エピソード 2ー2 普通の女の子(仮)との出会い再び
グレイブさんに奴隷商のお店を教えてもらった俺は、その足でくだんの商会を訪ねた。
本音を言えば、奴隷を購入するのには抵抗がある。これは俺が日本人だったからと言うだけではなく、自分の境遇と重ねてしまうからだ。
ようするに、奴隷として売られ、自分の意志に関係なく仕えさせられる奴隷と、ヤンデレ娘に捕まり、自分の意志を無視して扱われる自分と、境遇が重ねてみてしまうからだ。
けど、他に仲間を持つ方法がないのも事実。
――あの後、ギルドの奥にある部屋から出てきた俺を見て、みんながずさーっと引いていった。まあ……シルフィーさんなんかは寄ってきたけど、ヤンデレだから除外。
仲間を得るには、奴隷を買うしかないという結論に至ったのだ。
なんて、自分でも、そんな風にあっさり割り切れるのが少し不思議だけど……たぶん、ステータスに掛かっている補正のおかげなんだろう。
もとから図太い方だと思うけど、最近は更に図太くなった気がするからな。
そんな訳で、お店にある応接間。
中年のやり手そうな男性が、愛想の良い笑みを浮かべて俺を出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。私はこの店のオーナーを務めるラングと申します。本日はどのような奴隷をお求めでしょうか?」
「実は……旅の仲間に奴隷が欲しいんです」
「仲間……ですか? 失礼ですが、仲間が欲しいのであれば、冒険者ギルドへ行かれた方が良いのではないですか?」
奴隷商が不思議そうな顔をする。
「少々訳ありでして。……実は、ギルドマスターであるグレイブさんに、ここは信頼できるお店だと勧められてきたんです」
「……ほう、ギルドマスターに。それはそれは……光栄ですな」
奴隷商は少し嬉しそうな笑みを浮かべ、それで訳ありというのはと促してきた。
なので、俺は自分がヤンデレに死ぬほど愛される:SSSの保有者であることを打ち明けた。その瞬間、奴隷商の表情が思いっきり引きつる。
「ヤ、ヤンデレに死ぬほど愛される:SSSの所有者、ですか?」
「ええ、そうなんです。それで困っていて」
「も、申し訳ありません。少々お待ちください!」
奴隷商は丁寧な態度を取りつつも、慌てて部屋から退出。
廊下から「おい、女達を全て下がらせるんだ! 私が良いと言うまで、決して近づけさせてはいかん!」なんて声が聞こえてきた。
なんか……あれだよな。凶悪な伝染病のキャリアがお店に乗り込んできた、見たいな反応だ。凄く申し訳ない気持ちになる。
なんて、身を縮こまらせていると、ほどなく奴隷商が戻ってきた。
「失礼、お待たせいたしました」
「いえ、その……こちらこそ、なんか申し訳ありません」
「あぁいえ、とんでもない。対策は取っているのですが、さすがにSSSは不安で……いえ、こちらこそ、不快な思いをさせて申し訳ありません」
叩き返されたって仕方ないと思ったのに、逆に頭を下げられてしまった。
ギルドの時にも思ったけど、やっぱりヤンデレ化に対する価値観が俺――と言うか、日本人とは違う。この世界を作ったのがヤンデレ女神様なことが関係してるのかな?
……そうかもしれないな。
なんにしても、ヤンデレに死ぬほど愛され体質の俺としては助かる。危険人物として、隔離されてもおかしくなかったからなぁ。
「コホン。話を戻しましょう。お客様のお求めは、仲間になり得る奴隷、ですね。失礼ですが、ご予算はいかほどでしょうか?」
「金貨九枚が上限です」
「金貨九枚、ですか……」
奴隷商は難しそうな顔をした。
銀貨一枚あれば、食事付きで宿屋に一泊出来る。
金貨九枚は二、三年は暮らせるだけの金額なので、人間を買う金額と考えると安い気もするけど……グレイブさんは金貨数枚あれば買えるって言ってたんだけどな。
「金貨九枚では厳しい感じですか? かなり安い奴隷もいると聞いたのですが」
「もちろん、奴隷と言ってもピンキリでして。たしかに、金貨一枚くらいで買える奴隷もおります。ですが、お客様のお求めは、仲間になり得る奴隷、ですよね?」
問われて、俺はこくりと頷いてみせる。
「そうなると、犯罪奴隷や、素行の悪い者では役に立ちません」
「それは、えっと……その、契約みたいなものはないんですか?」
ファンタジー系の物語で良くある、強制力の働く奴隷契約。ローズの魔眼が似たような能力だし、そう言う能力もあるはずだと思って尋ねる。
「もちろん、奴隷契約はいたします。が、信頼は契約では買えませんし、契約でがんじがらめにしては、戦闘中のとっさに動けません」
「なるほど……」
「なので、仲間に出来るような奴隷というと、やむにやまれぬ事情で奴隷になったモラルのある人物で、なおかつ戦闘もこなせる者と言うことになりますので数は多くありません。島の外からお取り寄せは可能ですが……」
「値段が高くなると言う訳ですね」
奴隷の値段が思ったより高かったと言うよりは、俺の求めている要求レベルが高かったと言うこと。そうなると、もっとお金を貯める必要があるかもしれない。
でも……仲間がいない現状はかなり危険なんだよなぁ。
今のままだと、ヤンデレに掴まれたら振り払うことも出来なくて、そのままお持ち帰りされて部屋に監禁。両手足をもがれて弄ばれるまである……と言うかあった。
「戦闘力を除外したら、手が届きそうな奴隷はいますか?」
「戦闘力の除外ですか? そう、ですねぇ……あぁ、そういえば」
奴隷商がぽんと手を打った。
「なにか、心当たりがあるのですか?」
「ええ。確認ですが、信頼の置ける相手であれば問題ないと言うことですね?」
「ええ。それが最低条件です」
「では、お客様と同い年くらいの少女でもかまいませんか?」
「え? それは……ヤンデレの女の子という意味ですか?」
たしかに、ヤンデレなら、文字通り命に代えても俺を守ってくれる子はいるだろう。そして、奴隷として、俺に手出ししないように命令すれば、俺の安全も保障されるかもしれない。
けど、契約で守られるとは言え、ヤンデレと一緒にいるのは気が休まらないし、契約で束縛して、相手の気持ちだけを利用するというのもありえない。
だから、断ろうとしたのだけど……
「誤解なさらないでください。相手はヤンデレ化耐性:Sを持つ少女なんです」
「ヤ、ヤンデレ化耐性:S?」
名前から考えると、ヤンデレ化に対する耐性があると言うことだろうけど……そんなスキルまであるんだな。さすがはヤンデレ女神様の作った世界だ。
「言うまでもないことですが、ヤンデレ化は深刻な社会問題です。なので、ヤンデレ化耐性を持つ奴隷は非常に高価なんですが……その娘は少々訳ありでして」
「訳あり、ですか?」
事情を聞くと、奴隷商はその少女について詳しく教えてくれた。
くだんの少女は没落した商家の娘で教養があり、見目麗しく、ヤンデレ化耐性がまれに見る高さだったことで、高額で娼館に売られることが決まっていたそうだ。
けれど、当人を扱っていた奴隷商のお店が火事になり、少女は顔に大やけどを負った。それで商品価値がなくなり捨て値で売りに出されたところを、この店の店主が買い取ったそうだ。
「火傷の痕って……魔法で消せないんですか?」
「本来であれば可能ですが、その少女には回復魔法が効かないんです」
「……魔法が効かない?」
「能力の低下に加え、回復魔法を受け付けない身体。彼女には【衰弱の呪い】が掛けられているんです」
「それはまた……解除は不可能なんですか?」
「呪いを掛けた本人が解く以外には、呪いのランクを上回る解呪魔法なら可能ですね。ただ、少なくともこの島には、彼女の呪いを解くことの出来るスキル保有者はおりません」
「そうですか……」
恐らくは、ローズの魔眼と似たような感じだろう。魔法で解呪が可能なら、俺がいつかなんとか出来るはずだけど……それを考えるのは買うか決めてからだな。
「いかがでしょう? かなり痛々しい見た目ですが、気立ての良い性格ですし、なによりヤンデレ化耐性持ちの少女です。お客様のご希望に添えると思いますが」
「そうですね……」
ローズの追っ手対策にはならないと思うけど、普通のヤンデレから守ってもらうくらいは出来るだろう。それにこの世界は、ヤンデレが多いみたいだからな。
ヤンデレ化に耐性のある女の子は貴重だと思う。
「あ、確認したいんですが、俺のスキルはヤンデレに死ぬほど愛される:SSSなんだけど、ヤンデレ化耐性Sで大丈夫なんですか?」
「ランク的にはなんの問題もありません。お客様のスキルはあくまで、ヤンデレを惹きつけるのがメインで、ヤンデレ化はオマケでしかありませんから」
「あぁ、なるほど」
ヤンデレに死ぬほど愛される:SSSは、ヤンデレから向けられる好意を+100%に対して、隠れヤンデレ属性を引き出すのは+10%って話だからな。
ヤンデレ化耐性が、ヤンデレ属性を引き出されないようにすることに特化しているのなら、多少のランク差なんて余裕でひっくり返せて当然だろう。
「ただ、先ほども言いましたが、呪いにより能力が低下しています。そしてそれは、ヤンデレ化耐性も例外ではありません」
「それは……大丈夫なんですが?」
「それを踏まえた上で問題ありません――と、言いたいところですが、世の中には例外がありますからね。念のために、奴隷の契約を使って保険をかけておく方が良いでしょう」
「なるほど。……ちなみに、お値段のほどは?」
「金貨二枚でいかがでしょう?」
必要最低限の条件を満たしていて、奴隷としてはかなり安い金額。
しかも、デメリットは将来的になんとか出来るかもしれない。これは買うしかないだろう。本当にヤンデレ化しないなら、だけどな。
「その女の子、本当にヤンデレ化しないか確認させて頂けますか?」
「ええ、もちろんです。今は日中ですし、ヤンデレ化などあり得ません。購入前はもちろん、購入して三日以内にヤンデレ化した場合は、返品も受け付けますよ」
「……日中なら大丈夫なんですか?」
「ええ。でなければ、夜を乗り越えられませんからね」
「そう、ですね」
いや、どういうこと? 常識のように言われたから思わず相づちを打ったけど、よく分からない。ギルドでもそんなことを言ってたけど、夜の方がヤンデレ化しやすいのか?
気になるけど……この世界での常識なら、ここでは訊かない方が良さそうだな。
「それでは、準備をさせますので、少々お待ちください」
――待つこと数分。一人の奴隷が姿を現した。が、フード付きのローブをすっぽり被っていて、外見はもちろん、女の子なのかすら判断できない。
「クラウディア、お客様に自己紹介なさい」
「……はい。初めまして、お客様。あたしはクラウディアと申します」
あ、女の子だ。そして美少女だ。そう思ってしまうほどの透明感のある声が響いた。俺はその声に聞き惚れてしまう。
「……あの、お客様?」
「あぁ、ごめん。俺はユズキ。キミの購入を考えている」
「それは……えっと。あたしの外見や呪いのことを知った上でのお言葉ですか?」
「呪いや火傷のことは聞いてるよ。……ぶしつけで申し訳ないけど、クラウディア、キミの顔を見せてもらえるかな?」
本当にぶしつけだけど、もし購入するとなると、ずっと顔を見ないなんて出来ないから、今のうちに見せてもらおうとお願いする。
「……かしこまりました」
クラウディアが少し震える指でフードを掴み、ゆっくりとローブを脱ぎ去った。その下にはなにも着けておらず、素っ裸だった。
けど、俺はそれに動揺しなかった。それよりも、顔から胸の右半身に広がる、酷い火傷の痕を目にしてしまったからだ。
奴隷というわりに、青みがかった銀髪はサラサラだし、ずいぶんと清潔にしている。だけど、だからこそ、その火傷の痕は酷く痛々しい。
「ありがとう、もう十分だ」
「……はい。お見苦しい姿をお見せしました」
クラウディアはローブを羽織りなおす。けれどフードで顔を隠すことはなく、まっすぐに俺を見た。澄んだエメラルドグリーンの瞳が俺を見つめている。
「……いかがですか? お客様は、あたしの火傷を見ても、購入されるおつもりですか?」
「ああ。火傷のことなら問題ない。俺にとって重要なのは内面だからな」
「…………え?」
クラウディアは酷く驚いたように目を見開いた。
もしかして、今のやりとりを経て、やっぱり買うのを止める――って言うパターンが過去にあったのかな?
「俺が求めてるのは、信頼できる相手だ。俺はそれをキミに求めている」
「……奴隷であるあたしに、ですか? なにか訳ありなのでしょうか?」
「ああ。実は俺、ヤンデレに死ぬほど愛される:SSSの保有者なんだ。だから、ヤンデレ化に耐性があるキミが欲しい」
「まぁ……そうなんですか」
クラウディアは目を見開くけど、そこに怯える様子はない。自分のヤンデレ化耐性:Sが上回っている自信があるんだろう。
「それで、あたしになにをさせるおつもりですか?」
「――こほんっ」
奴隷商が咳払いをした。奴隷が、お客に対して立ち入りすぎだと言いたいのだろう。それに気づいたクラウディアは、即座に頭を下げた。
「その辺は後で話すよ。取りあえず、キミを購入したいんだけど……異論はあるか?」
「異論などありません。もとより、拒否する権利なんてありませんから」
「その上で、君の意志を訊きたい」
「……では、一つだけ質問をお許し頂けますか?」
クラウディアの言葉に奴隷商が少しだけ渋い表情を浮かべた。せっかく纏まりかけている商談が潰れないかと心配なのだろう。
だけど、俺は極力相手の意思を尊重したいので、なんなりと訊いてくれと答えた。
「では、お尋ねします。貴方様はあたしを殺しますか?」
「……はい?」
「虐待目的で、安い奴隷を買う方がいると聞きます。貴方様は……」
「さっきも言ったけど、俺の目的は信頼できる相手を見つけることだから、殺さないよ」
クラウディアにとっては重要なんだろうと思って、可能な限り真面目な口調で答える。
「……信じます。それに、火傷を見た上で購入したいと言ってくださったのは貴方様が初めてです。だから、貴方様に買って頂きたいです」
クラウディアは微笑んだ。その笑みは、火傷のせいで少し引きつっていたけど……俺はそんなクラウディアを見て可愛いと思った。
俺にとっては初めて知り合ったとも言える、ヤンデレじゃない普通の女の子。そして、それだけじゃなくて、物怖じしない性格が気に入った。
だから――
「ぜひキミのことを買わせてくれ」
「はい。今、このときより、貴方様があたしのご主人様です」
「うん。これからよろしくな、クラウディア」
こうして、普通の女の子とのスローライフが始まった――と、このときの俺は思っていた。