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青空学園青春録

召し上がれ

作者: ひみつ

 和食がいいな、と夕暮れ迫る公園のベンチであなたは言った。

「和食、ですか?」

「そう、和食。京懐石でも定食でもどんぶりでもなんでも」

 懐石。この人は私の事をなんだと思っているんだろうか。そこらへんの女子高生が本格京懐石など作れるわけがない。まあ、それが冗談なのだということに気づけるようになったのはこの人のおかげだ。

「和食はともかく、そもそも引っ越したばかりの先輩の部屋にまともな料理道具はあるんですか?」

「包丁とまな板とフライパンと雪平鍋がある」

 はあ、と聞こえるようにため息を吐く。先輩の不満そうな態度を感じるが、自業自得だ。一人暮らしを始めたからと彼女に手料理をねだるのは良いが、それならば準備ぐらいはしていてほしい。それをそのまま伝えると、やはり不満そうな返事。

「せっかくの春休みだし何か作ってあげましょうかって言うから」

 ぐ……。確かにそうは言ったけど、まさか即答するとは予想外だった、とは言えない。料理は一通りできるのだが、和食に限定されると少し悩んでしまう。

「仕方ありません。明日のお昼に行きますから、首を洗って待っていてください。ギャフンと言わせてみせます」

「……まあ楽しみにしてるよ」

 苦笑しながら頭を撫でないでもらいたい。犬猫じゃないんだから。でもまあ、いいでしょう、先輩だから許してあげます。

「では今日はこの辺で失礼しますね。買い物とか準備とかありますし」

「送っていくよ」

 立ち上がって荷物を持つと、先輩はそう申し出てくれた。が、これから向かうのはスーパーだ。付き合っていることを隠しているわけではないが、知り合いに見られてしまうのは気恥ずかしい。できれば人の多いところは避けたい。

「ありがとうございます。でも大丈夫なので、先輩も気をつけて帰ってください」

 そっちもな、と私の頭をもう一撫でして、先輩は帰っていった。さて、ここからは戦場だ。何を作るか、どう作るか、味付けはどのようにするか。どうすればあの人が一番喜んでくれるのかを考えなければ。とりあえず店に行こう。食材を見ながら献立を組み立てるのだ。


 献立を考えるのは楽しい。それが好きな人へのものともなればなおさらだ。今回は縛りを入れられてしまったが、それはそれで燃えてくるものがある。元来私は負けず嫌いなのだ。春には春の食材がたくさんある。さあ、何を作ろうか。

 野菜なら春キャベツ、アスパラガス、かぶ、ごぼう、椎茸にたけのこ、ふき、山芋と、なんでもおいしそうだ。せっかく椎茸やたけのこがあるのだから、筑前煮は作ろう。汁物は何にしようか。ふきと油揚げの味噌汁? それともかぶのすまし汁がいいかな。キャベツは和食では少し使いづらいけど、挽肉を包んで出汁で煮込めば和風ロールキャベツにできるかも。でも邪道だって言われそうな気もする。肉は筑前煮にも入るから魚も一品つけたい。定番だけど鰆がいいかな。さすがにハモは無理だし、そもそも売ってないし。もう少ししたら初鰹が揚がるんだけどなあ。アサリの酒蒸しでもいいな……。

 買い物にこんなに時間をかけたのは初めてだったかもしれない。スーパーでかごを下げて1時間以上うろうろしている私は、相当不審だっただろう。それでも、とても充実した時間だった。母親には何をにやけているのかとツッコまれたが、事情を話すと応援してくれた。お父さんにはバレないようにね、との助言も添えて。その心遣いに感謝しつつその日は早めにベッドに入ったものの、なかなか寝付くことはできなかった。


 下拵えをした食材と多少の料理道具を持って家を出る。先輩のアパートまでは電車で1時間といったところか。まだまだ肌寒い春先だ、食材が傷むことはないだろう。心もち早足で駅に向かっていたら、突然車から声をかけられた。

「楽しそうだな、どこいくんだ?」

 うわ……と思わず声が出そうになってしまった。

「ちょっと友達のとこに。お父さんこそどこ行くの?」

「知り合いに届け物だ。乗ってくか?」

 う……普段なら大喜びで送ってもらうとこだけど、さすがに今日はまずい。適当に言い訳しないと。

「駅で待ち合わせしてるから大丈夫、ありがと」

 そうか、と残念そうに車を発進させるお父さん。ごめんなさい、いつかちゃんと話すから今日は許して。

 心の中で謝罪して再び歩き出す。


 先輩のアパートが見えてきた。来るのは初めてだけど、住所もアパートの名前も合ってるから間違いないはずだ。ちょっと緊張してきた。深呼吸して携帯電話を取り出し、コールする。

『はいよー、もう近くまで来てる?』

「はい、すぐ着くと思います」

『了解。201号室だから間違えないでね』

「わかってますよ」

 通話しながら部屋を確認し、階段を上がる。先輩の部屋までもう少し。あと十メートル。

 コンコン、とノックすると、携帯電話を耳に当てたままの先輩が笑顔で出迎えてくれた。

「いらっしゃい」

「おじゃまします」

 靴を揃えて脱ぎ、一度リビングへ。荷物を置いてからキッチンに向かう。台所の神様に軽く一礼してから食材を並べる。

「それじゃあ、台所お借りしますね」

「うん、期待してるよ」

 よし、と気合いを入れて袖をまくり、エプロンを身につける。ここからが勝負だ。

「先輩」

「ん?」

「絶対においしいって言わせてみせます」


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