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エピソード 2ー4 イジワルなご主人様

 クラウディアのステータスウィンドウを見ながら、俺はその最後の一行を指さす。

「なぁ、そのSPって。クラウディアは使えないんだよな?」

「SP……って、なんのことですか?」

 クラウディアは意味が分かっていないようだ。それどころか、俺が指を指しても、そこにはなにも書いていないという。もしかして、条件を満たしてないと見えないのかな?


「ちょっと、ステータスをいじってみても良いか?」

「え? えっと……ステータスウィンドウに触るなんて出来ませんよ?」

「いや、俺の称号にそう言うのがあるんだ」

 まあ、親しい相手限定みたいだから、クラウディアのステータスをいじれるか分からないけど……なんて考えつつ、ステータスウィンドウにあるスキルの項目を指で触れる。

「――ひゃんっ」

 とたん、クラウディアが甲高い声を上げた。


「……え? なに、どうしたんだ?」

 驚いて振り返ると、口を押さえて赤くなるクラウディアの姿があった。


「わ、分かりません。ただ、急に身体の内側に触れられたような感覚が」

「身体の内側……って、もしかして」


 俺が視線を向けたのはステータスウィンドウ。これはクラウディアのステータス。つまりは、内面を表すウィンドウだ。と言うことで、俺はもう一度ステータスにツツツと触れる。


「ひゃ――んくっ」

 手のひらで口を塞いだのだろう。背後からくぐもった声が響いた。


 ……ふむ。ステータスウィンドウと、クラウディアの心が繋がっていると言うことか?

 これはエロい。じゃなかった、興味深い。

 知識の探求者として実験をせねばなるまい。いつからそんな存在になったのかはともかく。知的好奇心を満たすのは重要なことだからな。


 まずは……と、ステータスウィンドウの外枠を優しくなぞっていく。


「やぁ……ん。ご、ご主人様、な、なにをっ。なにをしてるんですか?」

「いや、なに。ちょっとした実験だ」


 俺はステータスウィンドウを指で突いてみる。

 虚空に浮かび上がっている、実体のない拡張現実(AR)的な映像のはずなんだけど……触れているという感触がある。まるで艶やかな肌のように弾力だ。


「ゃ……ん。ダメ、ダメです、ご主人様。ウィンドウつついちゃ、ダメぇ」


 ふぅむ。非常に興味深い。ウィンドウに触れるだけでこれなら、ヘルプのスキルリストを開いて、上から下までスクロールしたらどうなるんだろうか?


 あとは……そういや、項目をタップしたときにも反応したな。項目を開いたり閉じたり繰り返してみたりしてみよう。


「やっ。それっ、ダメ! ダメですって。ねぇ、ご主人様? 聞いて、ん~~~っ」


 実験していると、クラウディアが俺の背中にくたりと倒れ込んできた。

 ……ふむ。前回見たときは火傷に気を取られて気づかなかったけど、結構大きいみたいだな。なにがとは言わないけど。


「……はぁ……はぁ。ご、ご主人様」

「うん?」

「ダメって言ってるのに、なにするんですか――っ!」

「いたひ……」


 スパーンっと頭を叩かれてしまった。

 ……と言うか、奴隷なのに、主人に危害を加えられるんだな。――って、そうか。そう言う行為を禁止させたければ、契約しなきゃいけない訳か。


「はぁ……もう、信じられません」

「いや、ごめんって。ちょっと、珍しい現象だったから、どうなるか気になったんだよ」

「……知的好奇心だって言うんですか?」


 ジトォと疑いの眼差しを向けられるけど、俺は素知らぬ顔でこくこく頷いた。スキルは習得していないけど、演技の才能は習得してあるからな。


 なお、本心はクラウディアの声が可愛くて調子に乗った――である。そんなことを言ったらまた叩かれそうだから言わないけどな。


「取りあえず、実験は終わりだ。今度はちゃんと、スキルを確認するな」

「ふえっ!?  ちょ、ご主人様!? 続けてステータスを触るなんてっ。あたしまだ、や、やだっ! さ、さっきの余韻がっ」


 残りSPは……524か。ヤンデレ化耐性を真っ先に上げたいけど、SからSSに上げるにはまったくSPが足りないな。


 そうなると……まずは、得意分野を伸ばして、俺のサポートが出来るようにするべきか。

 魔力補正がAで、高速詠唱もあるから、習得するなら魔法だな。ただ、2ランクダウンがあるから、使えそうな魔法は……才能のある支援系かなぁ。


「よし、支援魔法を習得させようと思うんだけど、それでいいか?」

「はぁはぁ……ごしゅじんさまの、ばかぁ……だめらって、言ったのにぃ……」


 ……おぉう。スキル確認してるあいだに、クラウディアが大変なことに。なんか、俺にもたれかかったまま荒い息をしている。


「クラウディア、本当に止めて欲しいのか?」

「さっきから、そう言ってるじゃ、ない、ですか……」


 クラウディアは息も絶え絶えになっているが、ステータスウィンドウを閉じようとはしない。

 ……いや、そこまで頭が回らないだけかもしれないけどな。


「クラウディアが本当に止めて欲しいのなら止めるよ。でも……良いのか? 俺なら、クラウディアに魔法を覚えさせることが出来る」

「魔法、ですか?」


「うん。デスペルを覚えるにはSPが足りないけど……支援魔法を覚えて戦闘に参加すれば、将来的には好きな魔法やスキルを習得出来るはずだ」

「……好きな、魔法やスキル」


「そうだ。それを踏まえてもう一度聞くけど……本当に、もうステータスウィンドウを触って欲しくないのか?」

「う、あ……それは……その」


 俺がなにを言わせようとしているのか気付いたんだろう。クラウディアは真っ赤になって視線を彷徨わせた。


 だけど、どれだけ視線を彷徨わせたところで、状況は変わらない。クラウディアはやがて、消え入りそうな声で「……触って、くださ……ぃ」と呟いた。


 だけど、調子に乗った俺は「……え?」と、聞こえないフリをする。


 いや、違うのだ。

 今まではヤンデレが相手に誘惑されるばっかりで、手を出す訳にはいかなくてモヤモヤした気持ちを抱え込んでいたけど、クラウディアはヤンデレじゃない。


 しかも、声や反応が可愛くて……ちょっと、歯止めが……なんて、理解していても自重するつもりはないけどな!


 という訳で、俺はもう一度「どうして欲しいんだ?」と繰り返した。


「ご主人様の、いじわるぅ。あたしの、あたしのステータスウィンドウ、もっと触ってっ、あたしに、魔法を習得させてくださ――んっ」


 クラウディアが最後まで良い悪より早く、ステータスウィンドウの操作を開始。ヘイスト:F サンクチュアリ:F ミラージュ:Fの三つを順番に習得していく。


「はぁ……なにかっ、力が、あたしの中に、流れ、込んでっ。~~~っ」


 ヘイストは対象の速度アップの魔法で、サンクチュアリは格下の敵を遠ざけ、少しずつ体力の回復するフィールドを展開する魔法で、それぞれ200SP。

 ミラージュは攻撃が当たりにくくなる魔法で、100SP。合計500SPを消費した。


「よし、これで終了だ。さっそく、冒険者ギルドに行って……あれ? クラウディア? クラウディア? おぉい。クラウディア?」


 ……返事がない。どうやら他人にステータスを弄られるという慣れない行為に耐えきれず、気を失ってしまったようだ。




 クラウディアの復活を待って、昼食を取った後、俺達はギルドへとやって来た。


「お、おい、あいつ。さっきのヤツじゃないか?」

「うお、マジだ――って、誰か連れているぞ。もしかして……ヤンデレ!?」


 フロアにいた冒険者の一部が俺達を見るなりざわめき始める。クラウディアはフードを深く被っているから、性別すら分からないはずなんだけどな。

 俺が連れている=ヤンデレ少女。と言う推理っぽい。


「……あの、ご主人様、なんか注目されてませんか?」

 クラウディアが不安げに俺の服の袖を掴んだ。


「俺のヤンデレに死ぬほど愛される:SSSが知られてるんだよ。それで注目されてるだけだから気にしなくて良い」

「……納得です」

「……納得なのか?」

「能力を考えたら、逃げられたってしょうがないと思いますよ?」


 しょんぼりである。


「でも、あたしなら、ご主人様の奴隷だし、ヤンデレ化耐性があるから逃げませんよ?」

 フードで顔を隠しているから表情は分からないけど、優しく微笑んでいるのだろう。

 その気持ちはありがたいけど……自分で落ち込ませておいて、自分でフォローするのは……正直どうなんだろうな。


 取りあえず、「はいはい、ありがとうな」と、フードの上から頭を軽く撫でつけた。


「ちょっとご主人様、あたしを子供扱いしないでくださいよ」

「はいはい」

「ご主人様!?」

 じゃれ合いつつ受付の方へと向かっていくが――


「坊や、ちょっと良いかしら?」

 なにやら妖艶なお姉さんが立ち塞がった。なんとなく、身に纏う雰囲気がヤバそうで、俺はクラウディアを隠すように間に入った。


「俺になにか用でしょうか?」

「せっかちだね。あたいは、ユノって言うんだ。坊やだろ、今日ギルドに登録しに来た子は」

「……そうだと思いますけど、だったらなんなんですか?」

「冷たいねぇ。新人なら、あたいが手取り足取りねっとりと教えてあげようと思ってね」

「――間に合ってます」


 間髪を入れずに答え、クラウディアの手を引いて即座に離脱した。あれは分かる。俺じゃなくても分かる。絶対、ヤンデレを発症させて、俺に引き寄せられてきた口だ。


 後ろから引き留める声が聞こえてきたけど、俺は無視して受付まで逃げた。

 そしてほっと一息――


「ミナセくんの連れている女の子は誰かしら?」


 ――吐く暇もなく、応対した受付嬢、シルフィーさんにヤバイくらいの笑顔で迎えられ、俺はびくりと身を震わせた。


 そそそっ、そういえば、シルフィーさんの存在を忘れていた。

 ヤバイヤバイヤバイ、どうする、なんで答える!?


「初めまして。あたしはご主人様の奴隷で、クラウディアと申します」

 俺がパニクっているあいだに、事情を知らないクラウディアが自己紹介をした。


「あら、そうなの。私はシルフィー、ミナセくんの専属の受付よ」


 専属……まあ俺の応対は、シルフィーさんと言うことにはなってたけど、なんとなく、それ以上の意味があるように聞こえるような気が……気のせいだろうか?

 なんて思ってたら、シルフィーさんが少し顔を近づけてきた。


「ところで、さっきユノさんに話しかけられてたわよね?」

「あぁ、さっきのお姉さんですね。なんか恐かったので速攻で話を打ち切りましたが」

 そう答えたら神妙な顔で頷かれた。


「それで正解よ。彼女は加虐性癖のスキル保持者で、しかもあたしなんか目じゃないくらい、重度のヤンデレを発症させてるから気をつけて」

「……マジですか?」

「マジよ。ミナセくんなんて、直ぐに監禁されちゃうんだからね」


 ……と言うか、監禁がデフォなのか。なんか嫌すぎるな、この世界。なんて思っていたら、クラウディアがちょんちょんと俺の脇をつついてきた。


「どうかしたのか?」

「いえ、どうしたというか、さっきから出てくるミナセって――」

 俺は驚異的な反射速度でクラウディアの口を塞いだ。


 クラウディアにはステータスウィンドウを見せたけど、漢字で書かれている名前を読めなかった。なので、ユズキという名前しか教えていないのだ。


 対して、シルフィーさんに苗字を名乗ったのは、ローズの追っ手を誤魔化すため……なんだけど、クラウディアに『ミナセって誰です?』とか言われた日には、シルフィーさんに刺し殺されても文句は言えない。


 いや、さすがに文句は言うけど。……スキルで生き返ってから。


「……ご主人様?」

「シルフィーさんは、俺のスキルでヤンデレを発症させてるんだ」


 どうしたのかと目で問いかけてくるクラウディア耳元で、必要最低限の事実を告げる。それだけで色々察したのだろう。クラウディアはビクンと身を震わせて大人しくなった。


「ミナセくん。彼女は奴隷で、さっき購入したのよね?」

「そ、そうですけど?」

「それにしては、なんだか仲が良くないかしら?」


 後ろから羽交い締めにして、クラウディアの口を塞いでいる。そんな俺を見て、シルフィーさんが疑いの眼差しを向けてくる。俺は光の速さでクラウディアから離れた。


「き、ききき、気のせいですよ!? な、クラウディア」

「そ、そそそ、そうですよ! あたしとご主人様は、別に仲良しじゃないです!」

「……本当かしら」

「「もちろんです!」」


 二人同時に断言した。


「……でも、なんだか息ぴったりな気がするのだけど」


 今度は二人同時に沈黙。なんで俺と同じ行動取るんだよ! と、視線を向けると、クラウディアも同じように俺を見ていた。


「……クラウディア、さっそく出番だ。俺を護ってくれ」

「こんな良い笑顔で殺気を放つ人、あたしには無理ですよぉ……」


 泣きそうな声。まぁ……取りあえずは普通のヤンデレから護ってもらうって約束だしな。シルフィーさんはどう見ても普通のヤンデレじゃない。

 仕方ないので、後は俺がしゃべるからと一言、俺はクラウディアを後ろに隠した。


「えっと、すみません。俺達、なにか腕試しをしたいんですけど……シルフィーさん、俺にお勧めがあったら、教えてくださいませんか?」


 話を逸らすのが強引だったかなと思ったんだけど、シルフィーさんは「ミナセくんに頼られるなんて――っ、お姉さんにお任せよ!」と、やる気になった。


 今更だけど、シルフィーさんは、俺にとって頼りになる受付のお姉さんであろうとするタイプなのかな? で、それが出来なくなったら、ヤンデレとしてヤバイ感じに……

 ありそうだ。気をつけよう。


「ところでミナセくん、腕試しと言ったけど、総合評価はどのくらいあるの?」

「えっと……10,000くらいです」

「――嘘ね」


「なななっ、なぜ、そう思うんですか?」

「動揺しすぎよ。と言うか、ヤンデレに死ぬほど愛される:SSSがある時点でそんな低いはずないじゃない。60,000くらいあるでしょ?」


 そ、そうだったぁ……


「すみません。その通りです。ただ、戦闘系の能力だけを考えると一般人くらいです」

「なるほどね。そっちの彼女も似たような感じかしら?」

「彼女は戦力外です」


 きっぱりと答える。そんな俺の後ろから「むぅ~」と可愛いうなり声が聞こえたけど、魔法を使えるようになったとは言え、2ランクダウンは健在。

 その辺の子供並みの戦力だからな?


「まあ……どっちにしても、ダンジョンで問題ないと思うわ。この街のダンジョンは最下級だから、大人なら装備とかなくても二層くらいまで潜れるしね」

「ダンジョンですか?」

「ええ。知ってると思うけど、この街の地下にダンジョンが広がっているの。魔石を集めればお金になるし、自分の腕にあった階層まで進めるから、ちょうど良いと思うわ」

「ふむふむ。……ちなみに、冒険者ランクも上がります?」

「魔石を持ち込んだ量でポイントが入るわね。一層なら子供でも大丈夫なレベルだから、ランクを上げるのは厳しいと思うけど……お試しには向いてると思うわ」

「なるほど、ありがとうございます」


 まずは装備を――なんて思ってたんだけど、子供でも大丈夫なレベルなら大丈夫だろう。ちょっと魔法を試しに行ってみよう。


「ちなみに、ダンジョンはどこにあるんですか?」

「ギルドの裏よ」

 ……思った以上に近かった。



 そしてやって来たのは、ギルドの裏にあるダンジョンの入り口。そこには見張りの兵士が二人、並んで立っていた。二人は俺達を見つけると、愛想の良い笑みを浮かべる。


「やあ、ここはバンドールダンジョン入り口だ。見ない顔だが新入りか?」

 バンドールという街にあるダンジョンがバンドールダンジョン。意外とシンプルだな。


「こんにちは。新入りも新入り、今日が冒険者デビューです。ダンジョンに入りたいんですが、色々教えてもらっても良いですか?」

「もちろん、かまわない。と言うか、立ってるだけだから退屈でな。俺は元冒険者だし、役に立つ情報を教えてやれるぜ」


 兵士の片割れ、苦労人っぽい面持ちのおじさんが、びっと親指を立てた。という訳で、俺はその兵士に、ダンジョンについて色々と教えてもらった。

 それを纏めると、こんな感じだ。


 1、ダンジョンには階層があり、深く潜るほど敵が強くなる。

 2、階層ごとに、ボスが存在している。

 3、敵は倒しても、近くに人がいないと一定の間隔で再ポップする。

 4、敵を倒すと必ず魔石をドロップし、まれにアイテムもドロップする。

 5、魔石はギルドで買い取りをしているが、一割を手数料として納める必要がある。

 6、各階層には転移の魔法陣が存在していて、条件を満たせば行き来できるようになる。


 そのほかは、シルフィーさんから聞いたのと大差ない。とにかく、一層なら子供でも潜れるレベルだそうだ。


「取りあえず、ものは試しで潜ってみるかな。あぁでも、たいまつくらいは必要ですよね」

「いや、既に人が何度も入ってるような階層には、ダンジョンの魔力を使って光を放つ光源が設置されている。低層に試しではいるくらいなら問題ない」

「……光源?」


 なんだろうと思って尋ねると、魔力を流すだけで光を放つ、安価な魔導具が存在しているらしい。本来なら、そういった魔導具には魔石が必要となるんだけど、ダンジョンは魔力があふれているので、魔導具を設置するだけで周囲が明るくなるとのこと。


 ちなみに、ダンジョンに魔物がポップするのも魔力が原因だと言われていて、ポップした魔物には、魔力の結晶である魔石が宿っているそうだ。


 なので、冒険者がダンジョンに潜るのは、魔導具の動力源となる魔石を集めること。例えるなら、炭鉱に潜る日雇いのバイトみたいなものだな。


「それじゃ、ちょっと入ってみます」

「おう、気をつけてな」

 見張りの兵士二人に見送られ、俺達はダンジョンに踏み込んだのだが――


「なんじゃこりゃ……」

 ダンジョンの一層まで降りた俺は、思わずその広さに驚いてしまった。とても自然に出来た洞窟とは思えない広さだ。

 しかも、いくつも別れ道が見えるし、向こうの方には大きな部屋まで見える。


「……なにをそんなに驚いているんですか?」

「なにをって……ここ、広すぎじゃないか?」

「そうですか? あたしも直に見るのは初めてですけど、普通の大きさだと思いますよ?」

「いやいやいや、これが普通って、そんな馬鹿な。こんなのが町の地下にあったら、地盤が崩壊するだろ?」


 通路の横幅が目測で5メートル以上あり、規模も町全体にありそうなイメージ。しかも、階層がいくつも連なっていて地盤が持つはずがない。

 なのに、クラウディアには、なにを言ってるんですかと呆れられてしまた。


「普通のトンネルなら崩れますけど、ダンジョンが崩れるはずないじゃないですか」

「えぇ……なにそれ。どういう理屈?」

「どういう理屈と言われましても……そう言うものですとしか」


 ま、まあ、異世界だしな。魔物も一定時間でポップするとか言ってたし、多少は物理法則が違ってもしょうがないか。


「とにかく、奥に行って敵を探してみるか」

「あ、ちょっと待ってください」

 進もうとしたところで、クラウディアに袖を引かれてつんのめった。


「どうかしたのか?」

「いえ、せっかくですから、支援魔法を試してみたいなぁと思いまして。ご主人様に弄ばれてまで覚えたんですから、使わないともったいないですよね」

「使うのは良いけど、それだと俺が酷いことをしたみたいなんだけど」


「……息も絶え絶えのあたしに、おねだりまでさせて。しかもそのあとは、あたしが気を失うまで責め立てて。自覚がなかったんですか、この鬼畜ご主人様は」

「……すまん。存分に支援魔法を試してくれ」


 申し訳なく思ったので、好きに試してもらうことにした。

 なので、別に、クラウディアが魔法を使う喜びに目覚めて、俺に新しいスキルを習得したいってお願いしてくるのを期待したわけではない。ないったらないのだ。


「それじゃ、ご主人様にヘイストを掛けてみますね」

「……うん」


 クラウディアのヘイストはFで、2ランクダウンの呪いがある。マイナスランクになって、逆に遅くなったりしないだろうかとか? とか、ちょっとだけ思ったり。


 まぁ……それをたしかめるためにも、ここで使ってもらった方が安心だな。と言うことで、試しに使用してもらうことにした。


「えっと……まずは対象を意識して……」クラウディアは俺をじっと見つめ――「べ、別にご主人様のことなんて意識してませんからね!」ぷいっと顔を背けた。


「……誰がそんなあざといことを言えと?」

「あ、あざとくなんてないですよ!? も、もう、今度こそ使いますからね!」

「はいはい」


 呆れつつも、俺は少しだけこの時間を楽しいと感じていた。

 前世の俺の周りにいた女の子は、みんな自分勝手なヤンデレばっかりで、こんな風に普通のやりとりを楽しむことなんて今までなかったからだ。


 スローライフではないけど、普通の女の子と充実した時間を過ごしてる気がする。


 ともあれ、対象のイメージは終わったようで、クラウディアは「ヘイスト」と呟いた。その直後クラウディアを中心に、光の魔法陣が描かれていく。

 そしてわずか数秒、魔法陣は完成した。


「ご主人様のえっち」

 なぜ急に罵られたんだと思ったら、魔法が発動した。


 どうやら今の言葉が、魔法の軌道に使われたらしい。なんか釈然としないけど……俺の中に魔力らしきものが流れ込んでくるのを感じる。


 とは言え、ちょっと飛び跳ねたり、手を動かしたりしてみても、特に早くなったような感じはしない。まあ、逆に遅くなった感じもしないから、ある意味セーフだけど……とクラウディアを見ると、なぜかエメラルドグリーンの瞳をまん丸に見開いていた。


「……そんなに驚いてどうかしたのか?」

「えっと、その……なんと言いますか、スキルは習得するだけでも大変で、習得したとしてもEランクに上げるだけで早くても100回、多ければ1,000回近い修練が必要なんです」

「それは想像が付くけど……って、まさか!?」

「はい。その……ヘイストのランクが一つ上がりました」

 

 

   Q、なぜユズキは自分のステータスを弄っても平気なんですか?

緋色 A、自分で自分の足をくすぐっても平気なのと同じ理由です。

女神 A、需要と供給の問題を考えて世界を作ったからですわ。

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