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エピソード 1ー2 19:00

 馬車に揺られること一時間くらい。ログウィンドウの隅に表示される時計が17時を過ぎた頃、馬車は街へとたどり着いた。


 夕焼けに照らされる街並みは――思ったよりも綺麗だった。

 石畳を敷き詰められた大通りにゴミの類いはなく、思った以上に衛生的だ。もしかしたら、上下水道などなど、インフラが整っているのかもしれない。


 中世のヨーロッパくらいと言うには不自然だけど……メディアねぇは魔法の類いで便利な部分もあると言っていたからな。その辺が理由なんだろう。


 それはともかく、大通りを馬車で進んでいくと、ようやくブラッド家に到着した。

 門をくぐってから、家の前まで馬車で数十秒とか、そう言うレベルの敷地に、これまたおっきなお屋敷が建てられている。


「ユズキお兄さん、こっちだよ!」

 案内してくれるつもりなんだろう。馬車から降り立った俺の腕にローズが抱きついてきた。

 最初はお嬢様らしい立ち居振る舞いだったんだけどな。馬車に揺られながらしゃべっているうちに打ち解けて、今では年相応の可愛らしい仕草を見せるようになった。


 ヤンデレかもって心配してたけど、杞憂だったみたいだ。


「ユズキお兄さん、ユズキお兄さんっ」

「はいはい」


 ローズに腕を引かれてお屋敷の中へ。一体どこに連れて行かれるのかと思ったら、途中でメイドに引き渡されて、まずは旅の汚れをお風呂で落とすようにと言われた。

 日本人感覚だと、よそ様のお家に行っていきなりお風呂とか言われると、ちょっと違和感があるんだけど……貴族としては普通の対応なんだろうと申し出を受ける。


 ちなみに、そのお風呂で上下水道があるのを確信した。なにやら松明やランプの類いではない光源があり、蛇口をひねるとお湯が出てきたからだ。


 これが、この世界での一般なのか、貴族の家だけにある特別なのかは分からないけど……少なくとも、俺が想像していたよりは暮らしやすそうな世界だ。


 ともあれ、湯浴みを終えた俺は、いつの間にか用意されていた新しい服に着替える。そうして廊下で待っていたメイドに案内されて、応接間へと連れて行かれた。


 アンティーク――と言っても、この時代的には恐らくは最新の家具で整えられた一室。

 部屋の中程にローズと妙齢の女性が並んで立っていた。ローズは俺とは別にお風呂に入っていたのか、その金色の髪がしっとりと濡れている。


「貴方がユズキさんですね。私はメアリー・ブラッド。ブラッド伯爵家の当主です。娘を救って頂いたそうで、心から感謝いたします」

 メアリーと名乗った女性が深々と頭を下げ、それにあわせてローズも頭を下げる。


「こちらこそ、過分なおもてなしをありがとうございます」

 返礼をして、メアリーと名乗った女性に視線を向ける。

 ローズの母親と言うことだけど、かなり若い。どう見ても二十代後半くらいだ。もしかして、十代前半くらいで、ローズを産んだ感じなのかな?


 ……そういえば、死亡率が高い時代とかだと成長が早くて、結婚や出産も早かったりするんだっけ? そう考えると、十代前半くらいから適齢期だったりするのかもな。


「平民だと聞いていたのですが、礼儀正しいんですね」

「ありがとうございます。にわか知識で必死に取り繕っているだけなので、おかしいところとかがあるかもしれませんがご容赦ください」

 ちなみに、色々な意味で事実である。


 俺がしゃべっているのは日本語ではなくこの世界の言葉で、俺はその言語を日本語と同じレベルで扱っている。

 そうできる理由は、転生時にメディアねぇがなにかをしてくれたおかげなんだけど……良くも悪くも理解力が日本語と同レベルのようなのだ。

 つまり、日本語で曖昧な言葉遣いは、この世界の言語でも曖昧ということ。


 ただの高校生でしかなかった俺は、貴族様に対する礼儀なんて分からない。なにか失礼をする前にと謝っておいた。


「大丈夫ですよ。それに、たしかに礼儀は重要ですが、恩人に強要したりはいたしません。普通に話す方が楽なら、ぜひそうしてください」

「ですが……」

「ユズキお兄さん、私もそうしてくれたら嬉しいな」

「……分かった。ローズがそう言うのなら、少しだけ砕けた感じにさせてもらうな」


 俺は肩をすくめて、ローズのお願いを聞き入れた。さっき馬車の中で同じようなやりとりをして、俺が根負けしたばっかりだったからだ。


「ふふ、二人はすっかり仲良しなのですね」

「お、お母さん!?」

 ローズがあっという間に真っ赤になった。なんと言うか……非常に分かりやすい反応だ。

「あらあら、貴方がそんなに慌てるなんて。ひょっとしたら、ひょっとするのかしら?」


 うん、俺に意味深な視線を向けるのは止めて欲しい。と言うか、貴族の娘に手を出すなんて許しません――とか言いがかりを付けられたりしないだろうな?

 なんて、俺の不安を読み取ったのか、メアリーさんがクスクスと笑う。


「心配しなくても大丈夫ですよ。私は娘の恋愛に寛容ですから」

 うん。だから意味深な視線を俺に向けるのは止めて欲しい。少なくとも、今のところはそんな気持ちを抱いてるわけじゃない……と、俺はローズに視線を向ける。


 たぶん、俺より一つか二つくらい年下。金と青、左右で光彩の色が違う瞳を持つ、金髪ツインテールの美少女。しかも他人を思いやれる性格で、人懐っこくて可愛い。

 恋愛対象としてはこの上ない女の子だろう。


 ……いや、本音を言おう。

 年上とか年下とか、美人とか不細工とか、正直にいえば外見はあまりこだわらない。こだわる余裕がない。ただただ、ヤンデレでなければ、ヤンデレでさえなければ十分だ。


 ……ほんと、俺が前世で仲良くなった女の子は全員ヤンデレだったからな。

 俺が他の女の子と世間話をするだけで怒り狂う。俺の都合なんてまるで考えず、自分の価値観を押しつけようとしてくる女の子は、どうしても好きになれない。


 だから、他人を思いやる優しさがあって、しかも可愛らしいローズは、俺にとっては二度と現れないくらい優良物件かもしれない。……って、落ち着け俺。

 いくら可愛いからって、そんな理由で恋愛対象に考えるなんて失礼だぞ。


「あ、あの、ユズキお兄さん? そんなに見つめられたら……恥ずかしいよ」

「――ご、ごめん」

 慌てて視線を外して頬を掻く。それを見ていたメアリーさんに二人とも初々しいわねと笑われてしまった。恥ずかしい。


「二人とも、色々話したいこともあるでしょうけど、まずは食事にしましょう。ユズキさんも、どうぞ席におかけください」


 メアリーさんがそう言って席に着く。それにあわせて俺が向かいに座ったら、ローズがちょっと拗ねるようなそぶりを見せた。そしてメアリーさんの隣には座らず、テーブルを迂回して、俺の隣へと腰掛けてくる。


「あらあら、ローズは本当にユズキさんがお気に入りなのね」

「そ、それは……だって、凄く、すっごく格好よかったんだよ? 颯爽と駆けつけて私を護ってくれて、襲いかかってきた敵を一撃で倒しちゃったんだよ」

「まあ、ユズキさんはそんなにお強いんですか?」

「いや、そんなことはないですよ。それに、一撃ではなかったです」

「同じようなものだよぉ。一撃で剣を弾き飛ばして、一瞬で気絶させちゃったんだから」

「それは……本当に強いのね」

「……恐縮です」


 実際、俺は強くなんてない。まだ未確認だけど……俺が相手をあっさり倒せたのは、恐らくは称号による補正のおかげだろう。

 それで俺が強いと言われても、恥ずかしいだけだ。恥ずかしいだけ……なんだけど、二人にはそれが謙遜に映っているようで、


「誇示しないところもかっこいいよね」

「そうね、たしかに素敵ね」


 なにやら勝手に株が上がっている。これ以上はさすがに勘弁して欲しい――と、俺の願いが通じたのかどうか、メイドが夕食を運んできた。



 その後は、夕食をしながら他愛もない雑談に花を咲かす。そのついでに、俺は怪しまれない範囲で、この世界のことについて色々と質問をしてみた。


「それじゃあ、ブラッド家がこの島を統治しているんですか?」

「ええ。そうです。ご先祖様が国王陛下よりこの地を賜り、それ以来ずっと管理しています」

 なんでも、この島には街や村がいくつもあり、人口は全部で数万人くらい。その大きな島を、ブラッド家が管理しているとのこと。

 なんか、想像以上に凄い人の娘を助けてしまったようだ。


「それにしても、この島にいて、ブラッド家を知らないなんて珍しいですね」

「え、それはその……ぐ、偶然。偶然この島に流れ着いたもので」

「流れ着いた? それはもしかして、船が難破したという意味でしょうか?」

「えっと……その、そんな感じです」


 転生したなんてもちろん言えないので、反射的に話を合わす。けど、冷静になって考えたら、島に勝手に立ち入った宣言をしてしまったわけだけど、大丈夫なのか? なんて心配したんだけど、メアリーさんは「それは大変でしたね」と心配しただけだった。


「えっと……その、勝手に島に立ち入っても大丈夫なんですか?」

「もちろん、本来なら平民が許可なく島に出入りすることは許されませんわ。ですが、船が難破したのなら仕方がありませんし、娘の命の恩人にとやかく言うこともありえませんわ」

「なるほど……ありがとうございます」

 やっぱりダメだったか。ちょっと迂闊な発言だったけど、図らずも許可をもらえたからよしとしておこう。


 それにしても……メアリーさんもローズも、思った以上に普通だ。もちろん、伯爵家の人間と言うだけあって上品だけど……ヤンデレには見えない。


 ヤンデレ女神の作った世界で、最初に降り立った場所で唐突に起きたイベントだから――なんて心配したけど、ここはゲームのような世界であっても、ゲームではない。

 仕組まれたイベントかも――なんて、心配しすぎだったな。



 その後、ローズ達と世間話に花を咲かせていると、遠くから低い鐘の音が聞こえてきた。

 ボーンボーンボーンと、何度も鳴り響く。なんか時間を知らすような音だけど――と、ログウィンドウの隅に映る時間を見ると、時刻はちょうど19時。

 今のは19時を知らせる鐘の音……なのかな?


 中世のヨーロッパくらいの時代に、正確な時間を計る術はないはずだけど、俺のウィンドウには正確な時間が表示されている。他の人にも時間を確認する手段があるのかもしれない。

 その場合、誰かが19時を確認して、手動で鐘を鳴らしていることになるけど――と、そんなことを考えていたそのとき、言いようのない悪寒が走った。


 ――なっ、なになになに? 今の悪寒はなに!? なんか、一瞬で冷や汗がドバーッと出るくらい、恐かったんですけど!?


 俺は慌てて周囲を見回すけど、俺達のほかには誰もいない。ただ俺を見て、メアリーさんやローズが微笑んでいるだけだ。


「……ユズキお兄さん、どうかしたの?」

「え、いや、どうもしない……はず、なんだけど……急に寒気が」

「そうなんだ? 湯冷めしちゃったのかもしれないね。急かしちゃって、ごめんね?」

「あぁいや、こっちこそ。気を使わせちゃったみたいでごめん」


 お風呂に入れたせいで、俺が風邪を引いた。なんてことになったら、ローズが悲しむだろう。そう思って、元気であることをアピールする。

 だけど……どうしてだろう? やっぱり、悪寒が治まらない。


「ねぇ……ユズキお兄さん、流れ着いたってことは、行く当てがないんだよね?」

「え? あ~、まぁ……そうなるかな?」

「だったら、この家で働かない?」

「え、ブラッド家でってことか?」

「うんうん。腕が立つから私の護衛とか? 他にやりたいことがあるならそっちでも良いよ」

「それは……うぅん」


 たしかに、俺は行く当てがない。

 だけど、目的がないわけじゃない。普通の女の子との恋愛は――もしかしたら、このお屋敷にいても出来るかもしれないし、頼めば服飾の仕事も支援してくれるかもしれない。


 けど、なんらかの手段でSPを稼いで不老不死のスキルを上げないと、ずっと不老のままなので、普通の恋愛が出来ても、自分だけ取り残されるという結末が待ってる。

 だから――


「ごめん。俺は色々なところをまわってみたいと思ってるんだ。だから、時々遊びに来たりするのはかまわないんだけど、この家で働くというのはちょっと……」

 やんわりと申し出を断る。その直後、ローズは「そっかぁ……」と、寂しげに呟いた。それを聞いて、俺は凄く申し訳ない気分になる。


「えっと……その、ごめんな?」

「うぅん。ユズキお兄さんが色々なところを見たいって思うなら仕方ないよ。でも、私は諦めないから、いつかユズキお兄さんがうちで働きたいって思ってくれたら嬉しいなぁ」


 健気なことを言って、精一杯の微笑みを浮かべる。

 ……うん。こんなに優しい子がヤンデレなはずない。今は不老不死のスキル上げを優先したいけど……落ち着いたらブラッド家で雇ってもらうのも良いかもしれない。


「ねぇねぇユズキお兄さん、二、三日くらいなら泊まってくれるよね?」

「えっと……迷惑じゃなければ」

「迷惑なはずないよ。ね、お母さん、泊まってもらっても良いよね?」


 ローズがメアリーさんに甘えるような視線を向ける。そんな娘の視線を受けたメアリーさんは「もちろんよ」と頷き、俺に穏やかな視線を向けた。


「貴方は娘の恩人ですから。好きなだけ泊まっていってください」

「じゃあ……お言葉に甘えます」


 旅をするにしても、もう少し色々と聞いておきたい。それに、ローズともう少し仲良くなりたいし、少しくらい滞在しても良いかな、なんて思った。


「そうと決まったら、もっと料理を用意いたしましょう」

 メアリーさんがメイドに指示を出し、直ぐにあらたな料理が運ばれてくる。


 中世のヨーロッパが舞台と言うだけあって、食文化が進んでいるとは言いがたい。けど、両親を失って、久しく忘れていた家族団らんの温もり。

 そんな穏やかな空気を楽しんだ俺は、いつしか眠りに落ち――



 気付いたら、薄暗い部屋で両手両足を拘束されていた。

 

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