エピソード 2ー6 女神の眷属が与える試練
聖域に住む精霊の試練を受け、所持するバッドステータスのランクをすべて二つ下げる果実を手に入れるために聖域へと向かった。
同行者はローズとクラウディア。そして案内役は、落ち着いた雰囲気を纏う妙齢の女性。ラクシュ王女殿下お付きのメイドで、名をフィーミアと言うらしい。
とある貴族の妻でもあるのだが、低ランクながらもヤンデレ化耐性を持っていて、ラクシュ王女殿下の信頼も厚いとのことだ。
だから実際には腹心――もしくは、秘書のような立場なのかもしれない。そんなメイドに馬車で案内されて、街外れにある遺跡へとやって来た。
「ここからは徒歩になりますので、私についてきてください」
馬車から降り立ったメイドが、あぜ道を先行する。その後を追いかけるとほどなく、森に囲まれた神秘的な泉へとたどり着いた。
「ふわぁ……凄く綺麗な泉。ここに精霊がいるんだね」
泉を前に瞳を輝かせている。
そんなローズとは反対側。クラウディアが「精霊が見てるところで、ご主人様と……」などと、なにやら頬を染めている。一体なにを考えているのやら。
……いや、分かるけど。取り敢えずは聞こえないフリをする。
そうして泉に近づいていくと、泉の岸辺に蛍のような光が集まっていく。そして次の瞬間、光は透明感のある少女の姿へと形を為した。
淡いブルーの髪に、エメラルドの瞳。透き通るような肢体の大部分はむき出しで、申し訳程度の服は、大事なところしか隠していない。そしておへその下辺りには、小さな丸が描かれており、それを中心に紋様が広がっている。
どこか中性的な美しさを持つ美少女だった。
「我の管理する聖域になに用じゃ、人間」
少女がちょっと偉そうな口調で言い放った。
「ご無沙汰しております、アルミス様。今日は、貴方の試練を受けたいと願う者を連れて参りました。どうか、試練をお与えください」
「ほう。試練を受けたいというのは、そちらの……者、か?」
アルミスと呼ばれた精霊は俺達に視線を向け、なぜか言葉を濁した。
「……アルミス様、どうかなさいましたか?」
「――いや、なんでもない。試練を受けたいというのは、そこの三人で良いのじゃな?」
「俺は試練を受けたいけど……」
ローズやクラウディアはどうするんだと視線を向ける。
「私のヤンデレは、ユズキお兄さんへの愛の証だから下げるつもりなんてないよ。ここに着いてきたのは、なにかあったときの護衛だから」
「……そうか」
俺を想ってヤンデレ化したのだから、そのランクを下げるつもりはないと。正直どうなのかと思うけど……ローズはヤンデレででも、俺の意思を尊重してくれている。
だから、俺もローズの意思は尊重することにした。
「じゃあ、クラウディアは?」
「私も下げるつもりはありません」
ヤンデレ化耐性があり、ヤンデレは持っていない。クラウディアの持つバッドステータスは、恥ずかしがり屋と快楽に弱いと押しに弱いの三つなのだが……そうか、下げないか。
「クラウディアのエッチ」
「ち、ちちちっ、違いますよっ!?」
真っ赤な顔で否定する。どう見ても、恥ずかしいのを楽しんでいるようにしか見えない。
「おい、我の問いを無視するでない」
「――っと、すみません。試練を受けるの私だけです」
やたら偉そうな少女だけれど、実際に偉いんだろう。試練を受けさせてもらう上でも怒らせては不味いので、可能な限り敬意を持って答えた。
「我はアルミスという。お主の名はなんと言うのじゃ?」
「アルミス様……とお呼びすれば良いのでしょうか? 私はユズキでございます」
「そうか。ではユズキは我について参れ。ほかの者には、我が紅茶を振る舞ってやろう」
直後、彼女を中心に魔法陣が浮かび上がり――岸辺にテーブル席が出現した。ご丁寧に、琥珀色の液体が注がれたティーカップ付きである。
「ユズキが試練を受けているあいだ、ほかの者はティータイムを楽しむが良い」
アルミスの申し出に、ローズとクラウディアが顔を見合わせる。
「あの、私達は、ユズキお兄さんの試練について行くつもりなんですが」
「一人で受ける試練を、複数人で受けてどうするのじゃ。お主達は、大人しくここで紅茶を飲んで待っておれ。なに、心配することはない。試練で死ぬようなことはないからな」
「……分かりました」
ローズとクラウディアは、渋々ながらも丸いテーブルの席に着いた。不満はあるけど、精霊を怒らせて、試練を受けられなくなったら困ると思ったのだろう。
なお、メイドのフィーミアは職務中ですからと拒否し、二人の後ろに控える。
……しかし、紅茶か。最近、やたらと紅茶と縁があるな。
この世界の紅茶は、紅茶を入れるための技術が発展してないようで、えぐみとかが気になる感じだったんだけど……精霊の入れた紅茶は美味しいんだろうか?
「ユズキよ、付いてまいれ」
「うわわっ!?」
いきなり腕を引かれてつんのめる。
そうだな。紅茶は気になるけど、いまはフェミニストのランクを下げることの方が重要だ。ひとまずは試練を受けに行こう。
――と、連れられてきたのは、神秘的な森の小道。
「どうじゃ、美しいであろう?」
「たしかに……」
なんと言うか……空気が違う。雨上がりの草原でただようような澄んだ空気。そこにいるだけで心が癒やされるような森が広がっていた。
そんな景色は素敵だと思うのだけど……と、自分の右腕を見る。どういう訳か、アルミスに掴まれたままなのだ。精霊がヤンデレなはずはないし、心配する必要はないと思うのだけれど、腕を掴まれると過去のあれこれを思い出して落ち着かない。
「……ところで、アルミス様。そろそろ腕を放して欲しいんですが?」
口では放して欲しいとは言うが、俺から振りほどこうとはしない。抵抗すればするだけ、フェミニストの熟練度が溜まるようなので、それを警戒しているのだ。
「ユズキよ、そのように堅苦しい口調で話す必要はない。それと、そのように形式張った呼び方も好かぬのじゃ。我のこともアルミスと呼ぶが良い」
「……分かったよ、アルミス。それで、歩きにくいから腕を放して欲しいんだけど」
呼びたや口調について迷ったのは一瞬。腕を掴まれている方が重要だと思って申し出を受け入れた。そうして、腕を放して欲しいとあらためてお願いする。
「すまぬが、それは出来ぬな。この聖域は我の加護がなければ迷ってしまうからな。目的地に着くまでは、このままでいてもらうぞ」
「あぁ、そうなのか」
やはり杞憂だったようだ。ちょっと心配しすぎだな、なんて考えながら森の奥へと進んだ。
そうしてやって来たのは、泉のほとりにある開けた空間。アルミスはそこで足を止めると、俺の腕を放して振り返った。
「さて、ここで試練を受けてもらうが……試練の内容は知っているか?」
「いや、悪いけど知らないんだ」
「うむ、そういうことなら我が直々に教えてやろう。試練の内容はしごく簡単だ。我が聖獣を召喚するので、お主は全力で立ち向かい、勇気と力を証明してみせよ」
「聖獣……?」
「うむ。女神の眷属たる我ならば、聖獣を呼ぶことも可能なのじゃ」
どうだ、凄いだろうと言いたげだが――俺が聞きたかったのは、聖獣がなにかと言うことである。まあ……聖獣がなにかは知らないが、要するに獣系の敵と戦えと言うことだろう。
「その聖獣に勝てば、バッドステータスのスキルランクを下げる果実をもらえるのか?」
「全力で立ち向かい、勇気と力を証明すれば、望みの果実を与えようぞ」
……なるほど、ね。
いまの微妙な言い回しには理由がありそうだ。
恐らくは、必ずしも勝つ必要はない。ただし、『全力で立ち向かい』という前置きがある以上、手抜きは絶対に出来ない。どのみち、勝つつもりで戦う必要はあるだろう。
――という訳で、アイテムボックスから愛用の剣を取り出した。
「……ほう、アイテムボックスを持っているのか」
「ランクは低いんだけどな」
ちなみにアイテムボックスに収納しているのは、カリンから買い取った生地や、クラウディアのエッチなドレス各種など、服飾に必要なあれこれである。……エッチなドレスが服飾に必要なのかはともかく、なにかと必要なあれこれである。
それはともかく、剣を引き抜いて、鞘はアイテムボックスに戻した。
「では……召喚するぞ」
宣言すると同時に、アルミスの前に大きな魔法陣が浮かび上がる。以前、ダンジョンでボスガルムが取り巻きを呼んだのと同じような状況。
だけど、そこから出現したのはボスガルムよりも二回りは大きそうな獣だった。
ちなみに、見た目は熊のような獣で……殴られれば、一撃で即死しそうな気がする。
「……えっと、試練で死ぬ危険はないみたいなことを聞いた気がするんだが」
「事実じゃ。もし大怪我を負っても、我が癒やしてやる。それに仮に死ぬことがあっても、リザレクションの魔法で生き返らせてやろう」
「……なるほど、そういうことか」
精霊と言うだけあって魔法が得意なんだな。
俺は不老不死の力で生き返ることが出来るから、別に心配はしていなかったんだけど……俺が聖獣を殺してしまう危険もあるからな。遠慮なく戦えるのが分かったのはありがたい。
俺はいつでも良いと、剣を腰だめに構えた。
「準備は整ったようじゃな。では……見せてみよ!」
アルミスが高らかに叫ぶ。その瞬間、聖獣が物凄い速度で突っ込んできた。
「――っ」
とっさに横っ飛びで回避し、地面を一回転して振り返る。聖獣は既に切り返し、こちらに向かって突っ込んでくるところだった。
「デカいくせに速すぎだろっ!」
側面に回り込みつつ、カウンター気味に剣を振るう。その一撃が通りすがりの聖獣の顔にヒットする――が、中途半端に振るったせいか、剣の腹で叩いたような形になってしまった。
その衝撃に手が痺れ、思わず剣を取り落としそうになった。
「うむうむ、良いぞ。二度目にして対応して見せるとは、なかなかやるではないか!」
アルミスがどこか興奮したような口調で言い放つ。
なかなかやる――なんて言われたけど、聖獣は少し動きを止めただけで、さほど大きなダメージが入ったようには見えない。
褒められているのか、煽られているのか、どっちにしても試練には合格しなければいけないと自分を奮い立たせ、剣をぎゅっと握りしめた。
聖獣は足を止め、警戒するようにこちらの様子をうかがっている。
反撃を受けて、警戒しているのかもしれない。だったら――と、ファイア・ボルトを詠唱、警戒する聖獣の鼻っ面に叩き込んだ。
「ぐおおおおおおっ!」
聖獣が苦悶に満ちた雄叫びを上げる。
「おぉ、おぉ、魔法まで使うのか、良いぞ! 聖獣は我の弱点を補うために、物理攻撃には強い反面、魔法攻撃には弱いからな!」
アルミスは相変わらず楽しげだ。というか、興奮のあまりなのか、なんなのか、こちらが有利になる発言までしている。
こっちとしてはありがたいけど、興奮しすぎじゃないか……と、いまはアルミスに気を取られてる場合じゃないな。
一気にたたみ掛けるために、もう一度ファイア・ボルトを――っ。
怒り猛った聖獣が突っ込んできたので慌てて回避。その瞬間、いまだにFランクのファイア・ボルトは、詠唱中に動作を入れたことでキャンセルされてしまう。
……いいかげん、キャンセルされないEランクに上げなきゃダメだな。
今回の一件で、ランクを上げても蓄積された熟練度は繰り上がるって分かったから、後でSPを使ってランクアップしよう。
そのためにも、さっさとこの試練を乗り越える。
勇気と力を証明しろって話だし、後のことは考えずに全力で行く――と、聖獣の攻撃を回避しつつ、女神メディアの祝福をアクティブにした。
俺のステータスの、あらゆる数値が三割増しになる。
猪突猛進な突撃を紙一重で見切って回避。即座にファイア・ボルトを詠唱し、振り返った聖獣に向けて放った。
威力も三割増しになった炎が、聖獣の鼻っ面で炸裂。再び聖獣が雄叫びを上げる。
それを確認するよりも早く、サンダーバーストの詠唱を開始した。ファイア・ボルトよりも詠唱時間は長いが、動きながら詠唱することが可能なランクに達している。
だから――と、雄叫びを上げる聖獣の背後に回り込む。
そんな俺の動きを呼んでいたのか、聖獣は即座に振り返った――が、そこに俺はいない。
成獣の頭を飛び越えて背中に乗り、勢いのままに剣を突き立てる。硬い手応え――だが、三割増しの筋力に、飛び乗った勢いでわずかに突き刺さる。
「これで、終わりだ!」
その声を発動キーに、サンダーバーストを発動。自分を中心に吹き荒れる電撃が成獣を襲い、突き立てられた剣から聖獣の体内へ駆け抜けた。
聖獣はその身を痙攣させ、やがてドサリと倒れ込む。その背中から振り落とされた俺は受身を取って一回転。ゆっくりと立ち上がった。
パチパチと拍手が鳴る。アルミスが上機嫌で、こちらに歩み寄ってくるところだった。その様子から察するに、試験の結果は合格だろう。
わりと、すんなりと合格することが出来たな。ちょっと拍子抜けだ――と思っていると、目の前に来たアルミスが、実に満足そうに微笑んだ。
「ユズキよ、素晴らしいぞっ! よもや、我が聖獣を倒すとは思わなんだ。これは、バッドステータスのスキルをダウンさせる果実とは別に、褒美を渡さねばならんな」
「いや、そんな、たまたまだし。気持ちだけで十分だよ」
なんて謙遜しつつもまんざらじゃない。この世界に降り立った頃は、盗賊にもおっかなびっくりな感じだったけど……だいぶ成長したなぁと我がことながら感心する。
「遠慮することはない。我が神獣を倒した褒美として、我が伴侶に迎えようぞ」
「いやいや、ホントに気持ちだけで………………は?」
聞き間違いかと思った。――いや、聞き間違いだと思いたかった。だけど、アルミスは下腹部にある紋様を自らの指で撫でつけ、恍惚とした表情を浮かべている。
そして――
「我がこの聖域で、一生お主の世話をしてやるから喜ぶが良いぞ」
続けられたセリフを耳に、思わず沈黙した。
――よくよく考えると、ここは王城の外。他者に悪影響を及ぼすスキルを封印する力は失われている。つまりは、ヤンデレに死ぬほど愛されるのスキルは発動中だ。
そして、俺はさっき女神メディアの祝福を使った。あらゆる能力が三割増しで、ヤンデレに死ぬほど愛されるももちろん三割増し。
つまり――
「やっと見つけた、運命の人。もう――に が さ な い」
ヤ、ヤンデレ化してるううううううっ!
だだだっ誰だよ、精霊はヤンデレ化しないとか言ったの! ――って、俺だ! 根拠? ねぇよ――って言うか、精霊がヤンデレ化するなんて思わねぇよ!
なんて内心で叫びつつ、回れ右して逃げ出した。





