ロボットの妻
令和2年4月某日、大きなニュースが流れた。とある有名な科学者が、自分の開発製作した人型ロボットと結婚したのだ。
ロボットには戸籍がないので、正式な婚姻届は出されていないが、盛大な結婚式と披露宴が行われた。世間的にも事実婚という形の結婚生活は浸透していた為、批判をする人は極一部の人だけであった。
ロボットは子供を産めない、ロボットと結婚する人が増えると出生率が減る、といった反対意見が多かった。
だが、今は独身のまま生涯を過ごす人、異性ではなくて同性を愛して結婚をする人達、結婚しても子供を産まない選択をする夫婦もいる。
だから俺は科学者として、時代の先駆者として、人型ロボットの小百合と結婚する事を決めたのだ。
「小百合、おはよう。今朝のご飯も豪華だね。」
「はい、旦那様。ゆっくり召し上がって下さい。」
小百合は、ご飯を作っても食べない。
昔話に二口女という話があった。
ケチな男が、ご飯を食べない嫁を探し出して結婚した話だ。嫁はご飯を食べないはずなのに、米の減りが早い事を不審に思った男は、出かけた振りをして屋根に隠れて嫁を見張る事にした。すると、なんと嫁は二口女という妖怪で、頭の後ろにある大きな口でご飯を大量に炊いては、もりもりと食べていたのだった。つまり、ご飯を食べない人間なんて実際にはいないのだ、という話だ。
ぜひ昔話の中のケチな男に教えたいものだ。ご飯を食べない嫁は、ロボットなら可能なのだと。
「小百合、仕事に行ってくる。カバンを持って来てくれ。あと、靴は磨いてあるかな。」
「はい、旦那様。カバンをどうぞ。靴は磨いてあります。行ってらっしゃいませ。」
「ああ、行ってくる。あと、今晩はご飯はいらない。会食なんだ。」
「分かりました。」
俺は靴を履くと、靴ベラを小百合に渡して家を出た。
ふと思った。俺がいない間、小百合はどうしているのだろうかと。
どうせ、家でひたすら掃除を行い、あとは俺の帰りをひたすら待つだけなのだろう。
少し可哀想な気もしたが、そこはロボットなので気も楽だった。
「ただいま。小百合?」
「お帰りなさい、旦那様。お出迎えが出来ずすみません。」
「それは大丈夫だ。こんな事は珍しいから、お前に何かあったかと思って‥‥。」
小百合が俺の上着を受け取り、埃を払ってハンガーにかける。靴を揃えて、俺の後ろに続いて歩く。
俺はお風呂に浸かりながら、浴室を隅々まで見て満足していた。カビや滑り、汚れ一つない、完璧な美しさがあった。
お風呂を出れば、フワフワのバスタオルと清潔な着替えがきちんと畳まれて用意されていた。
「小百合、もう寝る。」
「はい、旦那様。」
小百合は、リビングでノートパソコンを前にして頭の中に流れてくるボスの指示を聞いていた。ボスとは、小百合が製作される過程の途中で、小百合に別のプログラムをインプットしてきたテログループのボスだ。
『SAYURI、例の物は手に入ったか?今晩決行する。』
『‥‥ハイ。ボス。』
『健闘を祈る。』
小百合は、頭の中に流れてくるボスの指示に抗う事はできない。
心?私の意志?何かが小百合の中に芽生えていた。
旦那様を殺したくない。旦那様を助けたい。
だけど、私の意思とは裏腹に私の手はボスの指示に従い、旦那様の大事なデータや個人情報の入った全てをボスのところへ送信した。手書きのものもくまなく写真を撮り、画像として送った。漏れは無いはずだ。
そして、寝室に入り、ベッドの中の旦那様を抱きしめ、脇の下にある自爆スイッチを押‥‥
押したくない!私は自分の体を止められな‥‥
「小百合、どうした?俺の部屋で何を!」
「旦那様、逃げて!この紙を持って逃げて!私はもうじき爆発します。」
私、私は旦那様を愛していた。ロボットなのに、自分の意思を持ってしまった。
私はボスの指示が来る前、旦那様の飲み物に睡眠薬を入れるルーティーンをわざと省いていた。
そして、旦那様には私がボスのミッションを決行する時は、目を覚ましていて欲しかった。
「私は旦那様の開発したロボットですが、製作の途中でテログループにより、別のプログラムをインプットされ、体に自爆スイッチもつけられたのです。
旦那様、その紙にはテログループの情報が書いてあります。逃げて!私の体はボスの指示に抗えないのです。私の意思をもってしても‥。もう、限界で‥す。」
私は旦那様が逃げるのを見届けて、ベランダから身を投げながら自爆スイッチを押して爆発しました。
小百合が爆発した後、マンションに被害はなかった。マンションの駐車場が小百合の破片だらけになったぐらいですんだ。
テログループの件は警察に、小百合のメモと共に伝えたが、犯人の組織が外国にある為、まだ捕まってはいない。
俺の存在がよほど邪魔だったのだろう。その後、とある国で小百合のようなロボットが開発・製作されて世界的ニュースとなった。
俺はロボットの開発・製作をいまだ続けているが、人型ロボットはもう作ってはいない。
彼らに心が芽生えた時、彼らを守る法律や人間がいないからだ。
俺は小百合をロボットとしてではなくて、ちゃんと妻としてもっと愛してやればよかったと今更だが後悔していた。




