前編。レトロゲーは古(いにしえ)の力?!
『我が訴えに応じ現れよ。円卓の勇者よ!』
丸テーブルを囲み、今まさに夕食を取ろうとしていた浦和一家は、そんな力強い声を聞いた。そして事態を理解する暇もなく、家族は足元に出現した魔法陣から溢れ出た光により異世界に召喚されてしまった。
だが魔法陣の光に導かれる際、家族は全員喜びの表情を浮かべていた。
***
「まったく。なにをグダグダやっておったのじゃ貴様ら。ワシが呼びかけて三度目じゃぞ。三度も呼んでようやくとは、鈍いにもほどがあろうが」
一家が気付くと、目の前の景色はかわっていた。
少し狭めな我が家ではなく、どこかの大広間のような場所で。薄暗く、いくつかの蝋燭の火だけの灯ったそこを、一家は呆然と眺めている。
目の前には不機嫌そうな、いかにもRPGの王様然とした、冠をかぶり宝飾品が先端についた杖を持ち、ローブのような物を着た立派な髭を蓄えた中年の男が立っていた。
「あの。えーっと。もしかして?」
えんりょがちに、その不機嫌そうなおっさんに声をかける少年、長男のイサム。
「もしかしなくとも、貴様らグダグダ一家は、魔王討伐のため勇者としてワシらが召喚した」
苛立たしげに床を杖で二度叩く。よく響く広がる低音が、この部屋の広さを示していた。
「おおお!」
家族四人は、全員揃って感動の拍手をしている。そんな様子に目が点になる部屋の人たち。
「なんじゃこいつら。呼ぶ奴間違えたかなぁ」
王様、いきなりぼやき始めた。ムードもなにもあったもんじゃない。
「魔法陣の時点で予想はついてたけど」
「うん! わたしたち、異世界召喚されちゃったのね!」
「おとうさんもおかあさんも、すっごい喜んでる」
「我が家全員サブカル大好き一家だからな。勿論俺だって実はものすんげーテンション上がってるんだぜ」
「そうは見えないよおにいちゃん」
「抑えるのに一生懸命だからなっ」
「勇者ども殿、改めてお願い申し上げる」
話が進まないと悟ったか、王様はむりやり話を進めにかかった。
へりくだってるんだか見下してるんだかわからない王様の物言いに、父親のタクとその妻マアサは僅か苦い顔をする。が、真剣な様子なのでとりあえず聞くことにした。
「魔王を。魔王ヘルゴルダスを倒し、この世界を覆う闇を払ってくだされ!」
「ど……土下座までしなくてもいいですよ王様。呼ばれたからには使命を果たしますって」
躊躇なく土下座を、いきなりし出した王様に慌てて、父親のタクは決意の感じられない言葉をかけた。
「うむ。そうでなくては困る」
土下座の体勢から立ち上がり、また横柄な態度に戻った王は、
「よし、では話を先に進めよう」
と取り繕う。
「例の物を」
王様が指示を出すと、「はっ!」という力強い返答と共に近衛兵が装備を運んで来た。
「おお、剣と鎧と盾だ!」
「かっくい~」
テンションの上がる子供たち。
「一セットだけなのか?」
タクの疑問に、心配いりませんわ、と品のある少女の声が答えた。
第三者の登場に、一家は一斉に声の方を見た。
金糸のような長く美しい髪、澄んだ空のような青い瞳。背筋をピンと伸ばして立つ、凛々しくも そのまなざしの柔らかな少女。純白のドレスに身を包んだ彼女が、どうやら声の主だった。
「スロリフ、なぜここに?」
ハヨセーヤ王が驚きに見開かれた目で問いかける。
「大きな魔力を複数感じましたもので、気になって見に来ましたの。あなた方が勇者様ですわね」
目をキラキラさせている少女。そのまごうことなき美少女に、家族は息をのんだ。
「か……かわいい」
イサムは頬を染め、
「きれい~」
アイナは憧れに瞳を輝かせた。
「かわいiいて、なんだよ真麻。可愛いものをすなおに称してなにが悪いんだ?」
「しりません」
少女のように頬をふくらませてそっぽを向くマアサ。しかしそれが似合ってしまうのが、彼女の魅力であろう。
「まーちゃんの方がよっぽど二次元だよ、この合法ロリめ」と友達からは、その若々しく愛らしい容姿について、嫉妬を交えたお遊びパンチをもらったことが何度もある。
「それで? 心配いらないって、どういうことだい?」
タクは少々気取った口調で姫に問い返した。
「ちゃんとそれぞれに見合った装備も用意してある、ということですわ」
スロリフ姫はクスリと柔らかに微笑する。
「なるほど。じゃあ、それらも見せてもらおうじゃないか」
「ん? ねえねえおとうさん。これ、なんだろ?」
しゃがみこんで、なにかを拾い上げた浦和家長女のアイナ、両手を顔の高さまで上げて、不思議そうな表情で問いかける。
その手には本のような長方形の物体が収まっていた。
「ちょっと貸してくれるか?」
「うん。はい」
娘からそれをうけとり、タクはあらゆる角度から眺めてみた。
「本かと思ったけど、横向きが正しいみたいだな。カタカナでコマンドパッドって書いてある。なんだろうこれ?」
「たっくん、開けられそうじゃない?」
「そうだな。どうやらこれは、開けてみるしかないな」
タクは意を決して、コマンドパッドと書かれている部分を上に持ち上げてみた。
「開いた。お、この構造、まるで軟天堂3dスーパーじゃないか」
コマンドパッドと書かれた部分の裏側は、なんとディスプレイになっていた。そこには『コマンドを入力してください』と黒い背景に白い文字で表示されている。
「コマンド? いったいなんの……なっ!」
下側の、ボタンや十字キーなどがついてる方にもディスプレイがあり、そこに視線を移したタクは、驚愕と歓喜の声を揚げた。
この場にいる全員の視線が集中する。
「古今東西ウラワザ大百科」
感激の涙すら浮かべるタク。殆どの人間が開いた口が塞がらない中、ただ一人マアサだけは夫に同調した。
「なつかしぃ。スーテンブームのころ、ゲーム雑誌にあったよねぇ、そういう奴っ!」
「おいおい、ウラワザ特集付録ならファミテンのころからあっただろ」
「そうなの? わたしそのころゲーム雑誌なんて買ったことなかったのよ」
「俺が見せてやったの、忘れたのか?」
「そだったっけ、ごっめーん」
幼馴染パワー全開で無邪気にはしゃぐ両親を見て、兄妹は
「「おねがいだから本題に戻ってください」」
恥ずかしくて縮こまっていた。
「おっと、そうだったな。古今東西ウラワザ大百科が表示されてるってことは、この中に載ってるウラワザのコマンドを入れればいいってことか」
「たしかこの付録ってスーテンのだけ載ってたんじゃなかったっけ?」
「だったな。となれば、スーテンソフトのウラワザコマンドなら、たいてい受け付けるはず」
本題に行ったはずが、また夫婦で話し始めてしまい、部屋の空気がどんよりする。
両親が話しているのを聞きながら、兄妹はひそひそとこんな会話をしていた。
「ねえおにいちゃん、ウラワザってなに?」
「なんだろうな。特定のコマンド入力で成立するってことは、デバッグ用のプログラムなんじゃないのか?」
ジェネレーションギャップとは、かくも恐ろしい物である。
「よし。なら試しだ。効果があるかどうか」
そうしてタクは、慣れた手つきで ーー 実際慣れ親しんでいるのだが ーー コマンドを入力し始めた。
突如動いた状況に、部屋の空気が緊張へと急変する。
「上 上 下 下」
「あっそれしってるっ!」
「伝説のコンマイコマンド。あれもウラワザって奴だったのか」
「L R L R」
「え? LR? ひだりみぎじゃないの?」
「黄色 赤」
すると上側のディスプレイの文字が『PRESS START』と切り替わった。
「よし、アイナ。スタートボタンを押してみてくれ」
「え? あ、うん。わかった」
恐る恐るコマンドパッドを受け取ったアイナは、半信半疑どころか二信八疑ぐらいで、そっと こわごわスタートボタンをプッシュした。
その瞬間。激しい閃光が召喚の間に迸り、全員が思わず目を閉じた。
「バカな! なぜあのコマンドでフラッシュが!」
「アイナ。生きてるよね?」
「なに言ってんだ二人とも、どういうことだよそれっ?」
あわや親子喧嘩に発展しようかと言うその時、歓喜のようなどよめきが召喚の間に広がり始めた。
「なんだ? いったいどうしたってんだ?」
これまでと違った反応に、イサムは戸惑い、そのことで怒りのボルテージはいっきにフェードアウトした。
「な、なんということじゃ」
「あの一瞬で、彼女に聖魔壁に魔球の使い魔が六体。なんの契約も呪文もないというのに」
王様と姫の表情が驚愕に染まっている。
「よかった。成功してたか」
安堵の深い息を吐くタク。
「よかったっいきてたよぅ!」
マアサは不安だったその表情を歓喜に染めて、愛する娘を力いっぱい抱きしめた。
しかし言動と相まって、仲良し姉妹の抱擁にしか見えない。
「お、おかあさん。くるしい」
そう言いながらも、アイナの表情は嬉しそうだ。そんな母娘に柔らかな笑みを見せて後、姫は真剣な面持ちで口を開いた。
「コマンドパッドといいましたわね。それはきっと古の力を扱う物ですわ」
「古の力? そんなオーバーな」
「いいえ、間違いありません。あの一瞬で聖魔壁と簡単な物とはいえ使い魔を六体も同時に使役させるなど、ありえないことですから」
「そう、なのか?」
「それもその術の効果が消えずに残り続けています。更には敵味方の区別をもつけている。わたくしたちの技術では絶対になしえないことなのです」
魔法という物の標準がわからない浦和一家は、姫の嘘のない瞳を信じるしかない。
「さて、では一先ずここから出ようぞ。いつまでもここにおっても始まらん」
王様の一声で、全員が退室を始める。
「ここから、俺達の魔王討伐の大冒険が始まるんだなー。わくわくすっぞ!」
「んもぅ、たっくんはしゃぎすぎ」
「まったく、恥ずかしいなぁ」
「おにいちゃん、ニヤニヤしてるー」
こうして、順応能力の高すぎるオタク家族は、魔王討伐の旅に出ることになった。
*****
「くそ、いったいどんだけいるんだこいつら!」
両刃のロングソードを左凪に振るいながらイサムが愚痴る。素振りにしか見えないその間合いでの一薙ぎはしかし、青白い魔力の刃が走り、攻撃の射程を劇的に延長した。
人三人ほど離れた位置にモンスターがいたが、今の素振りで二体が青黒い血溜りを曝した。
「まあいいじゃないか」
タクは身の丈ほどもある大剣を軽々と掲げ、
「無双アクションしてるんだと思えばっ!」
自分でも信じられない高さまで跳躍すると、
「吹っ飛べええっ!」
落下の勢いを乗せた一撃を力任せに振り下ろす。
狙いはつけていない。なぜなら、その一撃は大地を抉り、叩きつけた衝撃は魔力を伴った衝撃波となって周囲を吹き飛ばしてしまうからだ。
「よし。ざっと撃破数は十五ってところか」
大剣を肩にかつぎ、満足げにタクは頷いた。
現在一家は、その圧倒的力によって魔王軍の雑兵を蹴散らしながら、徐々にだが着実に目的地 魔王の居城へ向かっていた。
スロリフ姫の師事の元、簡単に魔力の扱い方を教わった一家は、魔王軍と戦うことができる戦力か否かを判断するためのテストを受けた。
その結果。魔力の総量 一度に使える量 その威力、どれをとっても姫に匹敵すると言う結果が出た。
一家はその結果が信じられず、余裕の合格を自分の中に落とし込むのに時間がかかった。
近接攻撃についてもテストされ、アイナの場合は試験を請け負った兵士が間合いに入る前に、アイナの周囲に浮遊する球体からの魔弾に阻まれて話にならず。
マアサの場合も、遠距離からの魔弾によって間合いに入ることができず近接戦闘の適正を測ることはできなかった。
イサムとタクの場合は勇者の武具の効果によって、まるで熟練の戦士のような剣捌きで、瞬く間に勝利をおさめた。
勇者の武具とは、装備に付与された身体能力強化の魔法によって、まるでおもちゃでも扱うかのように自由自在に武具を扱うことができるという代物であった。
「とはいったものの、2P召喚込みでも数の減りが芳しくないな」
戦場を見渡し、タクは肩をすくめる。
タクの言う通りなのである。現在、戦場には同じ人間 浦和一家が二人ずついる。これはコマンドパッドの力による物であり、2Pと称したとおり片方の浦和一家は装備品の色が異なっているのだ。
自分たちのコピーが、シューティングゲームのオプションみたいに現れると期待して、タクは試しに「下 R 上 L 緑 黄色 青 赤」とコマンドを入力してみた。
このコマンドは三種類のウラワザに対応しているため、タクはどれが発動するのか不安だった。移動速度の倍加ならまだいいが、残るもう一つ 必殺技封印が発動してしまったら目も当てられない。
タクの願いが通じたのか、コマンドによって発動した効果は彼の期待した通りの物だった。ただ驚いたことに、2Pである彼等は自我を持ち、色どころか性格まで違っていた。
2Pの彼等が協力的だったのは幸いと言うべきだろう。明らかに戦い慣れしているのは、タクとしては納得いかなかったが。