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メイキング・ア・ストーリー

作者: Rio

「メイキング ア ストーリー」



 俺は竹田 真太郎 人生を半分以上諦めた男だ。というのも何をやっても上手くいかないし思うようにもいかない。まぁ今の時代じゃよくいる感じの若者(28)だ。

 以前は真っ当に社会人として会社勤めをしていたのだが、辞めてもう二年くらい経つだろうか。いわゆるフリーターに成り下がっている。こんな自分を知られたくないと友人とも疎遠になっていき、今では人と接する機会といえばバイト先のコンビニくらいになっている。

 同じアパートの住人達は察しているのか、俺のことを冷やかな目で見てくることが多い。以前、バイト先のコンビニに見たことのある同じアパートの住人がやって来たことがあったのだが、それ以来、俺がフリーターだという話が他の住民にも広まってしまったのだろう。もっと遠くのバイト先を選べば良かったと今では後悔している・・・。こんな田舎のアパートでは住人の情報がいつの間にか近隣に広まっているという事も珍しくはない。本当に勘弁して欲しいものだ・・・。 

 この前も帰宅した際、重そうな荷物を抱えて階段を上る同じ階の女性がいたので、「手伝いましょうか?」と声をかけたのだが、「ありがとうござ・・・」とまで言いかけ、俺と目が合うや否や「あ・・やっぱり大丈夫です・・・!」と足早に部屋に戻って行かれてしまったことがあった。あれはショックだった・・・。

 まぁこんな感じで世間の俺に対する視線は厳しいが、俺は俺なりに何とか気楽にやってはいる。何より今の生活になり自分の時間が増えた。が・・最近はその自由な時間にも退屈さを感じ始めてきてしまった。自由を手に入れた当初こそはとてつもない解放感があったのだが、唯一の趣味である漫画を読む事もあらゆる漫画を読破し過ぎてしまい、最近は読むものもなくなってきてしまった。

 そこで「何か時間を潰せる新しい趣味になり得るものはないか」、と某動画サイトで面白そうなものを探していたところ、ゲーム実況者なる者が昔流行ったゲーム、いわゆるレトロゲーを実況プレイしている動画を目にした。ゲームは小学生くらいまではよくプレイしていたのだが、それ以降は部活に没頭し全くプレイはしていない。

 とまぁ、こんな出来事をキッカケにハマるかどうかも定かではなかったテレビゲームに手を出してみたところ・・・見事にハマってしまったのだ!最近は面白そうなゲームを探しに近所の中古ゲーム屋に通うことが増えた。

というわけで今日も行きつけの中古ゲーム屋に来ている。



「いらっしゃいませー」

 やる気のないいつもの声だ。俺の顔を一応は知っているであろう、しかし客と店員としての会話しか交わしたことのないこの店員にいつものように軽く会釈をする。しかし、そんなこちらの会釈も向こうは見てはいない。「いらっしゃいませ」と言いながらもこちらと目を合わせるつもりがないのだから(汗)。いつも通りゲームをしているのだろう。  

 この店の接客は非常にラフで、会計カウンターからすぐに覗けるエリアにテーブル・ゲーム機・テレビ・ソファーを設け、ふんぞり返り煙草を吸い、更にはゲームをしながら接客を行うのが通例だ。あまり日本では見かけられない接客スタイルに始めは驚いたが、今では割と気に入っている。通い詰めている内に、「こんな接客スタイルもたまにはあって良いのではないだろうか」とさえ思うようになってしまった。いや、しかしそれは流石に毒され過ぎだろうか・・・。それにここまでくると、もはや日本云々は関係ないかもしれない・・・。

 そういえばこの店の店員はこの男一人しか見たことがない。店員というよりは店長と言うべきなのだろか。一人で店を切り盛りしているのか、はたまた俺がこの店に来るタイミングが悪いだけなのか、どちらなのやら。

 と、まぁ非常識と言えば非常識だが、俺はもうこの接客に慣れてしまった。それに接客云々より優先されるべき事がある。とにかく安いのだ!この店の商品は!笑

(この前はドラ〇エ4クリアしたしなー・・次は何にしよ)

あちらこちらに目を向けても本当に色々なゲームが揃っている。品揃えは抜群だ。

(あ!このゲーム懐かしいなぁ! あ、こっちは確か高校の時メチャクチャ流行ってたヤツ!高校の時は部活ばっかで全然ゲームなんて出来てなかったなぁ・・)


(!)

(ん!?何だこれ?)

「ちょっと身近な人生ゲーム」というタイトルのソフトがセール品コーナーに置かれているのを目にした。〇―パーファミコン用のソフトだ。

「あー、懐かしいなぁ・・。小学生くらいの時にこういう人生ゲームとかモノポリー系のボードゲームが流行った時期あったっけ。よく友達の家に集まって何時間もぶっ通しでやってたなぁ」

(ってか、「ちょっと身近な」ってなんだよ・・・笑。値段は・・550円!安っ!)

この変な響きのタイトルが何となく気に入りこのゲームを購入することにした。


「ありがとうございましたー」

 やる気のない「ありがとうございましたー」という挨拶と共に店を後にした。ついつい懐かしさのあまり手を出してしまった。今日の収穫はこの一本だ。元々ゲーマーではないので買い貯めや積みゲースタイルはしない。一つ買ったらそれをクリアするまで浮気はしないスタイルだ。


「ただいまー」

 家に帰っても誰も居ないことはわかってはいるが、「行ってきます」と「ただいま」は同棲時代の癖で未だに抜けずにいる。仕事を辞めて一年くらいまでは彼女の理解もあり同棲を続けていたのだが、二年目に突入すると同時に愛想を尽かされ追い出されてしまった。このアパートに越して来てからはそろそろ一年が経つだろうか。にもかかわらずこの癖はどうにも抜けない。きっとまだ未練があるのだろう。時刻は午後8時を回っていた。


「おっしゃ!やってみるか!」

 早速プレイしてみることにした。説明書は読まないぶっつけ本番タイプだ。

(見た感じ普通の人生ゲームだな。俺が知ってるやつだ)

「シングルモードとワイワイモードがあるのか。俺はシングル・・・と」

どうやら一人でCPUと一緒に遊ぶシングルモードと、友達と一緒に遊べる複数人モードがあるらしい。

「ん?何だこれ?シングルモードなのに自分以外のプレイヤーの名前をオレが設定しなきゃいけないのか?CPUの名前なんてゲーム側で勝手に付けてくれよ・・めんどくさ・・・。まぁいいや、俺の名前はシンタロウ・・・と」

(他は何て名前にしようかな?)


〈ピンポーン〉

「ヤッホー!ミヨコ来たぜー!」

 隣の部屋を訪れる男の声とインターホンの音が聞こえた。

〈ガチャ〉

「会いたかったー!シンジー!」

 それに答える様に隣の部屋から女の声が聞こえてくる。もう聞き慣れたやり取りだ。隣の部屋に住む女と、その女の元へ通う男の声である。

 真相はわからないが、「プラプラしている男が気の向いた時にだけ訪れる都合のイイ女と、他に何人も女がいるチャラチャラした男という関係性なのだろう」と勝手に推測している。男の方は毎日女に会いに来ているわけでもない様だし、一緒に住んでいるわけでもない。男の方の話し方を聞いていてもチャラチャラしている感じが溢れ出ている。十中八九この推測は当たっているだろう。まぁ、いずれにせよこの手のタイプの人間達とは関わりたくはないと思ってしまう。

「他のプレイヤーの名前はとりあえずミヨコにするか。男が来るとデカい声で喋ってホントうるさいんだよなアイツ・・・隣人への迷惑を考えろってんだ」

 俺がそう思っているという事は、他の同じ階の住人達もミヨコに対して同じことを思っているに違いない。

 シングルモードは最大四人まで設定できる様だったが、とりあえずは俺とミヨコの二人だけの設定で遊んでみることにした。どんな感じのゲームなのかを把握する程度なら二人で十分だろう。面白かったらまたやり直せばいい。


(よし!始めるか!)

〈カチッ グビッ〉

「ぷは~!うめぇ~!!」

 最近はこのビールを飲みながらゲームをする時間が最高の一時である。

「さてさてぇ~、まずはルーレットを回すわけね」

 本家の人生ゲームとは少し色彩やテイストが異なっている。

「まぁ、正規の版権元が出してるゲームではなさそうだしパロディ系か。タイトルがギリギリのライン攻め てるし、中身まで同じだったらさすがにマズいか(笑)」

 ソフトの入っていた箱の裏を確認してみたが、製作会社などが明記されている部分は経年劣化で剥げていて読めなかった。



―――――――――――――――――――――――――――――

ルーレットを回す。(真太郎のターン・一周目)

・「道端で小銭を拾う。新しい人生のスタートを切る」

(小銭って・・もっと大金くれよー)


ルーレットを回す。(ミヨコのターン・一周目)

・「日頃の鬱憤が爆発 精神的大ダメージを受ける」

「はは!よくわからんけど、ミヨコざまぁー!」


ルーレットを回す。(真太郎のターン・二周目)

・「人生再出発の資金として軍資金をゲット」

(人生再出発・・?ようわからんけど・・軍資金ゲット!イエーイ!)


ルーレットを回す(ミヨコのターン・二周目)

・「仲裁によりなんとか事態は収束。しかしさらに精神的ダメージを受ける」

(何だこりゃ笑)


ルーレットを回す(真太郎のターン・三周目)

・「人助けをする。周りからの信頼を得る」

(今の俺にそんな要素皆無だな・・)

―――――――――――――――――――――――――――――――



「ふわぁ~・・」

 まだ始めたばかりだというのに急な眠気に襲われてしまった。

(あぁ・・眠ぃ・・。今週は連続で朝番続きだったからかな・・。それになんかこのゲームも盛り上がりがなくてつまらんな・・。そもそもこの手のゲームは友達とワイワイしながらやるものか・・・そんなゲームを一人でやろうとした俺が馬鹿だったのかもしれん・・・。やばぃ・・眠ぃ・・)

 三周目まではなんとか意識を保ちながらプレイしたことは覚えているのだが、その後は虚ろになりながらプレイしていたのだろう、記憶がない。この日はそのまま寝落ちしてしまった。



―――――――――――――――――

次の日

 ピピピピピピッ

 目覚まし時計の音で目を覚ました。時刻は午前4時20分を指している。今日はコンビニバイトの朝番・連続四日目だ。朝番のシフトは5時から始まる。以前まで朝番は6時開始だったのだが、急な店長の意向で開始時間の変更を余儀なくされてしまっていた。さすがに朝4時代に起きるのはキツい・・・。前日も早く寝なくちゃならないし憂鬱だ・・。

「ふわぁぁ~・・バイトかぁ・・。さすがに朝番4連チャンはキツいなぁ・・眠ぃ・・・。あ、ゲームしたまま寝落ちしちゃってたのかぁ・・ヤベっ・・。内容もあんま思えてないしまた帰ってからやるか・・・」



「おつかれっしたぁ・・!!」

(なんで今日に限って残業なんだよ・・!急に「夕方までシフト入ってくれる?入れるよね?(ニコッ)」じゃねぇよ・・・!こっちは朝番から入って昼前には帰れる予定だったのによぉ!もっと早く伝えろや・・・!)

 本来出勤するはずであった同僚のバイトが急遽来れなくなってしまい、シフトが夕方まで伸びることになってしまったのだった。店長は事前の早い段階で同僚からの連絡を受けていたのだが、それを俺に伝え忘れていたのだ。そういうのは本当に勘弁してもらいたい・・こちらにも都合がある。当初のシフト終了時間間際にいきなりシフト延長の旨を伝えられたのだった・・。


「あー!喉乾いた!炭酸飲みてー!ムカムカしてる時はコーラの摂取に限るよなぁ!」 

まだ腹の虫が治まらない。昔からの癖でこういうムシャクシャする時はコーラを一気飲みするに限る。そうすると割と怒りが収まるのだ。幸運にも探し始めてすぐに自販機を見つけることが出来た。ナイスタイミングだ。

「お、丁度あそこに自販機あるじゃん!買ってくかぁ・・・!店長はウゼェから店で買って売り上げに貢献なんて絶対してやんねぇ・・!」


〈ジャラジャラジャラジャラ〉

「あ・・1円と10円玉ばっかかよ・・。札はあるけど崩したくないんだよなぁ・・・」

財布の小銭ポケットをいくら掻きまわして探してみても100円硬貨は見つからない。そればかりか小銭を合算しても120円にすら遠く及びそうにない。

「しゃあねぇ・・崩すかぁ・・・」

その瞬間、夕陽の光を反射させる何かが足元にあることに気付いた。ただのガラスの破片かそれとも・・・。

足元に煌めく銀色の光。目をよく凝らすと100円硬貨様の姿がそこにはあった。


「ん?100円?100円じゃんコレ!ラッキー!」

「んじゃコレを遠慮なく使わせていただいてぇ・・・と」

〈ガタンッ〉

〈カチッ・・〉

〈んっ・・んっ・・んっ・・んっ・・んっ・・んっ・・〉

「・・・ぷはー!うめー!」

 やはりイライラする時はコーラに限る。

「100円儲け!20円でコーラ買えちゃったよ。ははは」

コーラを20円で買えたことでご満悦になった。やはり人助けをすると神は見ていてくれるのだろうか。バイトのシフトが急遽伸びたことには腹が立ったが、結果的にシフトの延長がなければこの100円玉はゲットできていなかったのかもしれない。しかしまぁ、この100円玉と伸びたシフトの労働時間分の疲労が釣り合うかどうかを考えると・・・あまり深くは考えまい・・。その点はさて置き、そう考えると少しは怒りが収まった。



(はぁ・・着いたぁ。少し休んでから昨日のゲームやるかなぁ)

 アパートのエントランスに着きホッと一息ついた。バイト先のコンビニまではここから徒歩で20分くらいの距離だ。普段全く運動をしない分、健康のために徒歩で通勤しているのだが、20分の徒歩はなかなかにキツい。しかしその効果あってか、幸いにも体型は太過ぎず細過ぎずを何とかキープ出来ている。

一息つき終わりエントランスから部屋に向かおうとすると、突然上の階から大きな声が聞こえてきた。

「離せよウゼー!」

 男の怒鳴り声だ。

「どうして私の所にだけ居てくれないの!?」

「俺はお前だけの男じゃねぇんだよ!重い女も嫌いなんだよ!」

〈ドン!〉

 何かが壁にぶつかる様な大きな音がした。

(何だ何だ・・?まさかオレと同じ階じゃないよな・・?)

 オレの住んでいる階は二階だ。自分と同じ階じゃないことを祈りながら階段を恐る恐る登っていく。階段を一段一段上がる度に、「頼むから違う階であってくれ・・!頼むから違う階であってくれ・・!」と祈りながら登っていく。

 しかしその祈りを捧げる猶予時間は終了の鐘を鳴らし、ついには自分の部屋がある二階の踊り場まで到達してしまっていた・・・。


(この階じゃなくてもう一つ上の階であってくれ・・・!)

 踊り場の角からそっと様子を覗いてみることにした。こういういざこざは本当に大の苦手だ・・・。

(頼むからこの階には誰も居ないでくれぇ~・・・泣)

「どけっ!」

 という願いも虚しくすぐに終わりを告げた。そっと覗き込むや否や、覗いた瞬間、怒りの表情を浮かべた如何にも人相の悪そうな男が突如視界に入ってきたのだ。

(うわっ!危なっ!)

 躱すのも間一髪だ。何とか体を大きく捻りぶつかるのを避けることは出来たものの、もしあんな形相の男とぶつかっていたらと考えると恐ろしい・・・。どんなイチャモンをつけられたものか分かったものじゃない。すれ違った男の方を振り返り、視線を前に戻すとそこにはミヨコの姿があった。

(さっきの大声・・この階からだったのかよ・・・。ってか、ミヨコがあそこにいるってことは多分・・さっきのあれはシンジだった・・ってことだよな・・?)

 シンジに関してはこれまで一度も姿を見たことはなかった。しかし、ミヨコに至っては隣人という事もあり、一応どんな外見をしているかくらいは知っていた。思い返してみれば怒鳴っていた声もいつものシンジの声に似ていた気がする。

 ミヨコはドアにもたれ掛かり半ベソをかいている。状況から察するに、さっきの音はシンジがミヨコを突き飛ばしてドアにぶつかった音だったのだろう。声を掛けるべきなのか掛けるべきではないのか・・・。結局どうしたらいいのか分からず、ミヨコとは視線を合わせないようにそっと自分の部屋に入ってしまった。もしシンジが戻って来でもして、ミヨコに声を掛けていたところを見られたらまたややこしいことになりそうだ・・・。そんなトバッチリは御免だ・・・。自分の命を優先することにした。


「ビビったぁ・・あんな修羅場みたいなシチュエーションってドラマだけの話じゃねぇのかよ・・・」

 全くの他人事とはいえまだ心臓がドキドキしている。

(それにしてもシンジは初めて見たけど、何というか想像通りの外見と雰囲気だったな・・・ププッ)

どうやらオレの彼ら二人の関係性に関する推察は凡そ当たっていそうだ。


〈ぐぅぅぅぅ~〉

 腹の音が鳴った。時刻は午後5時30分。シフトの人数が足りてなかった関係でまともな昼休憩を取ることが出来きておらず、昼食もパンを一口かじった程度だった。

「腹減ったな・・カップラーメンでも食べるか・・・」


〈コトコトコトコト〉

「へー、あのゲームこんな裏技があるんだ。今度やってみよー」

 ヤカンでお湯を沸かしている間は大体ゲーム関連のサイトを見漁っていることが多い。今回は以前やり込んだゲームの裏技情報を手にすることが出来た。

(やり込んでいた時期にこの情報を知っていたらもっとやり込み要素があって楽しめたのになぁ)

そんなことを考えている時だった。

〈ピリリリリリリリ〉

「うわっ!びっくりした!」

 いきなり電話がかかってきた。完全に気を抜いている時にかかってくる着信音ほど驚くものはない。着信を見ると母親からだった。


「もしもし」

「もしもし真太郎?元気でやってる?野菜はしっかり取るのよ?」

「うん、ぼちぼちだよ。ありがとう」

 仕事を辞めたことは両親に一切伝えていない。

「実はね真太郎・・・」

「え・・・何?怖いんだけど・・・」

いきなりの神妙な雰囲気に思わず身構えてしまう。何かあったのだろうか・・・?

「実はね・・お母さん・・・。この前宝くじ買ったんだけどね・・?そしたら当たったの!150万円!凄いでしょ!」

「え・・!うそ!凄っ・・・!」

「えへへ、凄いでしょう?でね?お父さんに相談したら、その幾分か頑張ってる真太郎にお裾分けしたらどうかって話になってね。今日あんたの口座に50万円振り込んどいたから!何か自分の好きなものを買ってもいいけど、無駄遣いはしないようにね!いつも頑張ってるアンタへのご褒美って意味合いもあるんだからっ。じゃあ、健康には気を付けるのよ、またね」

「う・・うん。ありがとう・・・。大切に使わせてもらうよ・・!父さんにもよろしく」

 電話を切り、一瞬これが現実なのか現実ではないのか分からない感覚になった。同時に、仕事を辞めたことを知らない両親への罪悪感も感じる・・・。しかし、突然の50万円という大金の臨時収入の発生に、心が踊らないはずがない。

「50万・・・・!」

 少しの沈黙が流れた。

「ヤベー!臨時収入!!!ひゃっほーーーーっ!」

 まさかこんな臨時収入があるとは夢にも思わず喜びを隠せない。

「それにしてもお袋150万って!運良すぎだろ!ヨッシャー!」

 宝くじシーズンになるとテレビなどでは、「宝くじに○○円当たった!」なんていう特集をよく目にするが、自分自身を含め身近な人間がそんな大金を当てるだなんて今まで想像したこともなかった。とんでもない幸運だ!

〈ピーーーーーーーーーーーーーーーッ!〉

 タイミング良くヤカンのお湯も沸いた様だ。本日の夕食に食べようとしていたカップラーメンは俺のお気に入り、「豚骨醤油味」だ。これ程素晴らしい出来事を祝うのに適した味は他にない!


「いっただっきまーすっ!!!」

〈ズルズルズルズル!〉

 カップラーメンは只でさえ大好きなのだが、こんな朗報を受けた直後のカップラーメンの味は別格である。ましてや豚骨醤油味だ。こんなにテンションの高い「いただきます」を発する人間も中々いないだろう。いつもの食べ慣れているはずの豚骨醤油ラーメンが、更に味に深みのある高級豚骨醤油ラーメンの様に感じる。

 しかし、そんな喜びと幸福のテンションから一転する出来事が起きた。


〈ドン!〉

(!)

「痛いっ・・・」

 この部屋の玄関のドアに何かが強くあたる音がした。同時に女の痛がる声もする。

「ねぇ・・!私の所だけに居てよ!シンジの望む事なら私何でもしてあげるから!どうして私だけを選んでくれないの!?」

「は!?他の女の所にも行っていいし、たまに来てくれるだけでいいって言うから来てやってたのによぉ!いきなり気変わりしてんじゃねぇぞこのクソ女!!」

「そんな・・こんなに尽くしてるのに・・」

〈ドン!〉

「うっ・・痛ぃっ・・」

 また玄関のドアに何かがあたる音がした。明らかに人がぶつかる音だ。

(この声って絶対さっきの二人だよな・・?ってか、男の方は帰ったんじゃねぇのかよ・・!?あれから結構経ってるぞ・・!?何で戻って来てんだ!?しかもこの音ってシンジがミヨコを突き飛ばしてる音ってことだよな・・?マジで勘弁してくれぇ・・・)

〈ドカン!ガタン!〉

 暫く傍観するつもりでいたのだが、その音は次第に大きくなっていった。

「お願いやめて・・!痛い・・!」

(おいおい・・喧嘩はいいけど人ん家の前ではやめてくれよ・・・)

〈ドカン!!〉

「痛いっ・・・!痛いって・・!」

〈ドン!〉

(もう勘弁してくれぇ・・まだやってんのかよぉ・・・)

〈ガタン!〉

〈ドカガタン!!〉

 なかなか音は止まない。「いくら何でもそこまでするか・・・!?」と思わされる程にミヨコは突き飛ばされ続けている。


(・・ッチ! にしても、さすがにここまでの暴力はダメだろ・・。んの野郎っ・・・)

 この時、不思議な感覚に陥った。普段ならこんなゴタゴタには無関心で事が過ぎ去るのを待つタイプの人間なのだが、あまりのうるささに耐えきれなくなったのか・・それともミヨコに暴力を振るい続けるシンジを許せなくなったのか、何故か怒りが頂点に達してしまった。

〈ダッダッダッダッダッダッ!〉

〈バタンッ!〉

「おい!人ん家の前で喧嘩すんな!しかもドンドンドンドン人ん家の玄関にその女ぶつけやがって!!他所でやれや!!!」

「あ!?」

 怒りのままに玄関の扉を開け、文句を言いに行ってしまっていた。やはりミヨコとシンジで間違いなかった。

「あ!?じゃねぇ!人への迷惑ってのを考えられねぇカスなのかテメェは!!!」

「す・・すみません・・・」

 こちらの迫力に驚いたのか、ミヨコが謝ってきた。しかしシンジは全く動じない。流石はそちらの筋の人間なのだろう。

「何だコラ・・」

「オメェもこんな明らかにチャラそうな男に引っかかってんじゃねえよ!アホ女!お前もお前だクソ男!いくら都合がいいからって明らかにこんな依存心が強そうな女をいつまでも利用してんじゃねえよクズが!」

「う・・・うぅ・・うぅ・・」

 ミヨコは泣き出してしまった。流石に言い過ぎただろうか・・。しかし、シンジは明らかにこれまでと一変した雰囲気を纏った。

「テメェ・・覚悟できてるんだろうな・・?」

 その瞬間、一気に血の気が引いていくのがわかった。「この空気感は本当にヤバいやつだ」と瞬時に本能が理解したのだろう。同時にさっきまでの怒り故の熱さが冷たさに変わり、冷静さを取り戻していく自分がいるのがわかった。

(あれ・・?何で俺こんなこと言ってるんだろう・・・?なんかこの雰囲気ヤバくない・・?あ・・これ・・殺られる・・・・)

 

「お巡りさん!こっち!」

(!)

 誰かの声がした。姿は見えない。近所の住人もあまりの騒ぎの大きさと、こいつらに嫌気がさしたのか警察を呼んだのかもしれない。

(た・・・助かった・・・)

 だが警官の姿はまだ見えない。安心はできない。

(待てよ・・ここで警察に来られたらオレまで事情聴取されるんじゃ・・・。それは堪ったもんじゃない・・こっちは喧嘩を止めに入っただけなのにいい迷惑だ・・・!)

 こんな状況下でも冷静にそんな考えを巡らせている自分がいることに驚いた。しかし、こんなトバッチリを被るのも冗談ではない。

(今だ・・・!)

「お巡りさん」という言葉に気を取られたシンジの一瞬の隙をつき、逃げるように自分の部屋に逃げ帰った。

「あ、オイ!テメェ!待てコノ・・・・」

「はいはいー、そこまでねぇ。落ち着いてー。そこのお兄さんとお姉さん少し話を聞かせてもらえるかな?」

 どうやら間一髪のタイミングで警察が来てくれたらしい。

「別に何もしてねぇよ!誰だよ警察呼んだ奴!出てこいコラァ!」

「はいはい、落ち着いてお兄さん。お姉さんも大丈夫?もう大丈夫だから安心してくださいね。落ち着いたら少し話を聞かせてもらえるかな?」



「・・・・・!」

「・・・・」

「・・・・・・・・!」

「・・・・・・!」

 何やら外でやり取りが続いている。相変わらずシンジの怒鳴り声は止まないが、どうやら事態の収束は完全に警察に任された様だ。

「あぁー・・・!怖かった・・・マジでビビったぁ・・・。あれ絶対堅気の人間じゃないやつだろ・・・!今後オレ大丈夫かな・・トホホ・・・」

 扉の鍵を閉めると安心したのか、玄関のドアにもたれ掛かりそのまま座り込んでしまった。冷静になろうと取り繕っている自分の意志とは裏腹に、心臓の鼓動は鳴り止まない。「ついさっきまでの勢いはどうしたんだ?」と言わんばかりに、今になって手足が震え始めてきてしまった。

「はは・・・」

 何とも情けない・・。どれだけ不慣れな事をしてしまったのだろうと苦笑いが出てしまう始末だ。柄にもなく怒りをぶちまけてしまった自分の行動も未だに理解できずにいる。しかしながら、ずっと此処でこうしている訳にもいかない。


(酒でも飲むか・・)

 酒を飲むと落ち着ける一定の効果があるという話をふと思い出した。果たしてこんな状況下でも効果はあるのだろうか。まぁ、とりあえず喉はカラカラだ。あれだけの怒りのボルテージで言いたいことを怒りのままにぶちまければそうもなるだろう。口の中に水分は殆どなく、パッサパサの状態だ・・・。


〈カチッ〉

〈ゴク・・ゴク・・ゴク・・ゴク・・〉

「ふぅー・・・。美味くねぇ酒だなぁ・・・」

 放心状態に近いような感覚で時だけが過ぎていった。さっき実際に起こっていた出来事が現実だったのかそうでなかったのか、分からなくなりそうな感覚だ。


 気が付くと外はすっかり静かになっていた。もう外には誰も居ないように感じる。おそらく警察が事情聴取のため、近くの交番に二人を連行していったのだろう。それもそのはず、既に時計は午後9時を回っていた。そんな時、

〈ピンポーン〉

 突然インターホンが鳴った。

「誰だろう・・?」

 宅配便を除いてこの部屋を訪れる者はほぼ誰もいない。しいて言えば怪しい勧誘の人間がたまに来るくらいだろうか。そんな数少ない可能性の中で今この部屋を訪れる人間がいるとするならば・・・。

(もしかしてシンジが復習しにやってきたのか・・・?)

そんな不安を抱きながらもドアアイを通して恐る恐る確認しに行くことにした。


(・・え? 女の人・・・?)

 そこには知らない女が立っていた。

 シンジかミヨコの関係者だろうか。いや、雰囲気的には真逆の地味目な雰囲気であり、あの二人と何かしらの関係を持っている様な人物には見えない。不安ながらもドアを開けることにした。

〈ガチャ〉

「・・はい」

「あ、あの、いきなりすいません。こちらの右隣に住む者なのですが・・・」

 外見的にも話し方的にも、大人しそうというか暗そうというか、そんな雰囲気の人だった。

「あの、さっき外で喧嘩してた人達ってこちらの部屋の左隣の人達ですよね・・?ありがとうございます・・。私あの時間にどうしても出かけなきゃならない用事があって・・。でも外があんなだったし出ていけなくて・・・。喧嘩を鎮めてくれて・・本当にありがとうございました・・・」

 俺の部屋の右隣に住む人物らしいが今まで見たことがない。

「いや・・はぁ・・・。僕の部屋の目の前で起きていた事だったのでつい・・・。それに最終的に事態を収束させてくれたのは警察みたいですし・・僕は何も・・・」

「いえ!そんなことないです!とにかく本当に助かったので・・!ありがとうございました・・・!それだけどうしても伝えたくて・・」

「い・・いえ、そんな・・・」

 そう言って女は部屋に戻っていった。本当にそれだけを伝えに来たらしい。実際に彼女が部屋に戻っていくところを目で追ってみたが、本当にオレの右隣りの部屋に戻っていった。どうやら本当に右隣の部屋の住人だったらしい。

(わざわざあんな事でお礼を言いに来る人がいるなんて・・・)

 このアパートの住人からは冷ややかな目で敬遠されていたこともあり、「世の中まだそんなに捨てたものじゃないのかもしれない」なんていう年寄りじみたことを考えた自分がいた。



(ふぅー・・・今日はいろいろあり過ぎた・・・)

 バイトのシフトはいきなり伸びてツいてないと思いきや、50万いきなり手に入れて、今度は怒りのままにブチ切れて喧嘩の仲裁・・・。運が良いのか悪いのか・・・。

「ツいてるツいてないで言ったらトータルどっちだ・・?」

 そんなことをポケーっと考えながらソファーに座った。これだけの出来事がたった一日に凝縮される日があるというのも中々ないだろう。テーブルの上にはバイト帰りに買ったコーラの缶が置いてある。その缶を無心で眺めながら、今日起った出来事を振り返っていた。


「あれ・・?このコーラって落ちてた100円玉で買ったんだよな・・?」

 昨日プレイした「ちょっと身近な人生ゲーム」のことをふと思い出した。

(確か小銭を拾うとか書いてあった様な・・・)

 その瞬間、それ以降の目で出たマスがフラッシュバックした。はっきりとは覚えていないが、「確かこんな感じのことが書かれていたはず」という確信に近い記憶がある。

(拾った小銭・・・。軍資金・・・。ミヨコの日頃の鬱憤が爆発・・・。事態の収束・・・。周りから信頼を得る・・・・)

「あれ・・?これって・・・」

 少し冷や汗をかいてきた。

(まさか・・ねぇ・・・?)

 急いでゲーム部屋に向かうことにした。しかしゲーム機の電源は今朝切ったし、昨日プレイしたデータはもう残っていないはずだ。おそらく確認のしようがない。だが、とにもかくにも「あのゲーム」を起動させない事には始まらない。

〈カチッ〉

 ゲーム機の電源を入れた。

「まさかそんなはずはない。ただの偶然だろ?」という思いと、そのまさかに期待する感情が交錯している。ゲームを立ち上げると不思議なことが起こっていた。

「あれ・・?昨日は寝落ちしちゃってたから今朝はそのまま電源切ったはずだけど・・。何でセーブされてるんだ・・・?セーブボタンなんて押した記憶もないし・・・」

 確かにセーブなんかせずにそのまま電源を切ったはずだった。しかし、起動させると昨日プレイしていた画面がそのまま表示されていたのだった。

「1マッチ終わるまでは自動でセーブされるのかな・・?そもそも自動セーブ機能とかあるのかこれ・・?・・って、今はそんなことじゃなくて・・・!」

自分が進んだマスを遡って辿る。オレの記憶が正しければ今日起こったの出来事は確かに・・・。

(!)


――――――――――――――――――――――――――


・「道端で小銭を拾う。新しい人生のスタートを切る。」

・「人生再出発の資金として軍資金をゲット」

・「人助けをする。周りから信頼を得る」


―――――――――――――――――――――――――――


「マジか・・!」

 そこには確かに今日起きた出来事が書かれていた。確かに明確なものではなく抽象的な文章ではあったが、確かにそこには今日起きた出来事に合致する「マスの目」が出ていたのだ。

「待てよ・・。仮にここまでのマスの出来事が、本当に今日現実に起きた事と連動していたとして・・次は・・・!?確かここら辺で急に眠気に襲われてこの後のこと覚えてないんだよな・・・」


(!)

「周りからの信頼を得る」のマスから「現在止まっているマス」までを読んだ。


――――――――――――――――――――――――

・「仲裁がきっかけで知人ができる」

・「新しい仕事を手にする」

・「収入が増える」

・「人生の充実感が増す」


――――――――――――――――――――――


「あぁ・・・よかった・・・・」

 自分が進んだ全てのマスまでを読み終えて、ひとまず安堵の表情を浮かべた。半信半疑ではあるが、もし仮に「良くない事が書かれたマスに留まっていたら・・・」と考えると不安で仕方なかった。しかしそんな感情とは裏腹に、「とんでもなく良い事」が書かれているマスに止まっていたら・・・という期待感もあった。まぁ何にせよ良かった・・。確証までは得られていない事柄に対して、期待し過ぎるのも不安になり過ぎるのも時期尚早だ。

「とりあえず悪いことが書かれたマスはないみたいだな・・・良かった・・。ってかまぁ、こんなのただの偶然だろ・・」

 何かしらの言葉を発することで心の中の動揺を落ち着けようとしていた。

(昨日プレイした時は眠すぎてあまり記憶がなかったけど、ここまで進めてたのか・・。この後これが現実化する・・?いや待て・・さすがにそんなことあるわけない・・こんなの非現実的過ぎるだろ・・・)

「でももしこれが本当に現実になるなら・・・」

 体が少し震えているのがわかった。好奇心ゆえの期待から来る震えなのか、それともこんな非現実的なことが本当にまた起こるのかという不安の気持ちから来る震えなのか・・・。きっとその両方だ。しかし心はまだ疑いの気持ちの方が強い。真実を確かめるためにも、その後のルーレットはまだ振らないことにした。その日は寝るに寝つけなかった。



――――――――――――――――――――――――

次の日


「ふわぁぁ~・・」

(!)

 起きた瞬間、昨日のことを思い出してすぐに眠気がどこかに飛んでしまった・・。少し表現は違うかもしれないが、「何か嫌なことがあり夜眠りについた次の日に、朝目覚めるとその嫌なことを思い出して一瞬にして現実に引き戻される」、こんな感覚に近いかもしれない。

(そうだ、あのゲーム・・。まぁ、ただの偶然だったのかもしれないし考えるだけ無駄か・・)

 眠気はないが、睡眠不足特有の体と頭の重さは残っている。昨日の件でいろいろと考えてしまい、昨夜はほとんど眠れなかったのだ。ベッドに入ると、「これから本当にマスの通りの出来事が起こるのか!?」、「いや待て、ただの偶然に決まってる!」。そんな考えと考えが頭の中で何百回とぶつかり合い、眠気で寝付いたというよりは「考えることに疲れていつの間にか寝てしまっていた」と言った方が正しいだろうか。

「ってあれ?もう昼前じゃん・・・!あぁ・・そういえばカーテン越しに朝日が入って来るくらいまで眠れなかったんだっけ・・・。そこから寝ればまぁこのくらいの時間帯にはなるか・・・」

 時刻は11時50分を指していた。

「腹減ったな・・昼飯でも食べるかぁ。何かあるかなぁ~」

(あっ・・・)

 幸い今日はバイトは休みだ。基本的にバイト以外で俺が家から出ることはほぼない。あるといえば、漫画やゲーム探し、そして何かしら自分の生命活動の危機に関わる事態が発生している時だけなのだが、どうやら本日はその事態が発生してしまっている様だ。食料が無い。昨日食べたカップラーメンを最後に固形物の食べ物は皆無になってしまっていた。

「昼飯に食べれる物何もないや・・・。しゃあない・・買い出しに行くか・・・」

 買い出しはいつも面倒だ。だが、買い出しをしなければ家に食料は無くなるし生きていけない。仕方なく支度をし、外に出ることにした。



〈ガチャガチャ〉

「竹田さん!」

 玄関のカギを締めていると声を掛けられた。誰だろう。

声がした方に目を向けると、そこにはアパートの大家さんの姿があった。

「え?・・はい」

(何だろう急に・・)

 大家さんとはアパートの改修工事や一時的な断水など、最低限必要な連絡の際にしか声を掛けられたことがない。しかもそういう時は事前にチラシで連絡が来てるはずだ。特にチラシも届いてなかったし何なのだろうか。それともオレがただ単にチラシに気付かず捨ててしまったのだろうか。

「あなた昨日大変だったみたいねぇ、大丈夫だった!?なんでも喧嘩の仲裁に入ってガツンと言ってやったそうじゃない!警察を呼んでくれた野原さんが言ってたわ!あなた見かけによらず言う男だったのねぇ!やるじゃない!」

 想定外の大家さんのセリフに驚きつつも胸を撫で下ろした。「もしや近隣住民のオレへの嫌がらせで、オレの部屋のチラシだけ抜き取られて捨てられてしまったのかも・・・」という嫌な予感が頭をよぎっていたのだ。どうやらそうではなさそうで本当に良かった・・・。

「野原さん・・?」

「そう!野原さん!」

 どうやら昨日警察を呼んでくれたのは野原さんという人だったらしい。どの階のどの部屋の住人かは知らないが、本当にあれは間一髪だった。その野原さんがいなかったら俺はあの時どうなっていたか分からない。本当にありがとう野原さんとやら。

「竹田さん、あなた意外と男前なところあるのかしらねぇ?あはははは!」

〈バシバシッ〉

(痛い痛い・・!)

 大家さんは大胆に大笑いしながら俺の背中をバシバシと叩いてくる。如何にも絵に描いた様な「井戸端会議が大好きな田舎のオバちゃん」がやりそうな行動そのままで、思わず笑ってしまった。

(こういうシーンは漫画かドラマでしか見たことなかったけど、本当に現実にあるなんて・・ププッ・・)

「でね?昨日のこと知ってる住人さん達に今いろいろ話を聞いて回ってるところなのよ。あ、それとあなたの右隣りの玉野さんね!丁度今話を聞いてきたところだったんだけど、あの子もあなたのこと凄かったって言ってたわよ!最近の若いのにしてはホントやるじゃないあなた!あはははは!」

〈バシ!バシ!バシ!バシ!バシ!バシッ!〉

 管理人さんは俺の背中をバシバシと叩き続ける。

(痛い痛い痛い痛い痛い!マジで痛い・・・!玉野さん?誰?ここの住人の名前なんてほぼ誰も知らな・・・。右隣・・あ、昨日の女の人か)

〈ギィィィー・・・〉 

 近くの部屋の玄関のドアが開く音がした。

「あ!玉野さん!噂をすれば!今玉野さんがこの竹田さんのこと褒めてたって教えてたとこなのよ!じゃあ、私はそろそろ行くわね!他の住人さん達にも昨日のこと聞いて回らなきゃいけないの!後は若い者同士で楽しんで!うふふ」

 そう言葉を残し大家さんは行ってしまった。まさに、「ザ・噂好きのおばさん」といった様な、これから住人達に昨日の話を聞きに回るのが楽しみで楽しみでしかたないといった様子だ。おそらく警察に、「情報収集として、アパートの住人に昨日のことを詳しく聞いておいてください」とでも言われたのだろう。はたまた実はそんなことはなく、自分が大家ということをいいことに自主的に話を聞き回っているだけだろうか。


〈シーン・・・〉

 管理人さんが行ってしまい辺りは静まり返ってしまった。今このフロアで外に出ている住人はオレと玉野さんの二人だけだ。

(あぁ・・気まずい・・・)

 見事に取り残されてしまった。このまま何もせず黙り続けるのも、玉野さんを無視して買い出しに行ってしまうのも気が引ける・・・。やむを得ず声を掛けてみることにした。

「ど、どうも・・」

「どうも・・」

 互いにぎこちない挨拶だ。まぁ互いに昨日初めて会話を交わしただけの関係性で、しかも状況的に「いきなり取り残された二人」となればこんな空気になるのも仕方ない。俺のせいでもなければ玉野さんのせいでもない。大家さんのせいだ・・・。

 とりあえずはこちらの挨拶に応えてくれた様でひとまず胸を撫で下ろした。このアパートの住人のオレに対する冷ややかな目はある種トラウマで、同じような対応をされたらどうしようかと少し怯えてすらいた。だが、昨日わざわざウチにお礼を言いに来ておきながら、そんな態度をされたらそれはそれで「一体何を考えてるんだこの人は・・・汗」となるし、流石にかなり傷つく・・・。

「昨日はありがとうございました」

 といった様な事を考えていたら、急に玉野さんが話しかけてきた。この玉野さんとやらも、俺と同様にこの空気感の気まずさを感じていたに違いない・・・。

「いえ、僕は何も・・」

「お出かけですか?スーパー・・ですか?」

(!)

(何でわかったんだろう・・!?)

 唐突な質問に一瞬動揺したが、すぐに理解した。彼女の視線が俺が片手に持っているエコバックに向けられていた。

(なるほど、そこから推察したのか)

 どうやら観察力がある人の様だ。

「はい、ちょっと買い物に・・。家にある食料が何もなくなってしまって・・・(苦笑)」

「あはは、そうなんですね(笑)。実は私もこれから買い出しなんです」

 そう言いながら自分も手にしていたエコバックを恥ずかしそうに見せてくれた。

「もしかして・・・スーパー浜屋ですか?すぐ近くの」

「はい・・!ここら辺じゃ一番安くて。私、あのスーパーがこの辺りじゃ一番好きなんです。それに近いので行くのも楽で。よくわかりましたね」

「いやぁ、浜屋のコスパはここら辺じゃ一番ですからね!もしかしたらと思って言ってみただけだったんですが、当たってしまった様です(笑)」

 この玉野さんもスーパー浜屋の素晴らしさを知っている様だった。この近辺にはいくつかスーパーがあるのだが、スーパー浜屋のコスパに勝る店は存在しない。もう少し行った所にはこの田舎県にはふさわしくない高級スーパーなるものもあるのだが、俺には無縁のスーパー様だ。安く、そこそこ美味しく、そして量を沢山摂取できればそれでいい。俺にとって「コスパ」に勝るものはない!完全な「質より量」を求めるタイプだ。

「同じですね。じゃあ、あの・・い、一緒に行きます・・?」

 思わず誘ってしまった。

「あ、じゃあ・・はい・・・」

 当初は誘うつもりなど全くなかったのだが、この状況下で「目的地が同じだと分かっているにもかかわらず、あえて別々にスーパーに行く」という選択肢は俺には選べなかった・・・。むしろこの状況下でその選択肢を取れる人間がいるだろうか・・?いるのならソイツは一体どんなヤツなのか教えて欲しい・・・。まさかこんな事態になるとは・・。ほぼ初対面の人とスーパーに一緒に行くなんてシチュエーションは中々あるものではないだろう・・・。

(全部大家さんのせいだ・・・。あの人があのタイミングで話しかけて来さえしなければ、わざわざこんな気まずい気持ちでスーパーに行かずに済んだのに・・・!)


スーパーに向け歩き始めたものの会話のネタがない。

「・・・・・」

「・・・・・」

 互いに長い沈黙が続いていた。

(参ったな・・・。この沈黙どうすればいいんだ・・)

 あまりの沈黙の長さに焦りを感じ始めていた。「一緒にスーパーに行きましょう」などと軽々しく言わなければよかったと、そろそろ後悔し始めてもいい頃だ・・・。こういう状況下に居ながらも、全く気にせずに無言でいられるタイプの人間が心底羨ましいとこれ程強く思ったことはない。

(あれ?そういえば・・。平日のこの時間帯にいるって何やってる人なんだろう?平日休みの仕事の人なのかな?もしかしてオレと同じフリーターかニートか・・。同族かもしれない・・・)

こんな話すネタのないまま時が流れるのも流石に辛い・・・。ここは話のネタとして聞いてみることにした。

「あの、失礼ですがお仕事は何を・・?」

「あ、私漫画家なんです」

「え!漫画家さん!?」

 まさかの回答に驚きを隠せなかった。同時に数秒前に玉野さんをフリーターやニート扱いしたことへ、心の中で深く謝罪した。

(玉野さん・・本当にごめんなさい・・・)

「今連載してるんですよ、一応・・・。でもなんとかギリギリ連載続けていけてる様なもので・・いつ打ち切りになってもおかしくないんですけどね・・・」

「いやいや!連載されていること自体が凄いですよ!今まで生きてきてプロの漫画家さんに会ったのなんて初めてです!僕漫画大好きなんですよ!ジャンルは何を!?」

「漫画家」というワードに思わずテンションが上がってしまった。これも漫画好きの性だろうか。

「少女漫画です」

「少女漫画・・・」

 あらゆる漫画を読破して来たと自負していた俺だったが、少女漫画だけは手付かずだった・・・。

(そうか、少女漫画・・!そっちのジャンルは全く興味がなくて未開拓だった・・)

「ごめんなさい・・!漫画は大好きで、これまでかなりいろんなジャンルを読み漁ってきたりはしてたんですが・・。その・・・少女漫画系は全然で・・・」

「あはは、ですよね!大丈夫です!むしろ男性で少女漫画に詳しい方の方が驚きですよ!その前はサスペンス系を描いてたんですが上手くいかなくて打ち切りで・・。あの・・私からもいいですか・・?そちらはどんなお仕事を?」

(・・うっ・・・)

 逆に聞き返されてしまった。最も聞かれたくない質問を・・。しかしそれはそうだろう。こちらが聞くということは、「こちらが同じ質問をされてもいいですよ。問題ないですよ」という事と同義なのだから。

少しの沈黙を挟み重い口を開いた。

「僕は・・少し前まで会社に勤めていたのですが今は辞めてしまって・・。フリーターしてます・・・」

(はぁ・・言ってしまった・・。何て思われるだろう・・。この歳でフリーターを名乗るとか恥ずかしすぎる・・・。)

 しかも「少し前まで会社に勤めていた」という、少しでも自分をよく見せようとする言葉まで付け加えて・・。あぁ・・恥ずかしい・・・。何とも言えない悲しさと虚しさで押し潰されそうになった。

「いろいろありますよね。生きてると」

 そういって玉野さんは優しく微笑んでくれた。その微笑みはとても優しく、相手を気遣って意図的に作り出されたものというよりかは、「心から自分もそう思っていますよ」という、純粋な感情から生まれた自然な微笑みに見えた。

「・・あのー・・・」

「・・あっ、はい・・?」

 その微笑みに見とれてしまっていたのか、急に声を掛けられふと我に返った。もしかして玉野さんの微笑みを気付かぬ内に気色悪く眺め続けていたのだろうか・・。一体何秒くらい・・?一体何を言われるのだろうと身構えた。

「じゃあ、もしかして・・。今自由なお時間って結構あったりされますか・・!?」

 それまでの大人しい雰囲気から一変して少し食い気味な口調で質問された。一体何を知りたいのだろうか。この質問にどんな意図があるのか分からない。

「ま、まぁ・・。毎日フルでシフトに入ってるわけではないですし割と・・・。生活に支障ないくらい稼げればいいかなって感じなので・・・」

 あまり話したくないことを話してしまった気がする。特に話す必要のなかった情報まで言ってしまった様な・・・。こういったアドリブが要求される様な機転が求められるシチュエーションは苦手だ。根が単純な人間だからか即座に当たり障りない嘘をつくということが出来ないのだ・・。

「でしたら・・!漫画の・・!原稿の簡単なお仕事のお手伝いお願いできませんか!?」

(え・・・?)

 想像もしていなかった言葉にキョトンとしてしまった。

「・・・。漫画のお手伝い・・?」

「はい!言ってしまえば雑用みたいなお仕事になってしまうんですが・・・。あ、もちろんタダでとは言いません!でもおそらく今されているアルバイトの時給と同じか少し少ないか程度のものにはなってしまうと思うのですが・・・。私、売れてる漫画家とかでは全然ないのでいろいろ経費を削るのに必死で・・・。本当ならプロのアシスタントを雇うのが一番なんでしょうけど、そんな雇える程売れているわけでもなくて・・・。かといってアシスタントを雇わずに何もかも自分でやろうとすると体調を崩すことも多くて・・・」

(!)

 その時ピーンときた。

(もしかしてこれの事か・・!?)

〈ちょっと身近な人生ゲーム〉のルーレットで出たマスに書かれた内容を思い出した。


―――――――――――――――――――――――

・「仲裁がきっかけで知人ができる」

・「新しい仕事を手にする」

・「収入が増える」

・「人生の充実感が増す」


――――――――――――――――――――――――――


「ははっ」

 思わず笑ってしまった。

「どうしました?」

 なんの脈絡もなくいきなり笑い出す人間が目の前にいたら疑問に思うのも当然だ。玉野さんは不思議そうにしている。

「あ、すいません(汗)。なんでも・・・(笑)」

(これが「喧嘩の仲裁がキッカケでできた知人」、「新しい仕事ゲット」、「収入が増える」ってことか 笑。今の俺のコンビニの時給が850円だから同じくらいは貰えるんだろうか? 笑)

 これはもうほぼ「決定的」だという確信を得ることが出来た。〈ちょっと身近な人生ゲーム〉で出るマスの目は現実とリンクしているのだ。

「いいですよ!漫画作りとか興味ありますし!僕そこそこ器用な方ではあるので、ご迷惑をお掛けしない程度には貢献できるのではないかと。多分ですが・・・。って、まだやったこともない事に対して自信満々な事言わない方がいいですよね・・あはは・・・(汗)。もし全く役に立たなかったらとんだ期待外れになってしまいますし・・。もしそうなったら遠慮せずに言ってくださいね・・・?でも・・いきなり僕なんかで大丈夫なんですか・・?昨日会ったばかりの見ず知らずの人間ですよ・・・?」

 出たマスの通りになるとなんとなくは分かってはいるが、まだ確信的な自身はない・・・。一応「もし役に立てなかったら」という最もらしい、且つ、礼儀のある体の質問をしておくことにした。「新しい仕事」を手に入れた後「人生の充実感が増す」と書かれていたので、おそらくオレが全くの役立たずで使えないということはないだろう・・と思いたい・・・。しかし絶対的にそうだと言い切れる自信も今はない・・。ここは一応の保険を掛けておくことにした。

「大丈夫です!ありがたいです!」

「それなら良いのですが・・・(汗)」


 この会話がキッカケとなり、これまでの話しにくい雰囲気は何処かに行ってしまった。互いのこれまでのことや今のこと、様々なことを話し、気付けば買い物を終えアパートの部屋の前にまで来ていた。

「それでは明日からお願いできるということで大丈夫でしょうか?」

「大丈夫ですよ。明日もシフト入ってないですし、それ以降の都合のいい日はまた後日お伝えします」

「わかりました。では明日10時に」

「はい。では明日10時に伺います」



 次の日からコンビニバイトと漫画家アシスタントという二足の草鞋状態がスタートした。

「えっと、まずは消しゴムかけ、ベタ塗り、から教えていきますね」

「はい!お願いします!」

「二足の草鞋」と聞くと聞こえはいいが、実際に俺がやっていることと言えば「ただのバイトの掛け持ち」だ。だが「プロの漫画家のアシスタント」という素人じゃまずありつけない仕事に携われていることに大きな高揚感を感じることができたし、元々の漫画好きが功を奏したのか、漫画制作の裏側を知れることが実に新鮮で興奮が止まない。心なしか精神的にも満たされていっている様な気もする。

 会社を辞めてからどこか生きることに対してワクワクすることがなくなっていたこともあり、この感覚はとても懐かしく、同時に嬉しくもあった。「俺の止まっていた心が再び動き始めた」まさにそんな感覚だった。それは「今を生きている」、こんな大げさな言葉でさえ何の恥ずかしげもなく言ってしまえる様な。確かにマスに出た通り「人生の充実感が増している」のかもしれない。




―――――――――――

「竹田さん、ここのベタお願いします」

「わかりました。あとこっちのトーン終わってます。確認お願いします」

「ありがとうございます。ではチェックを・・・。竹田さんホントに上手になりましたよね。もう手伝っていただき始めてから三カ月も経つんですねぇ。いつも凄く助かってます。ではそのベタが終わったら今日は上がっていただいて大丈夫です。ここからしばらくはネーム作りに入りますので、また竹田さんにお手伝いいただきたい際には改めてご連絡しますね!」

「了解です!」

玉野さんのアシスタントを始めてから既に三カ月もの時が過ぎていた。玉野さんのアシスタントを始めるまでは好きなことをやって時間を潰しているはずなのに、時間が経つのが物凄く遅かったことをよく思い出す。

「お疲れ様でしたー」

「お疲れ様です。またお願いしますね」


(ふぅ・・今日は早く終わったな。あれでもやるか!)

 時計は午後2時を指していた。いつもは朝の10時から夕方の5時くらいまでかかるのだが、今日は早めに終えることが出来た。丁度締め切り分の最後の仕上げの作業だったこともありキリが良かったのだろう。今日完成させた分は締め切りには十分余裕があるそうだ。

「でもどこか話の内容が終わりに向かっている様な・・。ヒロインのライバルの伏線とかもまだ回収してないし、ここからまた展開が変わっていくのかな?楽しみだ」

 アシスタントの仕事をしていると話の内容も当然わかってしまう。まぁ素人がプロに物申すのもおこがましい。俺自身、話の構成に関する知識は全く持ち合わせていないし、プロにはプロの考えがあるのだろう。何より玉野さんにはプロの担当の編集さんだっている。


「よし!描くか!」

玉野さんのアシスタントバイトを始めて以来、「漫画」というものにより魅力を感じ始め自分で絵を描き始めた。自分のオリジナルキャラクターでカッコいい一枚絵を描き上げることが現在の俺の目標となっている。玉野さんから教わったペン入れ、ベタ塗り、トーン、効果線などの技術が上達してきたこともあり、この手に入れた技術を駆使してイカした一枚絵を描き上げてやろうと目論んでいるのだ。

「玉野さんが描いてくれたこの参考用の絵だけど本当に上手いよなぁ。見せ方がなんとも独特でカッコいい・・。こんなに上手くても過去に打ち切り食らってるっていうんだからホント厳しい世界だよなぁ・・・」

 玉野さんのアシスタント経験を積み始めてから漫画を見る視点が変わった。「この作者はどういった意図を持ってこの一コマを読者に見せようとしているのか」といった視点で、漫画の一コマ一コマを深く意識して見るようになっていた。

 今では初心者漫画家セットなるものを一式揃え、時間がある時はいつでもペンを握るようになっている。玉野さんはとても親切で、自分に時間がある時や息抜きをする際にはキャラクターを上手く描くコツや、格好良く、そして可愛く演出できるトーンや効果線のテクニック等を沢山教えてくれた。

「あぁ・・またパース狂ってる・・。くそぉ・・」

意気込みとやる気はあっても実力はまだまだの様だ。しかし玉野さんが、「竹田さん、絵のセンスありますよ!磨けば光るかもです!」と言ってくれた言葉を信じて今日もなんとか頑張れている。



〈ピンポーン〉

そんな時、インターホンが鳴った。

(誰だろう?せっかく気合い入れてやってたのに・・・)

宅配便も頼んだ記憶はない。勧誘だろうか?

〈ガチャ〉

「・・はい」

来訪者は大家さんだった。

「あ、大家さん、こんにち・・・」

(!)

 隣には見たことのある紺色の帽子と制服を身に着けた男が立っていた。

「どうも。いきなり失礼します」

 その見覚えのある紺色の帽子と制服を身に着けた男は警察官だった。続けて警察手帳を見せられた。

「竹田さん、いきなりごめんね!?あなたのお隣の紗江島さん!ここ最近見かけたかしら!?」

「実は数カ月前にお隣にお住いの紗江島さんと男性の間でトラブルがあったのですが、その日以降行方不明になっておりまして。何かご存じでないかと思い、少しお話をお伺いできませんでしょうか?」

 大家さんと警察官の話す内容があまりにも唐突過ぎて上手く話を呑み込めない。

「え、紗江島?行方不明・・?隣・・?一体なんのことを・・・。あ・・!もしかして前にあった警察沙汰の・・?」

「そうそう!その紗江島さんよ!」

(こちとら初めて苗字を知ったよ・・!)

 シンジが「ミヨコ」と呼ぶので下の名前は知ってはいたが、苗字を聞いたことはこれまでなかった。

「いや、見てないですね。男の方もあれから来てないと思いますけど・・・。いつも男が来る時はその紗江島さん?が大声で話すので、居るか居ないかくらいはすぐわかるとは思うんですが・・・。改めて聞かれるとここ暫く声は聞いてないと思います・・。というか・・え・・?行方不明なんですか・・・?」

 あまりの衝撃の言葉に思わず聞き返してしまった。あの事件以降、確かにシンジが隣のミヨコの部屋を訪れる声も耳にしていない気がする。

「そうですか・・・。はい・・。この数カ月の間、お隣の紗江島さんが行方不明になっております」

 有益な情報を得られなかったことが悔しかったのか、警察官は残念そうに言った。反応から察するにこの警察官は正義感がとても強い人なのだろう。

「そんなに長い間帰ってないんですか?ただ単に友達の所に行ってるとかじゃ・・」

「それが紗江島さんのお母さんがいくら連絡しても娘に全然連絡がつかないって、大家の私の所に連絡がきたのよ!始めは忙しかったり友達の所にでも行ってるのかな、くらいにしか思ってなかったらしいんだけど、それがもう何カ月も続いてるらしくて捜索願も既に出したって・・!この警察の人もあの日、紗江島さんの事情聴取を終えた後、彼女をここまで送ってくれね?このアパートのエントランスをくぐるまではしっかり見届けたって・・・。まったく何処に行ってしまったのかしらねぇ・・・」

 あの時駆けつけてくれた警察官はこの警官だったという事を初めて知った。はっきりとは覚えていないが、あの日の警察官の声もこんな感じの声だった様な気もする。

「あの事件って・・あれからもう三カ月くらい経ちますよね?一旦家に帰られて、そこから消えてしまったということですか・・?何かあったら事ですし、合鍵を使って部屋の中を調べてしまった方が・・・。もしかしたらただ引き籠ってるだけの可能性も・・」

「つい今さっきしたのよ!この警察の人と一緒に!でもやっぱりいないのよ!部屋も特に荒らされたりしてるわけでもなかったし・・・」

「お隣で叫び声や悲鳴、何か大きな物音がしたなど、特に変わったことはなかったでしょうか?どんな些細なことでも構いませんので・・・!」

 警察官の声のトーンから、ほんの僅かでも進展に繋がりそうな手掛かりを得られないかという必死さが伝わってくる。

「いや・・自分が記憶する限りではないですね・・・。そんな大きな声や音を立てられたら隣なのですぐにわかると思いますし・・・。事件以前は男が紗江島さんの部屋に来ると話声やら何やらでうるさいと思ったことは何度もあるんですが・・。言われてみると最近はそう思ったことも全くなかったので・・・。すいません・・お役に立てず・・・」

 向こうの必至さが伝わってくる分、力になれない自分に後ろめたさを感じてしまう。

「そうですか・・・。ご協力ありがとうございます。ご存じかもしれませんが、実はこのアパート、以前にも失踪事件が起きてるんです。ここ数年で幾度か・・・。決してそれらの事件と今回の件に関連性があるというわけではないのですが、あなたも十分にお気を付けください。もしまた何か思い出したり、わかったことがありましたら近くの署か大家さんにお願いします」

(このアパートで失踪事件!?しかもここ数年で何回も!?聞いてないぞ・・・!)

「そんな話聞いてない!」と言わんばかりに大家を睨みつけようとしたのだが、「マズい・・」と察したのか大家は既に目を逸らしていた。

「は・・はい・・わかりました。力になれずすいません。何か思い出した際はすぐに・・・」

聞いたことのなかったこのアパートでの失踪事件の発覚に動揺を隠せずにいたが、何とか警察官に返事をした。

「ありがとうございます。よろしくお願いします。では」

「い・・いきなり悪かったわね・・・!ま、まぁこれまでの失踪事件も別にうちのアパートに何か原因があって起こったわけじゃないし・・ね!・・・それじゃ、もし何か少しでもわかったことがあったらすぐに教えてちょうだいね・・!」

 


〈ガチャン〉


 扉を閉め呆然と立ち尽くした。

「このアパートで失踪事件があったなんて聞いてないぞ・・!そんなこと知ってたら契約するか迷ってたレベルだぞこれ・・・!仲介屋もしっかりとそういうことは教えてくれよ・・。ってかミヨコが失踪って・・笑えないやつじゃん・・・」

 大家がこのアパートで起こったこれまでの失踪事件を隠していたことにも腹が立っていたが、それよりもミヨコの件で頭が一杯になっていた。

こういった事件はニュースでもよく耳にする。冷たい人間なのかもしれないが、それに対して何か特別な感情を抱いたことはない。「所詮他人事」、この言葉に尽きてしまう。何処の誰かもわからない人間に起こった出来事、ただそれだけのこと、そんな風に。

 しかし、今回はその当事者が自分の住んでいるアパートの真隣の人間となると話が違う。ミヨコと話したこともなければ何か特別な感情を抱いていたわけでもないが、体中を巡る血が徐々に冷たくなっていくのがわかった。

 あまりのショックだったのか玄関に立ち尽くしたまま動けずにいる。改めて考えると、ここ暫くは確かにミヨコの部屋から一切の生活音さえも聞いていない気がする。


(このままここにいてもな・・・)

やっとのこと動く気になりソファーに腰をかけることにした。

「はぁ・・せっかく絵の練習しようとしてたんだけどなぁ・・・。そんな気分じゃなくなっちゃったよ・・・」


〈カチッ・・カチッ・・カチッ・・カチッ・・〉

普段は気にもならない時計が秒針を刻む音が聞こえてくる。一度意識してしまうとなかなか秒針の音を意識外に外すのは難しい。夜なかなか寝付けない時に陥る現象だ。こういう時は大抵秒針の音が気になってしまって他のことに集中が出来ない。


「部屋の掃除でもするか・・・」

 そのまま時を過ごすのも、秒針の音を意識して聞き続けるのも気が狂いそうになってしまう様な気がして、唯一その気になれそうな掃除をすることにした。特に難しいことを考えなくても済むし、いつものルーティーン通りに手を動かせば無心でも行える。


〈ウィーン・・ガタガタ・・ガタゴト・・〉

「此処こんなに埃がたまってたのか・・。気付かなかった・・・」

 いつもに比べて無心な分、普段なら意識して見ない様な所にまで目が届いてしまう。

「せっかくだし細かいところまでやるか・・」

 掃除機を念入りにかけ部屋の隅々までくまなく綺麗にしたばかりか、年末くらいにしか持ち出して来ない雑巾をも使って掃除してしまった。

「・・よし!ここは済んだからあとはゲーム部屋か」



「・・・ゲーム部屋・・」

 一瞬思考が停止した。


(!)



「ゲーム部屋・・・。ゲーム部屋!?」

 一時期あれ程入れ込んでいたゲーム熱を思い出した。

「・・・あれ・・?そういえばゲームよくしてたっけ・・・」

 その瞬間「ちょっと身近な人生ゲーム」を買った日のことが一気にフラッシュバックした。

「ミヨコ・・・・!」

 慌ててゲーム部屋に駆け込んだ。

(何であのゲームのことを忘れていた・・・!?現実とリンクしてるってわかって・・・。だとしたらミヨコも・・・!?そんなゲームのこと忘れようがないだろ・・・!)

 ゲームを起動させるのが怖い。電源ボタンに触れようとするが指が震えて押すことが出来ない。体中を巡る血が冷たく感じるばかりか、頭の中も「サー・・・」と冷たくなっていくのがわかる。血の気が引くというのはまさにこのことなのだろう。

「クソっ・・・・!」

 震える左手で右腕の震えを何とか抑え、ようやく電源を入れることができた。

(ミヨコ・・!ミヨコはあの後どうなった・・・!?)

 どうしてミヨコの留まったマスを見ようとしなかったのだろう。こんな思いばかりが浮かんでくる。

(しょうがないじゃないか・・・!そもそもこんなゲームが現実とリンクしているだなんて誰も思わない!名前だって適当にミヨコの名前を使っただけだ・・・)

(!)



ミヨコが止まったマスの履歴を確認した。

*止まったマスの履歴


――――――――――――――――――――――

・「日頃の鬱憤が爆発 精神的大ダメージを受ける」

・「仲裁によりなんとか事態は収束。しかしさらに精神的ダメージを受ける」

(ここまでは何となく覚えている気がする・・。あのシンジとの一件の日のことだ・・)


・「精神面がズタボロに。鬱になる」

・「男性依存がさらに増し、精神が不安定になる」

・「男を探しに失踪する」

・「?」


―――――――――――――――――――――――――――――――


(男を探しに・・ってシンジのことか・・!?それに「?」ってなんだよ・・!)

「っていうかおかしいぞ・・。このゲームを買って確かに出たマスに書かれたことが起こった・・。現実とリンクしているという確信も得た・・・。だったらなぜこの三カ月の間このゲームに一切触れなかった・・・!?というかこのゲームの存在自体忘れてたような・・。普通忘れないだろ、こんなゲームのこと・・!どうして忘れていた・・・!?」



〈ピンポーン〉

(ビクッ)

 いきなりの来訪者を告げる音に心臓が止まりそうになった。

「誰だよこんな時に・・・!」

 こんな気が気じゃない時に来客の相手なんか出来やしない。頭の中はなんとか現状の整理をしようとするだけで精一杯だった。

(ミヨコが消えたのは俺のせい・・?俺がいけないのか・・?俺がミヨコの名前を使ったから・・?いやだって、こんなことになるなんて思わないし・・・。ってか、これって捕まる・・・?もしミヨコに何かあったら俺はどうなるんだ・・・)


〈ピンポーン ピンポーン ピンポーン〉


(いや待て・・そもそもこんなゲームが存在するわけがないんだ・・・!だったら証明のしようだってないはず・・!俺のマスの件も本当にたまたま偶然同じことが現実に起こっただけってことも・・・!そう・・!そうだ!そうに決まってる・・・!)


〈ピンポーン ピンポーン ピンポーン ピンポーン ピンポーン ピンポーン・・・・。ドンドンドンドンドンドン!〉


(!)

「・・・あぁ!うるせぇな!誰だこんな時に・・・!インターホンだけじゃなくドアまで叩いてきやがって・・・!」

 鳴り止まない音に苛立ちを隠せなくなった。

〈ドスンッ ドスンッ ドスンッ ドスンッ!〉

 怒りのままに床を踏みつけ玄関に向かった。

〈ガチャン!〉

「誰だ!ピンポンピンポンうるせぇな!こっちはそんなどころじゃ・・・!」

(!?)


 扉を開けるとそこにはミヨコが立っていた。

「・・・えっ・・・?」

「あの・・この前はごめんなさい。ご迷惑をおかけして」

「え・・あ・・いや・・・」

 予想だにしないミヨコの登場で頭が真っ白になった。

(え・・ミヨコ・・・?)

 例の事件以来失踪し、警察沙汰にまでなっているミヨコが今自分の目の前にいる。そんな失踪事件を引き起こしたのは自分かもしれないという罪悪感で一杯になっていた心の中に、安堵の感情が沸き起こった。

 自分のせいでミヨコが失踪し、「もしかしたらミヨコは危険な状態にあるのかもしれない・・・」、「下手したら既に死んでしまっている可能性だってあるのかもしれない・・・」、そんな考えが頭の中をずっと渦巻いていたのだ。しかしミヨコを見た瞬間、そんな不安から一気に解放された。

「ちょ・・丁度あなたのことを心配してたところだったんですよぉ・・・!ついさっき大家さんと警察の人がウチに来て、もう三カ月の間あなたと連絡が付かないって・・!そ・・それで僕も大丈夫かなぁ?どうしちゃったのかなぁ?なんて心配してたんですよ・・!あははは・・・」

 ついさっきまでの動揺を抑える様に、悟られない様にどうにか言葉を発した。口からなんとか吐き出した声と言葉は、上ずったり震えていたりしていなかっただろうか。ミヨコにはどう聞こえただろう。

「・・あは。嬉しい・・。私なんかのことを心配してくれているなんて・・・」

「・・いやいや!心配するなんて人として当然のことですよ・・!三カ月も部屋に戻られてなくて、連絡も付かないなんて聞いたらそりゃあ誰だって心配しちゃいますって・・!はは・・・」

「やっぱり・・・。やっぱり私の目に狂いはなかったです」

「え・・?目に狂いはないってどういう・・・?」

 何の脈絡もなく出て来たミヨコの言葉の意味がわかない。

「私アナタに怒られてわかったんです。一緒にいる相手は誰でもいいわけじゃないって。本当に私のことを思って、怒って、叱ってくれる人・・・そうアナタみたいな・・・」

「え・・?それってどういう・・・」

「だからね?あの人はもう要らないの。要らないから捨ててきました」

「捨てた・・?あの人・・?一体何の話をして・・・」

 

 その時、臭覚を刺激する何かがあることに気付いた。

(・・ん?何か変なニオイが・・どこか鉄臭いような・・)

(!)

 ミヨコが黒色のワンピースを着ていたせいで分かりにくかったが、よく見てみると黒色の生地に少し赤みがかったシミのようなものが全身に散りばめられている。  

つい今しがたまで頭が大混乱していた中、いきなりのミヨコの出現で五感が全く機能していなかったのだろうか。

「・・その服のシミ・・なんですか・・・?」

「あれ?シミなんて付いてますか?・・あ、本当だ。黒だからわかりにくくて気付きませんでしたぁ。でも、これはこれで綺麗ですね」

 ミヨコはそう言って微笑む。

「あ・・あんた何を言って・・・。その赤いシミ・・・それにこの匂いだって・・・・あんたまさかあの男を・・・!」

「・・・もっともっと私のこと・・怒って叱って大切にしてくださいね・・ふふふふ・・・」

 そう言いながらミヨコは俺の顔を深く覗き込むようにして微笑んだ。その微笑みは何とも純粋なモノでありながら、同時に目には見えない狂気を感じさせられる様な微笑みだった。その微笑みに慄き、後ずさりした時だった。


〈バチッッッ!〉


 体中に激痛が走った。

(何だ・・今の・・・)

 意識が遠のいていく。

(あ・・俺・・倒れてる・・・)

 意識が途切れそうになる中、自分の体が倒れていっていることだけはわかった。ミヨコが微笑みを浮かべながら俺を見下ろしている。

(助け・・・)

 完全に意識を失う最中、スタンガンを手にしているミヨコの手が視界に入った。

(そういうことか・・・)

〈バタンッ〉


「うふふ・・。人目が付かないうちに私の部屋に運ばなきゃ。待っててね・・ずっと私と一緒に居させてあげるから・・・。アナタみたいな素敵な人はずっと私と居なきゃダメ・・。その分私もアタナに愛を注ぐわ・・・。うふふふふふふ・・」




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 このゲームの説明書には「注意事項」が明記されていた。

*注意事項

・このゲームの効用は非常に強力です。ゲームがどんな方向に進むのかはランダムに決まります。

・参加させるプレイヤーはしっかりと吟味された上でお決めになることを推奨致します。

・設定するプレイヤーは一人~四人まで自由に選択できます。本ゲームの購入者様自身の参加/不参加は自由です。

・設定されたプレイヤーは「ゲームオーバー」の表示が出るまでプレイを続けることが出来ます。

・一度ゲームを開始すると設定したプレイヤー全てがゲームオーバーを迎えるまで次のマッチを行うことはできません。

・設定するプレイヤーの選択は、その人物の名前と顔を認識していれば問題なく登録できます。名前と顔の二つを認識していない人物を設定した場合、その人物に対するゲームの効用は無効となります。

・留まったマスの結果がいつ現実に反映されるかはランダムとなります。(例:プレイ当日に反映されることもあれば、一ケ月後に反映されることもあります。)

・本ゲームの購入者様が設定されたプレイヤーと、他の購入者様が設定されたプレイヤーが同一人物で重複した場合、先にルーレットを回した側の結果が優先され現実に反映されます。

・このゲームにおいて起こるすべての事象への責任は負いかねます。予めご了承ください。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



〈プゥゥー・・・スハー・・〉

 中古ゲーム屋の店内で堂々とゲームをしながら煙草を吸う男がいる。

「やっとゲームオーバーになってくれたか竹田真太郎。大体5回もルーレット回せば悪いマスばっか出てすぐゲームオーバーになるもんなのにコイツ運良すぎだわ。やたら良い結果のマスばっか留まりやがるし・・・。しかもマスの結果が現実に反映される速度が遅すぎる・・。これまでの奴らは二週間もありゃすぐゲームオーバーになってたのによぉ。こちとらお前が早くゲームオーバーになってくれないと次のマッチで新しいオモチャ使って遊べないんだっつの・・!長引かせやがってウザッてぇ・・・」

 何やら愚痴を言っているようだ。

その男は真太郎がプレイしたゲームと同じゲームをしている。

 

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プレイヤー1:名前 竹田真太郎


*プレイヤー1 真太郎が止まったマスの履歴。

・「人生の充実感が増す」

・「異性と二人で過ごす時間ができる」

・「それまでの趣味はそっちのけになり、新しい仕事に夢中になる」

・「新しい技術と知識を身に付ける」

・「新しい趣味ができる 新しい趣味に費やす時間が増え充実感が増す」 

・「人生に生きがいを見出すことに成功する」

・「最高の充実感を味わうも束の間 拉致事件に合い、希望が絶望に変わる

*ゲームオーバー」

―――――――――――――――――



「うふふ・・・これでアナタは私の物・・・。一緒に居て欲しい人には始めからこうしちゃえば良かったんだわぁ。動けないようにしちゃえばずぅーーっと、ずぅーーっと一緒に居てくれるんだもの・・。うふふふふ・・・」

「・・・ンンー!・・ンンーー・・!」

―――――――――――――――――


〈中古ゲーム屋・店内〉


「またあのゲーム回収しないとなぁ。あいつに連絡入れとくか」

〈ルルルルルルルルッ〉

「あ、お疲れぇぇ。また例のソフト回収しといて欲しいんだけど。うん、そうそう。わかってるって、いつも通り回収したらお前も好きなオモチャ使って遊んでいいからよっ。あと、もし他に設定されてたオモチャがまだゲームオーバーになってなかったら、適当にルーレット回してソイツもゲームオーバーにして終わらせといてくれ。でも一回遊んだら返してくれよ?この店でそのソフト買わせた客の人生を狂わすのが面白んだからさ!遊び終わったらまた俺の店に来てくれ。んで、ソイツの住所なんだけど・・住所は○○○市○〇 〇○○―○○ ハイツ木村 204号室。んじゃ、よろしく」


〈プハーーーーッ〉

「ダチに警察いると便利だよな(笑)。国家権力振りかざして‘ちょっと事件です’なんて言えばこんな田舎に住んでる無知な奴らは平気で家に上がらせちゃうんだから(笑)。それにこの仕事やってると身分証明の確認がてら客の名前見れるのがいいよな。使いたい放題、ははは」


―――――――――――――――――

「ったく人使いが荒いよなアイツも・・。いくら警察だからって何かしら真っ当な理由付けていかないと簡単に家に上げてなんてくれないっつの・・・!ったく! えっと、回収する場所の住所は・・・あれ?これこの前行ったアパートじゃねぇか!んで部屋番号はっと・・・、あぁ!あの男が今回のオモチャだったのか!まさかの偶然!ははははは!あの大家に頼めば今回は簡単に入れてもらえるなコリャ!回収も楽だわ!ラッキー! にしてもあの男、ゲームオーバーになったのかぁ、ははは!どんな終わり方したんだか!早く回収して遊びてぇ~!俺は次誰使うかなぁ~。ここの大家はなんか気に食わなかったし、あのババアでもいいか!」

――――――――――――――――


 

 人生は何が起こるかわからない。そんな言葉をよく耳にする。

自分が「世の中を動かしている側の人間」であるという自負を持っている者がこの世界に一体どれ程いるだろうか。「自負のある側の人間」とは?政治家?世界的企業の経営者?裏社会の人間?

 しかしもっと身近な、我々のすぐ傍にも「動かす側」に属する人間がいるかもしれないのだ。この男のように。


〈プゥ・・スハーーー〉

「次はどの客使うかなぁー。そういえばこの前の客、この俺に接客態度が悪ぃだのと説教してきやがった奴がいたなぁ!アイツにするか!俺に生意気な口訊いたこと後悔させてやるぜ!ハハハハハ!」

―――――――――――――――


しかし、この男もまた自分が「動かされる側の人間」であるいうことを本人は知らない。


――――――――――――――



「あーもぅ・・!いいネタ浮かばないなぁ・・。今の連載も打ち切り決まったから最後は適当にオチ付けて新作のネームに取り掛かってくれって・・・。担当さん酷過ぎ・・・」


「しかも今度はジャンルを180度変えてミステリーものを描けって・・・。サスペンスから少女漫画にいって、今度はミステリーって・・もう・・!言うことコロコロ変わり過ぎ!」


「試しに‘ボードゲームをテーマに、出たマスの通りに人生が進んじゃう主人公’って設定で描いてみたけど・・・最終的にメンヘラ女に拉致られて監禁ってオチじゃねぇ・・・。主人公の男がゲームのことすっかり忘れて物語が進む展開も無理あり過ぎるかなぁ~?そして実はこのゲームには中古ゲーム屋の店長も一枚噛んでましたぁ・・って・・・。まぁこの店長も仲間の警官と仲間割れした挙句、銃で撃たれて死んじゃうんだけどねぇ・・。あーダメだ、私センスなさ過ぎ・・・」


「リアルなキャラ観察したいと思って近所の人にキャラを割りあてていろいろ観察してみてはいるけど、失踪・監禁系はまずいよねぇ。これでこのアパートの住人がいなくなるのも6人目だもんなぁ・・。でもやっぱりサスペンス・ミステリー系と言ったら人が消えてなんぼだからなぁ~。それか、そろそろ引っ越して新しいアパート探すのもあり?でも引っ越し代がなぁ・・・」


「うーん・・・仕方ない!私が最高の漫画家になるためだもん!〈使える‘物’〉はどんどん使ってかないと勿体ないっ!じゃあこの話はボツにしてぇ~、次いこ次つぎぃ~!」




終わり。


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