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この異世界でも、ヤンデレに死ぬほど愛される なろう版  作者: 緋色の雨
第三章

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エピソード 4ー1 たとえそれが悪だとしても

 クラウディアが、ハロルド殿下に連れて行かれた。ローズからその言葉を聞いた瞬間、俺はソファから立ち上がった。


「ローズ、案内できるか!?」

「――うん、大丈夫だよ!」

「よし、案内を頼む! ――すみませんラクシュ王女殿下。そういう訳ですので、話の続きはまた今度と言うことで、失礼します!」

 そういうなり、俺は返事も待たずに部屋を飛び出した。

 後ろから「待ってください、わたくしも行きます」「ラクシュ王女殿下、その格好で外に出てはいけません!」なんてやりとりが聞こえるが、かまっている暇はない。

 ローズはクラウディアが無理矢理連れて行かれたと言った。どういういきさつで攫われたかはともかく、クラウディアの地位はこの城の中で最底辺も同然だ。

 最悪の事態が起こる前に助けなくては。



「ハロルド殿下の部屋はこっちだよっ、ユズキお兄さん!」

 ローズが叫ぶやいなや廊下を走り出す。俺はすぐさまその後を追いかけ、隣を併走した。


「連れて行かれたって、一体なにがあったんだ?」

「分からない。私はその場にいなかったんだけど、クラウディアを召し上げるから、本来の持ち主にいくら必要か聞いておいてくれって言われたの」

「――っ、なんだよそれは!」

 この国には奴隷制度があり、人をお金で売買しているのは純然たる事実。だから、他人の奴隷を買いたいと、値段を聞いてくるのは分かる。

 だけど、買うのは決定事項で、事後承諾。

 クラウディアを連れて行ってから値段を教えろなんてむちゃくちゃだ。

 いや、相手が王子であることを考えれば、それも普通なのかもしれないけど……俺はそんなこと、絶対に受け入れられない――と、廊下を疾走した。



「――ユズキくん」

 ハロルド殿下の部屋へと向かう途中、シルフィーと鉢合わせる。

「シルフィー、悪いけど、いまは説明している時間が――」

「分かっています、私も同行します!」

 そんな感じでシルフィーとも合流。そうしてたどり着いたのは、ハロルド殿下の部屋へと続く別れ道。廊下を塞ぐように、二人の衛兵が立っていた。


「おや、ローズ様。そのように息を切らして、どうなさったのですか?」

「ハロルド殿下に火急の用事があります。今すぐお取り次ぎを」

 ローズの言葉に、近衛兵達は顔を見合わせた。そうして二人は頷きあい、若い方の近衛兵がローズへと視線を向ける。


「申し訳ありませんが、ハロルド殿下はただいま取り込み中でして、お取り次ぎすることは敵いません。ご用であれば、出直してください」

「緊急と申しました」

「申し訳ありませんが、お取り次ぎは出来ません」

「――青みがかった銀髪の女の子が連れてこられただろ? その子は、俺のツレなんだ」

 このままじゃらちが明かないと、横から割って入る。

 だが、いままで丁寧な口調だったのは、伯爵令嬢を相手にしていたからだったのだろう。男達の物腰が、不審者を相手にするときのように変化した。


「お前は……ラクシュ王女殿下のドレスを作りに来た服職人だな?」

「そうだ。そして、ハロルド殿下に連れて行かれた女の子は、俺のツレなんだ」

「……なるほど、事情は理解しました」

「なら――」

「ですが、取り次ぎは出来ません」

 取り次いでくれと俺が口にするより早く、近衛兵はきっぱりと拒絶した。


「どうしてだよっ」

「ツレと言ったが、彼女は奴隷なのだろう? そしてハロルド殿下は、その奴隷を買い取るとおっしゃったのだ。金額の交渉なら、後にしろ」

「違うっ、俺はクラウディアを売るつもりなんてない」

「……本気で言っているのか? ハロルド殿下の要請を断るなど、正気の沙汰とは思えん。いまのは聞かなかったことにしてやるから、一度部屋に戻るが良い」


 ……ダメだ。取りつく島もない。更に言えば、礼を失するこちらを気遣っている素振りすらある。この世界において、間違っているのは俺の方なのだろう。

 だとすれば、いくらハロルド殿下の非道を訴えても無駄だ。


 だけど――思い浮かぶのは、俺のデザインを形にしていくクラウディアの一生懸命な顔。

 いまの俺にとって、服飾の道を進むだけが夢じゃない。

 クラウディアを失ったら、俺の夢は叶わない。

 だから――


「ローズ、シルフィー、悪いけど、部屋に戻っていてくれ」

 この世界の常識に喧嘩を売ることにした。

 ステータスウィンドウを開いてみるが、女神メディアの祝福のクールタイムはまだ終わっていない。……けれど、アルミスとの戦いで上がった能力はそのままだ。

 俺はアイテムボックスにしまっている剣を確認し、二人が立ち去るのを待ったのだが……ローズは立ち去るどころか、俺の隣に並び立った。


「……ローズ、なんのつもりだ? 部屋に戻れって言っただろ?」

 俺がしようとしているのは、国家に対する反逆行為になりかねない。伯爵家の令嬢であるローズを連れていくなんて出来るはずがないと追い返そうとする。

 だけど、ローズは俺の服の袖を掴んでしまった。


「戻らないよ。私は、ユズキお兄さんの隣を歩くって決めてるもの」

「……ローズ、だけど」

 その続きは、ローズのしなやかな指に口を塞がれて紡ぐことが出来なかった。


「大丈夫、私はヤンデレだから」

 ヤンデレが暴走しても、家に迷惑は掛からないという意味なのだろうか? さすがにそんなことはないと思うのだけれど……いまは確認をしている暇がない。

 どうするべきかと考えていると、今度は反対隣にシルフィーが並び立った。


「シルフィーまで、俺がなにをするつもりか分かってるのか?」

「ええ、私はユズキくんの専属受付嬢だもの」

 むちゃくちゃである。

 だけど、だからこそ、説得は無駄だろう。少なくとも、いまは説得している時間がない。

 俺は、二人を巻き込む覚悟を決める。


「……後から悔やんでも、責任は持たないからな」

「悔やむとしたら、クラウディアを救えなかったときだよ」

「そうですね。私もユズキくんが傷つけば、きっと後悔します」

 二人の意志は固い。それを確認した俺は、近衛兵に視線を向けた。


「……と言うことだ。悪いけど、そこを通してもらう」

「お、お前達、なにを考えている! ここはハロルド殿下の寝室だぞ!」

「それを理解したうえで言ってるんだ。そこを退いてくれ」

 これが最後通告。断られたら、実力行使で押し通る。その覚悟を決めて、アイテムボックスからいつでも長剣を取り出せるようにする。

 そのとき――


「うわああああっ!」

 廊下の奥から悲鳴が響いた。

「いまのは、ハロルド殿下の声!」

 衛兵が慌てて部屋の方へと振り返る。その一瞬の隙、俺はその脇を駆け抜けた。

 俺の腕をローズが掴んでいたのだが、ローズが寸前で放してくれたのか、それとも……いや、フェミニストのランクはS。ローズが寸前で放してくれたのだろう。

 ともかく、俺はハロルド殿下の寝室目指して駈けだした。


「――ま、待て!」

 すぐに衛兵二人が反応する――が、

「ユズキお兄さんの邪魔は――」

「――させません!」

 背後から、ローズとシルフィーの声が聞こえる。どうやら、衛兵を止めてくれたらしい。そんな二人の行動に感謝しつつ、俺はハロルド殿下の部屋の扉を蹴り開けた。


「クラウディア、無事――っ」

 その光景を目の当たりに、俺は思わず息を呑んだ。

 第二王子の寝室にふさわしい大きな部屋。窓から差し込む夕日を受けて、黄金色に染まる部屋の中心には、呆然とした顔で立ちすくむハロルド殿下の姿。

 そして、そんなハロルド殿下が呆然と見つめる先。キングサイズのベッドの上には、血まみれのクラウディアが横たわっていた。


「クラウディアっ!」

「――がっ!?」

 通り道にいたハロルド殿下を突き飛ばし、クラウディアの元に駈け寄る。

 ベッドの上に飛び乗り、クラウディアの身体を引き起こす。

 クラウディアはなにか鋭利な刃物で斬られたのか、喉から大量の血を流していた。


「クラウディア、しっかりしろクラウディア!」

「……ごふっ、……ん、……ま……」

 クラウディアがうっすらと瞳を開いた。だけど、既に目が見えなくなり始めているのか、焦点は合っていない。そんなクラウディアが、俺に向かって手を伸ばし……脱力した。


「ク、クラウディア? クラウディア――っ!」

 初めてクラウディアを失ったときの光景と重なり取り乱す。だけど、リザレクションがあることを辛うじて思い出し、俺はリザレクションを使用した。

 ハロルド殿下がなにかをまくし立てるが、それを無視して魔法陣の展開を続ける。


 魔法陣の展開に必要な時間は約二分。

 一人の命を甦らせるには短く、けれど無心で魔法陣を展開するには長すぎる時間。クラウディアとの思い出が脳裏に浮かんでは消えていく。


 奴隷として俺の前に立ったクラウディア。そして、ステータスウィンドウを弄られながらも、必死になんでもないと装うエッチなクラウディア。

 俺と共に服飾の道を歩むと微笑み、エッチな服を身に着けるようになった。

 クラウディアはその後、倉庫やアトリエ、人に見られそうな場所でも俺を受け入れるエッチな女の子に――って、なんか、エッチな思いでばっかりだな。


 いや、まあ、死んだとはいえ、生き返るのは確定しているからな。クラウディアをこんな目に遭わせたことは許せないけど……落ち着いて考えれば、最低の状況にはなっていない。

 俺は落ち着いて魔法陣の展開を続けた。

 そして――


「……戻ってこい、クラウディア」

 俺は祈るように、その言葉でリザレクションを発動させた。

 魔法陣を中心に光があふれ、クラウディアを包み込んでいく。そうしてほどなく、クラウディアの血に染まった身体が、逆再生のように綺麗になっていく。

 そして――


「……ご主人様?」

 クラウディアはゆっくりと目を開いた。

「お帰り、クラウディア」

 俺はクラウディアの頬を優しく撫でつける。それに対して、くすぐったそうに目を細める。そんなクラウディアを見て、俺はようやく安堵した。

 そしてそれと同時、クラウディアをこんな目に遭わせたハロルド殿下に対して怒りを抱く。


「ハロルド殿下、これは一体、どういうことですか?」

 クラウディアを召し上げたこと自体は、この世界の常識内だったのかもしれない。

 だけど、クラウディアを殺したのは違うはずだ。絶対に許すことは出来ないとハロルド殿下を睨みつける。そんな俺の腕をクラウディアが掴んだ。


「ご主人様、誤解です」

「……誤解?」

「ええ。私が死んだのは、自分で自分の首を掻き切ったからです」

「……………………はい?」

 クラウディアが、自分で自分の首を掻き切った? どういうことだ?


「あの、その……ハロルド殿下に襲われそうになったんです。でも、あたしの身体はぜんぶ、ご主人様だけのものだから……」

「まさか……」

「はい。辱められる前に自害しました」

「お、おぉ……なる、ほど……」


 貴族の娘なんかが、辱められる前に自害するなんて話は聞いたことがある。クラウディアは、素でそれを実践したと言うこと。

 だけど……たとえ誰かに辱められたとしても、俺はクラウディアに生きていて欲しい。クラウディアが死にゆく瞬間、俺は胸が張り裂けそうだった。

 ……いや、だけど、この場合は、死んでも生き返るのが前提……か?

 だったら、辱められるよりは、死んで生き返った方が……いやでも、俺のリザレクションが使えない状況だってある訳で……むむむ。

 どちらが正しいのか考えていた俺は、根本的に間違っていたことに気がついた。

 だから――


「ごめん、クラウディア。助けに来るのが遅くなった」

 俺は深々と頭を下げた。俺が数分ほど早く助けに来ていれば、クラウディアにこんな辛い選択をしなくても済んだはずだって、そう思ったからだ。

「良いんです。……でも、これで分かってくれましたよね?」

「……えっと?」

 なんのことだろうと首を捻る。


「目の前でご主人様が自害するとき、あたしも凄く悲しいんです。だから、今度からは軽々しく自害しないでくださいね?」

「――う゛っ」

 殺されるのは不可抗力としても、修羅場から逃げたりで軽々しく自害するなと言うこと。さっき、自害したクラウディアに対して非難しようと思った俺に、反論の余地はなかった。


「でも……ご主人様がきっと助けてくれるって信じてました」

「当然だろ。クラウディアは俺のパートナーなんだからな」

「えへへ、嬉しいです。ねぇ……ご主人様。あたし、ハロルド殿下に襲われそうになって、凄く恐かったんです。だから、嫌な記憶、上書き、してください」

 キングサイズのベッドの上、着衣を乱れさせたクラウディアが、濡れた瞳で俺を見る。

 俺はそんなおねだりに対して――

「――ふざけるな、貴様ら、俺の部屋でなにを始めるつもりだ!」

 ……そういえば、ハロルド殿下がいるんだった。


「……ご主人様」

 クラウディアが不安そうに俺を見上げてくる。

「心配するな、ちゃんと話を付けるから」

「でも、相手はこの国の王子様で……」

「関係ない。たとえこの国を敵に回したとしても、俺はクラウディアを助けるよ」

 だから安心しろと、クラウディアの頭を撫でる。そうしてベッドから降り立ち、ハロルド殿下と向き合った。


「聞いての通りですので、クラウディアは連れて帰りますよ」

 喧嘩を売るつもりはないけれど、妥協することも出来ないと断言する。


「……ユズキと言ったな。俺は寛大だから、一度だけ確認してやる。俺がその娘を召し上げる。そして持ち主には、望むだけの金を支払う。そう言ったのを聞いていないのか?」

「聞きましたよ」


 俺がなにを思おうとも、クラウディアが奴隷であるのは公然たる事実。そして、奴隷制度のある世界で、ルールに則って奴隷を売り買いする者を悪だとは思わない。

 だけど、だからって、俺がクラウディアを奴隷のように扱うかは別問題だ。

 ましてや――


「クラウディアは俺にとって必要な存在です。だから、たとえ王族を敵に回したとしても、クラウディアは誰にも渡さない」

「よくぞ抜かしたっ。ならば、第二王子の名において、お前を処刑してくれるわ! ――衛兵達よ、ここに不届き者達がいるぞ!」


 ハロルド殿下が高らかに声を上げる。

 その声に応じて部屋に入ってきたのはローズとシルフィー。そして、近衛兵達を引き連れたウォルト・グリア――この国の王だった。

 

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