エピソード 2ー1 丸くなったウェルズさん
クラウディアの実家のリビング。
洋服店の建て直しに協力させて欲しいという俺の言葉を聞いたウェルズさんは、たっぷり数分ほど考え、やがて深々と頭を下げた。
「……ユズキくん、ぜひ協力をお願いします」
「信じてくださってありがとうございます。さっそく、今後の方針について話し合いたいと思うのですが……かまいませんか?」
資金を出したとは言え、俺はいきなり現れた一般人。仕事の方針に口を出すのは嫌がられるかなと思ったんだけど、ウェルズさんは快く了承してくれた。
「ではお言葉に甘えて。先ほど、クラウディアの着ている服の型紙が欲しいと言っていましたが、型紙があれば経営を立て直せるとお考えですか?」
「そのつもりでしたが……ダメでしょうか?」
「そう、ですね……残念ながら、無理だと思います」
エロすぎる云々は、少し露出を抑えれば済む話ではある。
けど……この世界に特許なんてあるとは思えない。なので、完成した服をばらして型紙をコピーされたら、後は採算度外視で同じデザインの服を安く売られてお終いだ。
「では、ユズキくんはどうすれば良いとお考えですか?」
「富裕層向けの服を作るべきだと思います」
富裕層――特に貴族が相手であれば、値段を無視して品質を優先することが出来る。
それはつまり、相手の資金にものを言わせた、採算度外視の価格で勝負するという土俵に立つ必要がないと言うことだ。
それに特定の人間にしか服を売らなければ、服をばらして型紙を作るという手段に対する対策にもなるし、貴族相手にワンオフで売れば、コピーを作る抑止力にもなってくれるはずだ。
「そのアイディアは素晴らしいと思いますが……問題が二つあります」
俺の説明を聞いたウェルズさんはそんな風に切り出した。
「まず、富裕層向けに商売をするには、デザインが一種類では話になりません」
「その点は心配しなくて大丈夫です。俺はそれなりの数のデザインが頭に入っていますから」
「――なんと、それは事実なのですか!?」
ウェルズさんは目を丸くした。
「ええ。まあ……俺が思いついたわけではないですが、ここで生産して売る分には問題ありません。様々な服やドレスを作れると思ってください」
「そう、ですか。それは素晴らしいと思います……が、二つ目の問題です。富裕層相手に商売をするとしても、コネがなければ販売が難しいと思います」
「それも……実は心当たりがあります」
「心当たり、ですか?」
ローズと俺の関係を知らないウェルズさんが首を傾げた。
「実は、この島の支配者、ブラッド家の長女。ローズは俺の――」
「――ご主人様の性奴隷なんです」
「……いや、だからな?」
頼むから変なことを言わないでくれと目線で訴えかけるが、クラウディアは「事実ですよね?」と追い打ちを掛けてきた。
まあ、ローズが自称してるから強くは否定しないけど……どっちかというと、俺がローズの性奴隷にされている気がしないでもないんだけどな。
……どっちも似たようなものか。
なんてやりとりをしていても、ウェルズさんやアーシアさんの反応がない。どうしたのかと思ってみると、二人して固まっていた。
「……どうしました?」
「いえ、その……ユズキくん――いえ、ユズキ様は王族かでございますか?」
「いや、その……ヤンデレに死ぬほど愛される体質なだけの平民です」
はい? と言う顔をされたので、事情を説明したら笑われた。
「なるほど、そういう事情でしたか。なかなかに苦労なさっているんですね」
「いえ、まぁ……はい」
そう言えば……好意的な相手という意味では、ウェルズさんやアーシアさんにも、スキルの影響があるはずなんだけど……今のところ大丈夫そうだな。
クラウディアの両親だから耐性があるのか、はたまた他の理由か。
まあ……夜までにはだいぶ時間があるし、そっちは後回しでいいか。
「話を戻しますが、ローズが好みそうなデザインで服を作れば、彼女はたぶん買ってくれると思います。そうすれば、貴族御用達を名乗ることも出来ますから」
この島の支配者の長女が愛用しているお店との触れ込みで知名度を上げれば、富裕層に売るのは難しくない。
それどころか、新しい服を他の貴族に売ることだって不可能じゃないだろう。
そうなれば、服のデザインだけではなく、お店の名前が価値を持つ。
いわゆる、ブランド化である。
服のデザインだけでなく、ウェルズ洋服店で売られている服に価値がつけば、コピー品に対抗することが出来る。
「とは言え、ローズも気に入ったデザインでなければ、ひいきはしてくれないと思います」
本音を言えば、俺が頼めば曲げてくれるとは思うけど、それじゃ意味がない。
「なので、まずはデザインを書こうと思うのですが、“紙”と“鉛筆”はありますか?」
ありますかと聞いた瞬間、ないことを理解した。無意識に紙と鉛筆という言葉を。日本語で口にしてしまったからだ。
どうやら、この世界には存在しない物なので、単語が出てこなかったようだ。なので、羊皮紙と、万年筆はありますかと聞き直した。
「分かりました。すぐに持ってこさせます」
ウェルズさんはアーシアさんに目配せをして、アーシアがお店の方へと走っていった。そしてその後を、「あたしも手伝うよ」とクラウディアが追いかけていった。
しかし……羊皮紙と万年筆か。書き直しとか……出来そうにないな。まずは地面にでも書いておおよその形を決めて、そこから羊皮紙に書くようにしないと、だな。
……非常にめんどくさい。
今はしょうがないけど、紙はあとでローズに作れないか相談してみよう。
「他になにか用意するものはありますか?」
「そうですね……。立体裁断をするつもりなので、安い布きれと……ボディは、ローズに頼んで採寸してからですが、どこかで作れますかね?」
「立体の裁断に……ボディですか?」
ウェルズさんが首をひねった。
それらの言葉自体は存在しても、正しく伝わってないみたいだ。これらも、この世界には存在していないと言うことだな。
「えっと、立体裁断って言うのは、型紙を直接引くのではなくて、モデルそっくりのボディに布を当てて作っていき、その布を使って型紙を引くんです」
「それは……なにやら複雑そうですが、なにか意味があるんですか?」
「おうとつのあるシルエットを表現しやすいと言われてますね。特に、女性の丸みを帯びた身体に合わせた服を作るのに向いています」
もちろん、平面裁断でも作れないことはない。だけど一般的には、立体裁断の方が表現をしやすいと言われている。
あとは……立体裁断を知っている人であれば、平面裁断でも作りやすくなる、らしい。その辺はプロの領域なので、夢半ばで諦めた俺にはよく分からない世界だ。
ちなみに、平面は計算で、立体はセンスが重要だと聞いたことがある。
俺にセンスがあるかは分からないけど……この世界はメジャーなんかの精度もあやふやそうだし、立体裁断の方がやりやすいとは思っている。
「そんな訳で、ローズそっくりの胴体の模型を作ってもらいたいんですが」
「それは……寸法が分かれば、作ってくれる人はいると思いますが、寸法をどうやって手に入れるか……は、聞くまでもなさそうですね」
なに、その、なにかを悟ったような表情は。
いや、たしかに、ローズの採寸くらいなんの問題もないと思ってるけどさ。
「なにはともあれ、採寸はこちらでおこないますので、ウェルズさんは制作してくれる人の手配をお願いします」
「分かりました。材質は……」
「マチ針を刺せるようにしてもらえればなんでもかまいません」
「分かりました。手配しておきます」
よし。これでデザインから立体裁断までの準備は揃った。
後は……
「そう言えば、生地や糸はどんな種類がありますか?」
「それが……」
とたん、ウェルズさんの顔が曇った。
「なにか問題があるんですか?」
「実は……嫌がらせの一環、なのでしょうね。最近は、生地などが高騰しているばかりか、あまり品質の良い生地が入らないんです」
「むむ……それは困りましたね」
生地かぁ……服を作るのと引き換えに、ローズにお願いしたら譲ってもらえるかな? 色々な種類を見たいし、立体裁断に使う安物の生地とかも欲しいんだけど……
「――生地なら、カリンの家で売ってもらえば良いんじゃないの?」
部屋に戻ってきたクラウディアが言った。
「はい、ご主人様。羊皮紙と万年筆です」
「ありがとう、これでデザインを書けるよ」
羊皮紙。初めて見たけど、なんと言うか……俺の知ってる紙じゃないなぁ。高そうだし、書き潰しは出来そうにない。書くのは清書の時だけにしよう。
なんて思いながら、その羊皮紙を受け取る。
「それで、カリンって言うのは?」
「あたしの幼馴染みで、実家が生地屋さんなんです」
「幼馴染み……ヤンデレ?」
「ヤンデレではないですから安心してください。そして実家が生地屋さんと言う方に注目してください。……気持ちは分かりますが」
分かってくれてなによりである。
そして、そこまで分かってくれるのなら、現時点でヤンデレじゃないからって、安易には安心できないという、俺の内心も理解して欲しいところである。
まあ……今は生地の話を先にするか。
「その生地屋さん。幼馴染みってことは、この街にあるんだよな。……クラウディアはそこで買えば良いって言ってますが、どうなんですか、ウェルズさん」
「それが……最近、娘のカリンが店を仕切るようになりまして。そのカリンに、うちには生地を売らないと言われてしまったんです」
それを聞いた俺は、そっちの方にも嫌がらせが行ってるのかなと思ったんだけど……
「カリンがそんなことを言ったの!?」
クラウディアはなにやらお冠だ。
「いや、その……お前を奴隷として売ったことが許せなかったようでな」
「あぁ……そういう理由なんだ。分かった、後であたしがお店に行ってみるよ。という訳で、ご主人様。後で一緒に行きましょうね」
話がまとまったようでなにより――だけど、出来ればヤンデレになるかもしれない女の子がいるところに、俺を連れて行こうとしないで欲しい。
……え? カリンを説得するのに必要だからついてきて欲しい? そういう事情なら仕方ないか……はあ。
不安事項を後回しにするのは好きじゃないので、先に行こうかと思ったんだけど――クラウディアと一緒に席を外していたアーシアさんがトレイにお茶を乗せて戻ってきた。
という訳で、ひとまずはお茶をしてから行くことになった。
「ところで、お父さん。あたし、ご主人様に買われる前に酷い火傷を負ったんだよ」
「なっ!? それは……可哀想に。辛かっただろう。ぱっと見では分からないようだが……目立たないところだったのか?」
「うぅん、顔から胸にかけて、酷い火傷の痕があったの」
「……なにを言っている? お前は俺と同じで、衰弱の呪いを受けているだろう?」
「受けていたね。でも、ご主人様のおかげで呪いから解放されたんだよ。……って言っても、信じられないだろうし、見てもらった方が良いよね。ステータスオープン」
【名前】:クラウディア 【総合評価】:20,000
【通常スキル】
筋力:F / 耐久力:E / 敏捷度:C / 器用度:B
魔力:A / 精神力:B / 幸運:E>D
【耐性スキル】
呪い耐性:E / 恐怖耐性:C / 不幸耐性:D / 痛み耐性:E
ヤンデレ化耐性:S
【戦闘スキル】なし
【魔法スキル】
ヘイスト:E / サンクチュアリ:F / ミラージュ:E
【技能スキル】
裁縫:C / 交渉:D / 性技:D>C
【先天性スキル】
支援魔法の才能 / 商売の才能
【特殊スキル】
予測:C 高速詠唱:F
【レアスキル】なし
【バッドステータス】
押しに弱い:C
快楽に弱い(ピュア):E New
【称号】
落ちぶれたお嬢様
ユズキの性奴隷 New
【SP】残り124sp
この場にいる全員に見えるようにしたのだろう。
俺とクラウディアの両親がウィンドを覗き込み……うなり声を上げた。
「「「性技がCにランクアップで、押しに弱いがC。更には快楽に弱いがE……」」」
「どどどっどこを見てるの――っ!?」
「……クラウディア。まだまだ子供だと思っていたけど、いつの間にかすっかり女になって」
「ちょっと、お母さん!? その歓心の仕方はおかしいから!」
真っ赤になるクラウディアが可愛い。と言うか、性技のランクがいつの間にか上がってるんだな。クラウディアは頑張り屋さんだ。
そして……快楽に弱い(ピュア)と言うのは、対象が好きな人限定のスキルらしい。でもって、奴隷の再契約をしていないのに、なぜかユズキの性奴隷という称号がついている。
これは……クラウディアが本心で望んだ結果……と言うこと、なんだろうか?
さすがクラウディア。清純派、エッチなヒロインである。
「ご主人様もにやつかないでください! もうもうっ、ご主人様のエッチ!」
「そうは言っても、これは見ちゃうだろ……」
とか言っていたら、クラウディアのステータスウィンドに文字列が追加。バッドステータスの最後に、恥ずかしがり屋:Fと言うスキルが増えた。
……ふむ。
恥ずかしがり屋――辱められることに対して耐性が低くなる。また、時に恥ずかしいこと自体に快感を覚えてしまうことも……か。
「……クラウディア?」
「あううぅぅ……」
真っ赤になって俯いてしまった。さっそく恥ずかしがっているようだけど……実は快楽を覚えているんだろうか? ……これは、えっちぃな。
……って、いやいや。今はクラウディアのご両親の前だぞ。
さすがに自重しよう。後でいくらでもそういう時間はあるはずだし。
そして、ウェルズさんがなぜか大人しい……と、顔を向けると、なぜかウトウトしていた。
「ウェルズさん? お疲れですか?」
「いや、そうではないのだが……なぜか急に睡魔が……っ」
ふらふらとしていたウェルズさんは、バタンとテーブルの上に倒れ込み、そのまま眠り込んでしまった。
……な、なにごと?
「うん。さすがローズ様がくださった睡眠薬。物凄い効き目ですね」
クラウディアがこともなげに――問題発言をした。
「……ク、クラウディアさん?」
「なぜ、急にさん付けなんですか、ご主人様」
「いや、だって……睡眠薬って?」
「ご主人様の寝込みを襲うのに使えるともらったものです」
「へぇ…………」
俺、もう絶対、クラウディアの出すお茶とか飲まない。
「って、それをなぜウェルズさんのお茶に? まさか、俺のお茶と間違ったのか?」
「いえ、お父さんのお茶に入れるように、お母さんにお願いしたんです」
「……どういうこと?」
なんか、まったく話は見えてこない。
話は見えてこないけど……ろくでもない結末だけは見えてきている気がする。
「ご主人様、リザレクションは問題なく使えますか?」
「え、うん。ここ数日は使ってないから、なんの問題もなく使えるけど?」
「間違いありませんか?」
「うん、間違いないよ」
「そうですか。――だって、お母さん」
クラウディアの言葉を聞いて、俺はアーシアさんに視線を向けて――顔を引きつらせた。
彼女はなにやら恍惚とした表情を浮かべていて、振り上げた手には――剣。
どこからそんな剣を――って、ちょっと待て!
なぜ剣を振り上げて――うぎゃああああああっ!? 振り下ろした! テーブルの上で眠るウェルズさんめがけて振り下ろして、ザンッっていったあああ!?
テーブルの上をコロコロと転がるウェルズさん――を、アーシアさんは愛おしそうに抱き上げて、自分の胸に押しつけるように抱きしめた。
「な、ななななっ、なにをして?」
「私は……ずっと苦しかったんです」
「く、苦しかった? えっと……その、家庭内暴力とか、そういう……?」
もしそうなら、復讐も分からなくはないような気がしないでもないけど! いや、やっぱりそれでも意味が分からないよ!?
「私は夫が服飾に打ち込む姿を愛しています。ですが、呪いを受けてからのここ数年は、いつも苦しそうで……それが見ていられなかったんです」
「そ、そう、です?」
「ええ。ですから、ユズキさんが呪いを消せると聞いて歓喜いたしました。という訳で、よろしくお願いいたします」
「へ? えっと……その?」
混乱から立ち直れない。
そんな俺に向かって、クラウディアがリザレクションをお願いしますと言った。
「えっと……あっ! もしかして、呪いを消すために、一度殺して生き返らせるという話!?」
「……他になにがあるんですか?」
「いや、それは……ないかもしれないけど。いや、せめてウェルズさんに説明しようよ」
そして、出来れば俺にも説明して欲しかったと心の底から思う。
「ダメですよ。そんなことしたら、恐怖を感じちゃうじゃないですか。ねぇ、お母さん?」
「――ええ、そうね。愛する夫には、不必要な恐怖を感じさせたくありませんから」
「そ、そぅですかぁ……」
言ってることは間違ってない。間違ってないけど……色々間違ってるとしか思えない。
……でも、深くは突っ込まないでおこう。
でも、一つだけ分かったことがある。
アーシアさん、絶対ヤンデレだ。それも、ウェルズさんに対するヤンデレ。
俺はぷるぷると震えながら、リザレクションをウェルズさんに使った。
程なく、胴体からお別れしていた頭は光の粒子となって消滅。テーブルに突っ伏していた胴体を中心に身体は完全に再生。
ウェルズさんは復活し――衰弱の呪いは解除された。





