚々と先陣を切って歩き出しました。尻尾をフリフリしていて、とても可愛らしいです。
離宮の中は長らく廃されていただけあり、かなり荒れております。
子猫は慣れた様子で進んでおりますね。ここを寝床にしていたのでしょうか。
そうして奥まった場所に辿り着きました。朽ちかけの階段を上ったので、間取りを考えても調理場ではなさそうです。
「養蚕場、でしょうか」
蚕を育てる蚕箔やそれを置く蚕架という棚らしき残骸がちらほらと。
その昔。絹糸を作るのは後宮の中でも一握りの高貴なる方々に割り当てられた仕事の一つとされていた時代があったはず。しかしそれも廃れ、今ではかつてのような上質の絹を復活させる事が難しくなりました。
物を復活させる事は、この世界の蚕の特徴として手間ではありますが、可能です。
しかし過去に後宮が関わっていたせいで、色々と面子的な問題が発生しています。商人では流通が難しい商品ですね。
「あら、あんな所に七輪? それにあれと同じ陶器でできた瓢箪?」
「ガウッ」
ふとこの場に不釣り合いな品々が目に止まりました。なるほど。子猫はここから持ってきたと言いたいようですね。
埃まみれの瓢箪を手に取り、軽く振れば、チャポチャポと音が。栓を抜いてみれば、芳しいお酒の香り。
お酒、七輪、辛味調味料。主は呑兵衛だったのでしょうか。
クンクンと香りを嗅いで手の平に少したらしてペロリ。
「日本酒のような味わいですね。それに劣化していない」
「ガウッ」
「あ、駄目……」
――バチャバチャ。
瓢箪を持った手に飛びつかれて、床に溢してしまいました。
「ガウガウッ」
「まあ、あなたも呑兵衛の口ですか? 何か器に入れましたのに……」
子猫は床の水溜りをペロペロしてし始めました。この子は恐らく妖の類でしょうから、お酒を呑むのは問題ないと思います。猫に蝙蝠の翼のついた動物は、私の知るどの世界にも存在してないはずですから。
ですが埃を被った床は、さすがにばっちいですよ?
――カタン。
ん? 下から物音が?