エピソード 2ー4 ヤンデレ女神の警告
「……メディア、ねぇ?」
「はい、貴方のエッチなお姉ちゃんですわよ」
蕩けそうな笑顔で俺を見下ろしているのは、紛れもなくこの世界を司る女神様だった。メディアねぇは、シルフィーの民族衣装を身に纏っている。
「え、え? なんで?」
さっきまで目の前にいたのは、シルフィーだった。なのに、いま俺の上に跨がっているのはメディアねぇ。服装は同じだけれど、見間違いなんかじゃない。
髪の長さや色、顔立ちなどが明らかに変わっている。
「柚希くんは、シルフィーのステータスが妙に高いことに疑問を持っていましたよね?」
「それは、たしかに思っていたけど……もしかして、転生者?」
「いいえ、シルフィーは純粋なこの世界の住人です――が、様々な称号を与えてあります。シルフィーは、わたくしの巫女ですから」
「……巫女? あぁ……なるほど」
巫女と言えば巫の儀式。自分の身体を依り代として、仕える神をその身に宿す。いわゆる神懸かりとか神降ろしと呼ばれるもので、目の前の状況はそれに当てはまる。
つまりは、シルフィーの身体に、メディアねぇが降臨していると言うこと。
「……シルフィーは大丈夫なのか?」
「ふふ、この状況で最初に気にするのがそれだなんて、柚希くんはやっぱり優しいですわね。柚希くんのそういうところ、わたくしは大好きですわよ」
「……答えをはぐらかしてないか?」
「いいえ、心配には及びませんわ。普通の少女には負担が大きいですが、シルフィーには相応の加護を与えています。いまは夢現の状態でいます」
「そっか……それなら良いけど」
メディアねぇはヤンデレの神様で、俺に好意を抱いている。俺のためには、他者の犠牲もいとわない――なんて可能性もあっただけに、大丈夫という一言には安堵させられた。
「しかし……シルフィーが巫女だったなんてな。もしかして、俺とシルフィーが出会ったのは、必然的ななにかだったのか?」
「いいえ、ただの偶然です。巫女と言っても、一人しかいない訳じゃありませんから」
「シルフィーのような人間が他にもいるんだ……」
メディアねぇの称号各種がどれだけ凄いかは、俺自身が身を以て知っている。俺が短期間で突出した強さを手に入れたことを考えると、シルフィーがどれだけ強いかは想像に難くない。
味方なら良いけど、敵に回すとやっかいそうだ。
「それより柚希くんに、警告しなくてはいけないことがあります」
「……警告? それを言うために、わざわざ降臨したのか?」
「ええ。脳内に語りかけても良かったんですけど、久しぶりに柚希くんに触れたくなったので、こうして降臨しちゃったんですわ。ふふっ」
微笑むメディアねぇが可愛い。そして、超ミニスカートに露出の高い上着。黒髪の清楚で優しそうなお姉ちゃんのエッチな姿に、俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。
ヤバイ、メディアねぇに甘えたい……って、違う。いまは警告の内容を聞かないとと、俺はぶんぶんと首を振って煩悩を振り払った。
「それで、警告って言うのは? 俺がなにか、メディアねぇの気に触ることをしたのか?」
「いえ、そうではなくて。フェミニストのことです」
「……フェミニストの、バッドステータスのことか?」
いわゆるフェミニストな行動を強制するスキル。
この能力がなかなかやっかいで、Sランクを超えている俺は、女性の手を振り払うことすら出来ない。この能力のせいで、俺はヤンデレに襲われても抵抗できないのだ。
「ええ。そのフェミニストのランクが上がりかけています」
「……はい?」
俺は思わず間の抜けた返事をしてしまった。けれど、言葉の意味が分からなかった訳じゃない。フェミニストのランクがSSから、SSSに上がり掛けているという意味だろう。
だけど――
「このあいだ、ポイントを得るためにSSに上げたばっかりだぞ? それなのに、もうSSSに上がり掛けているって言うのか?」
通常、スキルを上げるには相当の熟練度を溜める必要がある。そして当然、ランクが上がるほどに、必要な熟練度は高くなる。SSSなんてそうそう上がるはずがない。
少なくとも、俺はそう聞いていた。
「柚希くんはもともとSからSSに上がる寸前にまで、熟練度が溜まっているんです。そしてそれは、ステータスを操作してSSに引き上げたとしても変わりませんわ」
「じゃあ……本当に?」
「ええ。SSに上げた時点でも、かなりの熟練度が溜まっていました。柚希くんは普通ではありえないほど、フェミニストを発動させる機会が多いですから」
「な、なるほど……」
ローズに襲われ、クラウディアに襲われる。最近ではクラウディアの妹にも襲われ掛けたし、他にも色々な状況でフェミニストのスキルに苦しめられた。
それでランクが上がりかけていると言うこと。SからSSに上がっても特に影響はなかったけど……SSSはあらたな効果が追加される。
それは女性に対して、危害を及ぼそうという考えすら浮かばなくなると言うもの――と、そこまで考えたとき、俺はまさかと思い至った。
「最近、急に女の子のお願いに同意しなきゃいけない気分になったのは……」
「フェミニストのランクが上がりかけている証拠ですね」
「おいおいおい、マジかよ……」
女の子にお願いされたら、どんな無理難題でも叶えるのが当然だと思う。それが普通になるなんてヤバすぎる。俺が俺でなくなると言っても過言じゃない。
「ランクが上がるまで、どれくらいの猶予があるんだ?」
猶予によっては、今すぐ人のいないところへ逃げなくてはいけないとすら思う。だけど幸いにして、メディアねぇから聞かされたのは、およそ半年という期間だった。
ひとまずは大丈夫。だけど、楽観できるような期間でもない。
「……ランクを下げる方法はないのか?」
「当然、わたくしなら下げることも出来ます。ですが、以前にも言いましたが、わたくしは基本的に見えるだけ。干渉をするつもりはありません」
「……いま、思いっきり干渉してる気がするんだけど」
助言どころか、俺の上に跨がって、物理的にも干渉している。
「あら、柚希くんは知らなかったんですか? この世界のルールは全て、わたくしが決めているんですわよ?」
そういえば、フェミニストの詳細説明も俺の目の前で書き加えてたな。原則としては干渉しないと決めていても、その気になればなんでも出来るってことか。
「ともあれ、俺のバッドステータスを下げるつもりはないんだな」
「そうですわね。柚希くんがわたくしの伴侶となって、わたくしの元で性活するというのなら、フェミニストのスキルを下げてもかまいませんわよ?」
「……悪いけど、それは遠慮しておくよ」
俺が答えると、メディアは寂しげに「そういうと思っていましたわ」と微笑んだ。
「ごめんな。メディアねぇと一緒にいたくない訳じゃないけど……」
服飾の道に進むことと、平和で幸せな人生を手に入れることが俺の夢だった。その夢を叶えるだけなら、メディアねぇのもとでも手に入れられるかもしれない。
だけど……いまの俺はその夢を、ローズやクラウディアと一緒に叶えたいと思っている。あの二人のいない場所では、俺の夢を叶えることは出来ない。
「分かっていますわ。柚希くんが満足するまで、好きなだけ、わたくしの中を楽しんでください。そしていつか……それだけがわたくしの願いです」
「……メディアねぇ、ありがとう。あと、その言い方はちょっとえっちぃ」
メディアねぇの作った箱庭世界だから、メディアねぇの中というのは分かるけど、ちょっと別の意味に聞こえる。……絶対、わざとだろうなぁ。
「話を戻すけど、他にランクを下げる方法はないのか? たとえば、ポイントを使って、ランクを下げるとか」
「残念ながら、柚希くんには不可能です。ただ、下げる方法がない訳ではありません」
「……その方法を教えてくれ」
俺のいまの夢をかなるためには、なんとしてもフェミニストのランクを下げなくてはいけない。だから頼む――と、メディアねぇの顔をまっすぐに見上げた。
「そんな顔をしなくても、教えて差し上げますわよ。柚希くんが女の子の言いなりになってしまったら、わたくしの楽しみがなくなってしまいますから」
「それはなんか、俺が慌てふためく姿を見るのが楽しみと言ってるように聞こえるんだけど」
「この王都には精霊が管理する聖域があります」
……うん、華麗にスルーされた。聞くまでもない話だから良いけどさ。
「その聖域に行けば、ランクを下げることが出来るのか?」
「ええ。精霊が課す試練を乗り越えれば、本人が所持しているバッドステータスのランクを全て二つ下げる果実をもらうことが出来ます」
「マジか……」
って言うか、全てのバッドステータスを2ランクダウンって……もしかしてヤンデレに死ぬほど愛されるも下げられるんじゃ……って、あれはバッドステータスじゃなかったな。
なんでバッドステータスに分類されてないのか疑問だったけど……まさか、これを見越しての別枠だったのか? ……ありそうな気がする。
「ちなみに、その聖域って誰でも行くことが出来るのか?」
「この国が管理しているので、王族にお願いすれば許可をくれると思いますわ」
「なるほど……」
ラクシュ王女殿下のドレスを完成させれば、許可をもらえる可能性はある。
それが可能かどうかは後で確認するとして……実際に、ラクシュ王女殿下と、国王陛下の要望を同時に叶えることが出来るのかどうか。
「そういえば、メディアねぇに聞きたいことがあったんだ」
「ヤンデレだからと言うだけの理由で差別しないところ。普段は凄く優しいくせに、エッチなことになると鬼畜なところ、ですわね」
「……えぇっと、なんの話だ?」
唐突すぎて意味が分からないとて首を傾げる。
「もちろん、わたくしが柚希くんの好きなところですわよ?」
「いやいや、俺が聞きたいのはそういう話じゃないから」
ストレートに好きと言われたのが恥ずかしくて、少し早口でまくし立てる。そんな俺を見て、メディアねぇが穏やかな微笑みを浮かべた。……なんか悔しい。
「と、取り敢えず、俺が聞きたいのは、異世界から来た人間が俺だけかどうかってこと」
咳払いをして確認する。その答え如何によっては、俺の計画が成り立たない。
「……なるほど。詳しいことは教えられませんが、異世界から転生してきた人間は他にもいます。ユズキくんにも、心当たりが有るんじゃないですか?」
「……カリンか?」
カリンの生み出した生地の数々は、この世界のレベルを超えている。もしかしてと尋ねたのだけれど、メディアねぇは微笑むだけで答えてくれなかった。
「誰が転生者かは教えられませんけれど、柚希くんの知りたがっていることなら教えてもかまいませんわよ」
「……本当か? なら、教えてくれ」
「メディアお姉ちゃんって呼んでくれたら教えても良いですわよ?」
「メディアお姉ちゃん、お願い」
俺は迷わずに呼びかける。清楚そうなお姉さんが、物凄く扇情的な服を着て俺の上に跨がっている。その状況で、お姉ちゃんと甘える行為が、なんとなくツボだったのだ。
「ふふっ、そんな風に甘えられたら仕方ありませんわね。柚希くんの考えていることは、ちゃんと実現可能ですわ。だから、安心して良いですわよ」
「お、そうなんだ」
少し意外だった。他に転生者がいる時点でダメかと諦めかけていたのだけれど……そういうことなら安心だ。これで、国王陛下とラクシュ王女殿下、二人の要望に答えることが出来る。
「そういうことなら、さっそくデザインを……メディアねぇ?」
デザインをするから退いて欲しいと思ったのだけれど、メディアねぇが俺の胸もとをさわさわと撫でてきたので思わず言葉を飲み込んだ。そうして、どうしたのかと見上げると、メディアねぇは熱っぽい視線で俺を見下ろしていた。
「柚希くん、このあいだ言ってましたよね」
「え、なんだっけ……?」
「ローズのご奉仕が、わたくしのよりも上手だと」
「――ぶっ」
いきなりすぎて噴き出した。ローズにご奉仕をされたとき、思わず脳内で考えたことだ。そういえばあのとき、メディアねぇがログウィンドウで文句を言っていた気がする。
「しかも、そのローズよりも、クラウディアの方が上手だとも言ってましたわよね。じゃあ、なんですか? わたくしが、一番下手だと思っているんですか?」
「えっと……あれは、その……事実だし?」
「むうううううぅ」
口を膨らませるメディアねぇが可愛らしい。なんて余裕ぶっていられたのは、この瞬間までだった。次の瞬間、メディアねぇが俺の胸にしなだれかかってきたからだ。
「メ、メディアねぇ?」
「わたくしだって、練習すれば上手になるんです。練習……したんですよ?」
「練習……したんだ?」
「ええ。その成果をたしかめたくはないですか?」
メディアねぇが、俺の耳元で囁いた。





