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この異世界でも、ヤンデレに死ぬほど愛される なろう版  作者: 緋色の雨
第二章

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エピソード 2ー4 クラウディアの覚悟

 ――その後、ウェルズ洋服店に戻った俺は、ローズのボディが届いたときに備えて、練習をしたり、デザインを煮詰めたりと、準備を整えて待機していた。

 そうして数週間が経ったある日、作業部屋で作業をしていると、ローズが訪ねてきた。


「ローズ、久しぶりだな」

「うん。数週間ぶりだね。今はなにをしていたの?」

「服以外の小物を作ってたんだ。それと、靴の装飾も、だな」

「へぇ……なんか、凄く綺麗な布だね。手触りも良いし……これはどうしたの?」

「あぁ、クラウディアの幼馴染みが作ったそうだ。普通ではありえない完成度だから、良かったらローズが支援してやってくれ」

「……うん、たしかにすごく綺麗な生地だね。あとで紹介してくれるかな?」

「もちろん、大丈夫だと思う。それで、肝心のボディは完成したのか?」


 最初は、ウェルズさんのツテでボディを作る予定だったんだけどな。

 ローズが、あまり自分の詳細な体型を他の人に教えて欲しくないと言ったので、ブラッド家お抱えの人に頼んで作ってもらうことになったのだ。


 なお、ウェルズさんのツテの方には、今後のことを考えてクラウディアのボディを作ってもらっている。


「ボディは完成してるけど、ここに運んでもらっても良いかな?」

「あぁうん。この作業場は俺が使わせてもらってるから大丈夫だ」

「それじゃ、リリア。この部屋に運んで」


 ローズがそう言うと、すぐにリリアさんが布にくるまれたボディを運び込んできた。


「ありがとう。私はこのままユズキお兄さんと話があるから、しばらくは下がってて良いよ」

「かしこまりました」


 リリアが一礼して退席していく。それを見届けたローズが、ボディをくるんでいる布を取り払った。そこにはローズそっくりのボディが……


「いや、なんか胸が大きいぞ?」


 俺は思わず突っ込みを入れた。

 ローズの胸は、年相応より少し大きめのBとCのあいだくらい。だけど、このボディはCとDのあいだくらいのサイズがある。


「さすがユズキお兄さん、一目見ただけで分かるんだね」

「え、いや、それは……まぁ?」


 採寸したのは俺だし……って、言い訳になってないな。


「取りあえず、胸のカップが本物より大きいと、胸元がスカスカになるぞ? 詰め物をするつもりならかまわないけど……」


 ローズはスタイルが良いし、無理にカップを大きくする必要はないんじゃないかなぁ。


「えっと、詰め物をするつもりはないよ。それに、これで問題ないくらいのサイズだから」

「え、どういうことだ?」

「ここ数週間で、急に胸が成長してるんだよね。だから、社交界の頃には、これくらいのサイズになってると思うの」

「な、なるほど。なんで成長したのかは……聞かないでおこう」

「ユズキお兄さんに、たぁ~くさん」

「――聞かないってばっ!」


 と言うか、たくさんってことはないはずだ。そういう行為中の俺は大抵、手足をもがれてたり、拘束されたりしてたんだから。

 ……いや、どうでも良いな。


「とにかく、作るドレスはこのボディにあわせれば良いんだな?」

「うんうん。それで大丈夫だよ」

「分かった。それで俺はさっそく立体裁断を始めるけど、ローズはどうするつもりだ?」

「私は二、三日滞在して、一度お屋敷に戻るつもりだよ。だから、今日はドレスを作るところ、横で見てても良いかな? もちろん、お邪魔じゃなかったら、だけど」

「別にかまわないよ。……っと、それじゃちょっとクラウディアを呼んでくる」



 という訳で、隣の部屋で別の用事をしていたクラウディアを連れてきた。


「ご主人様、これからドレスを作るんですか?」

「うん。その型紙を作るための立体裁断だな。将来的にはクラウディアにも作ってもらいたいし、そうじゃなくてもサポートは出来るようになって欲しい」

「分かりました。それじゃ、頑張ってお手伝いさせて頂きますねっ」


 クラウディアもやる気十分みたいだし、さっそく立体裁断を開始しよう。


「それじゃクラウディア、そこにある安物の生地を取ってくれ」

「……ローズ様のドレスなのに、安物の生地を使用するんですか?」

「これは、型紙を作るための下地だからな。布は安物で問題ないんだ」


 平面製図は長さを計算しながら、必要なパーツを型紙に書き込んでいく。

 対して立体裁断はボディに布をそわしてパーツを作り、型紙に書き写していく。


 このあたりが、主な手順の違いだ。


「まずは背中に布を当ててピンで留めて……ウエストを絞るのにダーツを取って、またピンで留める。でもって、要らない部分の生地を切り取れば……背中の部分が形になっただろ?」


 振り返って二人を見る。


「へぇ……立体裁断って、こんな風に作っていくんだね」

「ご主人様、これは凄く画期的ですよ! こんなに簡単にパーツが作れるなんて」


 感心するローズの横で、クラウディアが興奮している。


「簡単……ってことはないぞ。むしろ――」


 立体裁断の方が難しい――と、出かかった言葉を俺は飲み込んだ。


 計算式も確立しておらず、メジャーの類いの精度も低い。

 そんな世界においては、計算で型紙を引く平面製図より、感性で作ることの出来る立体裁断の方が簡単かもと思ったからだ。


 と言うか、平面製図を感性だけで引くくらいなら、立体裁断の方が圧倒的に簡単だろう。

 日本では、立体裁断はなかなか受け入れられなかったって話だけど、この世界なら立体裁断が受け入れられるのは案外早いかもしれないな。


「むしろ……なんですか?」

「いや、なんでもない。それじゃ、どんどん作っていくぞ」


 背中の部分のダーツを大きく取って、ゴスロリの定番であるコルセット風に。リボンを締めて、ウエスト部分を絞れるようにする。


 それらをマチ針で止めて、次は前面。胸のラインが綺麗に出るように……っと。


「ふわぁ~」


 不意に後ろにいるローズから、感嘆の声が聞こえて振り返った。


「あ、ごめんなさい。なんだが見せてもらったイラストよりもひらひらしてて、凄いなぁって思って。完成が凄く楽しみだよ!」

「気に入ってくれたのなら良かった」


 ローズはゴスロリっぽいドレスを着てたから、気に入ってくれると思ってた。けど、実際にローズから肯定的な意見を聞けてホッとした。


「……ご主人様って、本当に凄かったんですね」

「本当にってところが気になるけど、ありがとう」


 順調に二人の中で、俺の株が上がってるようでなによりだ。


 なんて、デザインは既存のゴスロリにアレンジを加えた程度だから、ちょっと勉強したら、クラウディアでもすぐ出来るようになる程度のレベルなんだけどな。


「問題は……縫製だな。俺はたぶん、みんなが知らないような縫い方も知ってるけど、そんなに綺麗に縫うことは出来ないんだ」


 まあ、ミシンを使えれば話は別だけど……そんな物がこの世界にあるはずはないしな。


「縫製ならサーシャが裁縫Bなので、教えて頂ければすぐに出来るようになると思います」

「なる、ほど?」


 ランクで言われても、どれくらい上手なのかピンとこないなと首を傾げる。


「あぁ、えっと……うちで一番上手な針子なんです。他の針子でもDランク――売り物になる程度の腕はありますが、貴族様の服を作れるほどじゃないので」

「なるほど」


 つまりは、Bランクあれば、ローズが着ているドレスくらいは縫えるってことか。

 それだけの技術があるのなら、新しい技術の吸収も早いだろう。今から教えれば、すぐに俺よりも綺麗に縫えるようになるはずだ。


 それに、サーシャさんと言えば、クラウディアを死ぬほど愛しているヤンデレ。クラウディアやその実家のためなら、文字通り死ぬほど頑張ってくれるだろう。

 安心して、俺の作った型紙を任せられる。


 目処が立ったと一安心したところで、立体裁断を再開。

 しばらく作業を進めていると、お店の方から「話が違う!」と、ウェルズさんの怒鳴り声が聞こえてきた。


 俺がどうしたんだろうと扉の方を見ると、視界の隅でクラウディアが視線を逸らした。


「……クラウディア?」

「えっと。その……たぶん、借金取りが来たんだと思います」

「あぁ……」


 すっごい理解した。


『借金を返してもらいに来たぞ』

『期限はまだ先だったはずだ!』

『その日まで待つとは言ってないんだよ!』

『話が違う!』


 こんな感じだな、たぶん。


「ちょっと様子を見てくるから、二人はここにいてくれ」


 一応、生活費や諸々の費用を考えて、金貨数枚を残してあった。なので、今日のところはこれでお引き取りを――って言うくらいなら、なんとかなるかもしれない。



「なにやら騒がしいですが、どうかしたんですか?」

 店に顔を出すと、ウェルズさんがなにやら姉御っぽい女性に詰め寄られていた。そして、更に女性の後ろには、屈強そうな男が二人。完全にその筋の人間っぽい。


「ユ、ユズキくん。実は……借金取りが、急にお金を返せと言ってきてね」

「おいおい、あたいが悪いみたいに言わないで欲しいね。借りたお金を返すのは当然だろ」

「だが、あと半年は待ってくれる約束だっただろう!」

「悪いね。予定が変わったんだよ」

「それはあまりに横暴だ! それに、利子だって最初に聞いていたのと違うじゃないか!」

「だーかーらー、人聞きの悪いことを言わないで欲しいね。ちゃんと、契約書の隅に書いてあるだろ。ほら、ここに、書いてあるだろ?」


 そうして姉御風の借金取りが示したのは、羊皮紙の隅っこ。たしかになにか書いてあるけど、字がつぶれててまともに読めないレベルだ。


「ちなみに、借金はどのくらいなんですか?」


 俺はウェルズさんに問いかける。


「彼らに借りたのは、金貨20枚です!」

「――そこに利子が掛かって、いまは金貨100枚だね」

「一年で、五倍なんてありえないでしょう!」


 ……完全に悪徳業者だな。日本なら警察に訴えたらなんとかなりそうだけど、この世界の場合は……どうなんだろうか?


 そんな俺の疑問が届いたのかどうか、ローズが姿を現した。


「この島では、そんな法外な利子は認めていませんわよ?」


 ……おぉ、さすが……かは、分からないけど、ブラッド家はその辺ちゃんとしてるんだな。なんて、俺は思わず感心してしまう。


「嬢ちゃん、分かってないようだね。利子は他でもない、このあたいが決めているんだ。それなのに、どこの誰が認めないって言うんだい?」

「……利子の上限を設定したのは、この島の領主だったと思いますけど。貴方は領主の一族だとでも言うつもりですか?」

「違うね。あたいは領主の一族じゃないよ。けど、嬢ちゃんはそもそも間違ってるよ。この島を支配してるのは領主じゃない。このシンシア様だよ!」


 高らかに宣言する、自称この島の支配者シンシア様。

 俺は思わず祈りを捧げた。


「ふふっ、私の前でこの島の支配者を名乗るなんて、面白いことをおっしゃいますのね」

「あぁん? なにを笑ってるんだい!」

「これが笑わずにいられましょうか。とても滑稽ですわよ?」


 この島の支配者であるブラッド家を前に、支配者を名乗ってるわけだからなぁ。

 そして、その事実を明かさずに馬鹿にするあたりが……さすがローズ、鬼畜である。


「ちっ、処女臭い小娘のくせに、さっきから生意気なんだよ!」

「あら、私は処女じゃありませんわよ? 先日もユズキお兄さんに抱いて頂きましたし」

「はんっ。ちょっと抱いてもらった程度で、女になったつもりかい? これだからお嬢様は」

「おあいにく様。先日は夜から朝まで、ずっと可愛がって頂きましたわ」


 ……………………なぜ、そういう話に持っていくんだ。

 扉の陰から覗き見しているクラウディアが、「聞いてませんよご主人様」とか呟いてるじゃないか。どうしてくれるんだよ。


「よ、夜から朝までだって?」

「ええ。そうですわ。貴方は……そのように可愛がって頂いたこと、ございませんの?」

「そ、それは……」


 そして、この自称島の支配者様は、なぜにそこで動揺しているのか。


「ふ、ふん。あれだろ? あんたが下手だから、時間が長いだけなんだろ? あたいは、色々な男を知って、性技のランクがBあるんだよ! 一緒にしないで欲しいね!」


 あぁ……と俺は天を仰いだ。

 そして、ローズが勝ち誇った顔で言い放つ。


「残念ですわね、私はAランクありますわよ?」

「なっ、なんだって!?」

「ですから、性技はAランクだから、貴方より上ですわ。あぁ……でも、私が身を任せたのは、ユズキお兄さんだけ。人数では、ビッチで尻軽な貴方には叶いませんわね」

「くっ……こんな、小娘に、負ける、なんて……」


 シンシアは負けを悟ったのか、店の床に座り込んでしまった。


 ……って、予想外すぎるわ。

 俺はてっきり『ブラッド家の長女たる私の前で、島の支配者を名乗るなんて、貴方は愚かですわね!』『な、なんだってーっ!?』見たいな展開になるものだと思ってた。


 なにがどうなったら、こんな意味不明な争いで決着がつくんだよ。


「それにしても、ブラッド家の長女たる私の前で、島の支配者を名乗るなんて、貴方は愚かですわね。うちに喧嘩を売っているのですか?」


 ……あ、ここでとどめを刺しにいくんだ。

 さすがローズ、容赦のない追い打ちである。


「ブラッド家だって!? は、ハッタリだ! 領主の娘がこんなところにいるはずがない!」

「あ、姉御。そう言えば、店の近くに停まってた馬車。紋章がブラッド家のものだった!」


 ずっと黙っていた、シンシアの取り巻きの男が焦った様子で言い放った。瞬間、シンシアの顔も青ざめていく。


「ばっ、馬鹿野郎! なんでそれを早く言わないんだい!?」

「いや、だって、普段は見ないから、分からなかったんだよ!」

「――くっ。……ほ、本当かい? 本当にあんたが……領主の娘、なのかい?」

「名乗るのが遅くなりましたわね。私はローズ・ブラッド。ブラッド伯爵家の長女ですわ。初めまして、この島の支配者様?」


 ローズは優雅にカーテシーをして見せた。――って、その仕草は本来、目上の人にする挨拶だったはずだけど……そうか、嫌味か。


 嫌味が通じたかは分からないけど、この島の支配者様という嫌味はしっかりと通じたのだろう。シンシアは青ざめた顔で冷や汗を流している。


「……そ、その、島の支配者って言うのは、その……色々な意味があるだろう? あたいが言ったのは、その……そう。この島の金貸しの支配者という意味なんだよ!」

「あら、そうでしたの? さっきは、領主と比べていたような気がしますが」

「そ、そそそれは……」

「それは?」

「き、聞き間違いだよ! この島を統治するのは間違いなく領主様だからね!」

「……そうですか」


 あれこれ追い詰める手段を考えていたんだろう。

 シンシアの完全敗北宣言を受けて、ローズは手応えがありませんわねとばかりに、つまらなさそうな態度を取っている。


 最近思ったけど、ローズはわりとドSだと思う。

 さっさと降参したシンシアは正解だな。


「それで、さっきの暴利はどうなっているんですかしら?」

「そ、それも間違いだよ! 一年で三割。だから金貨26枚だよ!」


 それでも十分高い――けど、ローズはそれに対してなにも言わなかった。どうやらこの島において、三割は法律の範囲内のようだ。


 しかし……金貨26枚か。俺の残っている手持ち全部でも、利子すら払えない。


「という訳で、ウェルズの旦那。今すぐに全額返済してもらおうかい」

「そ、そんなことを言われても、今すぐには無理なんだ!」

「それは、そっちの都合だろう。返せないって言うなら、この店の管理をよこしな!」

「そんな無茶な!」


 ウェルズさんが悲鳴を上げる。俺はそのやりとりを尻目に、ローズに視線を向けたのだけど……申し訳なさそうに首を横に振られてしまった。


 以前も言っていたけど、ローズは領主の娘であって、領主そのものではない。この状況ではどうにも出来ないと言うことなんだろう。


 ……しかたない。ここは俺がなんとか頑張ってみよう。


「なあ、もう少しだけ、返済を待って貰うわけにはいかないのか?」

「……さっきからなんなんだい、あんたは?」

「俺は、ここの従業員だよ」


 ローズのことがあったから警戒していたんだろう。俺がそう答えた瞬間、シンシアはあからさまに安心するようなそぶりを見せた。


 ここで、なにか格好いいことを言えたら面白いんだけどな。

 ……実はこの世界の創造神、メディアねぇのお気に入りなんだぜ! とか。……うん。頭のおかしいやつだと思われそうだから自重しよう。


「従業員なら、口出しは止めてもらいたいね」

「そうはいかない。この店が潰れたら困るからな」

「だとしても、借金を返さないそっちが悪いんだから諦めな」

「でも、返済予定はもっと先だったんだろ?」

「それは、散々伸びに伸ばした後の返済予定だよ。本当なら、もっと前に返してもらっていたはずなんだよ」

「……そう、なんですか?」


 思わずウェルズさんを見ると、気まずそうに視線を逸らされてしまった。

 ……いやまぁ、借金まみれなのは知ってたから、予想してしかるべきだったかもだけど。


「そういう訳だから、今すぐに借金を返すか、この店の権利をよこすか、どっちか選びな!」

「ぐぬぬ……」


 形勢が思いっきり不利になった。なにか、なにかこの状況を覆す手段はないか?

 例えば……ローズ経由で、メアリーさんに泣きつくとか……は、不可能じゃないかもしれないけど、今すぐには無理だ。


「あぁ、そうだ。もう一つあるよ」

「……なんだ?」


 嫌な予感がしないと言えば嘘になるけど、他に方法がないのも事実。俺は思わず聞き返してしまったのだけど……すぐに後悔することになる。


「その嬢ちゃんを担保とするのなら、もう少し借金の返済を待ってやっても良いよ」


 そう言ったシンシアが視線を向けているのは――クラウディア。


「それは……どういう意味だ?」

「決まっているだろう。借金を返せなければ、その嬢ちゃんを奴隷として売って貰うと言ってるのさ。かなりの器量よしだからね。担保としては十分だろ」

「この――っ」


 ふざけるなと怒鳴ることは出来なかった。

 話を聞いていたクラウディアが、無言で俺の前に立ったからだ。


「……今の話は本当ですか?」

「今の話というと、なんのことだい?」

「あたしが担保になれば、本当に借金返済を待ってくれるのかって聞いているんです」

「――クラウディア、ちょっと待て!」


 俺は思わず二人の会話を遮る。


 もし、借金を返せなくなれば、クラウディアが奴隷として売られてしまうと言うこと。

 俺の奴隷だから、クラウディアにそれを選ぶ権利がない――なんて、無粋なことは言わない。けど、それを抜きにしたって、クラウディアを担保になんて出来るはずない。


「なにを考えてるんだ」

 肩を掴んで、クラウディアをこちらに振り向かせる。


「……ごめんなさい。この身の全てはご主人様のものだから、あたしにそんなことを決める権利がないのは分かっています。だけど……」

「だけどじゃない。とにかく、馬鹿なことを考えるのは止めろ。俺はどんな理由があっても、クラウディアを借金の担保にするつもりなんてないぞ」

「ご主人様、お願いだから聞いてください」


 クラウディアはそう言って縋り付いてくる。

 その必死の態度に、俺は拒絶する意志が弱くなってしまった。


「……そんなに、ウェルズ洋服店や家族を守りたいのか?」


 クラウディアは一度、それを理由に、自分を奴隷として売り払っている。また同じことをしようとしていても不思議ではないと思った。

 だけど……それに対して、クラウディアは曖昧な表情を浮かべた。


「その気持ちがないと言えば嘘になります。でも、今はそれが一番の理由じゃありません」

「……だったら、なにが一番だって言うんだ?」

「ご主人様と一緒に洋服を作るっていう夢です」


 その言葉を聞いた瞬間俺が抱いたのは、言いようのない感情だった。


 たぶん俺は、俺とずっと一緒にいると誓ったクラウディアが、家族のために自分の身を賭けようとしていることに苛立っていたんだろう。

 俺との夢を叶えるためだと言われて、嬉しいと思ってしまった。


 いや、自分を賭けようとしていること自体は腹立たしいのだけども。


「ご主人様は……あの服を完成させて、ウェルズ洋服店を立て直してくれるんですよね?」

「それは、まあ……そのつもりだけど」

「あたしも、ご主人様のデザインなら、きっと実現できると思うんです。だから、お願いです。あたしに、ご主人様の格好いいところを見せてください」

「むぐ……」


 それはつまり、クラウディアを賭けて、格好よくウェルズ洋服店を立て直して、クラウディア自身も救って欲しいという意味。


「……分かってるのか? 世の中に絶対なんてことはありえないんだぞ?」

「そんなことはありません。あたしはご主人様のことを信じています」


 まっすぐに俺の目を見る。その瞳に宿るのは俺に対する信頼のみで、不安の色は少しも宿っていない。


 ……あぁもう。クラウディアがここまで信じてくれてるのに、俺が自分を信じないなんて、出来る訳ないだろ。


「分かったよ、分かった。俺が、必ず洋服を完成させてウェルズ洋服店を立て直してみせる。だから、クラウディア。そのためのチャンスを作ってくれ」

「お任せください、ご主人様!」


 クラウディアは力強く頷き、シンシアへと向き直った。


「聞いての通りです。あたしの身体を担保に、借金の返済を待ってください」

「……ふん。まあ良いけどね。もしもの時は……分かっているんだろうね?」

「もちろんです。ですが、それはありえません」

「なにか勝算があるって言うのかい?」

「あたしのご主人様は、最高のご主人様ですから」

「……良いだろう。それじゃ、契約書を製作するよ」


 ――その後、クラウディアを担保として、借金返済の延長の交渉をおこなった。

 そうして、社交界よりも少し先。新しく作る服で結果を出せば、確実にブラッド家から資金援助を引き出せるだけの期間の延長をすることに成功した。


 なお、その契約にはローズが立ち会ったことを付け加えておく。

 それはつまり、良くも悪くも、この契約は反故にすることが出来ないと言うことだ。



 という訳で、時間を作ることは出来たけど、後に引くことも出来なくなった。

 契約を終えた俺は、さっそく作業場に戻ろうと――


「ご しゅ じ ん 様?」


 ――したところで、クラウディアに捕まった。


「な、なんでしょうか?」

「ご主人様、前に言いましたよね? ローズ様にしたことは、あたしにもしてくれるって」


 なんのことだと思ったのは一瞬。

 ローズがシンシアに対して、昨晩も朝までとか言ったことを指しているのだと気付く。


「た、たしかに言ったけど……」

「言 い ま し た よね?」

「言いましたけど、俺は今からドレスを……」

「……ご主人様?」

「えっと……その。はい」


 まあ……渋って見せたけど、嫌なんてことはない。ただちょっと、このあとのことを想像すると、身体が持たないかもと思っただけである。


 そして俺の予想どおり――ローズが乱入したことを付け加えておく。

 

 

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