不出来な私と完璧な妹
深夜のテンション勢い作品です。
よければ感想下さい。
部屋にはまだ1歳にも満たない私の娘が惨殺されていた。
首と下が離れており、血があたり一面にぶちまけられているせいで不思議な絨毯の出来上がりである。
その歪な血の絨毯の上で立つ一人の女がいた。
「…春子?」
恐る恐る訪ねれば、女はゆっくりと私の方を振り替える。
「お姉ちゃん…」
血まみれの女の正体は私の双子の…とは言っても似ていない妹である。
普通に考えて…春子が犯人なのだろうと、不思議と冷静な頭で判断を下した。
「なんでこんなことしたの?」
まるで他人事のように私が問うと…妹は涙をボロボロにして答えた。
「私のだから」
まず、私の説明からしよう。
私、綾子は双子の妹である春子より…いや、他の子よりも何も出来ない子だった。
「妹より遅れてるね…」
「綾子は本当に何も出来ない子だな…」
「お姉ちゃんなのにね…」
「少しは春子を見習ったらどうだ?」
基本的にポーッとしていてノロマ。
歩いたり言葉を覚えるのは妹や他の子と比べて一年半ぐらい遅れたし、九九は三年生になるまで出来なかった。
50mなんて10秒台が自己ベストという有り様。
そんな私への言葉は心配や悲観や残念といった感想が多かった。
「はぁ…本当に何も出来ない子」
本当に‥本当にガッカリした声でみなはそういう。
対して妹の春子は、姉の欲目を抜いてもそれはそれは本当に美しくて可愛くて優秀で完璧なスーパー少女だった。
歩くのは私よりも早く、言葉を覚えるのも私よりも早く、学校にいけば成績優秀で運動神経抜群で友達も多く…とにかく凄い子だった。
「妹なのに春子は凄い」
「何でも出来るすごい子だからご褒美をあげる」
「本当にいい子で天才だ」
親や親戚、友達も妹を褒めて優遇して愛していた。
私なんかよりも…ずっと、ずっと。
当初、それに対して私は不満はあった。
「なんで私のシルバニラファミリーはこんなに小さい家で数も少ないのに春子ちゃんのは大きい家で数も多いの?なんで春子ちゃんの方がお小遣い多いの?何で春子ちゃんばかり…」
貰えるものが多いの?
そんなことを親に訴えかけ、不平等を無くすように言ったのだが…。
「それはね、春子が100点を取ったりお手伝いをしたご褒美にあげたからよ。努力をして結果を残す子には相応の対価が払われるの」
という、あまりにも正しすぎる説明によって、私の訴えは何も考えていない頭の悪い子供の我が儘だと思い知らされた。
うつむいた私をすねたと思ったのか、近くにいた父は私を抱き締めて頭をよしよしと撫でた。
「お前も頑張ってるのは分かってるぞ!……春子と同じ結果は無理なんだから買ってやったらどうだ?」
そういう父に母は私をチラリと見て…『あの目』をして言った。
「それもそうねぇ…これじゃあ流石に綾子が可哀」
「やめて!!」
私はそう言って会話を止めた。酷く自分が惨めに思えたからだ。
春子が貰えるものは出来る子への「ご褒美」
私が与えられるのは可哀想な子への「施し」
欲しいものはそれじゃない。全然違う。
親は悪くない。私が悪い。
なんといえばいいのか頭の悪い私では言葉に表現出来ないのだが…モヤモヤとしてイライラして…本当に酷く惨めで死にたくなる。
私はその化け物のような不愉快な苛立ちに酷く悩んでいた。
しかし、ある出来事をきっかけに私はその悩みに一時的に解放されることになる。
それはクリスマスの時だった。
朝、目覚めてみると私の枕元には手のひらサイズの小さなクマのぬいがるみ、妹の枕元には大きなクマのぬいがるみが置かれていた。
妹はクリスマスまで母の手伝いや習い事や発表会でいい成績を残してたから望み通りの大きなクマをプレゼントされたんだろう。
私は何もしなかった。出来なかった。
けれど流石にプレゼント無しは可哀想だからと小さなクマを与えてくれたんだ。
チクりとする痛みを無視し、大きなクマのぬいがるみを与えられて喜んでいるであろう妹に視線を向けると…。
「ふざけるな!!!!」
妹は涙をボロボロ流して私のクマをぶんどったのだ。
「え、なにするの?」
「お姉ちゃんには小さなクマもダメ!これも本当は私のなの!!」
その大きな大きな叫び声に母がやって来た。
「どうしたの!?」
そして私と妹を交互に見て状況を把握した母は妹が私からぶんどった小さなクマを無理矢理奪い、私に返してから叱った。
「ちょっと春子!!何してるの!?」
「それ返して!!それも私のだもん!!ダメだもん!!」
必死で手を伸ばしてバタバタする妹を手で制した母は少し苛立ちながらいう。
「春子のはちゃんと大きい方をあげてるでしょ?何が不満なのよ」
「うわぁぁあ!!お姉ちゃんばっかりぃいい!!なんでぇ!お姉ちゃんは何もしてないのに!!」
そう叫ぶ妹は鬼のようにこちらを睨み、憎々しげに私に殺意を向けながら赤ちゃんのように顔をしわくちゃにして涙をボロボロに流していた。そんな姿は初めてだった。
いつだって、清く正しく美しい筈の妹が泣いている。
そんなにもコレが欲しいのかとクマのぬいぐるみに視線をやり、少し考えてから妹に渡した。
「あげるよ」
「…っぅ…っう…グズ…」
妹は差し出されたぬいぐるみを奪うより受け取り、そのまま何処かへと走った。
それと同時に急に後ろから抱き締められて頭をよしよしされた。
「お、お母さん?」
「嫌だったでしょ?なのにえらいね、流石お姉ちゃん」
「!?」
それは、衝撃的な言葉だった。
普段の私には『えらい』という言葉や『流石お姉ちゃん』みたいな言葉には縁が全くなかったからだ。
「っえ?…えらいの?私…」
「うん。本当は悲しいのに我慢してあげるなんて、えらい子よ。だから落ち込まないで」
「……!!!!」
その誉め言葉に私は歓喜した。
『何も出来ない』な私に『出来る』唯一の『えらい子』であり、初めて私が認められた瞬間だったのだ。
内心でヒャッハー状態の私に気づいてない母は、妹が出ていった扉を見て悲しそうな声を出した。
「それにしても、あの子には困ったものだわ。普段はいい子なのに…お姉ちゃんには後で大きい方のぬいぐるみ買ってあげるからね」
「いらない」
そもそもクマのぬいがるみは欲しいものではない。
妹とおそろいにしたかっただけだ。
『流石お姉ちゃん』『えらい子』というレッテルの方が欲しい。
この事件以来、妹は私のものを欲しがるようになって奪うようになった。
「そのバッグは私の」
「そのネックレスは私の」
「その服は本当は私の」
その言葉に私が返す言葉はこれだ。
「うん、あげる」
だって『流石お姉ちゃん』だもん。『えらい』んだもん。
妹の欲しがるものを与えるのが、何も出来ない私が唯一出来ることだから。
当時、私は妹に何かを与えることに躍起になっていたのだと思う。
「見てて危なっかしいから心配になるのよ」
「何も出来ないんだから下手に動かないで」
『心配』『可哀想』『放っておけない』という理由でクラスメイトや親が私に関わり、望んでいない物を与えられ、干渉され、監視される生活がエスカレートしだした頃だったと思う。
一人で登下校したいのに絶対に待ち伏せされる。
頭を触られるのが嫌なのに勝手に頭を触られる。
何故か甘えたがりの子供キャラという事にされて無遠慮に干渉された。
服も筆箱もゴムも自分で選びたいのに「これは似合わないよ」「これ付けなよ」「本当に何も分かってない」と評価して押し付けられる。それを嫌がってやめてくれといえば…
「綾子、やってもらった事に感謝しなさい。謙虚にいなさい」
こんなのはもはや地獄だ。あまりにも酷い。
そんな私は妹に与えることで『何も出来ない』というレッテルを剥がせる唯一の安息だった。
「ほら、私にだって出来ることはある」
そうやって妹に与え続ける生活を送ったが、高校の時に妹が遠くの名門大学に行くこととなった。
ならば私も妹に引っ付いて自分でも行ける私立の大学にでも行こうとしたのだが親に反対された。
「ダメよ。一人じゃ暮らしていけないでしょ?あなたは何も出来ないんだからここにいなさい」
こんな感じで大学に行けず就職したことで関係は疎遠になった。
その職場でも私はお荷物。
「綾子さん、その仕事は私がやるわ」
「休憩してていいよ。僕がやってくから」
「何も出来ないんだから、何もしないで…なんでこの子が入社出来たの…」
「そういう事言ったら駄目だよ可哀想」
また私は『何も出来ない女』となっていった。
仕事を全てとられて暇をもてあそびだした頃、一番私の世話をしていた男に言われた。
「俺…ずっとお前を守りたい。結婚してくれ」
特に何も考えずに了承し、何も考えずに妊娠した。
この時の私は『与えられる』生活に息苦しさを感じてた頃で、母親になれば流石の私も『何かを与える』人間になれると思った。
「私、自分で育てるから」
実親にも旦那にも義理親にも言った。
自分の子供なのだ。自分で育てられる。何かを与えることでの自分の存在許可を得る。
そう意気込んで出産したのだが…。
「うそ…母乳が出ない…」
私の体からは母乳が出なかった。
変な搾りカスみたいなのは出るが液体が出ない。
『何も出来ない』『何も与えられない』
その恐怖でパニックになり、次々に何も出来なくなる私を見て皆がほれ見たことかと笑った。
「母乳が出なくても大丈夫よ、私がミルクやっとくから休憩しなさい」
やめて、取らないで。
「夜泣きとか大変だろ?俺がやっておくよ」
奪わないで。
「息子の嫁っていうより、私の娘って感じで綾子ちゃんを放ってこけないのよね~家のことなら任せて!」
放っておいて。
「掃除しとくからテレビでも見とけ」
やめて。
「何も出来ないんだから」
私の存在許可が殺された。
『母親』というレッテルは貰えず、『何も出来ない子』のレッテルだけがベタベタと張られたのだ。
ベタベタに張られたレッテルはいつしか私の喉と口を覆って…ジワジワと窒息死させられる恐怖を覚えさせられた。
「いっそ死にたい」
そんな気持ちを持っていたある日、妹が突然に私の家に訪れた。
妹が大学に行ってから妊娠の時にも出産の時にも会いに来てくれなかった妹が来てくれたことが嬉しかった。
「こんにちは、お姉ちゃん…子供出来たんだって?凄いじゃん」
「ありがとう…でも、春子の方が凄いよ。医者だよね?私も春子みたいになりたかった」
私なんかよりも春子の方が凄い。
親は親戚の集まりや近所ではずっと春子の自慢をするし、それに比べてと私を笑う。
「春子は女なのに凄いな~あいつは沢山の人を救える」
「それに比べて綾子は心配…」
私もそう思う。春子は医者になったら沢山の人を救う人だろう。
何で私は…私は春子に成れないんだろうか。
そんの薄暗い気持ちを抱えながらも、一つ二つの世間話をした後、私は何かお菓子をと思って部屋を出て…
お菓子を持って戻ってきた時には妹が娘を惨殺していたのである。
「だって…私のだもん」
そういった妹は昔のクリスマスの日と同じ表情をして泣いていた。
だから、私は…。
☆☆
私の双子の姉、綾子は酷く何も出来なかった。
ポーッとした顔にノロノロな動き、頭もよくないし運動も悪いし妹の私どころか…普通の子よりワンテンポ遅れるような人だった。
対して私は何でも出来る子だった。
「春子ちゃんは凄いね」
「お姉ちゃんを追い越したね」
「妹なのにお姉ちゃんより出来るんだね」
『姉よりも出来る妹』
最初はその言葉に酷い快楽を見出だしていた。
私は平均より高い能力をもってたし、努力をするのが嫌いじゃなかった。
だから努力した。
高い評価を得るために、褒められる為に努力した。努力した分だけ評価されるのか嬉しかった。
けど…すぐに気づいた。
「ここまで歩けたら抱き締めてあげる」
「自転車に乗れたら、夕飯は美味しいレストランに連れてってやるぞ」
「100点取ったらシルバニラファミリーかってあげるね」
こんな風に私が『条件つきの愛情』を注がれ、条件クリアをするために努力をしている。
しかし姉は『無条件の愛』を注がれ、努力しなくても周りから愛されている。
「抱き締めたくなるのよね~可愛い綾子!うりうり~」
「綾子は何が食べたい?なんでも連れてってやるぞ」
「綾子ちゃんもシルバニラファミリー欲しい?買ってあげようか?」
こんな風にして、姉は甘やかされてきた。
特に努力もせず、頑張らず、姉自身も望んでいないのに色んな物を与えられる光景を見てきた。
なんて、不平等なことなのだろうか。
この不平等はすぐに正すべきだと私は親に抗議した。
「ねえ!!なんで何も結果を残してないお姉ちゃんにシルバニラファミリあげるの!?私の時は『テストで100点』で買ったのに!!」
まずは母に訴えた。
しかし、真剣に訴える私とは違って母は軽く笑って答えた。
「ん?それはね、お姉ちゃんも頑張ってるからよ」
「…!!!???」
何その理由!?私の時はいくら買ってと頼んでも応じてくれなくて、最終的に『テストで100点取ったら』って言われたから必死で勉強したのにお姉ちゃんは『頑張ってる』だけであげるの!?
「こんなの不平等だよ!!」
「違うわよ。春子ちゃんの方が人形の数が沢山あるし家も大きいでしょ?ちゃんと評価してるの」
「ちがうの!!ちが…」
そういう事ではないと訴えようとしたが、「姉のまで欲しがるのは我が儘よ~」と言われて話は終了されてしまった。
「っ~!!ぅ~!!!!」
この時の悔しさは今でも覚えている。
何故ならばひどく正しく、当たり前で、反論の隙がまったく無くて私は何も言えなかった。
けれど、その日から少しずつ私は不満がつのった。
私の小遣いは500円からスタートして、お手伝いして、習字で賞を取って、最終的に1万円になったのに姉は何もしないのに3千円貰っている。
学校でも私は『優等生』として周りのことを考えて空気を読んで相手の事を考えて何とか人気者。
姉は空気が読めなくて鈍臭いのに周りが我先に『放っておけない』と世話を焼こうとする。
「お姉ちゃんは…何もしてないのに…」
はたから見れば私が優遇されているように見えるし、私も姉以上のものを与えられている以上は文句がいえず、反論も出来なかった。
だから我慢した。
ずっとずっと我慢した。
けれど、その我慢を壊す事件が出た。
アレはクリスマスの日のことだった。
その日を迎えるまでに私は「お手伝いや成績がよかったら大きなクマのぬいぐるみを買ってあげる」「怠けたら何もあげないからね」と言われたので頑張っていた。
それはもう死に物狂いで頑張った。
欲しいものがあったから。
対して姉はやはり何もせず、ただポーっと過ごしているだけだったので今年は姉には何も与えられないんだろうと思っていた。
なのに…
「…どうして…」
クリスマス当日、姉の方をみると…小さなクマのぬいぐるみがあった。
「…は?」
あまりの衝撃で頭が真っ白になった。
なんで?へ?どうしてダラダラしていた筈の…何もしていない姉がプレゼントを与えられているの?
せめて努力してくれればまだ納得していたのに姉は何もしてないじゃないか。
ップツン
「…ふざけるな!!」
その後のことはあまり覚えてない。
取り合えず母に叱られたのと…母が姉を選んだこと。
何より…
「いらないからあげる」
姉がどうでもよさそうに私に渡してきたことだけは鮮明に覚えていた。
「…ふざけるな」
これを気に何かの糸が切れた私は姉の物を奪うようになった。
姉が何もしていないのに与えられているネックレスやバッグやピアスは本来ならば私の物に思えたからだ。
「あげるよ」
姉はそんな一言だけで私に渡した。
その当時、私はかなりストレスが溜まっていたと思う。
いい子のレッテルや優等生のレッテルを張られて周りの期待が大きくなり、なまじそれに応える能力があったのが不幸だった。
「綾子ちゃんは出来ないから仕方ないけど、春子は出来るんだから手を抜いたらダメ」
何だそれはと思った。
いつのまにか私は気を抜かずに全力で取り組んで、ようやっと小さな物を貰える…というのが当たり前になっていたんだ。
そのストレスを…姉のものを奪うことでまぎらわしていたんだろうと思う。
特に欲しい訳ではなかった。貰った所でベッドの下に入れるだけ。
姉が過剰に貰っているものを奪うことで私は正当な報酬を得ている。それが私の心を満たした。
私はこんなにも全力で取り組んでいる。
なのに貰う物が余りにも少ない。
少ない
少ない
少なすぎる。
全然足りない!
「私をね、いつも救ってくれる春子ちゃんは凄い」
そうだ。私は凄いんだ。もっと言え、姉。
卑屈になれ。苦笑いを浮かべろ。
どうせアンタは私に物を与えることで救われてるんだろ?私がいなきゃアンタは本当に何も出来ない女になるしかない。
こんな女に役割を与えてあげてるんだから私にもっと感謝して、私に与えるしか使い道がないと思い知れ。
そんな生活を続けていたが、私の大学進学によってその生活も終わることとなった。
私は実家から離れた、誰でも知っている有名な大学に推薦が決まった。
「姉さんどうすんの?さっさと住む場所決めたいんだけど」
私は当たり前のように姉は一緒についてくる物だと思ってた。
姉は確かにバカではあるが探せばバカでも入れる私立もあるし、仮に就職するにしても私の目の届く所だと思ってた。
けれど…。
「綾子はおバカだし…やっぱり心配で大切な子だから遠くには行かせられないわ」
と、母が言って止めた。
じゃあ私は心配じゃないし大事じゃないのかと聞きたかったが…結局は聞けずに私は家を出た。
どうせ、姉は泣きながら追いかけるだろうと。
「いってらっしゃい。春子ちゃん」
なのに…この女は私を捨てやがった。
ニコニコ笑顔で捨てやがった。
この時…姉は泣くべきだったんだ。
私にすがりついて泣くべきだったんだ。
その数年後、姉が結婚した聞いた。
…ふざけるな。
それが私の感想だった。
何でそんな感想が出たのかは分からない。けれども私にとってはふざけるなと思った。
仕事が忙しいと言い訳して式には出なかった。
「ッハハ…なんだ…あの姉は…結局…私なんて…いらないんじゃないか…ハハハハ…」
何に笑って、何に泣いているかは分からない。
もう嫌だ。姉と関わりたくなんてない。
もう忘れよう。姉のことなんて。
そう決意してからの日々は、想像以上に心が安らかになった。
医者と言う仕事、女という立場故のプレッシャー…その全てが姉を忘れさせてくれる物だった。
あぁ、良かった。私は姉を忘れられる。
しかし、家族の縁というのは簡単に切れるものではないのだ。
「ねぇ、ちょっと綾子と会話してくれないかしら?」
ある日、何年かぶりに実家に帰った途端に母にそういわれた。
「は?なんで?」
「子供が出来たんだけど綾子が落ち込んでいるのよ…慰めてあげて」
母はそんな説明をしていたが、気になったのはそこではない。
「なんで私が…」
私と姉は酷く仲が最悪で…仲が悪いを通り越して終わってる関係とさえいえる。
しかし、そう思っていたのは当人だけらしく母はキョトンとした顔で言った。
「綾子、アンタには異常になついてたでしょ?仲が良かったじゃない」
「……」
母には…そう見えたのだろうか。
「あのね…私…」
「お願い!!会話するだけでいいから」
母に頭を下げられれば私は頷くしかなかった。
早速姉の家に行くと姉は酷くやつれた顔をしながらも私の顔をみるなり喜んで家に入れた。
「なんで今日は来てくれたの?」
「母が行けっていうからよ…で、育児がうまくいかないんだって?」
「えぇ…体から母乳が出ないこととかでパニックになって…あとは色々」
この話を聞いて内心、ほそくそ笑んだ。
本当にバカな姉だと思った。母乳が出ないならミルクを与えるなりすればいいのに。
あのなにも出来ない姉はようやく正当な立ち位置を得たのだと…久々の快楽が甦った。
そう、そうだ。
アンタは何も出来ない。だから私に呼び掛けて来たんだろ?
「何も出来ない」というレッテルを剥がしたくて私を呼んだんだ。
仕方ない。仕方ない。
ならば今度は何を貰ってやろうかと脳内で楽しい気持ちだったのだが…。
「だから旦那とその母が育児の殆どをやってくれているの」
「…は?」
「掃除とか洗濯とかは旦那…義姉さんが料理とか家計とか色々…あ、最近は娘たちがご飯を作ってくれてるよ」
「アンタは…何やってんのよ」
「ポーッとしてる」
ふざけるな。
ふざけざるなるなふざけるふざけるふざけななふざけふざけるなふざけるなふざけるなふざけなふざけるふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけふふふふふなふざけるなふざけるなふざけるなふざけざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるななななななななななななななななななな
お前は本当はゼロのくせに!!何もしてないのに!
なんでコイツばかりが幸せなんだ何でこんなにも恵まれているんだ。何でだよ。
私にすがりついたんだろ!?
助けて欲しくて私を呼んだんだろうが!!
渡せ!私に渡せ!私に物を与えろ!
私の怒りに気づかずに姉は笑いかける。
「そうだ!義母さんから貰ったお菓子があるの!!持ってくるわね」
そういって私の返事を待たずに姉は部屋を出ていった。
「…」
周りをぐるりと見渡し…赤ちゃんが寝ているベビーベッドを覗きこんだ。
バカなヅラは姉似だった。
きっと…この子は姉に色んな物を与えられるんだろう。
赤ん坊は愛情を貰い、環境を貰い、飯を貰い…そうして姉は「与えるられる人間」から「与える人間」へと変わる。
私に変わってこの子が…コイツが…姉に…姉へ…
気がつけば…姉の家族を殺していた。
「春子……何でこんなことをしたの?」
姉は目を見開いて驚いた様子だった。
「私のだから」
私は一言…そういった。
「…私にちょうだい…」
その言葉に…姉はクリスマスのあの日の笑顔を見せた。
ゴミを渡す、あの目をして言った。
「いらないからあげる」
綾子は一貫して自分しか見てないです。春子は途中で綾子しか見てません。最後のやり取りも実はすれ違ってます。
本当は百合を描きたかったんですけど難しすぎ…。単なる姉妹の確執じゃないかと反省してます。