#1 その日は突然
いつも通りのメンバーでいつも通りの道を帰る。そんな当たり前で、幸せな日常は尊いものだったのだと後々になって気づく。
♢♢♢
「おーい!翔!遅せーよ!」
「ごめんごめん!」
短く刈り上げられた黒髪のいかにもスポーツマンらしい男子高校生は宇佐美太一は、同じく黒髪の翔と呼ばれる男子高校生の成宮翔を元気よく呼んだ。
「何してたんだい?」
こうして翔に尋ねる茶髪の男子高校生の瀬田玲二は待っていたことに苛立つ様子もなく、優しげな口調で
返答を待った。
「これだよこれ。レイジに渡してくれって一組の女子に頼まれたんだよ。俺に対してのラブレターかと思ってドキドキして損したわ!」
「またなの?ほんっとにモテるわね!」
もはや呆れた様子でいる黒髪ショートカットの女子高生は北條桜である。
「これで今週何回目なんですか?」
こちらもお淑やかに呆れている様子を見せるのはサラサラな黒髪ロングの星野海奈である。
「えーと、4回とかじゃなかった?」
左手を指折り数える金髪の女子高生、四宮奏は今週の回数を思い出そうとしているらしい。
「そ、そんなことよりさ!来月の修学旅行楽しみだね!」
玲二が帰り道に向かって歩き出す。
「話題変えるの下手か!」
太一に続きそれぞれみんなも歩き出した。
太陽が最後の力を振り絞るように真っ赤に染まる空が見える。
「すごい綺麗な夕陽。こんな夕陽綺麗な初めてかも。」
父親が欧州生まれでハーフであるが故に、透き通るような金色の髪をなびかせて歩く奏は絵画のように映える。
そんな奏に歩幅を合わせて隣を歩く翔は、信号の赤で停止すると奏の目を見つめる。心なしか奏の頬も空と同じ色に変化しているように見える。そして言った。
「夕陽より、俺の方が綺麗だよ?」
「そう言うと思ってました。」
少し後ろを歩いていて追いついた海奈は苦笑いだ。
「なんで分かったん?」
「それはいつもの行いじゃないですか?」
「よく見てるようで。」
翔は敵わないと言った表情で再び奏に目線を戻して笑う。
「本当によく翔のことを見てるな〜、海奈は。」
何か意味を含ませ、太一はニヤニヤとしている。
「それはどう言う意味でしょうか!?」
「さて?どう言う意味かなあ?」
「ま〜た、始まっちゃったよいつもの。なんで、海奈は清楚でお嬢様なのに太一相手だとこうなるのかねえ?」
桜は不思議そうに手を顎に当てて首を傾けた。
「それだけ2人の仲がいいってことじゃない?付き合ったら?」
こちらの玲二も10分前とは違い、イジリの対象が別の人間へと移ったことで安心しておりニヤニヤしながら攻撃する。
「そんなんじゃありません!だって!…」
「だって?何?」
玲二はさらに気分を良くして聞く。
「だって…」
みるみるうちに海奈の顔が湯気が出そうなほど熱くなる。
「俺のことの方が好きだもんな?」
翔がいつものようにおちゃらけた様子で言った。
海奈はもう前を向けず涙目で勢いよく下を向き手で顔を覆った。
「え?なんすかこの空気?」
翔はいつものように軽くあしらわれると思っていたようで、周りを落ち着きなくキョロキョロする。
「まったく、この男はどうしようもない男だよ。」
桜は翔には聞こえないような声でぼそっと呟いた。
それを聞いた太一と玲二もうんうんと同調し腕を組み頷いた。
信号が青になり彼等が横断歩道を渡ろうとした時、翔の右袖がきゅっと奏によって掴まれたため翔は振り返る。奏はその薄紅色の小さな唇を開く。
「私もね。翔のこと…」
キャー!
横断歩道の方からかつて聞いたことのないような悲鳴が上がりそちらを向くと、数メートル先で大型トレーラーがほんの少し先行していただけの桜、太一、玲二、海奈をはねていた。
もうあと1秒もしないうちに二人ははねられる。あとは頭によぎれる余地があるのはほんの少しの走馬灯のみだろう。そんな刹那、ドンっと体が押されたのがわかった。奏が俺を生かすために押したのだと分かったのは奏が跳ね飛ばされた瞬間で、翔はその後、頭に強い衝撃を浴びて意識はブラックアウトした。