最後の音楽
里は美しい音に満ちていた。今宵の奏者は弦を操る。
布さえない家々の窓から流れる音は夜気の中で重なり、複雑に響き合う。
ひとつ、音が遅れ始めた。ふっ、と女は肩を震わせる。
「おお、あれはおれでも分かるぞ。下手くそがいる」
「言ってやるな、まだ三夜目の子供なんだ」
口では咎めておきながら、女は笑いを引っ込められないようだ。
「初夜は音を出すのに難儀して、やっと出たと思えば甲高い音。二夜目は弦を切って、ほどなく降りた」
「今宵」
肩を抱く手に力が入った。
「最後まで聴けるとよいな。宴の直後に発つのがよい」
女は小さくうなずいた。
音が消え、明けが訪れる束の間の隙。皆が寝静まる頃は、すぐそこまで迫っていた。
300文SSでした。お題は「手」。