エピソード 2ー3 押しに弱いクラウディア
俺がこの世界――アルゴーニアについて知っていることはあまり多くない。魔法やスキルのあるゲームのような世界だと言うことくらいで、システムの詳細も理解していない。
この世界にとっての常識を聞くことで、俺が転生者だって知られるのを警戒したからだ。
けど、奴隷契約のあるクラウディアになら安心して聞くことが出来る。という訳で、クラウディアを購入した俺は、すぐさま宿に連れ帰ったんだけど――
「まさか購入されて半刻と立たずに、身体を求められるとは思ってもみませんでした……」
部屋の隅っこ。クラウィデアが自分の身体を抱きしめて怯えている。
「いや、俺がクラウディアを購入したのは」
「――分かっています。あたしも奴隷として売られたからには、そういう行為を求められたら、答えなきゃいけないことは理解しています」
「いや、そうじゃなくて」
「――心配して頂かなくても大丈夫です。あたしは娼館に売られる予定でしたから、手管は習いましたし、覚悟だってとっくに出来ています」
なんかこの子、とんでもない告白を始めたぞ。
「覚悟が出来てるのは立派だけど、俺の話を」
「でも、あたしの身体には醜い火傷の跡があるし、ご主人様も外見は気にしないと言っていたので、そう言う目的ではないのかなって、ちょっとだけ期待して……」
「俺が言いたいのはそういうことじゃなくてだな」
「――いえ、抵抗するつもりはありません。初めてでつたないかもしれませんが、精一杯ご奉仕するので好きにしてください!」
「……うん。取りあえず、人の話はちゃんと聞こうな」
恐怖からか、ギューッと目をつぶる。そんなクラウディアのホッペは……火傷の痕が抓ると痛そうなので、脇腹のあたりをぎゅっと抓った。
クラウディアは目を見開き、俺を見てぷるぷると震える。
「……ご、ご主人様は、加虐性癖の持ち主じゃないって言いましたよね?」
「言った言った。取りあえず、性奴隷的な扱いをする気はないから落ち着け」
「そう、なのですか? では、朝のご奉仕や、寝る前のご奉仕。下着は着用せず、いつでも、どこでも、求められたらすぐ受け入れるように準備――とかは、しなくて良いんですか?」
恐らくは俺と同い年くらいの女の子の口から、綺麗な声で過激な発言がポコポコ飛び出してきて、俺はドン引きである。
「……誰だよ。そんなこと言ったのは?」
「あたしの教育係だった、もと娼婦のお姉さんですが」
「なるほど……」
なんか思いっきり納得してしまった。
「取りあえず、そういうことを強制したりはしないから安心しろ。まずは、クラウディア、キミに色々と教えて欲しいんだ」
「え、それはその……殿方を悦ばす手管を、ですか?」
「そこから離れろっ」
俺がそんな技術を覚えてどうするって言うんだ、まったく。
「取りあえず話を聞きたいだけだ。ただ、その前に二つほど奴隷契約で命令させて欲しいんだけど、かまわないかな?」
「えっと……あたしに拒否権はないので。どんなエッチな命令でも従いますけど」
「取りあえずエッチな命令ではない。そして、クラウディアが誓いを拒否したとしても、危害を加えて強制――なんてマネはしないから安心してくれ」
奴隷の契約による誓いを破ろうとするとおそらく、俺がローズとの約束を破ろうとしたときのようになる。つまり、一度誓った内容には決して逆らえない。
なので、誓うこと自体は強制したくないのだ。
「えっと……そう言われましても。契約の内容を言ってくださらなければ、あたしとしては、なんとも答えられないんですけど」
「一つ目は簡単だ。もしヤンデレ化することがあったら、可能な限り早く教えてくれ」
「それはもちろん誓わせて頂きますが……可能な限り、ですか?」
「ああ、可能な限りで問題ない。俺に報告できないような状況でヤンデレ化して、あの死ぬよな恐怖を与えるのは忍びないからな」
「『あの』と言うことは……もしかして、ご主人様も?」
「……ちょっと、ヤンデレの娘に監禁されてな。色々あってなんとか逃げおおせたけど……そのうち追っ手が来ると思う」
「うわぁ……」
監禁という単語から色々察したんだろう。クラウディアは哀れむように俺を見た。
家が没落して奴隷にされ、更には大やけどまで負った女の子に同情されるってどれだけだよって思ったけど、ヤンデレ娘に監禁されて、手足を奪われて弄ばれた俺も負けてなかった。
「……って、ちょっと待ってくださいよ。もしかしてあたしに、その追っ手からご主人様を護れって言ってます?」
「いや、呪いのことは聞いてるから。将来的に護ってくれたら嬉しいけど、取りあえずは非力なヤンデレ相手から護ってくれると嬉しい」
「……非力なヤンデレ、ですか?」
「実は、フェミニストがSあるから、ヤンデレに迫られても抵抗できないんだ」
「フェミニストのS……それはまた、最悪の組み合わせですね」
酷い言われようだけど、まったくもって否定できないな。
なんでヤンデレに死ぬほど愛される:SSSを持ってるにもかかわらず、フェミニスト:Sなんて習得してしまったのか。あのときの自分を問い詰めたい。
……いや、あのときは、ヤンデレに死ぬほど愛されるスキルが伏せられてたからしょうがなかったんだけどさ。もうちょっと警戒するべきだったなぁとは思う。
「その辺の事情を話す前に、二つ目の誓いだ。俺はクラウディアに、これからいくつかの秘密を打ち明けるから、俺が不利益になる情報を第三者に漏らさないでくれ」
「その程度でしたら、あたしはなんの問題もありません。二つとも喜んで誓わせて頂きます」
「ありがとう」
俺は誓いの内容を繰り返し、クラウディアに誓ってもらう。
「これで良いのかな?」
「ええ。ステータスを見て頂ければ、確認できると思います」
「え? クラウディアのステータスを俺が見られるのか?」
「見られるのか……って、常識ですよね?」
「いや、俺はその手のことを知らないんだ。実は俺、異世界から転生してきたから」
「……はい? 異世界から転生って、なにを言ってるんですか?」
なんか、可哀想な人を見るような目で見られた。
「証拠に俺のステータスを見せてやる。……他人にステータスを見せるのはどうするんだ?」
「見せる対象を思い浮かべながら、ステータスウィンドウを開くだけですけど……え? 本気で言ってるんですか?」
「本気も本気だ。ステータスオープン」
俺はクラウディアに見せることを意識しながら、ステータスウィンドウを開いた。
「えっと……名前が読めないんですけど」
クラウディアが首を傾げる。俺の名前は漢字で表記されているからそれが理由だろう。
「あぁ、ここには俺の国の文字でユズキと書いてある」
「へぇ、ご主人様の国の文字……って」
名前の次の項目を見たクラウディアが、思いっきり顔を引きつらせた。
「あ、あの。総合評価102,000とか、意味不明な数値が出てるんですけど?」
「色々と訳ありでな」
ちなみに、総合評価はどうやら、スキル習得に必要なSPの合計っぽい。そして、バッドステータスなどの、マイナスは計上されていない。
「訳ありって……どんな訳があったら、こんな数値になるんですか!?」
「それも、もうちょい下を見たら意味が分かるから」
「もうちょい下、ですか? ええっと……精神力のランク高いですね。ってなんですか、この才能の塊は。しかも、特殊スキルも一杯あるし――不老不死!?」
クラウディアの視線が、不老不死の項目に釘付けになった。そしてくわっと目を見開くと、俺にずずずいっと詰め寄ってくる。
「ご主人様、不老不死ってなんですか!?」
「不老不死はそのまま、死んでも生きかえるし、年も取らないスキルだな」
「いえいえいえいえ、スキルの内容が分からないのではなくて、どうしてそんなスキルを持っているのかが疑問なんですが!」
「それも、下を見たら分かるって」
「下って……これ以上驚くようなものなんて……」
クラウディアの視線が、称号の項目でピタリと止まった。
「女神メディアに見初められたに、女神メディアの寵愛を受けたってなんですか! しかも異世界からの旅人に、ヤンデレに死ぬほど愛されたって、なんなんですかああああっ!?」
「いやぁ、ヤンデレに刺し殺されてさ。そのまま人生が終わるところだったんだけど、メディアねぇに助けられて、この世界に転生させてもらったんだ」
俺が事実を簡潔に告げたというのに、クラウディアの目は三角になった。なんだか凄まじく呆れられている気がする。
「……もはやどこから突っ込めば良いのか分かりません」
「事実だぞ?」
「ええっと……じゃあ聞きますけど、メディアねぇと言うのは?」
「女神メディアのことだな。メディアお姉ちゃんって呼ばされそうになったから、なんとかメディアねぇ呼びで手を打ってもらったんだ」
「……ますますもって意味が分かりません」
「だよな、俺もそう思う」
「いえ、女神様を愛称で呼んじゃうような人と、一緒にしないで欲しいんですけど……」
「えぇ……」
同じ理不尽に虐げられる仲間だと思っていたのに……
「取りあえず、俺が異世界から来たって信じてくれるか?」
「それはまぁ……こんな称号見せられたら、信じるしかないと思いますけど」
「なら、ステータスを偽装するような手段はないのか?」
「鑑定スキルに対抗する偽装スキルはあるそうですけど、自分で見せた内容を偽装する方法はないと思います」
「おぉ、なるほど。それは便利なような、不便なような……」
証明する分には良いけど、誤魔化すときに開示を拒否しか出来ないんだな。覚えておかないと、いつか困ったことになりそうだ。
「それでご主人様は、どうしてそんな秘密を打ち明けてくれたんですか?」
「あぁそうだったな。そんなわけで俺はこの世界の常識に疎くてな。色々教えて欲しいんだ」
「なるほど、そういうことでしたか」
「うん。取りあえずクラウディアのステータスも見せてくれるか?」
「かしこまりました。……ステータスオープン」
クラウディアが宣言した直後、ステータスウィンドウが彼女の前に浮かび上がった。俺は側面に回り込み、そこに書かれたデータに視線を走らせる。
【名前】:クラウディア 【総合評価】:18,200
【通常スキル】
筋力:F / 耐久力:E / 敏捷度:C / 器用度:B
魔力:A / 精神力:B / 幸運:E
【耐性スキル】
呪い耐性:E / 恐怖耐性:C / 不幸耐性:D / 痛み耐性:E
ヤンデレ化耐性:S
【戦闘スキル】なし
【魔法スキル】なし
【技能スキル】
裁縫:C / 交渉:D / 性技:D
【先天性スキル】
支援魔法の才能 / 商売の才能
【特殊スキル】
予測:C 高速詠唱:F
【レアスキル】なし
【バッドステータス】
衰弱の呪い:A
押しに弱い:C
奴隷契約:A
奴隷契約の詳細:ヤンデレ化したら可能な限り報告する。主人の秘密を他人に漏らさない。
【称号】
落ちぶれたお嬢様
【SP】残り524SP
「……ほう。【性技】がDで【押しに弱い】がCか……えっちぃな」
「どどどどっ、どこを見てるんですか、ご主人様!」
「いやだって、その組み合わせは見ちゃうだろ」
俺は自分のウィンドウを弄って、スキルのヘルプを参照する。性技は調べるまでもないけど、押しに弱いは……強く出られるとなかなか断れないという特性みたいだ。
ちなみに、ランクで他の能力と同じように補正が掛かり、Fランクだと家族限定。Eランクでは好意を抱いている相手まで、Aランクでは知り合いまで範囲が拡大する。
そして、Sランクでは対象が無差別になり、SSSランクは強く頼まれたら断れないそうだ。
……なかなか恐ろしいスキルだな。
「でもまぁ、Cランクなら許容範囲内だよな」
Cランクなら親しい相手までが対象。家族や親しい相手から強く頼まれたら断りづらい程度なら、ちょっとお人好しレベルだ。
これが、Aランクまで行くと知り合いが範囲に含まれるもんな――と言ったら、クラウディアはうめき声を上げた。
……あれ?
「ええっと、なにか変なことを言ったか?」
「……あたしのバッドステータス、もう一つありますよね?」
「あぁ……そういえば」
衰弱の呪いと言うのがあったなと詳細を検索する。
衰弱の呪い。全てのランクが、表示ランクより2ランクダウン。Fランクより下に落ちるとマイナス補正が掛かる。また、バッドステータスは2ランクアップする。
「おぉう……これはひどい」
クラウディアの押しに弱いはバッドステータスなので、2ランクアップしてAランク。
知り合い全てに対して、押しに弱いが発動する。
そして他の能力は全て2ランクダウン。総合評価がかなり高いって思ったけど、実際の能力的にはかなーり低そうだな。
解呪の方法は……呪いより高いランクのデスペルで解呪するか、呪いをかけた本人に解呪してもらうか、呪いをかけられた人物が死亡するかの三つのようだ。
直ぐに解除はできそうにないなぁ。
「ふんだ。どうせあたしは押しに弱いですよーだ」
うん。物っ凄い拗ねさせてしまった。
と言うか、奴隷に売られた上に、顔から胸にまで火傷の痕とか、もっと暗くなってもおかしくないんだけど、思ったよりも明るい性格だな。
スキルに不幸耐性があったけど、それが理由だったりするのかな?
「……どうしましたか、ご主人様。あたしの顔をずっと見たりして。見てて楽しいものじゃないと思うんですけど」
「あぁごめん。クラウディアは結構不幸な境遇なのに、意外に明るいと思って」
「それは……まぁ。たしかに不幸だとは思いますけど、あたしは人生を諦めたわけじゃないですから。頑張って、人並みの幸せを手に入れるのが目標なんです。……奴隷ですけど」
少し自嘲気味に笑う。だけど、クラウディアは本気でそう思っているようだ。
不幸な境遇にありながらも、人並みの幸せを求めている。その生き様と、自分を今を重ね合わせて、俺は強くシンパシーを感じた。
「クラウディア、俺と一緒に幸せになろう」
「……奴隷相手になにを寝ぼけたことを言ってるんですか、ご主人様は」
「ぐぬぬ……」
思いっきり呆れられてしまった。俺はシンパシーを感じたのに、クラウディアはこれぽっちもそう思ってないみたいだな。……残念。
「取りあえず、俺はクラウディアを奴隷だからって理由で使い潰すつもりはないから。お互い助け合っていこうってことだ」
「はあ……それは望むところですけど。まずはどうするつもりです?」
「この島から逃げ出すのに、冒険者ランクをDまで上げる」
「……島から逃げ出す?」
クラウディアはこてりと首を傾げた
「言っただろ、ヤンデレ娘に追われてるって」
「あぁ……言ってましたね。この島の女の子なんですか?」
「この島の女の子というか……領主の娘」
「……冗談、ですよね?」
「冗談だったら良かったんだけどなぁ」
「うわぁ……」
クラウディアは、なにやらげんなりとした表情を浮かべた。たぶん、『大変なご主人様の奴隷になっちゃったなぁ』とか思ってるんだろう。
「――って、待ってください。島から逃げ出すのは良いですけど、冒険者としてランクを上げるってまさか、あたしにも冒険者として戦えと言うことですか?」
「ランクは上げなくても、俺の奴隷として船に乗れると思うんだけどな。冒険者として同行して、ヤンデレに襲われたら助けて欲しいんだ」
「……あの。あたしは呪いで、回復魔法が利かないんですよ? あたしに死ねと?」
ジト目で見られてしまった。
まあ全て2ランクダウンって考えると、非力な見た目以上に弱いってことだもんな。戦いたくないって言うのは理解できるけど、俺としてはどうしても同行して欲しい。
だから、俺は取引することにする。
「さっき俺のステータスに、女神メディアの寵愛を受けたって称号があっただろ?」
「たしかにありましたけど、急になんですか?」
「あの称号の効果は、ステータス補正と、スキルを自分の意志で習得出来る能力だ」
「自分の意志で習得出来る……って、まさか!?」
「ああ。俺がその気になれば、デスペルAAを習得も可能だ」
デスペルの基礎SPが200なので、AAまで上げるのに必要なSPは合計で5,800。ローズを襲撃した敵のリーダーが5SPだったから、同ランクの魔物を1,160体倒せば良い計算。
決して不可能な話ではない。
「……どうだ? クラウディアが同行して、ヤンデレから護ってくれるのなら、出来るだけ優先して、呪いを解いて傷跡も消すと約束するぞ?」
「……うぅん。凄く魅力的な話なんですが、あたしは本当に、戦闘の役には立ちませんよ?」
「戦闘には極力参加しなくてもいい。クラウディアが俺をヤンデレから護ってくれるなら、俺はクラウディアをほかの敵から全力で護るからさ」
「そんなこと言って、ご主人様も現状、スキル的にはそんなに強くないですよね?」
「まあ……才能と、基本ステータスに補正が掛かってるだけだな。だから、無理にとは言わないよ。でも、出来れば、引き受けて欲しい」
「……なんだか、さっそくあたしの押しに弱い特性を利用されてる気がします」
「気のせいだ」
俺は明後日の方向を向いた。
そんな俺の横顔を見て、クラウディアは少し考えている様子だった。けど、ほどなくため息交じりに「分かりました」と呟いた。
「引き受けてくれるのか?」
「ええ。娼館で働くことを考えたら、希望があるだけマシなのかなって」
「それと比べられるのは、ちょっとあれなんだけど?」
「ご主人様に喜んで従います」
「そんな露骨に媚びられても……」
「ご主人様は我が侭ですね」
呆れられてしまった。
けど本気で呆れているというわけではなく、クラウディアはどこか、このやりとりを楽しんでいるようだ。そして俺も、今のやりとりを楽しいと感じている。
「ところで、ステータスウィンドウは閉じてかまいませんか?」
「あぁうん――って、ちょっと待った」
ふと【女神メディアの寵愛を受けた】って称号に、親しい相手のステータスに干渉できるようになるって書き込みがあったことを思い出した。
あのときは急いでて気にする余裕がなかったけど……クラウディアのステータスウィンドウ、最後の一行には【SP】残り524SPと書かれている。
もしかしたら、俺はクラウディアのステータスを弄ることが――クラウディアを思うままに育てることが……出来る?