エピソード 4ー1 ヤンデレ対決
貴族を前に、平民の証言などなんの証拠にもなり得ない。
そんな現実を突きつけられた現状。シルフィーさんが提案したのは……この場にいる敵全てを皆殺しにすることだった。
正直、ドン引きである。
そして、俺がドン引きする程度には、シルフィーさんは本気で言ってる雰囲気である。うっかり了承した瞬間、即座に実行されそうだ。
という訳で、俺は全力で拒否した。
「これが一番、簡単なんだけど……仕方ないわね」
「仕方なくないから。もう一つの方法を聞かせてくれ」
「相手と同じだけの権力者に助けてもらうこと、ね。――おめでとう。ユズキくんの保険が間に合ったみたいよ」
シルフィーさんが右腕を天に振り上げる。その瞬間、周囲の路地からゾロゾロと、兵士の格好をした者達が流れ込んできた。
その数、およそ三十人くらい。倉庫の入り口を包囲していく。
「な、なんだ、お前達は!」
自分達の倍ほどの人数に包囲されて、アレスの部下が動揺する。だけど、そんな中でケイオス伯爵の長男であるアレスだけは笑っていた。
「お前達は何者だ! 俺がケイオス伯爵の長男だと知っての狼藉か! ことによっては、ケイオス伯爵、ひいては国に対する謀反だと受け取るぞ!」
アレスが高圧的に宣言をする――が、包囲する兵士達に動揺はない。
そして――
「それはこっちのセリフですよ。アレスさん」
兵士達のあいだから、ゴシックドレスを身に纏うお嬢様が姿を現した。
金と青のオッドアイ。金髪ツインテールの彼女は、言わずとしれたこの島の支配者の娘。ブラッド伯爵家の長女、ローズである。
ギルド経由で連絡を出したものの、どこにいるか分からなくて間に合わないと思っていたんだけど……どうやら運が良かったららしい。
「おぉ、ローズじゃないか! あいかわらず愛らしい! 俺に会いに来たのか?」
いきなりアレスの相好が崩れた。
そういや、婚約者になる可能性のあった相手だとかなんとか言ってたな。
「貴方に会いに来たわけじゃありませんわ。私はここに人さらい集団がいると聞いて、兵士を連れて聞いたんですわ」
「なんだ、そのことか。さっきそこの二人には説明したが、俺はその娘を保護しただけだ」
「あら? そうでしたの。それは感謝いたしますわ」
アレスの言い分に、ローズは感謝の言葉を口にした。
まさか……アレスの言い分を信じるなんて言わないだろうな。リスティスの顔は知らなくても、俺が探してた女の子であることくらいは分かってるはずだけど……
「分かってくれたようで嬉しいよ、ローズ。良かったらこのあと、食事でもどうだ?」
「いえ、残念ですけど、私はこの倉庫にいる犯罪集団を捕まえるので忙しいですから遠慮いたしますわ。と言うことで――この倉庫にいる犯罪者達を残らず引っ捕らえなさい!」
ローズが高らかに宣言。包囲していた兵士の半数ほどが倉庫の中へと突入していった。その姿を、アレスが呆然と見送る。
「お、おいおいおい! なにをしているんだ! 俺の話を聞いてなかったのか!?」
「あら、聞いていましたわよ? ですが、この倉庫が犯罪者集団に使われているのは確認済みですわ。私の手の者に調べさせて、証拠も揃っています」
「なっ、なぁっ!?」
絶句するアレスに対して、ローズはクスクスと笑う。
「そういう訳ですから、倉庫の中にいる人間は全て捕らえますわ」
「そ、それは、俺の部下も捕まえると言うことか!?」
「あぁ、それはご安心ください。アレスさんが無関係だと言うことは分かっていますから、ここにいる貴方の部下は、もちろん捕まえたりいたしませんわ」
ローズはそこで一度言葉を切ると、微笑みを浮かべ、「ですが――」と続けた。
「倉庫の中にいるのは、私が追っていた人さらい集団の一味。まさか、その中に、貴方の部下がいたりは……しませんわよね?」
「くっ、この……っ」
アレスは悔しげに拳を振るわせている。平民相手ならともかく、対等な立場であるローズが相手では、ごり押しは出来ないと言うことだろう。
ここで、アレスが激高してくれたら楽なんだけどな――なんて思ったんだけど、アレスが不機嫌だったのは一瞬。すぐに満面の笑みを浮かべた。
「ふっふふ、してやられたな。さすがはローズ。やはりお前は俺の妻となるにふさわしい!」
「あら、それはお断りしたはずですけど?」
「ふっ。そういう素直じゃないところも可愛いと思うが、もう少し素直になった方が良い。お前はいずれ俺の妻となり、その純潔を捧げるのだからな」
「あら、それは絶対に無理ですわ」
「……絶対に無理だと? それは、俺の妻になるのが無理だといっているのか?」
アレスが眉をひそめる。
「貴方と結婚なんてごめんですが、それ以前の問題ですわね。私の純潔を捧げるなんて、物理的に不可能だと言っているんです」
あ、嫌な予感がする。そう思って、止めようとローズに向かって手を伸ばしたのだが……逆効果だった。突き出した俺の腕に、ローズが抱きついたからだ。
「私の純潔は既に、この方に捧げましたから」
ローズの――ブラッド伯爵家のご令嬢の言葉に、アレスがぎょっと目を見開き、他の連中は俺とローズを交互に見るという仕草を繰り返した。
「な、なななっ。なにをふざけたことを言っているんだ!?」
「あら、ふざけてなどいませんわ。私の純潔は、事実としてこの方に捧げましたもの」
「ほ。本気で言っているのか? 将来俺の妻になるはずのお前が、どこの馬の骨ともしれぬ男に股を開いたというのか!?」
「馬の骨ではありませんが……処女を捧げたのは事実ですね。それと、何度も言っていますが、私は最初から、貴方の妻になるつもりなんてありませんから」
「こっ、このっ! ふざけるな! 一度とはいえ、他の男に股を開くなど許されん!」
「しつこいですね。それに、誤解してるようですが、一度ではありませんわ」
いや、あの、それは言う必要のないことですよね? なんて思うんだけど、もはや俺が口を挟める雰囲気ではなかった。
「一度ではない、だと?」
「ええ。私の持てる全てを使って、毎晩、朝までご奉仕しています。彼の望むことなら、どんなことでもいたしますわ。だ か ら、今だって下着を着けていませんわよ」
ローズがカーテシーをするようにスカートの裾を少しだけつまみ上げた。その幼い外見に似合わぬ妖艶な仕草に、話を聞いていた兵士達がうっと前屈みになった。
だが、人ごとではないアレスはショックからか、その場にくずおれた。
「バカ、な。ローズが既に他の男に染められていた、だと。……なら、俺は今まで、一体、なんのために……っ」
アレスは拳を握りしめてわなわなと震え……不意に俺を睨みつけた。
「お前、か。おおっお前が俺のローズを穢したのか!?」
言いがかりである。
穢されたのはむしろ俺の方……いや、どっちもどっちだけど。少なくとも、襲われたのは俺の方である。途中からノリノリだったとしても、だ。
だけど――俺に抱きついているローズが「併せて」と呟いた。どうやら、アレスを怒らせる作戦のようだ。
という訳で、俺はアレスに見せ付けるように、嘲笑的な笑みを浮かべる。
「残念だったな。ローズの初めては俺がもらった。それどころか、何度も何度もこの身体をむさぼり、俺好みのエロ可愛い女に染めてやったぜ!」
俺にしがみついているローズを後ろから抱き寄せて胸をわしづかみに。その直後、ローズが幸せそうな表情で頬を赤く染め、アレスは怒りに顔を真っ赤に染めた。
「き、さまっ! 俺が自分の色に染め上げるつもりだったのに! それを、それを貴様好きかってしたというのかっ! こ、殺す! 殺してやる! 今すぐ八つ裂きにしてやる!」
むぉ……なんか、一気にヤバイ感じになった。
……そう言えば、ローズとの婚約が成立しなかったのは、アレスがヤンデレを発症させたとかいってたな。
俺のヤンデレに死ぬほど愛される:SSSは、周囲の人間のヤンデレ属性を強化する効果があるし、狂ったように怒り狂っているのはそれが原因かもしれない。
――ええっと……柚希くん。スキルの効果やヤンデレがなかったとしても、怒り狂うに十分だと思いますわよ、さっきのセリフと行動は。
なんか、メディアねぇの突っ込みが入った。
まあ、俺も若干そんな気はしているが、やってしまったからには引き返せない。もっと挑発して、こちらに手を出させよう。
なんて思っていると、ローズの思惑どおり、アレスが腰に下げていた剣に手を――
「いけませんっ、アレス様。そのようなマネをしたら、ローズ様の思惑どおりですぞ!」
アレスの命令に被せるように、老年の男がアレスを諫める。
「ローズの思惑どおり……そう、か。ははっ、そういうことか!」
突然、アレスが高笑いを始めた。
どういうことだと、俺とローズは顔を見合わせる。
「ローズ、俺を怒らせて手を出させるために、そのような虚言を弄したのだな!」
「え? まあ……怒らせようとしたのは事実だけど、言ったことは事実ですよ?」
「ふっ、もはやそのような手は通用しないぞ!」
どうやら、アレスの中ではそういうことになったらしい。伯爵令嬢であるローズが、公衆の面前で胸を鷲づかみにされて悦んでいる時点で、普通ならありえないと思うんだけどな。
まぁ……認めたくない現実ってあるよな。俺もいまだに、普通の女の子とのスローライフが送れる可能性があるとか信じてるし。
「まあ……今回は俺の負けだ。潔く引き下がるとしよう。だが――そこのお前!」
「……俺か?」
アレスがビシッと指を指してきたので、俺は渋々と聞き返す。
「そうだ、お前。名前はなんと言う!」
「ユズキだけど……?」
「そうか……ローズの服を作ろうとしているというのはお前か。ならばちょうど良い。良いか、良く聞け。お前の作る服などが、貴族に認められるはずがない!」
「――んなっ!?」
「恥をかく前に辞退するんだな!」
「誰が辞退なんてするか!」
「はっ、忠告はしたからな。……帰るぞ!」
言いたいことだけを言い放ち、アレスは周囲にいた部下を連れて立ち去っていった。
「……ローズ」
「なぁに、ユズキお兄さん」
「このまま、ウェルズ洋服店に来れるか?」
「えっと、捕まえた連中を突き出したり、事後処理があるから……数日後なら大丈夫かな。と言うかユズキお兄さん、もしかして……怒ってる?」
「ああ、わりと」
俺のオリジナル――と言うには、模倣の域を出ないデザインだけど、それは逆に言えば、俺が元いた世界で優れたデザインを使っているという意味でもある。
その服が、認められるはずがない――なんて言われては、引き下がれない。絶対に、みんなに認められるようなドレスを完成させて、あいつの度肝を抜いてやる!
「――ユズキお兄ちゃん!」
不意に、シルフィーさんに保護されていたリスティスちゃんが飛びついてくる。俺はその小さな身体を慌てて抱き留めた。
「大丈夫か? 酷いこととかされてないか?」
「……うん。凄く恐かったけど、ずっと拘束されてただけだったよ」
「そっか……」
リスティスちゃんの心境を考えると良かったとは言えないけど、最悪の事態になってなくて本当に良かった。
「リスティスちゃん、恐い思いをさせてごめんな?」
「うぅん。助けに来てくれてありがとう」
ぎゅっとしがみついてくる。そんなリスティスちゃんの背中を優しく撫でつけた。
「ユズキくん」
「シルフィーさん、今回は手伝ってくれてありがとう。このお礼は必ずするよ」
「なら、ローズ様にしたのと同じことを、私にもお願い」
「えぇ!? それは」
「――ダメですよ」
ローズが俺の空いている方の腕にしがみついて、シルフィーさんを牽制する。
「ローズ様、私も仲間に入れてくださいませんか?」
「お断りします」
「今回の一件、私もそれなりに貢献したと思うんですが」
俺に協力的だったのって、そういう思惑があったのかよ。まったく、油断も隙もないな。
「成果を上げてくれたことには感謝します。あとでギルドを通じてお礼をするので、期待しておいてくださいね」
「……そういう報酬より、ユズキくんに押し倒されたいんですけど」
「ダメですよ。ユズキお兄さんは、私とクラウディアさんのご主人様なんだから。他の女の子とエッチなことはさせません」
……俺がご主人様だと言いつつ、なんでローズやクラウディアが俺のあれこれを管理してるんだろうな。色々とおかしいと思うんだけど。
いや、別に浮気をしたいとか、そういうことを言うつもりはないんだけどさ。
シルフィーさんも、ローズと交渉を始めてるし。普通は俺と交渉するところだと思うんだけど……なんか、その辺りが実際の力関係を表してる気がする。
ともあれ、取りつく島もないローズに対して、シルフィーさんは考えるそぶりを見せた。
「……ローズ様、私はエルフですよ?」
「だからなんだって言うのかしら?」
「エルフ族だけが覚えることの出来る、夜伽に使えるような魔法も私は知っていますよ?」
「……詳しく聞かせてくれるかしら」
ローズがシルフィーさんの腕を掴んで背を向け、なにやらひそひそと話し始めた。
そして――
「それじゃ、そういうことで」
「ええ、そういうことで」
いやいや、どういうことなの!?
せめて結果だけでも教えてくれよ! と思ったんだけど、聞いたら泥沼にはまるような気がしたので、聞こえないフリをした。
いや、期待とかしてないからな? そりゃ俺だって、エルフ族しか使えない魔法には興味があるけど、それはエルフ特有の魔法があると言うことに対してだ。
……ホントだからな?
「それで、ユズキお兄さんはどうして欲しいの?」
「え、それは、興味あるけど、そんないきなりは……」
「……え?」
「……え? なんの話だ?」
「なんの話って、私にウェルズ洋服店に来てほしいとか言ってなかった?」
「……………………あ、あぁ!」
そ、そうだった。そうだった。
「引き渡しとかが終わってからで良いから、ドレスの試着をして意見を聞かせて欲しいんだ」
「それは良いけど……前に見せてもらった時点で、凄く出来が良かったよ?」
「ありがと。でも、前の布とは質感とかが違うから、多少印象が変わると思うんだ。だから、もう一度確認してくれ」
「そういうことなら、引き渡しが終わったらウェルズ洋服店に向かうね」
「よろしく頼むよ」
「うん。……と~こ~ろ~で~、さっきの興味があるって……」
「さ、さぁっ、リスティスちゃんを救い出したし、ドレスを作りに戻ろうかな! アレスの野郎、俺のデザインを馬鹿にしたことを後悔させてやる!」
高らかに宣言をする。そんな俺を、ローズやシルフィーさんがニヤニヤとみていた気がするのは……気のせいだと思いたい。





