私達は誰が為に生きるのか
この物語はフィクションです。
2030年、日本は犯罪都市に変わった。
殺人、抗争、放火、テロ…などの総ての人災がウィルスのように、この国を少しずつ、速度を速めながら蝕んでいった。
警察や自衛隊は機能を徐々に低下し、停止した。
人々の心には、焦燥、悲観、憤怒、狂気が芽生え始めた。
殺人や強盗、轢き逃げなど日常茶飯事。
自殺は晴天の空を見るかのように。
抗争に巻き込まれ、死んでいった人もいる。
何かを得るために、誰かの命を奪っていく。
今までの明るい日常を思い出し、焦がれる人、かつての栄光にすがる人、気が狂ったかのように笑い出す人、何かを呟きながら虚空を見つめる人。
きっと神様からしてみれば、腹を抱えて笑い転げてしまう程なのでしょう。
『地獄とは、何ぞや?』
昔、先生に授業で言われた事があった。
(地獄って、生きてるときに悪い事をしたら、死んだ時に落ちる場所だろ?)と思い、その事を答えた。
先生は笑いながら、
『確かにそれもある。だが本当の地獄は私達が生きているということだ。人は生きているだけでも色々な地獄を見る。哀しみや憎しみ、苦しみも生まれる。だが、最も恐ろしいのは…』
先生は、眼鏡を手で上げると、こう続けた。
『もし、仮定として、戦争もしくは国のシステムに何らかの異常があったとして、人々の感情が壊れてしまった、或いは狂気と正気のバランスが崩壊した時に、無間に広がる地獄が生まれるだろう。そうなったら、最早、誰も救えない。何を言っても、洗脳に聞こえる、助けようとしても裏切られる、全てが虚な世界になるだろう。』
先生の言葉には言い知れぬ空気があった。他の人からしたら、絵空事だ、と鼻で笑われるだろう。僕も先生の言っている事をあまり信じなかった。
だが、今になってようやく気づく。
―――人は、何千人、何万人、何億人いようとも、脆い者だ。
飢餓で苦しむ者も、救いを求める者も、順応していく者も、
――――皆、傲慢であり、皆、臆病だ。
変わろうとしても、変われない。
変われないから、また繰り返す。
私は、空を見上げた。
硝煙や廃棄ガスで、雲は濁り、太陽は黒く見える。
掠れていく視界で、私はこの地獄を見つめる誰かに呟いた。
『私達は誰が為に生きるのか?』
はじめまして、カボチャと申します。
不定期で書いています。
どうぞよろしくお願いいたします。