エピソード 3ー3 ダンジョンで秘密の特訓
翌朝。俺は宿のベッドで目を覚ました。
寝ぼけ眼で横を見ると、可愛らしい寝息を立てているローズの姿がある。だけど、反対側にはクラウディアの姿がない。
どこに……と、視線を巡らせると、クラウディアは窓辺にある席に座っていた。
窓辺から差し込む朝日を浴びて、青みを帯びた銀髪がキラキラと輝いている。そんなクラウディアの姿を見て、綺麗だなぁと思った。
「……あれ? ご主人様、おはようございます」
「おはよう、クラウディア。朝からなにをやってるんだ?」
「裁縫を試していました。色々と縫ってみたんですけど……見て頂いてもよろしいですか?」
「もちろん。ちょっとだけ待ってくれな」
寝起きだからと、俺は急いで顔を洗ったりと身だしなみを整える。そうして服を着替えて、クラウディアの座る向かいの椅子に腰を下ろした。
そうして、クラウディアが縫い合わせた布を手に取ってみる。
「……丁寧に縫ってあるな」
「ありがとうございます。……でも、正直におっしゃってください」
俺のニュアンスに気付いたのか、それとも自分で気がついていたのか。クラウディアはじぃっと俺の顔を見つめている。
「……そうだな。凄く丁寧だと思うけど、前に見せてもらったサーシャさんの縫い目と比べると、負けてると思う」
「……やっぱり、そうですか」
「ランクは、同じBだったはずだよな?」
「ええ。でも……もしかしたら、サーシャは服飾の才能を持っていたのかもしれません。もしくは……」
「――なんらかの外的要因でスキルを覚えた場合と、長い修練においてスキルを覚えた場合だと、後者の方が能力が高いって聞いたことがあるよ」
クラウディアのセリフに被せたのはローズ。見れば、ベッドで眠っていたローズが、その上半身を起こしていた。
シーツで胸を隠しているけど……すごく扇情的な格好である。
でもまぁ、今はそれよりも、だ。
「それはつまり、俺の能力でスキルランクを上げると、本来の能力よりも永続的に弱くなるってことなのか?」
もしそうだったら、SPでランクを上げない方が良いのかもしれないと心配する。けど、そんな俺に対して、ローズはその心配はないはずだよと答えた。
「スキルはあくまで補正だけで、根本的な能力はステータスに表示されないって知ってる?」
「あぁ……そう言えば、メディアねぇがそう言ってたな」
能力値なんかがその代表で、基礎的な数値は隠しステータスとして表示されず、スキルランクは補正値だ。みたいなことを言っていた。
つまり……そうか。そうすると、クラウディアの裁縫の技術がサーシャさんより劣っているのは、メディアねぇの作ったシステムにバグがある訳じゃないんだな。
――わたくしの作ったシステムにバグなんてありませんわよ。あるのは、柚希くんを困らせようと思って作った罠だけです。
……それはそれで、どうなんだ。なんて、心の中でメディアねぇとじゃれていると、ローズが不思議そうに首を傾げていた。
そう言えば、ステータスを弄れることは説明したけど、その理由は話してなかったな。
「メディアねぇって言うのは、女神メディアのこと。実は俺、メディアねぇに別の世界から連れてこられたんだ」
「……ええっと?」
「論より証拠だ」
クラウディアのときと同じように、ステータスウィンドウを表示する。
その最後に並ぶ称号の数々。『女神メディアに見初められた』『女神メディアの寵愛を受けた』『異世界からの旅人』『ヤンデレに死ぬほど愛された』を見て、ローズは目を見開く。
「ユズキお兄さん、この称号……」
「ああ。俺には前世の記憶があるし、女神メディアとも面識が……」
「――女神メディアの寵愛を受けたって、私がユズキお兄さんの初めてじゃなかったってこと!?」
「気にするのそっち!?」
予想外すぎる――いや、冷静に考えると、納得だけども。
ここで、前世の死に際に、陽菜乃に陵辱されたのが初めて――なんて言ったら、それこそ色々と大変なことになるので、「もちろん、ローズが初めてだよ」と答えておいた。
「……ホント?」
「ああ、ホントだ」
メディアねぇは、転移ではなく転生だと言っていたし、この世界に生まれ落ちてからは初めてなので、一応嘘は言ってない。
と言うか、この話は、クラウディアが拗ねそうだから続けたくない。なので、とにかく、そういうことなんだとごり押しをした。
ローズとしても、初めてが自分だたのかどうかが重要だったようで、それなら良いよと納得してしまった。
さすがヤンデレ、こだわりポイントが普通とずれている。
まあとにかく、だ。
「今のままじゃ、ローズのドレスを作るにはちょっときついな。出来なくはないと思うけど、みんなに凄いと思ってもらうには、もう少し綺麗な縫製にしたい」
「どうしても無理そうなら、私がお母さんに頼んで、針子をどこかから借りてこようか?」
「……いや、それは出来れば避けたいな。あくまで、ウェルズ洋服店が作った服としてアピールしたいから、他のところから針子を借りるのは最終手段だな」
とは言え、ローズが出席する予定の社交界まで二ヶ月を切っている。借金の都合もあるし、別の機会に延期と言うことは出来ない。
つまりは、それまでにドレスを完成させる必要があって……縫製に掛かる時間を考えると、もう時間がないと言うことだ。
最悪は、外部の人間の力を借りる必要があるかもしれない。
もちろん、クラウディアに余計なプレッシャーをかけたくないから言わないけどな。
「修練が足りないというのなら、ドレスを作るまで必死に練習します」
「ありがとう。でも、出来ればランクをもう一つか二つあげよう。その方が圧倒的に早いと思う。修練をするのは、その後で良いだろう」
特に、スキルは軒並み、Aランクに上げたときにボーナスがある。裁縫もその例に漏れず、技術が向上するボーナスがあるので、そこまで上げる価値はあるだろう。
「それじゃ、ランクをもう一つか二つあげるまで、ダンジョンに潜る感じですか?」
「うん。そうだな。今日もダンジョンに潜ろう」
「――あ、私は今日からしばらく別行動をさせてもらうね」
クラウディアと今日の予定を決めていると、ローズがそんなことを言った。昨日は冒険者の登録もしたし、今後も一緒にダンジョンに潜るものだと思い込んでいたから少し意外だ。
「ブラッド家に戻るつもりか?」
「うん。紋様魔術がSPだけで習得してランクを上げたから、隠しステータス的には最低ランクだと思うんだよね。だから、手順をしっかり確認しようと思って」
「あぁ、なるほど。じゃあ……純潔の糸も渡しておこうか?」
「ありがとう。練習用のはこっちで手に入れるつもりだけど、本格的な練習をするときに、ちょっと使わせてもらうね」
とまあそんな訳で、ローズは別行動。
俺とクラウディアは冒険者ギルドへとやって来た。
いつもは、『おいっ、あいつが来たぞ!』みたいな感じで、波が引くようにみんな遠ざかっていくんだけど、今日はそういった反応がない。
俺に対して慣れたと言うよりは、バタバタしていて俺に気付いていないといった感じだ。
「あっ、ユズキくん、いらっしゃい」
……若干一名、そんな状況でもすぐに気付いた人がいる。俺の専属である受付嬢の、シルフィーさんである。
他の冒険者の対応をしていたのに、まるで予定調和であったかのようにこっちを見た。
……まあ、今更だな。ローズも、俺の匂いがどうとか言ってたし、シルフィーさんもなんらかのステータスウィンドには表示されない、特殊な技能を持ち合わせているんだろう。
それはともかく、シルフィーさんが他の冒険者の対応をしているのが意外だ。
初めて会ったとき、ネームプレートに『私はヤンデレではありません』なんて書いてたくらいだし、ヤンデレ化したシルフィーさんは、他の冒険者の対応をしないと思い込んでいた。
けど、どうやら違ったみたいだ。
なんてことを考えながら眺めていると、シルフィーさんは対応中の冒険者に一言断りを入れて、他の受付嬢と交代。
俺とクラウディアを迎えてくれた。
「……良かったのか?」
「もちろん、私はユズキくんの専属だもの」
「だったら良いんだけど……と言うか、他の人の応対もしてるんだな」
「私も最初は、ユズキくんがいないときは事務の仕事をするつもりだったんだけどね。なんだか以前と変わらず、私に受付を頼みたいって人が多くて」
「そうなんだ? やっぱり人気があるんだな」
「……うぅん、そう言うのとはちょっと違うみたいよ」
「違うというと?」
「私がユズキくんに対してヤンデレ化しているから、他の人にとっては安全だという認識が広まってるみたいね」
「あぁ……」
ヤンデレと言えば、想い人やその周囲を取り巻く異性に異常なまでの執着を向ける。前世の感覚で言えば避けられそうだけど……この世界はヤンデレであふれている。
つまり、いつ自分に対してヤンデレ化するか分からない女の子よりも、既に他人に対してヤンデレ化している女の子の方が安全だと言うこと。
……人身御供と言う単語が浮かんだ。
「それで、実はマスターの代理で、ユズキくんに許可をもらいたい案件があるんだけど」
シルフィーさんは辺りを見回した後、カウンターから身を乗り出して顔を近づけてきた。そして、それに対して、クラウディアがさり気なくあいだに……入らなくて良いからな?
俺は無言でクラウディアの服を引っ張って横に控えさせる。
以前は弱気だったのに……最近はなんだか頼もしいというか、焼き餅焼きというか……可愛いから良いんだけどさ。
「で、俺に許可が欲しい案件って言うのは?」
「ユノさんとグレイさんの処遇についてよ。本来なら、犯罪奴隷として鉱山送りが普通なんだけど……ユズキくんは寛大な処置を望んだわよね?」
「なんだかんだと言って俺のスキルが原因だからな」
ヤンデレに死ぬほど愛される:SSSの、潜在的なヤンデレを引き出す効果効果は10%だけど、そこに称号が加わって合計37%にまで引き上げられている。
それは昼ですら、ヤンデレタイムの20%より高く、ヤンデレタイムに至っては合計57%にまで引き上げられる。
これは補正値だから、57%の確率でヤンデレ化するという意味ではなく、相手の潜在的なヤンデレ属性の数値に補正が掛かるだけ。
結局のところは、相手次第ではあるんだけど……やっぱり責任は感じてしまう。という訳で、ユノやグレイさんに対して寛大な処置をと、ギルドにお願いしてあったのだ。
「二人の処遇が決まったのか?」
「ええ。まずはグレイさんだけど、奴隷契約を使ってユズキくんを初めとした他人に迷惑をかけないように縛り、ダンジョン入り口の見張りに復職させようと思ってるの」
「ふむふむ」
「そして、ユノさん達は……同じように奴隷契約で縛り、ギルドの諜報部に所属させて、働いてもらう予定よ。もちろん、ユズキくんの許可がもらえれば、だけどね」
「グレイさんに関してはなんの問題もないよ」
グレイさんの裏切りで追い詰められたし、俺は一度死んでしまった。けど、俺はこうして生き返ったし、グレイさんの案内のおかげでクラウディアは生き返ることが出来た。
裏切り自体は許せることではないけど、差し引きでは感謝している。
「グレイさんに関しては……と言うことは、ユノさんの処遇には不満があるのかしら?」
「不満と言うか、不安がある。本当に危険はないのか?」
クラウディアを一度とはいえ殺したし、グレイさんとは比べられないほどヤバイ相手だ。
もちろん、俺のスキルが原因の一端であることは分かっているけど、またクラウディアに危害を及ぼされるような事態は絶対に避けたい。
「心配はいらないわ。そのあたりに関しては、奴隷の契約でがんじがらめにするから」
「……契約でがんじがらめにしたら、あまり役に立たないって聞いたけど?」
「それも大丈夫。彼女のやる気自体は阻害しないようにするから。具体的に言うと、頑張ってお仕事をすれば、ユズキくんに見直してもらえるかもしれないわよ? と」
「それはつまり、彼女の気持ちを利用すると言うことか?」
俺への危害は契約で防ぎ、そのヤンデレな想いを利用して働かせる。
……ヤンデレな想いって言い方をすると、なんか利用しても良い気がするな。
「あくまで提案だから、ユズキくんの気が進まないのなら廃案にするわ。その場合は従来どおりの、過酷な環境に送るけど……どっちが良い?」
「……俺のまわりに迷惑が掛からないのならどっちでも良いよ。一応、本人の意思を尊重してやって欲しい」
「分かった。それじゃ、そのように処理するわね」
なんだかんだと言って、彼らの処遇が気になっていたみたいだ。俺はシルフィーさんの言葉を聞いて、ホッと息を吐いた。
それで気が抜けたんだろう。今度は、周囲のざわめきが気になり始めた。
「話は変わるけど、なにかあったのか? なんか、騒がしいけど」
「ええ。ケイオス伯爵の手勢が、この船に上陸したという噂よ」
予想外の返答に、思わず目を見開く。
「それは、ケイオス伯爵が、この島に攻めてきたってことか?」
「え? あぁ、うぅん。そうじゃない……はずよ。はずなんだけど、理由が分からないから、絶対にないとは否定できない。だから、みんな慌ててるの。……例の件もあるしね」
シルフィーさんが声を潜めて付け加える。
例の件というのは、この島にちょっかいをかけている連中の黒幕が、ケイオス伯爵かもしれないという話のことだ。
証拠がなく、まだ公表していない情報だから言葉を濁したんだろう。
「なにか理由をつけて追い返したりは出来ないのか?」
「……問題でも起こしてくれれば別だけど、理由もなく拒否することは出来ないわね」
「なるほど……」
目的不明で、追い返すことも出来ないとなると、なかなかに面倒だな。もしかして、ローズが別行動を取ったのも、これが関係してるのかな。
少し気になるけど……今はクラウディアの裁縫ランクを上げるのが先だ。ドレスの製作期間を考えれば、もうほとんど時間がないからな。
と言うことで、ケイオス伯爵の件は頭の片隅へ追いやり、俺とクラウディアはダンジョンに潜って、SPを稼ぐことにした。
ちなみに……それから数日で、クラウディアの裁縫ランクはBからAAまで上昇した。
その過程で支援魔法各種が上昇。
更には、性技がCからBに上昇したり、快楽に弱いがEからDに上昇したり、恥ずかしがり屋がFからEに上昇したのは……まぁ、ご愛敬である。
……い、いやほら、効率よくSPを稼ぐには、戦いの合間にステータスを確認したり、支援系のスキルランクを上昇させたりする必要があるだろ?
そうすると、ダンジョンの中でクラウディアが……あとは上昇したスキルから察してくれ。





