エピソード 3ー5 ヤンデレの凶報
王城に帰還した俺は、ひとまず着替えよう――としたところで、ラクシュ王女殿下に会って欲しいと、フィーミアの手によって連行されてしまった。
ちなみに、ローズやクラウディアは先に湯浴みをすると、部屋に行ってしまった。俺は一度死んでいるので、身体は清潔そのものだけど……せめて服は着替えたかった。
でも、フェミニストがいまだSの俺に、メイドの手を振り払う術はなかった。
という訳で、連れてこられたのは、応接間――ではなく、ラクシュ王女殿下のお部屋。これ、絶対ダメなやつだと思ったのだけれど――
「失礼します、ラクシュ王女殿下」
フィーミアは問答無用で部屋に入ってしまった。
「フィーミア? もう来ましたの? まだ、着替え終わって――いな、い……ん、ですが」
下着姿でドレスを抱きしめていたラクシュ王女殿下は硬直した。
それはそうだろう。
まさか、メイドが返事も待たずに入ってくるとは考えなかったはずだし、ましてやそのメイドが男を連れているなんて、夢にも思わなかったはずだ。
「も、申し訳ありません、ラクシュ王女殿下。あまりのことに慌ててしまって!」
ペコペコと頭を下げる。そんなフィーミアを前に、ラクシュ王女殿下の顔がみるみる赤く染まっていく。
そして、ラクシュ王女殿下は息を吸い込み――
「つ――」
……つ? そこはきゃあああの、きゃじゃないのか?
なんて思った俺の正面。ラクシュ王女殿下は「ついに羞恥プレイをしていただけるんですわね、ありがとうございますっ!」と身をくねらせた。
……ダメだ、この王女。
……いや、俺もするのは好きだけどな、羞恥プレイ。
しかし、多少のスリルは望むところだけど、クラウディアに切り落とされるようなスリルや、国王にすりつぶされそうなスリルは欲しくない。
という訳で、俺は無言で視線を逸らした。
「ラ、ラクシュ王女殿下、早くお召し物をっ!」
「はい、脱ぎますわっ!」
「違います、それ以上脱がないでください!」
視界の外で繰り広げられるコメディ。……いや、わりとエッチな光景なんじゃないかと思ったりもするのだけれど。目をくりぬかれたくないので見ない。
取り敢えず回れ右して、外で待っていますと声を掛けようとしたのだが――
「お待ちください、ご主人様」
ラクシュ王女殿下が引き留めてきた。
けれど、さすがに、この状況でラクシュ王女殿下のマゾっ気を満たすのに付き合ってられないと扉に手を掛ける。
「ご主人様、お待ちください。フィーミアがこれほどの失態を犯すなんて、よほどの事件があったのではないですか?」
「いや、そういう訳じゃ――」
「――その通りです。とても重要な案件です」
ないと言おうとした俺のセリフに被せるように、フィーミアが言い放った。
「フィーミアがそこまで言うのなら、よほどの事態なのでしょう。直ぐにドレスを着るので、そのままでお話しください、ご主人様」
ラクシュ王女殿下の声質が明らかに変わった。淫乱プリンセスを自称する、マゾで変態なお姫様だと思っていたけれど、ちゃんとお姫様の部分もあるらしい。
とはいえ――
「お話と言われても、俺はフィーミアさんに連れてこられただけなんだけど」
「フィーミア、どういうことなの?」
俺が背を向けたまま答えると、ラクシュ王女殿下はフィーミアに説明を求めた。
「はい。ユズキ様を聖域へ案内したところ、アルミス様がヤンデレ化いたしました」
「――なっ、アルミス様がヤンデレ化ですって!?」
ラクシュ王女殿下が取り乱す。
精霊がヤンデレ化というのは俺も驚いたけれど、女の子がヤンデレ化するのは俺にとって日常茶飯事。そこまで深く考えていなかったのだけれど……
王都に存在する聖域を管理する――それも、この世界の創造主である女神の眷属がヤンデレ化した。考えてみれば、国家を揺るがす大事件である。
「一体どうして……まさか?」
「ええ。その、ユズキ様を見て、ヤンデレ化したようで……」
「ご主人様に対して……そう、ユズキ様のヤンデレを惹きつけてやまないスキル、ヤンデレに死ぬほど愛される:SSSの効果ですわね」
惹きつけてやまないと言うか、惹きつけて病ませるスキルだけどな――なんて、益体のないことを考える。
と言うか、国家を揺るがしかねない大事件。この世界では、ヤンデレ化する方が悪いと言う風潮だけど、さすがに今回は俺も怒られるかも……なんてちょっと不安になる。
だけど、二人の矛先が俺に向くことなく、会話は続けられた。
「それで、問題はここからなんですが……」
「――っ、そうですわ。アルミス様がヤンデレ化したのなら、どうして対象のご主人様がご無事なのですが? アルミス様は、ご主人様を手に入れようとしなかったのですか?」
「それが本題です。本来であれば、直ぐに私からラクシュ王女殿下にお伝えするべきなのですが……内容が内容だけに、勝手に話すべきではない、と」
「なるほど、それでご主人様をお連れしたと。事情は分かりました……っと、もうこちらを向いてくださって結構ですわ」
許可を得て振り返る。部屋の真ん中にたたずむラクシュ王女殿下は、淡い色のドレスを身に纏っているのだが……その胸もとが少々はだけている。
指摘するべきか、それとも見ないフリをするべきか……考えたのは一瞬。ラクシュ王女殿下が真面目モードなのだから、その空気を崩すべきではないと判断した。
そうして、ラクシュ王女殿下に勧められるままに、ソファ席に向かい合って座る。さっきよりも距離が近くなったせいで、はだけた胸もとが良く見えるようになった。
「はぁ……んっ、ご主人様の熱い視線が……」
――って、わざとかよっ!
うぅむ……ここに来て誤魔化すのは無理と思いつつも、出来れば逃げたい状況ではある。俺としては、出来ればこのまま話を逸らしたいところなんだけど……
いや、眼福だとか思っている訳ではなく。
「……ご主人様がお望みなら、このままわたくしを調教してくださってもかまいませんわよ」
「ラクシュ王女殿下、いまはそれどころではありません。ユズキ様からお話を――」
咎めるような口調で言い放つ。そんなフィーミアのセリフを、ラクシュ王女殿下は首を横に振ることで遮った。そして――
「フィーミアがなにを見たのかはしりません。ですが、それをわたくしに直接話さずに、ご主人様にお伺いを立てた。つまりは、それだけの秘密と言うことでしょう?」
「それは、はい、その通りですが……」
「でしたら、話すことを強制するべきではありません。ご主人様には、断るための口実を用意して差し上げるのが筋というもの」
毅然と言い放つ。ラクシュ王女殿下は変態でマゾな女の子ではあるけれど、同時にちゃんとしたお姫様でもあったようだと再認識する。
「だから、話すのが嫌なら、わたくしにエッチな調教を施して話を逸らして良いんです。わたくしが調教されたいから言っている訳ではありませんわ!」
……再認識したのは、早合点だったようだ。
と言うか、真面目なことを言っていたのに、最後に余計なことを言うから……いや、止めよう。この突っ込みは、ブーメランになって返ってきそうだ。
……そう、だな。フィーミアは筋を通そうとしてくれているけれど、ここで俺が説明を拒絶しても、それでも沈黙を守ってくれる保証がない。
たとえ守ってくれたとしても、アルミスには口止めをしていない。俺の望まぬタイミングで好き勝手言われるよりも、いまここで話した方が良いだろう。
「実は……ヤンデレ化したアルミスは、俺を手に入れようと襲いかかってきました」
「なんとか逃げおおせた……という話ではないのですね?」
「ええ。ローズやクラウディアが捕らえられていたので、撃退するしかありませんでした」
「まさか……そんな。ありえません。アルミス様は女神様の眷属。人の身で危害を加えることは出来ないはず。なのにそのアルミス様を撃退するなど――まさかっ!?」
答えにたどり着いたのだろう。けれど、その推測があまりにも突拍子もなさ過ぎて、信じられない――と、そんな顔をしている。
「俺には、女神メディアの祝福というスキルがあります」
「女神メディアの祝福……では本当に、アルミス様を撃退したのですね」
「……信じてくださるのですか?」
「過去に、そのスキルを持っていた者がいなかった訳ではありません。それに、アルミス様を撃退したというのが事実なら、疑う余地はありませんわ」
……なるほど。女神メディアの祝福は、過去に所持してる人がいたのか。
俺は女神メディアの祝福以外にも、見られたらヤバイ称号とかがいくつもある。ステータスウィンドウを見せろと言われたらどうしようと思っていたのだけど……助かった。
「しかし……女神メディアの祝福ですか。貴方のヤンデレに死ぬほど愛される:SSSとあわせると、周囲にかなりのヤンデレ化を引き起こすのではないですか?」
「えぇ……そうなんですよ。俺の周囲にいる女の子でヤンデレ化していないのは、クラウディアくらいですね」
もちろん、知り合いクラスで考えれば、非ヤンデレは普通にいる。ギルドマスターもそうだし、他にも……他には……えっと……そう、フィーミアさんもヤンデレじゃないな。
……うん、ほとんどがヤンデレだな。
「クラウディア……ご主人様の性奴隷のことですわよね? ずっと側にいるのに、ヤンデレ化していないのですか?」
「あぁ、彼女はヤンデレ化耐性:Sが……」
口にしてから、言うべきではなかったかもと後悔する。だけど、相手は幸いにして、今回の件も俺を通してくれたフィーミアと、その主のラクシュ王女殿下。
口止めしておけば大丈夫だろう。そう思って「いまの話、出来れば内緒にしておいてください」と二人に向かってお願いした。
「ええ、その方が良いでしょう。あのように清楚で美しい少女がヤンデレ耐性:Sを所有しているなど、お兄様方が知ったら大変ですわ」
「……肝に銘じます」
相手がラクシュ王女殿下とはいえ、少し迂闊だったな。
今後はうっかりしないように気をつけよう。
「ところで、ご主人様。アルミス様を撃退したとおっしゃいましたが、その後はどうなったのですか? 騒動になっていないと言うことは、丸く収まったのだと思うのですが……」
「あぁ、それが実は――」
俺が口を開き掛けたそのとき、不意に部屋の外が騒がしくなった。
「ここはラクシュ王女殿下のお部屋。たとえローズ様と言えど、取り次ぐのを待っていただかなければ困ります!」
「良いから退きなさいっ、ラクシュ王女殿下に至急の用事があるのよ。と言うか、ラクシュ、聞こえてるんでしょ! ユズキお兄さんがそこにいるはずよ。話があるの!」
廊下から切羽詰まった声。ラクシュ王女殿下は直ぐにフィーミアに指示を出した。そうして指示を受けたフィーミアが扉を開く。
「静まりなさいっ。ローズ様なら問題ありません。お通しして差し上げなさい」
フィーミアがそう言うやいなや、開いた扉の隙間からローズが飛び込んできた。よほど走ってきたのだろう。息も絶え絶えのローズを見て、俺は言いようのない不安を覚える。
そして――
「大変だよ! クラウディアが、ハロルド殿下に無理矢理連れて行かれたって!」
ローズの口から伝えられたのは、考えうる最悪の事態だった。





