エピソード 3ー4 ギルドのヤンデレな受付嬢
クラウディアの裁縫のランクがAAになり、ようやくサーシャさんの縫い目よりも確実に綺麗だというレベルになった。
これでローズのドレスが作れると、俺達は喜んでウェルズ洋服店へと戻ったのだけど――
「――リスティスが攫われたってどういうこと!?」
ウェルズさんに向かってクラウディアが声を荒げる。俺達が留守にしていたあいだに、リスティスちゃんが誘拐されたと聞かされたからだ。
「一昨日から行方が分からなくて探していたんですが、今朝こんな手紙が届きまして」
ウェルズさんがそう言って羊皮紙を差し出してくる。クラウディアがそれを受け取り、俺にも見えるようにしてくれる。
そこには次のような内容が書かれていた。
お前の娘は預かった。
無事に返して欲しければ、ドレスを作るのは諦めろ。
「……レニス洋服店の妨害ってことか」
「――許せません! すぐにレニス洋服店に殴り込みましょう!」
「待て待てっ」
放っておいたらそのまま飛び出していきそうなクラウディアを捕まえる。
ただ、無理に引き留めるとフェミニストが発動しかねないので、ウェルズさんからは見えないように、クラウディアの背中を撫でつけた。
「ひゅうっ!? ……ご、ご主人様!?」
お父さんの前なのに、なにを考えているんですか! 的な目で見られるけどスルー。落ち着けと繰り返して、クラウディアの怒りを解きほぐすように撫でた。
色々とスキルが上昇しているクラウディアはすぐに真っ赤になって大人しくなる。
「少し落ち着け」
「うぅ。落ち着けなくしてるのはご主人様じゃないですかぁ」
「それだけ言えるようになれば大丈夫だな」
大人しくなったクラウディアを解放する。
ウェルズさんがいぶかしむような表情を浮かべるけど、まさか見えない角度で、痴漢行為がおこなわれていたことまでは分かるまい。
「取りあえず、だ。気持ちは分かるけど、レニス洋服店がリスティスちゃんを攫った証拠はないだろ? だから、闇雲に乗り込むのは止めておけ」
「証拠はありませんけど、どう考えても怪しいじゃないですか」
「それは俺も同意するよ。でも、レニス洋服店にリスティスちゃんが監禁されてるとも限らないだろ? 乗り込んで騒いで、リスティスちゃんがいなかったらこっちが犯罪者だぞ?」
「それは……そうですけど。このままリスティスを取り戻せなかったら……」
人質であるのなら、すぐにどうこうされる可能性は低い。
けれど、このままリスティスちゃんを助けられなかったら、脅しに屈してクラウディアと洋服店を失うか、脅しに抗ってリスティスちゃんを失うか、どちらかを選ばなくちゃいけない。
俺の服飾の夢を応援してくれていて、家族に対して並々ならぬ愛情を持つクラウディアが、今どんな心境なのかは想像するまでもない。
俺は、大丈夫だとクラウディアの頭にぽんと手を置いた。
「心配するな。リスティスちゃんは俺がなんとかして助け出してみせる」
「……ご主人様、ありがとうございます! それじゃ、私もお供しますね」
さっきも乗り込みましょうと言ったくらいだからな。本心では今すぐ助けにいきたくてしょうがなかったんだろう。クラウディアはやる気に満ちている。
だけど――
「ダメだ。クラウディアはウェルズ洋服店に留守番だ」
「ど、どうしてですか!?」
「忘れたのか? クラウディアはローズのドレスを作る針子なんだぞ? 既にスケジュールが押してるのに、リスティスちゃんを探しに行くのに同行してたら間に合わなくなるだろ」
夢の実現が延期するだけなら、いくらでもリスティスちゃんを優先するつもりだ。
でも、ドレスが出来なければ、失うのはウェルズ洋服店だけじゃない。クラウディアだって奴隷として売られてしまう。それを許すわけにはいかない。
「……ご主人様。でも、ご主人様にはフェミニストのバッドステータスが」
「分かってる。そっちについては、なんとかするあてがあるから心配するな」
ちなみに、そのあてがどんなものかは口にしない。言ったが最後、クラウディアに反対されるのは分かりきっているからな。
「そういう訳だから、クラウディアはローズの服を完成させる方を優先してくれ。それと、ウェルズさんにもお願いがあります」
「お願いなんて言わないでください。うちと娘のためにしていただいているんですから、俺に出来ることがあるのなら、なんでもさせて頂きます」
「ありがとうございます。お願いというのは型紙です。立体裁断で作ったドレスがあるので、クラウディアが本番用の布でドレスが作れるように、型紙を作ってください」
ドレスに使う布はかなり貴重なものだったので、立体裁断は安い布を使っている。ドレスを作るには、その布から型紙を作って、もう一度ドレスを作る必要がある。
本来は俺がおこなうつもりだったけど、俺はリスティスちゃんを助けにいくので余裕はない。なので、ウェルズさんに頼もうというわけだ。
ウェルズさんは以前、クラウディアの来ていた服をばらして型紙を作りたいと言っていたくらいだし、布から型紙を作るのは問題ないはずだ。
「型紙……分かりました。すぐに型紙を作って、クラウディアが作れるようにいたします」
「よろしくお願いします。細かい部分なんかは、俺が戻ってきてからで大丈夫なので、とにかく、基礎となる部分から初めておいてください」
俺はそう言って、今度はクラウディアへと向き直った。
「そういう訳だから、作業を進めておいてくれ。それと……ギルドに報告して、応援をよこしてもらうようにするけど、家からは出ないようにしてくれ」
リスティスちゃんを攫った連中が見張っている可能性は高い。もし俺達が諦めてないと分かれば、クラウディア達も狙われる可能性がある。
リスティスちゃんを助けて戻ってきたら、今度はクラウディアが――なんて、目も当てられない。絶対に避けなきゃいけない。
「分かりました、家に籠もって作業をします。……ご主人様、妹のことをお願いします」
「あぁ、任せておけ。クラウディアの妹は、俺が絶対に助け出してやる!」
そうして意気込んだ俺は、馬車でバンドールギルドへとやって来た。
「あら、ユズキくん。今日は一人なのね」
「ええ、クラウディアやローズとは訳あって別行動なんです」
「訳あって……?」
「ええ、実は――」
俺は声を潜め、ウェルズ洋服店を立て直す計画の途中、それを邪魔するようにリスティスちゃんが誘拐されたことを打ち明けた。
「誘拐、って、それはもしかして?」
「ええ。例の事件と無関係じゃないと思います」
「……なるほど。情報を提供してくれてありがとうね。ウェルズ洋服店には護衛を派遣し、誘拐については、すぐにこちらで調査を開始するわ」
「ありがとうございます。ただ、誘拐の件については大々的に調べられたら困るんです」
リスティスちゃんは早い話が人質。
要求は社交界の一件だけだけど、ギルドぐるみで探しているなんて知られたら、あらたな脅しをかけられるかもしれない。
「分かったわ。それじゃリスティスさんの一件は内密に調査を進めて、証拠を掴んだらギルドのメンバーで強襲を掛けて奪還という形を取るわね」
「助かります。それで、依頼料のことなんですけど……」
「依頼料なら心配いらないわ。この一件は既に、ブラッド家から依頼されていることだから」
「あぁ……そうなんですね」
今は手持ちが少なく、最悪は借金なんてことも考えていたので、ホッと一息をつく。
「それじゃ、もう一つ頼みがあるんですが」
「なにかしら? 処女の血でも破瓜の血でも、いつでも上げられるけど」
「どっちも要りません。俺もリスティスちゃんの行方を独自に調べようと思っているので、臨時に組んでくれる仲間が欲しいんです」
「……あぁ、フェミニストのスキルね」
教えた記憶はないんだけど、なぜか知られていた。
……まあ、シルフィーさんだしな。バレていても驚くにはあたいしない。
「そういう訳なので、女性と戦闘をしてくれる仲間が必要なんです」
「事情は分かるけど、ユズキくんと組みたがる人は……」
「分かってます」
俺と組みたがるのはヤンデレくらいだと、グレイブさんにも言われた。だからこそ、俺は冒険者と組むのを諦めて、クラウディアという奴隷を買い取った。
だけど――
「ヤンデレなら、俺と組む相手はいるかもしれないってことですよね?」
「……正気なの?」
……ヤンデレに正気を疑われるとか。
「もちろん正気です。と言っても、ヤンデレなら誰も良いって訳じゃないです。このあいだ俺がここに来たとき、シルフィーさんが言ってましたよね。ユノを諜報部に入れるって」
既に俺に対してヤンデレ化しているユノを、奴隷契約で縛って働かせると言っていた。つまり、ユノであれば、俺の相方を務められると言うこと。
まあ……俺への好意を利用するというのは罪悪感があるけどな。クラウディアやリスティスちゃんのためなら、罪悪感ぐらいは喜んで引き受けよう。
「ユノさんね……」
「なにか問題があるんですか?」
「使い物になるかどうかテストを実施中で、今は出かけているのよ」
「……いつ帰って来ます?」
「分からないけど、すぐではないのはたしかね」
「そう、ですか……」
参ったなぁ。こうなったら、ブラッド家に泣きついて、ローズの護衛騎士を借りようか?
「ねぇ、良かったら私が手伝ってあげようか?」
「……え? シルフィーさんが?」
意外に思って目をぱちくりとさせる。それに対して、シルフィーさんは目を細めた。
「……ユズキくん、私が何者か忘れてない?」
「え? ギルドのヤンデレな受付嬢ですよね?」
「そうじゃなくて。エルフ族ってことよ」
「それは覚えてますけど……?」
普段あんまり意識したことはないけど、シルフィーさんの耳はとんがっている。
「……それがどうかしたんですか?」
意味が分からなくて首を傾げると、シルフィーさんはあら? と言う顔をした。
「もしかして、ユズキくんはエルフがどういう生き物か知らないの?」
「えっと……耳が長くて……長寿、ですよね?」
「なんだ、知ってるじゃない。それとも、私が生まれたばかりのエルフだと思ってる? 私はこう見えても、120年くらい生きているのよ?」
「へぇ……そうなんですね」
外見は俺と対して変わらないし、精神年齢だって年寄りじみているとは思わない。長く生きてるんだなとは思ったけど、それ以外に驚くことはない。
「その反応は分かってないみたいね。エルフは幼少期は比較的早く成長して、あとは今くらいの姿で何百年と生きることになるのよ?」
「それはまぁ……不思議ではないですよね」
無防備な子供の姿で長くいるメリットはないし、年老いた状態もしかりだ。
「ん~ここまで言って、どうして分からないのかしら。私は100年近く働いているのよ?」
「だからそれが……ん? えっと……それはもしかして、物凄くベテランな受付嬢と言うことでしょうか?」
「そういうこと。それに、100年間ずっと受付嬢をしていたわけじゃないわ。冒険者をしていた時期だって、何十年もあるのよ?」
「まさか――」
俺はある種の誤解をしていることに気がついた。俺の中にあるエルフと言えば、人間の一生を数十倍に引き延ばしたような種族。
つまり、成人したてのエルフと、成人した手の人間は同程度の能力だと思っていた。
だけど、もしもエルフの老化が緩やかであるにもかかわらず、人間と同じくらいの速度で能力的に成長するのだとすれば……
俺は持っている鑑定スキルを使って、シルフィーさんのステータスを表示――
――鑑定が弾かれました。
ログウィンドウに、そんな一文が表示された。
鑑定が弾かれたって……防御系のスキルを所持しているってことか? そんなスキルがあるなんて聞いてないぞ。
なんて、暢気に考えていると、カウンターから身を乗り出したシルフィーさんに、ちょんと額をつかれてしまった。
「こ~ら、女の子のステータスを、許可なく見しようとしたらダメよ?」
「……え?」
「鑑定のスキルで、私のステータスを見ようとしたでしょ?」
「なっ、分かるんですか!?」
鑑定を弾かれるのも予想外だったけど、気付かれるなんて想像もしていなかった。
「上位の称号を持っていないと解放されないスキルがあるのよ。そ れ よ り、女の子のステータスを勝手に見ちゃダメでしょ?」
女の子の――と言われて、俺は非常に申し訳ない気分になった。
いや、先に否定しておくけど、120歳のシルフィーさんが女の子? なんて、失礼な疑問を抱いたわけじゃない。シルフィーさんは間違いなく綺麗な……お姉さんだな。
やっぱり、女の子というとちょっと苦しい気が……いやなんでもない。
取りあえず、俺が思ったのは、ステータスと言う部分だ。ステータスはその人の本質を表していて、他の人にウィンドウを触れられると快感が伴う。
そんな大事なステータスウィンドウ。つまり、女の子の大事な部分を勝手に見ちゃダメと言われていると脳内変換されて、申し訳ない気持ちになったのである。
まあ……あれだ。クラウディアと別行動して、既に数日経っているからな。
……いや、なんでもない。
「すみません、シルフィーさん」
「素直でよろしい。ユズキくんなら、いつでも私の大切な部分、見せてあげるからね。今度からは、ちゃんと許可を取るのよ?」
「えっと……はい」
頷きつつも、シルフィーさんのステータスを見せてもらうことはないだろうなと思った。
うっかり見せてくれとか言った日には、そのままVIPルームとかに連れ込まれて、そのまま色々なところを見せられたりしそうな気がするからだ。
……いや、興味がないと言えば嘘になるけど、クラウディアやローズにばれたときが恐い。
「取りあえず、シルフィーさんが協力してくれるってことで良いんですか?」
「ええ、私はユズキくんの専属受付嬢だもの。私が寿命で亡くなるまで、ずっとユズキくんのサポートを全力で続けるわよ」
「は、はは……頼もしいです」
……バレてる。これは絶対、俺が不老不死だってこともバレてる。
じゃなきゃ、寿命が人間の何十倍もあるシルフィーさんが、自分の寿命が尽きるまで俺をサポートするなんて言うはずがない。
これってもしかして、俺の異世界云々とか、女神云々とかの称号もバレてるんじゃないか?
……ま。まあ良いや。
もしそうだとしても今更だ。今までなんの問題も発生してないんだし、これからもシルフィーさんは俺の専属受付嬢ってことで、深く考えるのは止めよう。
「それで、ユズキくんは仲間を得て、どうするつもりだったの?」
「えっと……残念ながらリスティスちゃんがどこにいるか、まったく手がかりがない状態なので、ギルドで情報を集めて見る予定だったんです」
「それだったら、一つ耳寄りな情報があるわよ」
「耳寄りな情報? それって、手がかりってことですよね?」
「ええ、そういうことになるわね」
「ぜひ教えてください」
「かまわないけど、一つだけ条件があるわ」
「手持ちである分でなんとか出来るのなら出しますが……」
少し戸惑いつつそんな風に言うと、シルフィーさんはなぜか不機嫌そうに目を細めた。
「お金じゃないわ。私はユズキくんの専属受付嬢で、今は仲間なのよ? それなのに、いつまで敬語で話すつもり?」
「もしかして、普通にしゃべれって言ってますか?」
「ええ。それくらいなら、かまわないでしょ?」
「まぁ……そうですね。いや、そうだな。それじゃシルフィー、これからよろしくな」





