エピソード 1ー2 攫われご主人様と、ボクっ子幼女
ローズと別れた俺達は、クラウディアの実家がある街へと向かった。
さすがに石畳が敷かれているのは大きな街だけのようで、街道は砂利道や踏み固められた鞭が続いている。そんな街道を進むこと数日たったある日の昼下がり。
たどり着いたのはバンドールに負けず劣らず賑やかな街だった。
「ご主人様っ、ご主人様、見てください! あたしはこの街で生まれ育ったんですよ!」
乗合馬車から降りると、クラウディアが両手を広げてはしゃぎ始めた。
俺はアシンメトリーのミニスカート姿でくるくる回るクラウディアを眺める。なんか……今にも見えそうで……見えない。
だけど、俺は知っている。
この世界の下着は、俺が元いた世界ほど優れたものじゃない。なので、胸元が大きく開いた肩だしブラウスの下に着用できるようなブラは存在していない。
跳ねたり跳ねたりするたびに揺れる、今にもこぼれ落ちそうな胸は――ノーブラだ。
うぅむ。なかなかに良い眺めだ。なんてことを思っていると柄の悪そうな男が、クラウディアの前に立ち塞がった。
「嬢ちゃん、エロい格好をしてるじゃねぇか、誘ってるのか?」
「ええ、誘ってますよ。跳んだり跳ねたりして、ご主人様のエッチな視線を釘付けですっ」
あああぁぁあぁぁっ、見てたのバレてるうううううっ!?
それどころか、見るように仕向けられていたらしい。無防備なクラウディアを見てにやついてたつもりが、まさか手のひらの上だったなんて……ほろり。
「なにを言ってるかよく分からねぇが……要するに俺達を誘ってるってことで良いんだな?」
「違いますぅ。あたしが誘ってるのは、エッチなご主人様だけですよーだ」
「あぁん? もったいぶってるんじゃねぇよ。いくらかって聞いてるんだ」
……どうやら、商売女と間違えられているらしい。
日本じゃ、ちょっと大人びたお姉さんが着るくらいの服なんだけど……まぁ、この世界の平民の服って、野暮ったいのばっかりだもんな。
火傷の跡が消えたクラウディアはすっごい美少女だし、言い寄られても仕方がない――と思っていると、そのクラウディアがこちらに逃げてきた。
「ご主人様、ご主人様っ、ご主人様のエッチで可愛い奴隷が寝取られの危機ですよ!」
「なんか……楽しそうだな」
いくらなんでもテンション高すぎだと思うんだけど……女神メディアの祝福は使ってなかったよな? ……うん、使ってないな。
なんでこんなにテンションが高いんだろうか?
「おい、聞いてるのか? おいこらっ!」
男が声を荒げる。どうやら、俺に向かってなにか言っていたらしい。
「すみません、なんですか?」
「だーかーらーっ、この嬢ちゃんを俺達に一晩貸してくれってお願いしてるんだよ」
「……お願い、ですか?」
なんか、どう見ても恫喝されてるようにしか見えないんだけど。
「ああ、お願いだ。俺とお前の中だろ。……なぁ?」
なんか腕を掴まれて、ぎりぎりと握りしめられた――ので、俺も腕を掴んで握り返す。
なお、俺の元々の握力が50ちょっと。補正ランクがDの+10%に、称号効果が+27%なので、握力は70くらいあるのだ。
「……い、痛てっ、痛てぇって!」
男がジタバタと藻掻き始めたので、ぱっとその手を離す。
「すみません。でも、クラウディアは……えっと、俺の彼女なので、貸すことは出来ません」
「彼女だぁ? さっき、ご主人様とか言ってただろうが」
「それはそういうプレイなんですよ。と言うことで、お引き取りください」
正直、それで納得してくれたとは思えないんだけど……俺の握力から不気味ななにかを感じ取ったんだろう。舌打ちしつつも立ち去っていった。
「助けてくれてありがとうございます、ご主人様。おっぱい揉みます?」
「いや、揉まないけど……なんでそんなにテンション高いんだ?」
「それはそうですよ! もう、この街には二度と帰って来られないと思ってましたから!」
「あぁ……そっか、そうだよな」
クラウディアは実家を助けるために、奴隷としてその身を捧げた。こんな事態にでもならなければ、二度と帰ることは叶わなかった。
少なくとも、クラウディアはそれくらいの覚悟をもって奴隷になったのだろう。
そう考えれば、クラウディアのはしゃぎようは無理もない。……いや、それにしてもはしゃぎすぎな気がするんだけど……と首を傾げる。
なお、クラウディアが「ご主人様を両親に紹介。そのまま結婚の約束までしちゃったりして。きゃーっ」とか、考えているなんて、俺は夢にも思わなかった。
――ほどなく、俺達は商業どおりにあるお店の前へとやって来た。
「ここが私の実家、ウェルズ洋服店です!」
「へぇ~、ここがクラウディアの実家かぁ」
治安の関係だろう。日本のお店のように、入り口に服が飾ってあるなんてことはない。けど、他の店よりも清掃が行き届いていて、店先まで綺麗にしてある。
なんとなく、暖かみのあるお店だなって思った。
「それじゃ、ご主人様。お父さんやお母さんに根回し……じゃなかった、先に事情を説明してくるので、ここでちょっとだけ待ってて頂けますか?」
「……ん? あぁ、積もる話もあるだろうし、ゆっくりでも良いよ」
「いえ、すぐ戻ってきます。じゃないと、ご主人様はヤンデレに誘拐とかされそうですから」
「どんだけ信用ないんだよ。店の前で待ってるだけで誘拐されるはずないだろ」
たしかに俺はヤンデレ――と言うか、女の子に掴まれたら、フェミニストのスキルのせいで抵抗できないけど、声を上げて助けるくらいは可能なのだ。
……って、女の子に襲われて、声を上げることしか出来ないって……凄く情けないな。
ま、まあいいや。
「とにかく、大丈夫だから」
「むぅ~分かりました。すぐ戻ってくるから、誘拐とかされないでくださいね?」
「はいはい、分かりましたよ」
微笑ましいなぁなんて思いつつ、クラウディアが店に入っていくのを見送る。
「さて、それじゃあ、クラウディアに怒られないように、おとなしく――っと」
隅っこに寄ろうとしたところで、横を駆け抜けようとした人にぶつかってしまった。
慌てて視線を向けると、足下で青い髪の女の子が尻餅をついていた。
十歳くらいだろうか? 活発そうな女の子だ。
「ごめん、大丈夫?」
手を差し出すと、女の子は俺の手を掴んで立ち上がった。
「ありがとう、お兄ちゃんっ」
「うぅん。怪我がなかったら良いんだけど……」
「大丈夫だよっ、心配してくれてありがとう。――っと、それじゃ、ボクはいくね!」
ボクっ子だった。そしてボクっ子は、手をぶんぶんと振りながら立ち去っていった。
なかなかに元気な子供だったな……って、あれ? よく見たら、足下に巾着袋が落ちてるぞ。もしかしなくても……お財布だな。
さっきの子は――いた。まだ、視界に映っている。
俺は財布を拾い上げ、女の子の後を追った。
「待って、そこの女の子っ」
しばらく走って後を追い、俺は女の子に声をかけた。
「さっきのお兄ちゃん? えっと……ボクになにかご用?」
少し警戒するようなそぶり。重心が後ろに逃げようとしている。
「待った待った。このお財布、キミのだろ?」
「え? あ……本当だ。お兄ちゃんが拾ってくれたの?」
「うん。さっきぶつかったときに落としたみたいだな」
「そっか……えっと、ありがとう、お兄ちゃん」
ぺこりと頭を下げる姿が愛らしい。
活発な女の子だって思ったけど、なかなかどうしてお行儀が良いな。もしかして、どこかのお嬢様だったりするのだろうか?
「お兄ちゃん、お兄ちゃんっ」
女の子が、俺の前でぴょんぴょんと跳ねている。残念ながら、クラウディアのように揺れるだけの胸はないようだけど、一体なにをやっているのだろうか?
「そんなにぴょんぴょん跳ねてどうかしたのか?」
「お兄ちゃんって、この街の人じゃないでしょ?」
「そうだけど……よく分かるな?」
「えへへ、お兄ちゃんの履いてる靴が、この街で見たことのないデザインだったから。他の街から来たのかなぁって」
「なるほど」
オシャレは足下から――なんて言葉があるけど、この幼女、服じゃなくて靴を見るとは、なかなかにやり手である。……いや、言ってみたかっただけだけど。
「と い う 訳で」
「……へ?」
気がつけば、俺はボクっ子幼女に腕を掴まれていた。
「ボクのお財布を拾ってくれたお礼に、この街の名所を案内してあげる」
「え、え。……え?」
腕を引かれる俺は、フェミニストの効果で腕を振り払うことが出来なくて――そのまま、幼女にどこかへ連れて行かれてしまった。
一体どこへ連れて行かれるのか。そもそもこの幼女はヤンデレなのだろうか?
なんて警戒しながら手を引かれて歩くこと十分くらい。連れてこられたのは、街の外れにある丘の上だった。
標高は二十メートルと言ったところだと思うけど、建物が軒並み一階建てだからだろう。街の全貌を見渡すことが出来て、とても見晴らしが良い。
「どうかな? すっごく綺麗な景色でしょ!」
落下防止の柵に駆け寄り、ボクっ子が誇らしげに言い放った。
「たしかに見晴らしは良いけど……どうして俺をここに連れてきたんだ?」
「言ったでしょ、ボクのお財布を拾ってくれたお礼だって」
「……ホントにそれだけか?」
見た目は十歳くらいの幼女。そんな小さな女の子が、財布を拾ってくれたお礼に年上の男を高台に誘うなんて、普通に考えてありえない。
考えられるのは、ここが異世界だから――か、幼女がヤンデレで、ヤンデレに死ぬほど愛される:SSSの補正が掛かってる場合くらいだと思うのだ。
「ん~、ホント言うと、他にも理由はある、かな」
やっぱり――と、俺はいつでも逃げられるように、重心を後ろにずらした。
「ボクね、この街のことがすっごくすっごく好きなの」
「……ん?」
予想していたのとまるで違う言葉に首を傾げる。
「えっと、この街が好きだから、この景色を旅人に知って欲しかったってことか?」
「それもあるけど……誰かと一緒に見たかったから、かな」
昼過ぎの日差しを浴び、まぶしそうにしながら街並みを眺める。
そんなボクっ子の表情は、なんだか愁いを帯びている。十歳の女の子が浮かべるような表情じゃないと思うんだけど……なにかあるのかな。
「なにをそんなに寂しそうにしてるんだ?」
「……え? ボク、寂しそうにしてた?」
意外そうに目をぱちくりとする。だけど、その表情はやっぱり寂しそうなままだ。
「子供が浮かべてるとは思えないような愁いに満ちた表情だな」
「……そっかぁ。やっぱり、寂しいのかなぁ」
落下防止の柵に身をあずけ、ぼんやりと街並みを眺める。
「……なにか、事情があるのか?」
「うん。ボクね。もうすぐ結婚させられるんだ」
「……それは、また」
見た目は十歳前後なんだけど……実は俺と同い年くらい?
……いや、そう言えばローズのお母さんもやたらと若かったな。現代の日本と違って、結婚の適齢期が早いのかもしれないな。
……なんて、それを考えたとしても、十歳は早すぎると思うけど。と言うか、結婚させられると言うことは、望まぬ結婚と言うことなんだろう。
「そんなわけで、もうすぐボクはこの街を出て行かなきゃいけないんだ。それで、大好きなこの景色を忘れないようにって、毎日見に来るようにしてるんだよ」
十歳とは思えない憂い顔をしているわけである。自分の力が及ばぬところで、他人にあれこれ決められるのは嫌だもんな。
俺もヤンデレに監禁されたり、脅迫されたり、陵辱されたりしたされたりしたから、ボクっ子の気持ちはよく分かる。
と言っても、初対面で通りすがりの俺に出来ることなんて……あぁ、そうだ。
「俺が、キミの好きなこの街を守ってやるよ」
「……お兄ちゃん?」
突然なにを言い出すのとでも言いたげな顔。そんなボクっ子幼女の頭を優しく撫でつけた。
「俺はちょっとした事情で、この街に通うことになりそうなんだ。だから、そのついでに、この街のことも守ってやる」
ケイオス伯爵は、この島全体に介入をしている。それを阻止するのはローズのお仕事だから、あれこれ見つけて報告するくらいは出来る。
まあ……ボクっ子幼女にとっては、気休めにもならないだろうけどな。
「……ありがとう、お兄ちゃん」
俺の言葉に安心したのではなく、慰められていると思って感謝したのだろう。憂い顔は晴れなかったけど、ボクっ子幼女は少しだけ微笑んだ。
「あっと、ボク、お使いの途中だったんだ。もうそろそろ行くね!」
「ん? そっか。それじゃ――またな」
「うん、またどこかで。――バイバイ、お兄ちゃん!」
ぶんぶんと手を振って走り去っていく。
それが俺と、名前も知らないボクっ子幼女との出会いだった。
――しかし、なにか忘れてるような?
「ご しゅ じ ん さ ま?」
背後から響いたのは、透明感のある美しい――それでいてブリザードのような声。俺は一メートルくらい飛び上がった。
「うわ、ご主人様、すっごく飛びましたね」
「お、おぉ、そうだろ? 称号やらなんやらで約三割増しだからな」
とっさに話を合わせて、恐怖から逃げようとするが――
「で、店の前で待ってるだけで……なんでしたっけ?」
「うぐぅ……」
あっさりと話を戻されてしまって、逃げ道を塞がれてしまった。
「なんなんですか? 家の前で待つだけで、ヤンデレに連れ去られたりしないって言いましたよね? 数分ほど目を離すだけで攫われるとか、拉致られるのが趣味なんですか?」
「ち、違うんだ。拉致されたわけじゃなくて、お財布を落とした女の子がいたから」
「――届けてあげて、ナンパしたんですね?」
「違いますよ!?」
そもそも、俺がヤンデレをナンパだなんて……と、そこまで考えたところではたと気付く。
さっきの幼女、もしかしてヤンデレじゃない、普通の幼女だったんじゃないか?
……うん、会話を思い返しても、ごくごく普通の幼女だった気がする。
もちろん、実はヤンデレだけど、俺じゃない誰かに好意を抱いているから、俺に対しては普通に接しているという可能性もあるけど……
でも、スキル的に考えても、もとの世界の常識的に考えても、無垢な子供ほど精神はまっすぐだと考えられる。
つまり、子供をまっすぐに育てれば、ヤンデレじゃない女の子に育つかもしれない。
……ふむ。
「幼女……ありだな」
「……ご主人様」
クラウディアの瞳が、なぜか三角形になってしまった。
「なんだよ? 孤児院かなにかを作って小さな女の子を集めれば、幸せなスローライフを送る夢が近づきそうだなって思っただけだぞ?」
「ご主人様を殺してあたしも死にます」
「なんでっ!?」
なにを想像したのか知らないけど、その発想は恐すぎである。
「ご主人様、あたしも後を追ってあげますから、罪を犯してしまう前に死にましょ?」
「嫌だし、罪を犯す気はないし。と言うか、俺は死んでも生き返るからな?」
「……そうでした」
「うん。だから、落ち着こうな?」
「ええ。落ち着きました。ご主人様を殺して、生き返るたびに殺し続けることにします」
「こえぇよ……」
最近のクラウディアは、ヤンデレよりもヤンデレしてる気がする。凄くする。ちゃんと、ステータスにヤンデレがないことは確認してるんだけどなぁ。
まぁ……メディアねぇも隠しステータスがどうのと言ってた。やっぱり、スキルだけで性格が決まる訳じゃないってことなんだろうなぁ。
「取りあえず、露天で串焼きでも買ってやるから機嫌を直せ」
「もぅ、そんな食べ物で釣られたりしませんよ? それに、あたしは機嫌が悪いわけじゃなくて、ご主人様が性犯罪を起こさないか心配してるだけです」
「……なぜに性犯罪。なんでそんな心配をするに至ったか知らないけど、フェミニストのスキル持ちな俺が、女の子に対してそんな犯罪を犯すわけがないだろう」
それともまさか、俺が幼い少年相手に性犯罪を犯すと思われてるのか?
なんて、わりと本気で心配してしまったんだけど、クラウディアはたんにフェミニストの存在を忘れていただけだったようで「そう言えば、そうでした」と納得顔になった。
「分かりました、ご主人様を信じます」
「……それ、信じたのはスキルの効果で、俺は信じられてない気がするんだけど」
「ステータスを含めてご主人様、ですよね?」
「まぁ……良いけどな」
釈然としない気持ちを抱きつつ、俺はクラウディアの実家へと向かうことにした。





