エピソード 2ー5 清楚な顔の、エッチなお姫様
シルフィーが満足して部屋から帰っていった後、俺は机の前に座っていた。
メディアねぇから自分のアイディアが実現可能だと教えてもらったので、さっそくデザインを書き始めたのだ。
思い浮かべるのは、国王陛下が求める、お姫様が身に着けるような清楚なデザインであり、ラクシュ王女殿下が求める、淫乱プリンセスにふさわしいドレス。
もちろん、立体裁断の特長を最大限に生かし、立体的なデザインにすることも、カリンから買い取ったレースを取り入れることも忘れない。
いまの俺に出来る、最高のデザインを羊皮紙に書き起こしていった。
「……出来た」
窓辺から朝日が差し込む机の前。俺は複数の羊皮紙に書き起こしたデザインを見つめる。まだ、完成という訳ではないけれど、叩き台としては十二分に出来上がっている。
後は、ラクシュ王女殿下の意見を聞きながら、完成まで持って行こう――と、俺は大きく伸びをした。冷静に考えると、夕食を食べた記憶すらない。
お腹が空いたな……と振り返ると、ソファの手すりに寄りかかるように、クラウディアが眠っていた。いつの間にか俺の部屋に入ってきて、ずっと見守っていてくれたらしい。
そして、テーブルの上には食事が置かれている。
「……ありがとうな、クラウディア」
俺はクラウディアを起こさないように上着を掛け、自分は向かいのソファに。そうして、クラウディアが用意してくれた食事に手を伸ばした。
その後、顔を洗ったりと身だしなみを整えた俺はデザイン画を携え、クラウディアとともにラクシュ王女殿下の元へと向かう。
その途中の廊下、前からくるハロルド殿下を見かけた。
俺はクラウディアを引っ張って、廊下の端へと退いて頭を下げる。そうして行きすぎるのを待っていたのだが、ハロルド殿下は俺達の前で足を止めた。
「そこの男、顔を上げろ」
声を掛けられたので、俺は顔を上げてハロルド殿下に視線を向けた。
「ふむ。やはり、このあいだローズと一緒にいた男だな」
「はい。ラクシュ王女殿下に招かれたユズキと申します」
「おぉ、お前がユズキか。噂は聞いているぞ」
「……噂、ですか?」
「うむ。少々過激だが、前衛的なデザインのドレスを作ったと聞いている。それに、ヤンデレに死ぬほど愛される:SSSの持ち主だとも、な」
「そ、そうですか」
ある意味では、王族にも危害を及ぼしかねないスキルを所持していると指摘され、俺はわずかに緊張する。だけどそんな俺に対し、ハロルド殿下は気さくに笑って見せた。
「そう硬くなるな。この城にいる限り、お前のスキルが誰かに影響を及ぼすことはない。それに、俺は既にヤンデレ化しているからな」
「……そう、なのですか?」
貴族の当主は、ヤンデレ化していないものが望ましい。そのルールは当然、王族にも適用されている。第二王子と言えば、国王の座にかなり近いはずだが……
「そんな顔をするな。俺はたしかにヤンデレ化したが、全てを諦めた訳ではないぞ」
「――っ、すみません」
考えが顔に出ていたと指摘され、俺は慌てて頭を下げた。
「気にするな。だが、ヤンデレにも出来ることはある。お前もスキルで苦労しているようだからな。それは覚えておいた方が良い」
「はい。肝に銘じます」
「うむ。それで……ずいぶんと美しい娘を連れているようだが?」
「彼女は、私のパタンナーでございます。私が服をデザインし、彼女が形にする。ローズ様がお召しになったドレスは、そのようにして作りました」
「クラウディアと申します」
クラウディアが頭を下げたまま、静かに名乗りを上げた。
「……なるほど、その娘がクラウディアか」
含みのある口調。これは……たぶん、エッチなドレスの件も知られてそうだな。
クラウディアは俺のだからな。いくら殿下が相手でもあげないからな。なんてことを考えていると、ハロルド殿下のお付きの方が「殿下、そろそろ……」と声を掛けた。
「――おっと、もうそんな時間か。すまんな、本当はもう少し話したかったのだが、これから街の視察に行かねばならん。という訳で俺はもう行くが、もしラクシュに作るドレスの出来が良ければ、俺も服の制作を頼む可能性もある。心して制作しろよ」
俺の肩をぽんと叩くと、ハロルド殿下は朗らかに立ち去っていった。俺達はそんな王子が見えなくなるのを待って、ラクシュ王女殿下の元へと向かった。
取り次ぎをしてもらい、ラクシュ王女殿下の待つ応接間へと案内してもらう。
ラクシュ王女殿下は窓辺のテーブル席に座っていた。窓から差し込む日の光りを浴び、キラキラと輝くプラチナブロンドに、知的なブルーの瞳。
ブルネットのお姫様は、俺を見ると蕩けそうな微笑みを浮かべた。
「ご主人様、お待ちしておりましたわ」
「……お待たせして申し訳ありません」
敬語に慣れていないというのもあるけど、ラクシュ王女殿下が俺をご主人様と呼ぶから、返答がややこしくなる。いっそ、ご主人様として振る舞ってやろうか?
……会話は楽になるかもしれないけど、引き返せなくなりそうだから止めておこう。と言うことで、俺は無難な返答をした。
「いいえ、お気になさらないでください。ご主人様に放置プレイをしていただいていると思うと、凄く興奮しますから」
よく見ると、ブルネットのお姫様はその頬を上気させていた。一体いつから待っていたのか、すっかり出来上がっているようだ。なにやら、もじもじとしている。
……放置プレイとかをしたつもりは全くなかったんだけどな。
「まずはお座りください。クラウディアも、どうぞ隣に」
「ありがとうございます」
俺とクラウディアは許可を得て、ラクシュ王女殿下の向かいの席に腰を下ろした。
「それで、ドレスを制作する件ですが……」
「淫乱プリンセスなわたくしにふさわしい、エッチなドレスを作ってくださるんですか?」
「……ええ、そのつもりですが、一つお願いがあります」
「ええ、もちろん。ユズキ様はわたくしのご主人様ですもの。エッチなドレスを身に着けたわたくしを、めちゃくちゃにしてかまいませんわよ。いえ、むしろしてください」
自らの身体を抱きしめ、悩ましげな表情を浮かべる。いま来ているのは清楚なドレスだが、それゆえに、その仕草はとてもエッチに見えた。
正直に言って、俺がデザインした服を着るお姫様には興味がある。興味はあるが、ローズやクラウディアを悲しませたくないという程度の良心も持ち合わせている。
いや、決して切り落とされるのが恐い訳ではない。これは俺の良心だ。という訳で、俺は涙を呑んで「そんなお願いをするつもりはありませんよ」と袖にした。
ちなみに、メディアねぇやシルフィーは例外である。
メディアねぇは、ローズやクラウディアよりも先にそういう関係になったし、シルフィーは、ローズやクラウディアが取り引きをして許可を出したみたいだからな。
さすがに、俺に責任はないと……思いたい――と、それはともかく。
「王都の聖域にいる精霊に会わせていただけませんか?」
「試練を受けるおつもりですか?」
「はい。少々事情がありまして。バッドステータスを下げたいんです」
「なるほど、よくご存じですね。……そうですね。わたくしが望む通りのドレスを作っていただけるのなら、わたくしの名前で許可を出してもかまいませんわよ」
「……良いのですか?」
そんな簡単に許可が出るとは思っていなくて、俺は凄く意外に思った。
「ええ。聖域にいる精霊様は女神様の眷属なのです。普通の人間には、精霊様に傷を付けることすら出来ません。なので、特に安全を配慮する必要がないんです。もちろん、だからといって、誰でも会える訳ではありませんが……ご主人様なら問題ありませんわ」
「そうですか。それは助かります」
「ちゃんと、ドレスを作ってくれるなら、ですわよ?」
「ええ、分かっています。ですから、今回はひとまず、デザインの叩き台をお持ちしました」
俺は前置きを一つ、徹夜で書き上げたデザインを、ラクシュ王女殿下の目の前に置いた。それを覗き込んだラクシュ王女殿下は目を輝かせ……次第に失望の色を滲ませた。
「……たしかに素晴らしいデザインで、見ていて心が躍りますわ。ですが……わたくしは、淫乱プリンセスにふさわしい、淫らなドレスを作って欲しいとお願いしたはずですよ?」
ラクシュ王女殿下は不満気だ。俺のデザインしたドレスが、レースをあしらった清楚なデザインに見えたからだろう。
「このデザインなら、国王陛下の要望を満たせると思いますか?」
「満たせるでしょうね。……まさか、お父様の要望に応えて、わたくしの要望は無視するつもりですか? それはそれで興奮しますが、ドレスを評価したりはしませんわよ?」
……それはそれで興奮するんだ。
『エッチなドレスを身に着けたいだって? お前にエッチなドレスは十年早いんだよ。お前はお姫様らしく、清楚なドレスでも着ていろ、この清楚プリンセスが!』
とか言葉責めにしたら、
『そんなぁ。ご主人様は淫乱プリンセスのわたくしに、清楚プリンセスのフリをしろっておっしゃるんですね。……あぁでも、清楚なフリをするなんて――興奮しますわ!』
って感じで、清楚なドレスでも満足してもらえそうな気がしてきた。
だけど、今回は別の方法を試す。
国王陛下を敵に回す訳にはいかないので、国王陛下の要望も同時に叶えることにした。けれど本来は、俺は着る本人が喜ぶ服を作りたいと思っている。
だから――
「ご安心ください。必ずラクシュ王女殿下に満足いただけるドレスを作ります」
「……その結果が、このデザインだというのですか?」
「ええ。こちらをご覧ください」
俺はドレスの模様――のように、いたるところに書き込んだ魔法陣の拡大図を見せた。
「これは……護りの魔法を発動させる魔法陣ですか?」
ラクシュ王女殿下が最初の一枚に描かれた魔法陣、その注釈に視線を走らせて呟いた。
「それは裏地に見えないように刺繍いたします。そして、見える部分に刻むのはこちらです」
見える部分に刺繍するのはかなり数が多く、全てが完成した訳ではない。なので、俺はそのうちの一つをサンプルとして提出した。
ラクシュ王女殿下はその羊皮紙を見て……目を見開いた。
「この注釈は事実なのですか?」
「ええ、事実です。必要であれば、後で確認してください」
「これを知っているのは?」
「……今のところ、私だけですね。刺繍をしてもらう際に、ローズやクラウディアには教えることになるとは思いますが……いかがですか?」
これで満足してもらえなければ、俺のもくろみは瓦解する。
だけど……それはどうやら杞憂だったようだ。ラクシュ王女殿下は熱に浮かされたような顔で、自分の肢体を抱きしめている。その濡れた瞳は、明らかに興奮しているように見えた。
「ご主人様、こちらにわたくしの要望を織り込むことは、可能なのでしょうか?」
「ええ、もちろんす」
俺が頷く。ただそれだけで、ラクシュ王女殿下の息が荒くなった。自分の要望を織り込んだドレスを着て人前に立つ。そんな光景を想像しているのだろう。
「はぁ……んっ。どんなこと、でも……ですか?」
「ええ、どんなことでも、です」
「~~~っ。……あぁ、ご主人様はやはり、最高のご主人様ですわっ」
熱い吐息をもらす。知的だったブルーの瞳にはハートマークすら浮かんでみえる。
「お気に召して頂けたようでなによりです。他になにか要望はございますか? 少しスカートを短くする程度なら、国王陛下も許してくださると思いますが……」
「いいえ、そのような変更は必要ありません。このデザインこそがふさわしいでしょう」
「……私もそう思います」
思惑通り――だが、俺の本心でもある。このドレスを完成させれば、ラクシュ王女殿下は清楚なお姫様の顔を持つ、淫乱プリンセスとしてデビュタントを果たすだろう。
「それで、今後の段取りはどうなるのですか?」
「まずは、ラクシュ王女殿下の要望を纏めてください。それと同時に、貴方のボディを制作していただきます。身体のサイズを隅々まで測ることになるので――」
「――お願いいたしますわ」
まだ目がハートなままのラクシュ王女殿下に熱っぽい視線を向けられてしまった。俺は一瞬言い淀んだ後「では、こちらのクラウディアに採寸をさせましょう」と続けた。
「ご主人様が採寸してくださらないんですか?」
「……お許しください」
隅々まで採寸したボディを扱う以上、結果的には俺もサイズを知ることになるが……俺が採寸なんてした日には……いや、国王陛下は見逃してくれそうだな。
どうせなら、ローズの時みたいに隅々まで採寸しても――いたたたっ。……痛い。クラウディアに二の腕を抓られた。乙女の勘は恐ろしいな。
「ラクシュ王女殿下、発言してもよろしいでしょうか?」
「もちろん、かまいませんわ。クラウディア、貴方はわたくしの先輩ですから」
クラウディアは……一応、奴隷としての地位からは解放したつもりだが、なぜか彼女のステータスには、俺の性奴隷という記録が刻まれている。
だから、そっちは否定できないが、ラクシュ王女殿下を性奴隷にした覚えはない。なんて思ったのだけど、説明と説得がめんどくさくなったので聞き流した。
考えてみれば、ラクシュ王女殿下がヤンデレ化していることを、周囲は隠そうとしていないし、俺とのあれこれも容認しようとしている。
だけど、淫乱プリンセスとしてデビュタントをおこなうのは阻止しようとしている。
察するに、ヤンデレは多くの者が抱えている問題なので、知られても恥じるようなことではない。だが、マゾなのは秘匿する必要のある事実。ということなのだろう。
であれば、俺がわざわざ否定しなくても、周囲が全力で隠してくれるだろう。だから、別に良いやと聞き流しつつ、クラウディアとラクシュ王女殿下の会話に耳をかたむける。
そうして、話を聞いていると、ラクシュ王女殿下のメイドとクラウディアが採寸することで話はまとまり、俺は席を外して採寸が終了するのを待つことになった。
それからほどなく、採寸は無事に終了。ボディもお城お抱えの職人が作ってくれるそうなので、俺達の作業はひとまず終了となった、
「それでは、わたくしは要望を纏めておきますわね」
「分かりました。ボディが届くまでは作業が出来ないので、そのあいだに、ラクシュ王女殿下の要望を存分に纏めておいてください」
ちなみに、王女殿下のボディを城の外に持ち出すことは許されないらしい。ラクシュ王女殿下は気にしていないようだけれど、さり気なくメイドに釘を刺されてしまった。
なので、ドレスの製作が終わるまでは、この城に滞在することが決まった。
もっとも、ドレスを作ると聞いた時点で、それはある程度予測済み。必要な道具や生地も持ってきているし、ウェルズ洋服店のみんなにはその旨を伝えてある。
ひとまずは、ボディが出来るまでゆっくりするかなと思っていたのだけれど、ラクシュ王女殿下は、先に試練を受けさせてくれると言ってくれた。
そんな訳で、俺は試練を先に受けることになった。





