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サンタに捧ぐ贈り物  作者: 春野わか
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 皆の視線が絶叫の主に移動する。

 マシューより後の番号で控えていた参加者だった。


「君は──」


 審査員の一人が目を眇めメガネの縁を持ち上げ、マジマジとその男を観察した。


「特殊メイクが許されるなら、俺の努力は一体何だったんだーー胸焼けするぐらいポテトを食べた。クリスマス気分を高める為にフライドチキンを毎晩食った!!イメージって所詮見た目なんだな?サンタらしさに至るプロセスなんてどうでもいいのか?特殊メイクなんて離れ業も許すのか?だったら写真一枚あれば十分じゃないか!詐欺だ!詐欺だ!素で勝負しろよ!自分を磨く努力をしろよ! 」


 男はマシューに指を突き付け罵った。

 気弱なマシューは両手を祈るように固く組み合わせ、震えながら何も言い返せない。


「退場だ!この場に相応しくない! 」

 

 審査員達の中央に席を置いた、この場で一番権限を持つであろう紳士が立ち上がり命じた。

 ああ、やはりダメなのか。

 マシューは項垂れた。


「嫌だーー退場すべきはソイツだ!何故だ!理不尽だーー」


 マシューはてっきり自分が退場を命じられたかと思ったのに、罵り続ける男が係員に両腕を掴まれ部屋の外に連れ出されるのを見て呆然となった。


 まだ男は叫んでいたが、ドアが閉じた途端に部屋の中に静寂が流れる。

 コホン


「サンタに求められるのは心だ!大事なのはハートだ! 」


 男に退場を命じた紳士が咳払いしてから胸に手を当て、参加者全員の目を見て訴えた。

 見た目じゃないのか。

 マシューの心臓が跳ね上がる。

 

「此処に集まった者達は今はライバルと言えるだろう。しかし、選ばれた者達はサンタという称号を共有し同じ目的を持つ仲間となる。その仲間となるべき者をどんな言い分があろうとも罵倒するなんてサンタの称号を得るに相応しくない。よって退場とした。分かるかね?他者に対するリスペクトが無いなんて論外だよ」


 残った14名は口を開けて紳士の熱弁に耳を傾けた。


「見た目じゃなかったんだ……」


 マシューの次の番号、隣に立つ45番の者が呟いた。


 その呟きに反応し、紳士は鋭い視線を其方に向けた。


「いや、見た目も大事だ。いや、ハート──しかし見た目も大事なんだがハート──見た目も──」


「どっちなんだ! 」


 全員が声を揃えてツッこんだ。


「正確に言えば何方もだ。ハートの熱さ清らかさは感じ取るものだ。だが、それを具現化したものが見た目と言える。見た目だけでもダメだしハートだけでも空回りしてしまう。子供達の甘えや未熟さを温かく受け止め、夢を与える。無条件で子供達が警戒心なくすり寄ってしまうような優しそうなお爺さん。それがサンタだ。もちろん気力体力も必要だ」


「ずっと聞きたかったの。サンタはお婆さんではダメなの? 」


 48番の女性参加者だった。


「サンタのイメージは少しずつ時代に合わせて進化している。進化せざるを得ないんだ。煙突の無い鍵の掛けられた家にどうやって入ってくるの?子供達の素朴な疑問だ。しかし、お婆さんサンタが冬の凍てついた夜空をソリで走る。そんなシーンを想像してみてくれ。お爺さんは何をしてるんだ。お爺さんが代わりにプレゼントを届ければいいじゃないか、お婆さんをクリスマスの夜に働かせるなんて可哀想、お爺さんはヒモなのか、とならないかね」


 そうだろうか。

 定年退職後にしか見えない老人に課せられる労働としては、男女問わずサンタの勤めは十分過酷だろうとマシューは思った。


「ならサンタは若い男女で良いのでは? 」


 女性参加者が毅然と質問をぶつけた。


「あくまでも子供の為のプレゼントだが、イケメンの若い男やセクシーな美女では大人達が警戒してしまう。そこそこの見た目でも同じだ。老人であるからいいんだよ。君達の疑問も分からないではないが、白いお髭のお爺さんというイメージで固まっている以上、それを変える強い理由が今のところ無いんだ。そのうち女の子達が言い出すかもしれない。どうして、お婆さんのサンタはいないの?ってね。お婆さんのサンタを作り出す案も出ている事は出ているが、もう少しキャラを固めなければならないだろう」


 女性参加者は取り敢えず納得したのか頷いた。


「さあ、とんだハプニングだったが君達が考えるサンタとは何だ!サンタとはどうあるべきか、それをこれから審査する。この役に掛ける思いを精一杯表現して欲しい」


 中断されたオーディションは再開された。


 毎年恒例の質問である趣味や最近幸せを感じた事。

 子供の頃のクリスマスの思い出を聞かれ、マシューは辿々しく語った。


 その後はいよいよダンスと歌の審査に進んだ。

 誰もが知るジングル・ベル、サンタが町にやってくる、まではいいとして難関は聖しこの夜だった。

 聖しこの夜が選曲されるとは思っていなかったマシューは一瞬パニックになった。

 聖しこの夜でどうダンスを踊れというのか。

 だがトムを思い出した。

 トムならばどう踊る?


 トムならば──

 余計な小細工は無しだ。

 マシューは身体を揺らし聖しこの夜を口ずさんだ。

 頬を無理やり膨らませているせいか、発声は微妙で鼻歌同然だった。

 彼の姿は暖炉の前で幸せそうにクリスマスソングを鼻歌で奏で、身体を揺らすサンタそのものだった。

 いつの間にか審査員達は立ち上がり、感嘆の溜め息を洩らし、うっとりとした視線を彼に注いでいた。


 無我夢中で歌い踊り終えたマシューは身体を揺らしていただけだというのに汗だくだった。

 今までの練習は一体何だったんだ。


「これで一次審査は終わりだ。結果は後程。皆、ご苦労様! 」


 マシューは無性にコークが飲みたくなった。

 勿論、トムと一緒にだ。

 

────


「おめでとう!マシュー!!私、精一杯貴方をサポートする」


「君が俺の担当になってくれたら怖いものなしだ!ともかく君のアドバイスのお陰だよ」


 サンタ役を射止めたマシューにクインがキスの嵐を降らせた。

 一次審査を通過し、二次審査はソリの操縦とトナカイとのコミュニケーション能力を測るものだった。

 人間性を見る面接やダンスや歌よりもマシューにとっては得意とする分野で、着膨れ状態でソリを難なく乗りこなし、トナカイとも直ぐに打ち解けてみせた。


 トムも勿論合格だった。

 合格者は三十名弱。

 

 後は自分のソリを引いてくれるトナカイを6頭選び、クリスマスの日に備えるだけだ。

 


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