エピソード 2ー1 王都を目指して
結論から言えば、俺にドレスの製作を依頼してきたラクシュ・グリアはお姫様だった。グリア神聖王国を統治するウォルト・グリア。その十二番目の娘らしい。
お姫様が俺を拉致監禁したがっているというのは恐怖だけれど、デメリットばかりではない。お姫様であるのなら、その影響力は貴族にとって無視できないはずだ。
つまり、ローズの味方に引き入れることが出来れば心強い。
という訳で、俺はラクシュ・グリアの要請に応じることにした。……いや、王女と気付く前に了承してしまって、後に引けなくなったとかではなく。
ともあれ、俺達は使者のグランツさんに従って、船で大陸本土を目指していた。同行しているのはローズとクラウディア。
それに……
「ユズキくん、風が気持ちいいですね」
おもむろに凜とした声が響く。声の方を振り返ると、そこにはブルーの髪を風になびかせるお姉さんが、日の光を浴びて微笑んでいた。
ギルドの受付嬢であるシルフィーである。
なぜギルドの受付嬢であるシルフィーが同行しているのか。それは……シルフィーが、俺の専属受付嬢だからである。
……いや、うん。意味が分からないかもしれないけど、俺もあまり分かってない。シルフィーが、専属受付嬢なんだから当然でしょ? と付いてきたのだ。
でも、そういった言動はいまに始まったことじゃないし、シルフィーはヤンデレではあるけれど、ローズと同じで俺の意思を尊重してくれる、比較的安全なヤンデレだ。未知のヤンデレ、ラクシュ・グリアと相対する際には、頼もしい存在となってくれるだろう。
……たぶん。
「ところで、こんなときでも受付嬢の格好なんだな」
「ユズキくんの専属受付嬢として同行していますから。……私服を見たかったりしますか?」
「そうだなぁ……私服には興味あるよ。でも……その服は似合ってると思う」
シルフィーが身に着けるのはジャケットにスカート。一見して真面目な受付嬢といった姿なのだが――胸もとは下乳まで開いている。
ちょっとキツそうな目つきのお姉さんの、魅惑の谷間が眼福である。
「好きにして良いんですよ? 私はユズキくんの専属受付嬢ですから」
シルフィーが、胸もとを指で少しだけ広げてみせる。いや、元からかなり開いているので、柔らかそうな膨らみが……って、違う。
しっかりしろ、俺。ここで誘惑に負けたら、抜け出せなくなるから。そう思った俺はかぶりを振って煩悩を振り払う。そうして、話を変えるためにと周囲を見回し――
なにか言いたげにこちらを見ているクラウディアと目が合った。
唯一ヤンデレじゃないのに、俺のまわりにいる女の子の中で一番の焼き餅焼き。そんなクラウディアが可愛いんだけど――と苦笑い。
「ちょっと行ってくるな」
「はい、行ってらっしゃい」
俺はシルフィーに声を掛けてから、クラウディアの元へと移動した。
「そんな顔をして、どうかしたのか?」
「シルフィーさんの胸ばっかり見て、ご主人様のえっち」
「……それは否定できないけど」
「否定できないんですか?」
「否定できると思うのか?」
問い返してその瞳を覗き込むと、出来ないですよね……と消え入りそうな声で呟いた。俺が胸を好きなことを、クラウディアはその身を持って知っているはずだからな。
「それで、話はそれだけなのか?」
「ぶぅ……」
クラウディアが拗ねたように頬を膨らませる。だから俺は冗談だよと笑った。
「その服、似合ってるよ」
「……ホントですか?」
「うん、凄く似合ってる」
ちなみに、俺が試作で作ったウェルズ洋服店の制服である。
まずは、俺の好きな肩出しのブラウス。
胸もとが編み上げになっており、大きく開いている。ブラウスの第三ボタンまで外して、肩を出した姿をイメージしてもらえば分かりやすいかもしれない。
続いて、紺を基調としたチェック柄のプリーツスカート。
プリーツスカートのサイドには、チャイナドレスにあるようなスリットが入っているので、かなり太ももがチラチラするデザインとなっている。
更には、絶対領域も外せないので、ニーハイソックスチョイス。足下はオシャレな編み上げのブーツを採用した。
俺的には、自分の嗜好と、機能性を詰め込んだ制服となったのだが……こんなエッチな制服を着られるはずがないと従業員に反対されて没になってしまったのだ。
それを俺のために着てくれるクラウディアはマジえっち……じゃなかった、マジ天使。
なお、船の上は風が強いため、スカートがひらひらしている。スリットから見えないようにヒモパンを採用しているが、そうじゃなかったら布がチラ見えくらいはするだろう。
そんな姿をさらし、恥ずかしそうに頬を染める。それでも、スカートの裾を押さえることなく、濡れた瞳で俺を見上げるクラウディアは……やっぱりえっちだと思う。
「――くしゅんっ」
不意にクラウディアがくしゃみをした。風があるので、さすがに寒かったのだろう。なので俺は、クラウディアの腰に手を回した。
腰に回した手が、スカートのスリットに掛かるがわざとではない。ただ、そうなるようにデザインしただけである。俺はクラウディアが風邪を引かないように抱き寄せた。
「クラウディア、大丈夫か?」
「……はい。ご主人様が望むのなら、あたしはここでも大丈夫です。声は我慢できそうにないので、すぐにバレちゃうかもしれませんが……」
「………………いや、その、寒くないかと聞いたつもりだったんだが」
なにやら誤解されていると気付いた俺が指摘すると、クラウディアはこの上なく頬を染めて恥ずかしそうに俺を見上げてきた。
「……ご主人様のイジワル。そうやって、あたしのこといじめて、あたしが自分からおねだりするように仕向けようって言うんですね」
俺を見上げている。そのエメラルドグリーンの瞳は妖しく濡れている。――って、が違うって言ってるの、全然信じられてないな。
……さすがに、最近はちょっと、自重しなさすぎだったかもしれない。
「――コホン。クラウディアは、王都がどんなところか知っているのか?」
「王都ですか? あたしは行ったことがないので……ローズ様ならご存じだと思いますよ」
「なるほど。なら、その辺はローズに聞くとしよう」
俺がそう言うと、クラウディアは腰に回された俺の腕を掴んで来た。俺が、そのままローズのところへいくと思ったのだろう。
焼き餅焼きで寂しがり屋のクラウディアは、本当に可愛いなぁと笑う。
初めてあったのは、奴隷商人のお店。俺がクラウディアを買ったのは、他のヤンデレから身を守ってもらうためだったけど……クラウディアと出会えて良かったと心から思う。
「むぅ……ご主人様、どうして笑っているんですか?」
「いや、なんでもないよ。それより、その服の着心地はどうだ?」
「恥ずかしくて、着心地も凄く良いです。だけどその代わり、少し肌寒いです」
俺は、思わずニヤけてしまった。
だって、いまの説明はどう考えても、肌寒いのだけがデメリットで、着心地が良いのと恥ずかしいのはメリットに分類されていた。
それを指摘して恥ずかしがらせるのも楽しそうだけど……本人に自覚させずに、そういう思いを強めていくのも楽しそう。そんな風に思って黙っておくことにした。
「そろそろ寒くなってくる頃だし、今度は少し暖かい服を作ろうか」
この世界の四季は日本のように明確じゃないみたいだけど、寒い時期もちゃんとある。さすがに、年中肩だしという訳にはいかないし、暖かくてエッチな服も必要だろう。
「また作ってくれるんですか?」
「縫うのはクラウディアだけどな」
「それはもちろん。ご主人様のデザインした服を作の楽しみです」
それからしばし、俺とクラウディアは流れる海を眺めながら、服飾の話に花を咲かせた。
クラウディアとの語らいの後、俺が船室にある自分の部屋に戻ると――部屋の真ん中になぜか、半裸の女の子がいた。金色の長髪に、金と青のオッドアイ。髪を下ろしているから一瞬驚いたけど、ドレスを半脱ぎの女の子はローズだった。
だから驚いたのは一瞬。
ローズだと気付いた俺は部屋の中に入り、ベッドサイドへと腰掛けた。
「ローズ、どうして着替えているんだ?」
「うん。ケイオス領に到着したら目立ちたくないからね。ひとまずは平民の格好に着替えようと思って、用意してあったんだよぉ」
ローズはそう言ってドレスを脱ぎ捨て、平民の娘が着そうなシンプルなワンピースを手に取った。そうして、その服を上からすっぽりと被る。
「言ってくれれば、俺が用意したのに」
「ユズキお兄さんの服を着たら、逆に目立っちゃうじゃない。……だぁかぁらぁ、そのエッチな服は、二人っきりのときに着てあげるね」
うん。魂胆がバレバレだったようだ。
とは言え、ローズは俺と出会った日以来、月のモノがない日は下着を着けていない。素朴な平民の格好で下着を着けていないというのは……ありだと思う。
「ユズキお兄さんがエッチな顔をしてる。私の着替えに興奮したの?」
「興奮して欲しかったら恥じらってくれ」
「ユズキお兄さんの、えっちぃ……」
いきなり頬を朱に染めて、ワンピースの生地を手繰り寄せて胸もとを隠す。その姿は完璧だけど、いくらなんでも今更だと思う。
「やっぱり、恥ずかしがり屋な部分ではクラウディアの方が上手だな」
「ユズキお兄さんのばかーっ」
怒られた。俺は肩をすくめつつ、床の上に落ちていたローズのドレスを拾い上げ、軽くたたんでベッドの上においた。
「冗談だよ、冗談。それより、ローズに聞きたいことがあって捜してたんだ」
着替え中のローズに視線を向けつつ、本来の要件を投げかける。
「私に聞きたいこと?」
「うん。王都やラクシュ・グリアについて、知ってることを聞かせて欲しいなぁって」
「あ~、ユズキお兄さんは、この国のことを知らないんだったね」
俺がメディアねぇに連れてこられた転生者であることを思い出したのだろう。着替えを終えたローズは隣に腰掛け、俺の身体に寄りかかってきた。
素朴な服装で、髪も下ろしている。いつもより素朴で幼く見える。そんな可愛らしいローズに、ちょっとドキドキする。
「ユズキお兄さん?」
「……ん?」
「まずはなにが聞きたいの? って聞いたんだけど?」
「あぁ、そうだった。……やっぱり、まずはラクシュ・グリアのことかな。ローズの遠い親戚だって聞いたけど。ローズは、王家の血筋ってことなのか?」
俺が尋ねると、ローズはクスクスと笑い声をこぼした。
「……なんだよ?」
「ユズキお兄さん、ラクシュのことが聞きたいって前置きしたのに……それ、どっちかって言うと、私のことだよね?」
「む、たしかにそうだな」
俺の服飾に興味を示し、ヤンデレだというお姫様のことももちろん気になるけど、それよりも、ローズがお姫様の親戚だっていう方が気になる。
もしローズが王族なら、俺がローズにしたことを考えると……色々ヤバイ。下手をしたら、斬首刑になっても文句は言えない気がする。
その場合は、不老不死の力で生き返って逃げるけどさ。
「ん~、誤解を解いておくと、私は王族じゃないよ」
「そうなのか? でも、ラクシュ・グリア――ラクシュ王女殿下の親戚なんだよな?」
「ラクシュの母親が、ブラッド家の血を引いているの」
聞けば、ブラッド家の血を引く娘が、国王のハーレムに入っているそうだ。つまりは、ローズは王族の親戚ではあるが、王族ではないと言うこと。
ローズが王族じゃなくて安心した……ような、ちょっと残念なような。
「しかし……ハーレムか。一夫多妻は珍しくなかったりするのか?」
「貴族はどこの家も、後継者問題で大変だからね」
「……うん? 後継者問題が起きるのなら、奥さんは少ない方が良いんじゃないのか?」
複数の奥さんに複数の子供を産ませるから、問題が起きるのではと思ったのだけど、ローズは「あーっと、そっちじゃないよ」と苦笑いを浮かべた。
「……そっちじゃない?」
「えっとねぇ……スキルが遺伝しやすいって言うのは知ってる?」
「あぁ、聞いたことはあるな」
スキルは遺伝をすることが多い。だから、ヤンデレに死ぬほど愛される:SSSを持つ俺は、結婚相手としてはよろしくないという話を聞いた覚えがある。
――と、そこまで考えたところで、もしかしてと思い至った。
「そういえば、貴族って血を重んじるよな?」
「……正解。いま貴族のあいだでは、後継者のヤンデレ化が問題となっているの」
「なるほどね」
血筋を重んじた結果、ヤンデレの身内がどんどん増えていった。
だからヤンデレじゃない娘を多く娶り、ヤンデレスキルを保持していない子供を産ませることが責務となっている――と言うことだろう。
「……もしかして、クラウディアって、物凄く優良株?」
「そうだね。呪いと火傷があった頃ならまだしも、いまのクラウディアさんなら、どれだけの金貨を積んでも欲しがる人はいるだろうね」
「なるほど……気をつけるよ」
高ランクのヤンデレ化耐性だけでなく、様々な有用なスキルも所持している。それだけでも優良物件なのに、外見や性格も可愛い。
俺がちゃんと護ってあげないとな。
「……そういえば、ブラッド家の当主は、メアリーさんだよな?」
旦那をたくさん作っても、子供をたくさん産める訳ではない。本人が非ヤンデレなら話は別だけど、ローズの母親は旦那を部屋で監禁(お世話)するレベルでヤンデレである。
「女性が当主って、珍しいんじゃないか?」
「あぁ……それがそうでもないんだよね」
「……そうなのか?」
「うん。貴族の後継者問題で、一番の対処は非ヤンデレ、出来ればヤンデレ化耐性のある子供を作ること。そしてもう一つが……」
ローズはそこで言葉を切り、オッドアイを怪しく輝かせて俺の顔を見上げてきた。
「……なんだよ?」
「ヤンデレ化の原因となった愛しい人を、しっかりと自分のモノにさせてしまうこと、だよ。そうすれば、他の相手にはちゃんと対応することが出来るでしょ?」
「…………………………な、なるほど」
ヤンデレの危険な行動と言われて思い浮かべるのは、浮気をされて狂気に走るとか、浮気相手になりそうな相手に対して凶行に走るとか。
要するに、愛する相手を自分のモノにするために暴走する。
だったら、決して他人に奪われないようにしてしまえば良い。そうすれば、他の人には普通に振る舞えるという暴論。早い話、愛する相手を監禁すれば問題は起きない。
メアリーさんの現状が、まさにそれなのだろう。
「ロ、ローズは、俺を監禁しようと思ったりしてないよな?」
「ふふっ、どう思う?」
「し、してないと思いたい」
最初に会ったときは監禁されたけど、あれは自分を知ってもらうため。そして監禁期間は、俺が滞在しても良いと言った数日だけのつもりだったと聞いている。
実際、その後は監禁しようとはしてこないし、大丈夫だと思っていたのだけど……もしかして、虎視眈々と時機をうかがってたりするのだろうか?
なんて、わりと本気でびくついていると、ローズがクスクスと笑い始めた。
「もぅ、ユズキお兄さんは心配性だなぁ。大丈夫だよ。たしかに私は、ユズキお兄さんを監禁したいと思ってるけど」
「思ってるじゃないかっ!」
どう考えても、『大丈夫だよ』の後に繋がるセリフじゃないと突っ込む。
「だから、大丈夫だって。私はユズキお兄さんを逃したくないだけ。ユズキお兄さんの意志に反するのは嫌だし……って、前にも言ったでしょ?」
「……そうだったな」
不老不死を初めとしたスキルを持つ俺を監禁するのは難しい。だから、エッチに誘惑して、自分から離れられなくした方が良い……と。
うん。しっかりと捕らわれてる気がする。
「取り敢えず、ローズとラクシュ・グリアの関係は分かったけどさ。そんなにヤンデレ化が社会問題になってるなら、俺が王都に行くのって大丈夫なのか?」
ヤンデレに死ぬほど愛される:SSSは、ヤンデレを惹きつけるのがメインのスキルだが、周囲にいる人間のヤンデレ属性を引き出す効果も若干ながらある。
お城がヤンデレだらけになっても責任を持てないぞと今更ながらに心配になった。
「あぁ、それはグランツさんが言ってたでしょ、対策がしてあるって」
「聞いたけど……ホントに大丈夫なのか?」
冒険者ギルドや、奴隷商のお店もヤンデレ化に対する対策はしていると言っていたが……シルフィーさんは出会って数秒でヤンデレ化し、ラングは慌てて奴隷を遠ざけていた。
対策と言っても、あんまり信用できない気がする。
「大丈夫だよ。王城にはバッドステータスの緩和と、他人に悪影響を及ぼすスキルを無効化するマジックアイテムが設置してあるから」
ようするに、ヤンデレ達のランクが軽減され、俺のヤンデレに死ぬほど愛される:SSSの他人に影響を与える効果も無効化されると言うこと。
「……なに、その素敵なマジックアイテム。凄く欲しいんだけど」
「それは……さすがに無理なんじゃないかなぁ。ちょっと緩和する程度のなら、もしかしたら手に入るかもしれないけど」
「え、そうなのか?」
ちょっとした軽口のつもりだったので、ローズの返答に少し驚いた。
「ヤンデレ化対策のマジックアイテムと言ってもピンキリだからね。効果が低いのなら、それだけ価値も低いから。ドレスを作る褒美として求めれば、もらえるかもしれないよ?」
「なるほど……」
ドレスを作る報酬は、ローズの味方をしてもらうことと決めているんだけど……ヤンデレ化対策のされた空間を持つことが出来れば、俺もデザイナーとして表舞台に上がれる。
もし機会があれば、お願いしてみようかな。





