当たり前の夢
いつも通り書きたいこと書いて投げっぱなしです
お暇な時間の慰みにでもなれば幸いです
当たり前の日常が当たり前に出来なくて
当たり前の光景を当たり前に見れなくて
当たり前の関係も当たり前に続けられなくて
…それでもいつか、そんな当たり前を受け入れられるようになるのだろうか?
それとも僕が、そんな当たり前を受け入れていないだけなのだろうか?
益体のない事を考えながら、僕は意識から手を離す。昨日はきっと当たり前だった。ならば明日もきっと当たり前なのだろう。そうであった事を信じて、そうである事を信じて僕は眠りについた…
ジリリリリリリリリリリ…
うるさく鳴り響く目覚まし時計を止めるべく、手だけを伸ばし二度三度手を動かす。…おかしい、いつもの場所に目覚まし時計の感触がない。仕方なく体を起こし、毎朝の安眠を打ち破る憎い存在を探すべく頭を動かす。と、ここで更におかしい事に気づく。
…部屋の間取が違う。当たり前のように朝日は窓から差し込んではいるが、僕のベッドは朝日が当たる場所にはない。机も本棚も、全ての配置が僕の記憶と違っていた。とりあえず鳴り続けていた目覚まし時計を止めて、これが夢である可能性を考える。目が覚めたら世界が変わっていた、なんてなんのファンタジーだ。常識的に考えて、これは夢の可能性が非常に高い。
そうであるなら、わざわざ起きている必要も無い。実際にはまだ眠っているのだから、僕が今こうして起きている意味が無い。無駄に意識を覚醒させていても疲れるだけだ。実際の僕が起きるまでもう一度寝直そう。
そう考えて起こしていた体をベッドに戻し、しっかりと潜り込む。夢であっても朝の陽射しは眩しいのだ。そうすればすぐに眠気が僕を襲い、また眠りへと誘ってくれる…
…はずだった。結論から言えば僕は寝直す事が出来なかった。眠気が無かったわけではない。単純に外部からの干渉で寝直す事が出来なかったのだ。
それは本来であるなら有り得ない干渉。母親の、僕を起こす声に起きざるを得なかったのだ…
「ふーんふーん」
母は鼻歌を歌いながら、当たり前のように朝食を作っている。明らかにおかしい。僕の記憶にある母は鼻歌なんて歌う人ではないし、そもそも朝食を作るという事すらするような人ではない。いつもどこか不機嫌で、難しい顔ばかりしているような人のはずだ。やはりこれは夢なのか?
訝しむ僕の顔に気づいた母は、困ったように微笑んだ。
「どうしたの?今朝はやけに難しい顔をしてるわね。もしかして寝不足かしら?」
背筋がぞわりとした。あの母が僕の事を気にかけるなんて。何があっても無関心な人が、よりにもよって心配をしている。それは多分日常の事のはずなのに、僕は思わず吐き気をもよおした。
今の状況が理解出来ない。何が?全部。これが当たり前の事なのか?分からな過ぎて頭がクラクラする。
混乱している僕を余所に、母は作ったばかりの朝食を運んでくる。
「目玉焼き、半熟で良かったのよね?」
…もうダメだ。耐えられない。どうして僕の好みを母が知っている?今まで何もしてこなかったのに。見ることすらしなかったくせに。
「…食欲無いから、いらない…」
込み上げてくる色んな感情を押し殺して、僕はそれだけを口にするとそのままカバンを手に取り立ち上がった。
「大丈夫なの?朝食はきちんと摂らないと。それに体調が悪いのなら、無理せず学校も…」
「いらないって言ってるだろ?!」
僕は母の方を振り向きもせず叫んだ。気持ちが悪くて仕方がなかった。そのままの勢いで僕は玄関を飛び出した。その間僕は母の方に顔を向けることは無かった。気持ちが悪かったし、なにより怖かったから。
学校に着いても僕の混乱は治まらなかった。気の置けない友人なんていない、誰も僕を見ていない学校という空間でなら、少しは落ち着いて考えを纏める事が出来ると思っていたのに…
こんな日に限ってなのか、こんな日だからこそなのか、普段は挨拶すらろくにしない人間まで僕に話しかけてくる。しかも内容なんて全く無いと言ってもいいくらい薄っぺらい事を。
やかましい、煩わしい、気持ち悪い。僕には分からない。これが当たり前なのか?僕が気付かなかっただけで、本当はこうだったのか?分からない。混乱だけが加速度的に増していく。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い…
始業のチャイムが鳴り、僕が求めていた静寂がようやく訪れた。しかし今の僕には、それは遅すぎた静寂だった。静寂であるが故に、僕は僕の思考から逃れる術を失ってしまったのだ。
これは夢じゃなかったのか?それとも今までが夢だったのか?分からない分からない分からない。何が嘘で何が本当なのか?もう僕には判断出来ない。けれど、もしこれが夢じゃないのなら、これが当たり前という事なのだろうか?分からない。僕にとっての、僕が知っていた当たり前はこんな光景じゃなかった。僕が知る当たり前は、こんな気持ちの悪いものじゃなかった。…それすら僕の夢だったのだろうか?
結局その日の学校は、気分が悪いという理由で早退させて貰った。とてもじゃないが授業を受けられる状態とは思わなかったし、実際気持ちも悪かった。
帰り道を一人歩きながら、今朝からの出来事を思い返す。とても気持ちが悪くて思い出すのも嫌だけれど、これははっきりさせないといけない問題だった。
まずは朝の母との日常。やはり自分の記憶と何かが違う気がする。母は僕に干渉してくる様な人ではなかったはずだ。関係が最悪だった、と言えば嘘になるかもしれないが、僕の好みを覚えている程良くはなかった。何よりあんな風に朝食を作る日常なんてなかったはずだ。
次に学校での光景だ。正直僕は人当たりが良いとは言えない。だから気の置けない友人なんていないはずだった。なのに今日は普段と比べてたくさんの人が僕に話し掛けてきた。軽い挨拶等ではなく、どうでもいい話で。それこそ前から仲の良かった友人達がするような話を。自分の知る記憶にはそんな光景はなかったはずだ。
考えれば考える程わけが分からなくなる。やはりこれは夢なのか?それとも今までが夢なのか?もしくは僕が気付かなかっただけで、これが僕の当たり前なのか…。どれが答えなのか、少しも答えが見えてこなかった。ただひたすらに気持ち悪さだけが僕の心に広がっていった。
もう少しで家に着く。この時間であれば母もまだ居ないだろう。気持ちの悪さを少しでも和らげるためにも、今日はもう眠ってしまおう。これが夢であるなら、目が覚めた時僕の知っていた当たり前が始まるはずだ。…もし夢でないのならば、僕は僕の知らない当たり前が始まるのだろう。
家の鍵を開け、そのまま自分の部屋に向かう。…そういえば、部屋の間取が違っていたのはどういう事だろう?僕の記憶違いだったのか、それすら今ではもう自信が無い。制服を脱ぐ事すらせず、僕はベッドに体を預けて目を閉じた…
…これは夢なのか現実なのか…当たり前なのか当たり前では無かったのか…
分からないまま僕は意識を手放した…
「ーやっぱり戻らないんですか?」
「今の状況ではどうとも…可能性が無いとは言えません…」
「じゃあこのまま…」
「それを望まれるのであれば…彼は違う選択を望まれていたようですが…」
彼女は長い間目を閉じ、そして酷く憔悴しきった表情で力無く伝えた。
「…それが…息子の願いなのだとしたら…お願い…します…」
「…わかりました」
その言葉を聞き届けた彼女は、その場に力無く崩れ落ちる。涙が頬から絶えず零れ落ちる。
「…こんな…もっと…ごめんね…」
…随分と長い間眠っている気がする…心做しか気持ちも和らいだように感じるが、少し眠り過ぎじゃないか?
…まぁいい、いつもの目覚まし時計が、今日も僕を起こしてくれる。それが僕の、当たり前の一日の始まりなんだから…