エピソード 4ー4 異国の人が着てるアレ
ウォルト国王陛下より、王族に一つの秘密が明かされた。
それは、俺が女神の眷属である精霊アルミスに気に入られたという事実。
ユズキとその仲間にちょっかいを掛ければ、アルミス様の不興を買う。ゆえに、ユズキ達には手を出してはいけない。
そんな話が王族のあいだにだけ広められたのだ。
ちなみに対象をクラウディアに、ハロルド殿下はかなりヤンデレをこじらせているらしい。
ヤンデレに対する一番の対処法は、対象を一緒にいさせること――だけど、その押しに弱そうな生娘もどきは俺のだからやらん。
ということで、ローズに契約の魔眼を使ってもらい、更にはウォルト国王陛下の判断で、俺達が滞在中は自室で謹慎になったらしい。
そのことを伝えに来たフィーミアが『廊下の影でいちゃこら――どころかいたしているのを見たら、契約の魔眼でも抑えきれるか分かりませんし』等と呟いていたが……
俺にはなんのことだかさっぱりだ。
……だって、ちゃんと周囲を確認したし。
それはともかく、俺達の安全はひとまず確保された。
そんな訳で、俺達は全力で、清楚でエッチなドレスの製作に掛かっていた。
俺が地球での知識を総動員して、清楚系のドレスをデザイン。
クラウディアが立体裁断にてデザインを忠実に再現し、カリンのお店で入手したレースを使ってドレスを制作。
それから、出来上がったパーツごとに、ローズが紋様魔術のスキルを使って様々な刺繍を施していく。この世界で一着しかない、清楚でエッチなドレスは形を為していった。
――そうして、一ヶ月と少しが過ぎ、清楚でエッチなドレスは完成した。それは奇しくも、ラクシュ王女殿下のデビュタントがおこなわれる夜会の前日であった。
「……いよいよだな」
王城で開催された夜会の会場。ローズは貴族として、そして俺とクラウディアはラクシュ王女殿下のドレスを制作した服職人として、パーティに出席していた。
なお、クラウディアが身に着けるのは、いつものエッチなドレス……ではなく、今日は露出を控えめにした、清楚なドレスである。
今日はラクシュ王女殿下のデビュタントで、清楚でエッチなドレスを披露する。ラクシュ王女殿下にとっては、自分が淫乱プリンセスであると披露する場であると言えなくもない。
だから、クラウディアには無難なドレスを身に着けてもらったのだ。
「……ご主人様、このドレス、似合って……ますか?」
「うん、クラウディアによく似合ってるよ。エッチなドレスもありだけど、いまみたいな清楚なドレスもグッとくる」
「あ、ありがとうございます……」
ほのかに頬を染めるクラウディアが可愛い。
俺としては、見た目と内面のギャップのある服装が好きなので、清楚な見た目のクラウディアが、エッチなドレスを身に着けているというのは非常にグッとくるものがあった。
けれど、最近はおねだりが上手になったクラウディアが、その内面に反して清楚なドレスを身に着けている。そのギャップもありだと思った。
『柚希くん、節操がなさ過ぎですわよ?』
ログウィンドウにメディアねぇの突っ込みが表示されたがスルーする。言われるまでもなく、自覚があるからである。
……いや、違うんだ。俺が悪いんじゃない。
悪いのは、清楚な見た目のまま、エッチに成長したクラウディアが悪いのだ。ハロルド殿下が暴走したのも仕方ないね。
――なんてことを考えていると、ローズが「むぅ……」と俺の腕に手を絡ませてきた。
「……ローズ? どうしたんだ?」
「ユズキお兄さんのイジワル。私にはグッとこないの? 私だって、ユズキお兄さんがデザインしたドレスを身に着けてるんだよ?」
「ローズのドレスも凄く似合ってるよ」
自画自賛っぽくなってしまうけれど、ローズのためにデザインをしたドレス。貴族令嬢にふさわしいデザインの、ゴシック系のドレスであり、少しだけスカート丈が短い。
幼さその残るローズに、非常に良くマッチしている可愛い姿だけど、グッとくるのとは少し違うかな……なんて思っていたら、ローズが俺の腕をさっきより強く胸もとに引き寄せた。
ドレス越しに触れるローズの身体は、予想よりもずっと柔らかかった。
こう、なんと言うか……フリーダムな感じが……
「……どう? グッときた?」
「グッときたというか……」
なんでこの子達は、時と場合をわきまえずに誘惑してくるんですかね?
あ、俺が悦ぶって知ってるからか、なるほど……
とまぁ、そんな感じで戯れていると、会場に流れる音楽が止まった。そして、会場の奥。正面の階上に姿を現したのはウォルト国王陛下だった。
「みなのもの、今日は王家の主催する夜会に良く出席してくれた」
そんな挨拶から始まり、王族が一人、また一人と階段を降りてくる。王子達は美しい女性を伴い、また王女達は格好いい男性にエスコートされて姿を現す。
王族と言うだけあって、彼らの着る服はあらゆる面で突出している。そんな彼らの服と並んでも、俺のデザインしたドレスが通用するのか……俺は少しだけ不安になった。
だけど――
「大丈夫だよ、ユズキお兄さん」
「そうです、あたし達の作ったドレスなら、きっと皆さんに認めてもらえます」
俺の右腕に寄り添うようにローズが。そして左腕に寄り添うようにクラウディアが、そっと腕を絡ませ、俺の耳元でそっと囁いた。
「そう、だな……二人とも頑張ってくれたしな」
ローズとクラウディア、そのどちらがいなくてもあのドレスは完成しなかった。あのドレスならきっと大丈夫。そんな風に勇気を得た。
――それからほどなく、会場にざわめきが起こった。
その声に誘われ、俺は正面にある階段の上に視線を向ける。そこには、純白のドレスを見に纏う、褐色のお姫様がたたずんでいた。
「おぉ……あの方がラクシュ王女殿下か」
「噂に違わぬ美しさだ」
周囲のささやきに耳を澄ますと、そのような言葉が聞こえてくる。
「ヤンデレ化にくわえ、色々と噂を聞いていたが……実に清楚な娘ではないか」
「うむ。あのドレスも、王女殿下の清楚さを引き立てているようだな」
さきほどの一言。噂というのは、マゾとかその辺のことっぽい。国王陛下は口止めをしていたはずだけれど……なんとなくは知られていたみたいだな。
もしかしたら、ウォルト国王陛下はその噂を払拭するために、王女殿下にふさわしいドレスを着させることにこだわったのかもしれない。
そんな推測を立てていると、ラクシュ王女殿下がゆっくりと階段を降り始めた。そんなラクシュ王女殿下をエスコートしているのは小さな男の子。
ラクシュ王女殿下の年の離れた弟に当たるらしい。
そんな男の子に手を引かれ、一歩、また一歩と階段を降りてくる。そんなラクシュ王女殿下を目の当たりに、周囲のざわめきは大きくなった。
「おぉ……あのドレス、至るところに刺繍が施されているのか」
「見ろ、ドレスが淡い光を帯びている。なんらかの紋様魔術が施されているようだ」
「……なるほど、言われてみれば、あの刺繍は文字の集合体のようだな。あれらが紋様魔術を起動させているのか」
「いや、私は紋様魔術のスキルを習得しているが、あのような文字は見たことがない」
階段から降りるにつれて距離が近くなってくる。そうして夜会の出席者達の視線がドレスの紋様へと集まっていく。それにつれ、ラクシュ王女殿下はその顔を蕩けさせていく。
それもそのはずだ。ラクシュ王女殿下が身に着ける清楚なデザインのドレスには、文字列を並べて紋様にした刺繍が至るところに施されている。
そして、その刺繍に描かれている文章は――
『ご主人様専用』『淫乱プリンセス』『わたくしはいま、下着を着けていません』
などなど、中にはもっと卑猥な、なろうには書けないほど卑猥な文章が書き連ねられている。その文字列で、ドレスを清楚に彩る紋様を為しているのだ。
その文章を、家族や貴族達が食い入るように見つめている。何十人、もしかしたら百人以上の瞳が、ラクシュ王女殿下の恥ずかしい姿を見つめているのだ。
その視線にさらされたラクシュ王女殿下がなにを感じているのか、ここからじゃ様子が良く分からない……って、そうだ。メディアねぇにもらった、プレイ専用の能力があった。
俺はステータスウィンドウを開いて、ラクシュ王女殿下の姿を映し出した。
ラクシュ王女殿下は、口を半開きにして熱い吐息をこぼし、頬を赤く染めている。その蕩けきった瞳には、ハートマークすら浮かんでいるように見えた。
さらに、ログウィンドウには、ラクシュ王女殿下の卑猥な内心が表示されている。
……うん、かなり気に入ってもらえたようだ。
ちなみに、ラクシュ王女殿下はすっかり出来上がってしまっているけれど、夜会の参加者達は真面目くさった顔で、紋様の秘密を解き明かそうとしている。
――そう。彼らには、ラクシュ王女殿下が纏うドレスに刺繍された文字の意味が分かっていない。ドレスに刺繍されているのは、日本語の文字列なのだ。
この世界に、日本語を理解できる者はいない。それをメディアねぇに確認した俺は、このアイディアを実行に移すことを決めた。
現時点でドレスに刻まれた文字の意味を知っているのは、俺と、ドレスの製作に関わったローズとクラウディア。それに、ラクシュ王女殿下とフィーミアだけ。
一般には理解できない文字による辱めで、ラクシュ王女殿下が満足してくれるかが不安だったのだけれど……杞憂だったようだ。
ラクシュ王女殿下は、先ほどからずっと艶めかしい内心をログウィンドウにさらしている。
「それにしても、ご主人様は良くあんな方法を思いつきましたよね」
「それ、褒めてるのか?」
「もちろん、褒めてますよ。あたしにも、あんなお洋服を作って欲しいです」
「クラウディアはエッチだなぁ」
ツッコミを入れつつも、清楚そうなデザインで、だけどエッチなことが書かれた洋服を着るクラウディアは……ありだと思った。
「そういうことなら、私にもっと、エッチなドレス、作って欲しいなぁ」
クラウディアとは反対側。ローズが俺の耳元で甘く囁いてくる。
「良いけど……色々作るなら、もう少し日本語を覚えないと、だな」
ローズやクラウディアは日本語を覚えた訳ではなく、卑猥な文章を丸暗記しただけ。正確に文字を覚えている訳ではないので、わりと刺繍の段階でミスが目立って大変だったのだ。
だけど、ローズとクラウディアは俺を挟んで見つめ合い、それなら大丈夫だよと微笑んだ。
「……大丈夫って、どういう意味だ? SPを使って、日本語を習得する……とか?」
メディアねぇが、俺にこの世界の言語を同じような方法で覚えさせてくれたので、それも出来なくはないだろうなとは思った。
だけど、二人はそれよりもっと良い方法があるよとイタズラっぽく微笑む。
「……なんだよ?」
怪訝に思って問い返す。二人はそんな俺の腕に抱きつき、耳に唇を寄せてきた。
そして――
「あのね、ユズキお兄さん。古来より外国の言葉を覚えるのは……」
「その言葉を使う人とのエッチが一番……なんですよ?」
耳元で甘く囁く。二人の言葉の意味を理解し……なるほどと思った。たしかに、覚えなきゃいけない言葉も卑猥な言葉なわけだし、実践しながらなら一石二鳥だ。
ぜひとも、家に戻ったら実践することにしよう。
なんて、これからのことに思いをはせていると、会場が拍手に包まれた。どうやら、ラクシュ王女殿下のデビュタントは無事に終了したらしい。
あとは、ドレス制作の報酬、ラクシュ王女殿下にブラッド家の味方をしてもらうだけ。今回の目標を、ようやく達成することが出来た。





