中編。剣士、いらなくね? からの本拠地到達っ!
「愛菜 真麻、いけるか!」
背後に首だけ向け、タクは大声で呼びかけた。
「これから呪文詠唱するから、場所あけて!」
「よっしゃキタ! 頼んだぞ二人とも!」
そう言ってタクは大剣を鞘に納め、娘たちの方へと小走りした。
「2Pの方も頼んだぜ!」
父をまねるように、イサムも剣を鞘に納めて妹たちの方へと走る。状況を理解したそれぞれの2Pも、同じく射線を開けた。
「よしっ、いくよもう一人のあいな!」
「はい、わかりました もう一人のわたし!」
二人のアイナは頷き合うと、大きく息を吸い意識を集中し始めた。
「せんていの本よりわかれし枝葉」
彼女たちの小さな身体の周りに、青白い光が層を形成して行く。
「我が知に届きて今」
これはアイナが好きで読んでいるウェブ小説の魔法の一種の詠唱である。
「そうはくの怒れるてっついにて」
少しずつアイナたちの周りの、ごくわずかな空間に変化が起き始めた。アイナを囲む空間にだけ、微風程度の空気のさざめきが起きている。
集中を高める間の無防備を、彼女の使い魔たちが魔弾の幕を展開してフォローする。
「立ちはだかる物者を」
風力がだんだんと強まって、桜色のローブ 白いシャツと緑色のミニスカートを、見てわかる程度にはためかせている。
ちなみに2P側のコスチュームは色合いが逆になっている。
「「のべつまくなく撃滅し」」
更に強まった風力は、既に服がバタバタと音を立てるほど激しくはためき、栗色のセミロングの髪も激しく波打つほどにまでなった。
ミニスカートに至っては、なぜそれでチラリとしか見えないのかというレベルのはためき方になっている。
「「晴れて今夜の安眠を!」」
カチャリ、杖をただ右手で持っていたのから、両手に持ち替えた。杖の先の宝玉にも青白い光が生まれる。
「「青王のオオー! 激攻ッ!」」
声と同時に振り下ろされる、赤紫の杖を持った彼女達の腕。少しの余韻を残して収まる強風、それをも糧として青白い塊が敵へと打ち出された。
それは通り道全てを焼き尽くす、むせかえるほどの魔力の層。撃滅の暴力。
おぞましい悲鳴がこだます中、多量の魔力の放出で消耗した二人のアイナは、膝に擦り傷ができるのも構わず体重を預けるように地面にへたり込んでしまった。得物である杖も、近くにカランカランと乾いた音を立てて転がる。
「はぁ……はぁ……大魔法って、たいへんだー」
「そう……ですね」
そんなアイナたちの様子を傷かわしげに一瞥。今度はマアサたちの番である。表情を引き締める二人。
「では。まいりましょう」
薄い青色の革製のジャケットに、黄緑色のワンピース、背中に黒いリュックを背負い十字架の形をした杖を強く握る。
どう見ても戦いに行く格好ではないが、これでも立派に勇者の武具と同じ補助魔法がかけられた一式装備なのである。
「うん」
真剣な眼差しで眼前に広がるモンスターの群れを見据えて、二人のマアサは詠唱を始めた。
「爛れし愚魂は混沌が内に」
「成すべき覚悟は光の只中に」
歌うように、慰めるように優しく響くその詠唱は、まるで湖の畔で歌う妖精のようだ。
「「分つは光。黎昏正す優浄の彼方へと誘わん」」
しかしその涼やかさとは裏腹に、魔力によって巻き起こる風は、背中の半分まで伸ばしたマアサの栗色の髪を、逆立てんばかりに暴れさせている。
「「裁きの天光!」」
打ち出された力は膨大。呑み込まれる敵にとっては青白い初撃を超えた滅びの賛歌。
見た者の目を潰すほどの分厚い光の本流が戦場を無双る。
「すげーな」
「おいおい、これがオンゲでヒーラーやってる奴の火力かよ……」
タクはマアサの威力に唖然とする。するしかなかった。
「ふぅ。残りはお願い、たっくん イサム!」
左腕で額に浮かんだ汗を拭う1Pマアサに、「よっしゃ!」と気合充分に答える父と息子とその2P。
まばらに残った数体の敵に向かって、四人は駆け出した。
「だゃぁぁぁっ!」
持った剣を大上段から振り下ろし、ゴブリンを縦に両断するイサム。
「斬っ!」
その死体を飛び越えたイサム2Pが、両手持ちにした剣を頭上まで振り上げ、狙いをしっかりと見据え迷いなく振り下ろす。そこにいたのは騎士鎧を着た骸骨。だがそれも青白く光る刃の前ではバターも同然であった。
「三つ目だ!」
体を翻し右にいる二足歩行の狼に向けて、剣を振り抜くタク。しかしそれは体を断つにはいたらず腕を斬り飛ばすにとどまる。
「あまいっ!」
腕の痛みに悶えているところに、タクの2Pが首を刎ねた。
「今ので最後か」
敵がいなくなったのを確認したイサム。それに頷く全員。
「また呼ぶがいい」
「俺達は」
「いつでも」
「まっていますよ」
そう言って2Pたちは姿を消した。
「ありがとう、俺達の2P」
しんみりと呟くタクは、惜しむように鞘にゆっくりと大剣を納めた。
「それにしても、昔のゲームって不便だったんだな。同キャラ対戦すんのにウラワザが必要だったなんてさ」
余韻なくあっさりと鞘にロングソードを納めたイサムは、感心して問うように言った。
「いやいや、トリファイの一作目だけだよ、そうだったのは」
「ふぅん」
そんなジェネレーションギャップな会話をしていると、
「「お疲れさま~」」
二人がねぎらいの声をかけつつ歩いて来た。
「二人もお疲れ。いやー見事な大火力だったぞ、ヒーラーちゃんさま」
「それ、皮肉で言ってるでしょたっくん?」
むっとして言い返す妻に、
「当然じゃないか。あんなバ火力のヒーラーがいてたまるか」
と悪びれもせず切り返すタクである。
「わたしは支援がいいんだけど、攻撃力が出せちゃうからこうなっちゃったの」
「いじけるなって。さて、ガンガンいくぞ。魔王の城までもうちょいだ」
「てきとうなことを」
そんな親子の和やかな雑談をしながら、四人は余裕綽々で先へと進んだ。
*****
「オープンセサミ!」
走り込む勢いでもって、そのまま巨大な扉をあけ放つイサム。
ギイイイイと言う重苦しい音が、辺りに響く。
「おっきいなぁ。屋根が見えないよ」
規格外の大きさに、アイナが天を仰ぐ。
「魔王城、こんなにおっきいなんて。迷わなきゃいいけど」
あっけにとられたように、マアサが目の前の巨大な建築物を見上げる。
「簡単すぎたな。正直拍子抜けするレベルだったぜ」
タクは大きくのびをしながら扉の先に目をやった。とりあえずはなにもないごくごくありふれた玄関ホールと言う感じだ。
「それにしてもさ。あの姫様、どんだけ強いんだよ。実は勇者いらなかったんじゃないか?」
屈伸運動しながら言うイサムは、すっかりラスボス戦と言う大イベントにテンション上昇中だ。
「ねえみんな。ちょっと聞いてほしいんだけど」
「どうした真麻改まって?」
「うん。たしか敵さんの幹部って、三魔将と魔王なんだよね?」
「だって話だな」
「だよね。それだとね、もしかしたら戦わないで終われるかもしれないって思ったんだ」
「えええ。ラスボス戦回避しちゃうのかよー」
軽く床をトントン踏み鳴らしながら、イサムは母の意見に抗議する。
「だって、みんなにもしものことがあったら、わたしつらくて生きていけないもん」
だだをこねるような言い方をするマアサ。だが、それがかわいく思える家族。人は見た目が100%とはよく言ったものである。
「たしかに、それはみんないっしょだ。けど、そんな方法 どこにあるんだ?」
同意しつつも疑問を投げかけるタクに、一つ頷いてマアサはコマンドパッドを見せびらかす。
「こ~れ」
「コマンドパッド。そんな都合のいいウラワザなんかあったかなぁ?」
「あれたっくん。格闘ゲーム好きなのに忘れちゃったの? わたしは覚えてるんだけどなー」
勝利の笑みで、小馬鹿にするように言うマアサ。
「三魔将と魔王、か。中ボス三人に大ボス一人。で、俺の格ゲー好きがヒント。……あ~! あったあった!」
「でしょ?」
三日ならぬ三秒天下でちょっとがっかりしたマアサだが、それでこそたっくんだと安心してもいる。
「じゃあ、早速やってみようよ。ねっ!」
「だな」
「「なるほど、わからん」」
子供たちそっちのけで盛り上がる親二人。はたして、そのコマンドとは。
「えーっと。黄色 赤 青 緑 上 左 下 右 L R。うっし成功。これでもくらえ」
そう言って、タクはスタートボタンを押した。すると。
「「「なんなりとご命令を、魔神様」」」
「おわっ?」
突然のことで、イサムは尻餅をついた。
「な、なんだ!?」
イサムが驚くのも無理はない。なにせ、突如目の前に三人の いや。三匹のモンスターが姿を現したのだから。
「我が名はブゴロス。グレートオーガのブゴロス様だ!」
人の三倍はあろうかと言う体躯の、紫がかった緑の体色をした怪物。手には鈍く光る銀色の棍棒を持っている。
今にも襲い掛かって来そうで、特にアイナが怖がってイサムの後ろに隠れた。
「わたしの名はアシラウデ。以後お見知りおきを」
そう言って会釈する。黒いローブに身を包んだ、紫の長い髪と血のように紅の瞳、そして長い耳の、エルフの魔法使いと言った身なりの人型。
声からすると男のようだ。その気障ったらしい喋り方に、家族は全員苦い顔をする。
「わたしは三魔将の紅一点、ヘイザー。よろしくね」
妖艶に微笑む黒髪の美女。その露出度の高さとだだ漏れの色気に、男二人は一瞬にして意識を呆けさせてしまう。
「たっくんっ!」
「ぐふあっ?!」
妻の回し蹴りでタクは我に返り、
「あ……ぁぁ……」
「おにいちゃん?」
「これは……いいものだ……」
「おにいちゃんっ!」
「ぐえゃっ!?」
妹のスレッジハンマーで目を覚ましたイサム。
「おっと、いかんいかん。って あれ? 一人足りないぞ?」
タクの言うことは最もである。ここにいるのは三魔将のみであり、肝心のラスボスの姿がないのだ。
「ところで、さっきのコマンダーってなんなのかなぁ?」
「あ、あの 真麻さん。さりげなーく睨むのやめてもらえませんか?」
「魔神様は魔神様ですよ。我らが逆らうことを許されていない存在です」
アシラウデの説明にも、家族は半信半疑である。
「ねえ、あなたたちみたいに魔王との戦闘をさけることってできない?」
雰囲気から三魔将の様子を察し、マアサは問いかけてみた。
「可能なはずよ。けど、わたしたちよりも強いコマンドでなければおそらく駄目ね」
「コマンドに強弱が?」
驚くタクに、ヘイザーは頷く。
「ええ。たとえば、そのコマンドが及ぼせる効果の強さ。いかにターゲットが絞られた効力か。そういうことよ」
「なるほど。中ボス三人とラスボス一人では範囲が広かった。そういうことか」
「あなたの言うことはよくわからないけれど、おそらくはその解釈は正しいわ。後ね」
「対象に近ければ近いほど、その効力は強くなります」
「ちょ ちょっと、あたしが説明してるんだから邪魔するんじゃないわよこの気障野郎っ」
「お、おう」
突然荒々しくなったヘイザーの口調に、タクは言葉が出なかった。
「で? お前らは、魔王様に合ってどうする気なんだ?」
声が、降ってきた。
「わたしたちはとある王様から魔王を討伐してくれって、異世界から召喚されたの」
物おじすることなく、マアサは自分たちのことをブゴロスを見上げながら説明する。
「でも、世界を脅かすような存在と正面切って戦えるほど、わたしたちは戦いに慣れてない。
だから、今こうしてあなたたちと話ができてるように、魔王を無力化したいって考えてるの。どうにかできないかな?」
子供たちは状況についていくのがやっとで、両親のように意見を言う余裕などまったくない。だから、無言でいるのだ。
「なるほど、そういうことですか。いいでしょう、わたしが魔王様のところまで瞬間移動して差し上げましょう。では、まいります」
そう言うと、アシラウデの足元に魔法陣が出現する。
「我が息吹は常にあり。我が心は常代にあり」
「え、ちょっとまって。まだ心の準備が!?」
広がり始める魔法陣。
「え? いっきにラスボス戦ってことかっ?」
ようやく動けたイサム。どうやら頭はしっかり情報を受け取っていた。
「空 果てなく。時 滞らず」
その陣は既にここにいる全員を範囲に収めている。
「おい、まってくれ。まだなんの隠しコマンド使えばいいのか考えてないぞ!」
「されど。我が身体枷無きとほっすらば」
広がった魔法陣に光が走る。
「えっ? なに? なに??」
「その可能性、空の写し絵にて投滴なれ。瞬間移動」
その言葉の直後、エントランスが光に包まれた。それが消えた時、今の今までこの場にいた七人は、エントランスには存在しなくなっていた。