プロローグ 忙しくも激しい日々
ブラッド伯爵領の片隅にある街にあるウェルズ洋服店。そのお店の奥は家になっている。俺はここしばらく、そんな家の一室を間借りして生活していた。
間借り――と言ったが、俺は前世の知識を取り入れた洋服を作り、この店を建て直した。ウェルズ夫妻にとって俺は恩人で、その扱いはとても良い。
とんでもなく忙しいが、とても充実した日々。今日も今日とて、ふかふかのベッドで眠っていたのだが……窓辺から差し込む日の光りを浴びて、俺は意識を覚醒させられた。
けれど、昨日は夜遅く――と言うか、朝方まで頑張っていたのでまだ眠たい。せめてもう少しだけ。そんな風に考えた俺は、掛け布団の下に潜り込み、抱き枕に顔を埋めた。
そうしてまどろみながら考えるのは、これまでのこと。
前世でヤンデレに刺し殺された俺は、ヤンデレを象徴する女神メディアに見初められ、この世界へと転生した。
服飾の道を目指しつつ、平和な生活を送りたい。ヤンデレに死ぬほど愛される体質がゆえに、一度は諦めた夢を叶えるために、俺はこの世界でのあらたな生活を始めた。
出会ったのは、ヤンデレでありながら思い遣りのあるローズに、非ヤンデレだけど焼き餅焼きのクラウディアを初めとした、可愛くも、少し困った女の子達。
そんな彼女達に振り回されるある日。ケイオス伯爵家の長男、ヤンデレ化したアレスがローズを狙って、ブラッド家が管理するグラン島に様々なちょっかいを掛けてきた。
グラン島の主要な人物を攫ったり、経済を握って島の実権を奪おうとしたり、ローズ本人を攫おうとしたこともあった。
幸いにして、ひとまずは退けることに成功したのだが……問題が解決したとは言いがたい。アレスはヤンデレで、ヤンデレはときに信じられない行動を取る。
――つまり、ローズやブラッド家に迫る脅威はまだ完全には消えていない。周囲の環境がこれからどうなっていくのかは分かっていないけれど、決して無視することの出来ない問題だ。
なんとかしないとな――と、俺はまどろみの中で考える。
ローズと協力して対策したいところではあるのだけれど、そうもいかない理由がある。
ブラッド家の夜会で披露したドレスが予想以上の評価を受け、注文が殺到している。その対処で精一杯というのが現状なのだ。
ちなみに、一番頑張ってくれているのは、意外にもサーシャだった。
クラウディアのためとはいえ、一度はウェルズ洋服店を裏切った。そんな彼女を復帰させることに反対の声もあったが、いまでは表立って文句を言う者はいない。
それだけ、サーシャが頑張ってる証拠だろう。……いや、サーシャに与えた罰がきつすぎて、同情を買ったというのが本当の理由かもしれないけれど。
どのみち、サーシャがいなければお店は回らない。
それほど彼女は有能だ。
いまは地球の知識を持つ俺に軍配が上がるはずだけど、いずれは抜かれるかもしれない。負けたくないと思うと同時に、成長した彼女はどんな服を作るのだろうとわくわくする。
なんて考えていると、寝室の扉がバンと開いた。なにごとかと上半身を起こして視線を向けると、開かれた扉からサーシャが部屋に入ってくるところだった。
「おいおい、サーシャ。部屋に入るときはノックをしろよ」
呆れ気味に言い放つがサーシャは答えず、つかつかとベッドに歩み寄ってくる。そうして、掛け布団を掴んで撥ねのけた。
「…………残念、今朝はいたしてなかったんですね。この感じだと……夜明けまで頑張った方でしたか、失敗しました」
とても残念そうなサーシャが見つめるのは、掛け布団の下の抱き枕――こと、俺と一緒に朝まで頑張ったクラウディアであった。
「……もしかしてだけど、コトの最中だと思って入ってきたのか?」
「えぇ、用事はありますが『……え? サーシャ? いや、ダメ! 見ないで! ご主人様、動かないでください! あぁ、恥ずかしいよぅ』って展開を期待したのは否定しません」
「そこは否定しろよ……」
先日、裏切りに対する罰として、サーシャが慕うクラウディアとのエッチを見せ付けたのだが……すっかり寝取られ属性に目覚めてしまったようだ。
もっとも、クラウディアはクラウディアで、羞恥プレイに目覚めているので、サーシャとクラウディアの利害は一致しているのだけれど。
なんてことを考えながら、俺はいまだに眠りこけているクラウディアに視線を向ける。
たぶん、幸せな夢でも見ているのだろう。薄手のネグリジェだけを纏う姿は艶めかしいが、その寝顔は無垢な少女そのものだ。そんなクラウディアの頬に、青みがかった銀髪が掛かっているのを見つけ、俺はそうっと指で払いのける。
「えへへ……ご主人様ぁ~」
眠っているクラウディアが、幸せそうに呟き――俺の指をパクリと咥えた。
「んちゅ……えへっ。すぐに元気にしてあげますからね……」
――って、無垢な寝顔で、なんの夢を見てるんだよっ。
「清楚なお嬢様をここまでエッチに育てるなんて……さすがユズキさんです」
「いや、俺が育てたと言われるとちょっと微妙な気がするんだが……」
サーシャの褒め言葉なのか貶されてるのか良く分からない突っ込みに答えつつ、俺はクラウディアの口から指を引き抜いた。
クラウディアがのろのろと俺の指を探している。……って、いかんいかん。これ以上見ていると、頭が覚醒するより先に、別の部分が覚醒してしまう。
「さっき用事もあると言ってたよな?」
俺は未練を断ち切るように上半身を起こし、サーシャに向かって問いかけた。
「用事はありましたが、私としては続きを見る方が重要なので、かまいませんよ?」
「そこはかまえ……って、今日は商談の日じゃなかったか?」
大陸にある大きな商会から商談を持ちかけられた。
俺がデザインした洋服の発注。フルオーダーではなく、既にデザインした服の発注ではあるが、様々なサイズの服を定期的に発注したいと言ってくれている。
要するに大口の取り引きなので、俺が参加しない訳にはいかない。
「いま何時だ。いや、ウィンドウを見れば分かるか」
この世界は女神メディアの管理する世界で、ゲームのようなシステムがある。そして視界の隅には、ログウィンドウや時計が表示されている。俺はそこに意識を向けようとしたのだが、それより先に、サーシャが「大丈夫です」と口を開いた。
「商談まで、まだ三十分ほどありますから。一回、私に見せ付けるくらいの時間はあります」
「ねぇよ」
思わず突っ込んでしまった。
「軽くご飯と……その前に、身体を清めないだな」
「……どうせ、すぐにいたすくせに」
「いやいや、しないから」
俺だって羞恥プレイは嫌いじゃないけど、さすがに淫靡なにおいを纏って商談におもむくほどぶっ飛んではいない。……ホントだぞ?
「と言うことで、起きる。……起きるぞ、クラウディア」
俺はクラウディアを起こし、商談の準備を始めた。
三章の投稿を開始します。お待たせしました。
投稿は三章が終わるまで最長で5日、序盤は早めに投稿する予定です。それと、15日に書籍の表紙やラフを公開することになるはずなので、次は15日にアップすると思います。
ちなみに、イラストはもちろん、表紙のデザインが凄まじく素敵です。まさにヤンデレな表紙でした。期待しててください!
予定が「思う」等など、もう少しハッキリ予定をお伝えしたいのですが、ちょっと忙しすぎてスケジュール管理が至っていない状況なのですみません。





