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戦争で最も役立つ武器は何だろうか?
それは勿論剣である!
……と言いたい所だけれど、当然ながら状況や戦況次第だが、帝国の学院で習う一般的な答えは弓だとされる。
弓は相手が同種の武器を持たなければ、近寄られるまでは一方的に攻撃に機会を、言い換えるなら一方的に相手を殺す権利を得られる武器なので、当たり前だが戦場ではとても役に立つ。
すると誰だって一方的に殺されたくはないので、同じ様に弓を持って反撃するか、或いは弓を防げる盾を持つ。
では盾を持つと、これまた当然の話だが人間の手は二本しかないから、武器は残る片手でしか持てない。
いやまぁ腕に備え付ける盾もあるので一概には言えないのだが、アレはアレで意外と邪魔になる物だ。
さてでは片手に盾、残る手に武器を持った人間は、両手持ちの武器を持った相手に対して不利となる。
何故なら両手で思い切り振り回された武器の一撃を、片手に持った盾で受け止めて支える事は、実は思った以上に難しいから。
そして両手で武器を振り回す人間は、弓で矢を浴びせかけられるとあっさり死ぬ。
尤も弓しか持ってなかったら、相手に近寄られてしまうと本当に成す術もなくなるが。
この様に武器には、またその武器を携えた兵は、種類によって相性の善し悪しや、状況によっての有利不利が存在するのだ。
因みに今の帝国の主流となる兵種は、盾と槍を持った重装歩兵で、彼等は密集陣形であるファランクスを組み、隙を見せない戦い方を得意とする。
「……ならフィッケル先生、俺が剣を学ぶ事には、意味がないのか?」
そう質問の声を上げたのは、弟子の一人であるキュレーロ。
彼は帝都でパン屋を営む家の次男で、少しでも良い未来を求め、帝都を守る兵士と成るべく僕に弟子入りした。
僕がこうして武器や兵種の説明をするのも、キュレーロの知識を少しでも増やす為だ。
腕っぷしだけを頼りに最下級の兵士として生きるなら兎も角、より良い未来、つまり兵士としても兵長や部隊長を目指すのならば、読み書きや四則演算、それから戦術の知識位はあった方が良い。
幸い、僕にはそれを他人に教えれるだけの知識を持っている。
勿論、別にキュレーロばかりを贔屓してる訳じゃない。
キュレーロ以外にも平民の弟子は複数いて、希望者は一緒にこの勉強会に参加してる。
ただやはり、一番熱心に学ぼうとするのはやはりキュレーロだった。
「いや、別にそんな事はないよ。剣の訓練を通じて動きの質は磨かれるし、相手の動きを見抜ける様にもなる。それから剣には剣の優位があるからね」
僕の返事にキュレーロは首を傾げる。
まぁ少し難しい話だ。
剣の優位とは、僕が思うに汎用性が高い事だろう。
確かに戦場では弓や槍が主力武器となるが、そんな主力武器を扱う兵達も、短剣か剣を予備武器として腰に吊ってる場合が多い。
弓を使う兵士も近寄られれば剣を抜き、槍を使う兵も乱戦になれば槍を捨てて剣を抜く。
密集陣形の組めない市街地戦でも剣を使うし、建物の中で戦う際にも剣は有効だ。
要するに剣に長けていれば、多くの局面で切り抜けられる可能性が高くなる。
あのルッケル・ファウターシュは何時でも剣を抜き、槍の穂先も飛来する矢も斬り捨てたと言うけれど、そう言う例外でなくとも、剣に長ける事は決して無駄ではない。
「ただまぁ、剣が得意な兵士より、熟練の弓兵の方が色々と待遇が良いのは確かだよ。だからキュレーロが弓にも長けたいと思うならクロームに学ぶと良い。彼は弓も達者だ」
そう、あの戦車レースの後、クローム・ヴィスタは霜雪の剣に入門した。
ミルド流のヴィスタ派は良いのかと問えば、実家であるヴィスタ伯爵家は兄が継ぐから自分は僕の介添えがしたいと、そんな風に言って。
どうやら彼は僕がルッケル・ファウターシュの様な英雄になると、本気で信じているらしい。
流石に買い被りが過ぎると思うが、本人がそうしたいと言うなら断る理由は特になかった。
失望されない様には、したいと思ってる。
さて置き、神妙な顔をして頷くキュレーロが、でも実の所は次々に『凍魔』を習得し、次なる技の鍛錬を行ってる魔力持ちの弟子達を、羨ましく思いながら見てる事は知っていた。
剣才が乏しければ諦めも付くのだろうが、キュレーロの剣の実力は努力に応えて日々成長してる。
だからこそ余計に、その生まれ付きの越えられない格差、努力する事すら許さないそれが、残酷に見えて仕方ない。
だけど僕はこの先、ずっとその残酷さを見続けて行くのだろう。
魔力を必要とする剣技を編み出し、人に伝えて行くならそれはどうしても避けられない。
但し僕には、キュレーロに言えないでいる事がある。
それはキュレーロの様な魔力を持たない人間に、魔力を必要とする剣技を扱わせられるかも知れない心当たりが、実は僕には二つ程あると言う事。
勿論それは、キュレーロからすれば希望になり得る話だろう。
けれどもだからこそ、決して安易には話せない。
だって当たり前の話だが、不可能を可能にするなんて決して簡単な事じゃないから。
下手な希望は、より深い絶望を生むだけなのだ。
一つ目の方法は、自分が持たない魔力を他所から持って来る事。
即ち魔剣の類の使用だった。
魔剣が発する魔力を上手く利用すれば、魔力を保有しない人間も、霜雪の剣の技を使える様になる可能性は決して低くないだろう。
でも魔剣とは、魔術的な効果を発揮する武器の一種で、当然ながら魔導具である。
そして魔剣は魔導具の中でも最も知名度が高く、また需要も高い。
ついでに言えばその価値も。
何故なら魔剣は、魔物を犠牲者を出さずに素早く倒し得る数少ない手段の一つだからだ。
多くの魔剣は強度と切れ味の強化が魔術で施されており、言うなれば常時、ミルド流の魔纏の剣を発動してる武器だと考えれば良いだろう。
人里付近に出て来た魔物は好んで人を襲う為、出来る限り素早く討伐しなければならない。
だが鉄の剣をも弾く強力な外皮を持つ魔物を討伐するには、魔術を使える魔術師か、魔纏の剣を使えるミルド流の剣士、或いは対魔物用の訓練を積んだ大勢の兵士が必要となる。
もう暫くすればここに霜雪の剣の使い手も名を並べる事になるだろうが、今の段階では魔物に単独で勝てるだけの剣士は育ってないので、残念ながら除外としよう。
すると魔術や魔纏の剣は使い手が限られており、対魔物用の訓練を積んだ大勢の兵士は簡単には動員出来ない為、運良く近くに居合わせない限りはどうしても犠牲者が出てしまう。
この魔物に対しての素早い対処を行う為に、僕も以前に行っていた土地の保有魔力の調査、魔物の出現し易い地を調べると言う仕事がある。
それ程に帝国では昔から、魔物の対処には苦慮して来たのだ。
だけどその土地の領主である貴族が魔剣を保有していれば、配下の剣士に貸し与える事で犠牲者なく魔物を討伐出来る可能性は非常に高まる。
故に魔剣の需要と価値は、魔導具の中でも飛び抜けて高かった。




