エピソード 4ー5 勝利のための尊い犠牲
クラウディアとローズが人質に取られた状況。
敵対している者だけにダメージを与える魔法――サンダーバーストで敵だけを倒そうと思ったら、フェミニストの効果によって魔法が使えないと言われた。
ええっと……どういうことだ?
ラングか部下の誰かが、実は女とか……いや、どう見ても男だな。他に考えられるのは……後ろにある檻の中にいる女の子の誰かが実はラングの手先、とか?
……いや、サンダーバーストは『敵対関係にある対象』にしか効果がない。
逆に言えば、味方はその本質にかかわらず対象になり得ない。
つまり、対象が悪人かどうかは関係ないはずだ。そして将来的に敵対する可能性のある人間も、現在は敵対関係にあるとは言えない。
そもそも、俺が認識していない――将来的に敵になるかもしれない人間を対象に入れるのなら、それはもはや未来予知だ。
そんな便利な能力である可能性は低い。
つまり考えられるのは、サンダーバーストの範囲内に、俺と今現在敵対関係にある女の子がいると言うこと。
そんな風に考え――俺は羽交い締めにされているローズを見た。
色々あって憎からずは思っている。だけど、それでも、今現在はローズから逃亡していた最中。つまり……敵対関係にあると言える。
もっとも、ラング達と比べると天と地の差くらい隔たりがのある敵対関係だ。システムもそれくらい区別してくれても良いと思うんだけどな。
どうせ見てるんだろメディアねぇ! みたいな感じで訴えるけど反応がない。
「……急に黙り込んで、よからぬことを考えていたりはしないでしょうな?」
「よからぬことなんて考えてないさ。ただ、二人の安全を保障して欲しいと思ってるだけだ」
いぶかしむラングに対してすっとぼける。が、そろそろ時間稼ぎは難しくなってきた。
正直、この機会を逃す訳にはいかない。
ローズやクラウディアの女性としての尊厳が、奴隷として売られるまで守られる保証もないし、奴隷契約を結ばされては抵抗も出来なくなる。
だから、ここで決着を付けたいのに……サンダーバーストが起動できないなんて予想外だ。
……うぅん。俺が敵と認識してるのが原因だとしたら、ローズは味方だと念じれば使用できるようになるか?
ローズは味方、ローズは可愛い、ローズはえっちぃ……サンダーバースト。
システムメッセージ:フェミニストの効果により魔法を使用できません。
……ダメか。俺はローズと敵対したいと思ってるわけじゃないんだけどな。
思い込みが足りないのか、思い込みではダメなのか。もしくは、ローズが俺を敵だと思ってる可能性は……ないよなぁ、たぶん。
他に考えられるのは……と、スキル詳細を再確認する。
引っかかってるのは『敵対関係にある対象』って部分だよな。
敵対関係……俺やローズがどう思っているかではなく、客観的に見て、今現在敵対関係にあるかどうかが問題……なのか?
もしそうだとすれば、対処方法はある。
でもなぁ……その代償はあまりにも大きすぎるんだよな。出来れば選びたくない手段なんだけど、他に二人を救う方法は……ないよなぁ。
……仕方がない。ローズには借りもあるし、覚悟を決めよう。
「いつまで黙っているつもりですか。武器を捨てて投降しなさい。従わないのであれば、二人の待遇も考えざるを得ませんよ? それでもいいのですか!」
焦れたラングが声を荒げる。
「悪いな。ちょっと覚悟を決めてたところだ」
「覚悟? ……二人がどうなっても良いと言うのですか? ――彼が妙な動きを見せたら、その二人を殺しなさい」
ラングが部下の二人に命じる。
「落ち着けって。覚悟と言っても、そんな物騒なものじゃない。ある意味では、それよりもずっと大変なことだけどな」
「……さっきからなにを言っているんですか? 緊迫した状況で、気でも狂いましたか?」
「だから、違うって。俺の覚悟は……ローズ!」
俺はローズをまっすぐに見る。
「ローズは俺のことが好きなんだよな?」
「え? それは、うん。もちろんだけど……?」
急にどうしたの? みたいな顔で見られるけど、俺はかまわずに続ける。
「だったら、俺のためならどんなことでも出来るよな?」
「……うん、覚悟なら出来てるよ。ユズキお兄さんが救えるのは、どちらか一人だけ。だったら、私は選ばれないと思うから」
……リザレクションのことか。
ローズは、二人同時に殺されたら、自分が見捨てられると思ってるんだな。
でも……それは誤解だ。
俺はヤンデレが嫌いだ。ヤンデレ少女はみんな、俺の意思を無視して、自分の思い通りにしようとする。それが嫌いなのだ。
でも……ローズは少しだけ違った。
俺を振り向かせるためには手段を選ばないけど、だけど、だからこそ、俺の意思をあるていどは尊重してくれている。
ローズが他のヤンデレと同じなら、俺はクラウディアを救うことが出来なかった。それに、そうじゃなくても、俺の初めての相手だしな。ここで見捨てるなんて出来ない。
だから――
「心配するな。そんな物騒な話じゃないって」
「……そう、なの? だったら、なに?」
訳が分からないと混乱する。そんなローズに向かって、俺は高らかに言い放つ。
「――ローズ、俺の奴隷になれ!」
俺が叫んだ瞬間、ラング達が、クラウディアが、そしてローズが、こいつは突然なにを言い出すんだ? という顔をする。
いや、気持ちは分かるよ。
俺だって、みんなの立場なら同じ反応をすると思う。
だけど、だけど――だ。
ローズとクラウディアを救うには、サンダーバーストで敵を纏めて倒すくらいしか方法がなくて、そのためには、ローズとの敵対関係を今すぐに解消するしかない。
でも、ローズはヤンデレ全開で俺を愛している。そんなローズに友情がどうのと言っても、今すぐに説得できる訳がない。
出来るとすれば、ローズの望む形に持って行く方法だけ……なんだけど、もし俺の恋人になれ! なんて言った日には……結果は想像するまでもない。
だから、ローズに主導権を与える訳にはいかない。主導権は俺が握り、ローズの行動を制限するしかないのだ。
そして、その結果が……俺の奴隷になれというセリフ。
本音を言うと、相手の意志を尊重しないのは望むところじゃないんだけどな。
でも……しょうがないだろ? 女の子に一生管理される生活か、女の子を自分の言いなりにする生活を選べって言われたら……誰だって後者を選ぶと思うのだ。
「という訳で、俺の奴隷になれ」
我ながらとんでもないことを言ってるよなか。なんて思いつつ迫ると、羽交い締めにされているローズは、首だけを器用に傾げて見せた。
「ええっと……ユズキお兄さんの奴隷になったら、ユズキお兄さんが時々私のことを可愛がってくれるってことだよね?」
「え?」
「あの日の晩以上に、私のことを求めてくれるんだよね?」
「……え?」
なんか、とんでもないことを確認されてしまった。
「こ、こんな時になにを言ってるんだ?」
「こんな時に、そんなことを言い出したのはユズキお兄さんだよ?」
……はい、そうでした。
これ、絶対にイエスと答えちゃいけないやつなんだけど……と、俺は無詠唱でサンダーバーストを起動しようとするが、やっぱりフェミニストの効果で無理だと言われてしまった。
……どうする? いや、どうするもなにも、ここまで来て後には引けないんだけど。というか、俺が打ち倒した男も起き上がりそうな雰囲気。これ以上は時間をかけられない。
あああああ、もう、分かったよ、分かりました! 言えば良いんだろ、言えば!
「約束する! 俺の奴隷になるなら、ちゃんと俺の気が向いたときに愛してやる。あの夜よりも激しく求めてやる。だから、俺の奴隷になれ!」
「ユズキお兄さんがその気になったら、ちゃんと私を求めるって約束してくれる?」
「ああ、約束する!」
「分かった、じゃあ私はユズキお兄さんの性奴隷になる!」
性奴隷とは言ってませんよ!?
とか思ったけど、ローズが宣言した瞬間、敵対関係が解除されたことを俺はたしかに感じ取った。これで、今度こそ、サンダーバーストが使える。
誤解を解くのは、全部終わってからだ。
「まったく。黙って聞いていれば、これはなんの茶番ですかな?」
ラングはとんでもなく不愉快そうだ。
まぁ……気持ちは分かるよ。自分の犯罪を暴かれて、その相手を始末しようとしていたら、いきなり訳の分からない告白が始まったんだからな。
だけど――
「茶番なんかじゃないぞ。これは……必要なことだったんだ」
大きい犠牲を支払ったけど、ローズとの敵対関係が解消された。これで、今度こそ、ラング達を倒して、二人を助けることが出来る。
俺はにやりと笑みを浮かべ、無詠唱でサンダーバーストを――
システムメッセージ:フェミニストの効果により魔法を使用できません。
なんでだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?
いやいや、おかしいだろ! さっき確実に、ローズとの敵対関係が解消されただろ? え、俺の思い込み? いやいや、絶対、そんな感覚があったって!
ちょっと、メディアねぇ! このシステムバグってる!
心の中で悪態をつきまくる。そのとき、俺が急に黙ったことで微妙な空気になったその場に、冷たい――氷のように冷たい声が響いた。
「……ご主人様、どういうこと、なんですか?」――と。
クラウディアの鋭い刃のような声を聞いた瞬間、俺はぞわりと背筋が寒くなった。
「ク、クラウディア?」
「ローズ様と濃厚な夜を過ごしたんですよね?」
「うぐ。いや、だから、それは、不可抗力なんだって」
「……そうですか、不可抗力ですか」
「あ、ああ。そうなんだ」
「分かりました、信じます」
クラウディアが怒りを収めたので、俺はホッと息を吐いた。
「だけど――さっきのはなんですか?」
「さっきのは……いや、それはその、やむにやまれぬ理由がだな」
「……ご主人様、言いましたよね? あたしとずっと一緒にいてくれるって」
「それは……言ったけど?」
「なら、ローズ様を奴隷にするってどういうことですか! あたしのこと、飽きちゃったんですか? 泣いて許しを請うあたしを、気絶するまで責め立てたくせに!」
「ぶっ!? ク、クラウディア!?」
こんな場所でなんてことを言うんですかね!? ローズは目が三角だし、男達からは言いようのない黒いオーラが立ち上ってるんですけど!?
「ばかばかっ! ご主人様の裏切り者! 鬼畜っ、死んじゃえっ!」
「ちょ、落ち着け! って言うかさっきから言動が不穏すぎるだろ!? ……まさかっ、ヤンデレ化したのか!?」
「してませんよっ! これは乙女として正当な抗議です!」
「……なるほど」
自分の行動を思い返し……思わず納得してしまった。相手がヤンデレじゃなくても、刺されても文句を言えないくらい色々してたな。
いや、それでも、ちょっと興奮しすぎではないだろうか?
……興奮? そう言えばさっき、女神メディアの祝福をアクティブにしたな。まさか、精神が高揚してるのが原因……?
……い、いやいや、あれは味方だけ。もしクラウディアが敵対関係にあるのなら、今は精神高揚の効果は発動していないは……と、スキル詳細を見る。
『使用者が仲間だと思っている者の精神が高揚』
ああああああっ、サンダーバーストと判定方法が微妙に違う! これだと、客観的に見て敵対関係にあっても、俺が仲間だと思ってるクラウディアは思いっきり対象内だ!
「ご主人様、聞いているんですか!?」
「――ひゃいっ!?」
「だったら、あたしも性奴隷にして、エッチな命令をするって約束してください!」
「なぜそうなる!?」
「ご主人様は放って置いたら、どんどん浮気しそうだからです! ご主人様の性欲は、あたしが、か、かか、管理しますっ!」
「ぶはっ。おまっ、なにを言い出すんだ!? と言うか、少し落ち着け。クラウディアがそんなことをする必要はどこにも……」
「……ご しゅ じ ん さ ま?」
恐い、むちゃくちゃ恐い。ヤンデレ発症してないって言うけど、そこらのヤンデレよりよっぽど恐い。これは、抵抗できない。
「ああああああああっ、もうっ! 分かったよ、分かりました! 約束します!」
「本当ですか? ローズ様にしたのと同じこと、あたしにもたくさんしてくれますか?」
「しますよ、します。たくさんでも一晩中でもします!」
「えへ、じゃあ、ローズ様とのことだけは許してあげます」
――刹那、クラウディアとの敵対関係が解除されたことを感じ取った。間違いない。今度こそ、今度こそサンダーバーストが撃てる。
「まったく、本当に度し難い。さっきからなんなんですか、この茶番は」
ラングが、もはや何度目かも分からないため息をつく。だけど、そのセリフに対して、俺は言いようのない怒りを抱いた。
「さっきから聞いていれば、茶番茶番と勝手なこと言うな! 俺がどれだけの、どれだけの犠牲を払ったか、お前には分かるのかよ!?」
「は? いや、それは、分かりませんが……?」
「なら好き勝手に言ってんじゃねぇ! 俺は平穏を望んでるんだ! 平和なスローライフを望んでるんだよ! それなのに、二人の女の子を自分の性奴隷にするってなんだよ!?」
「ええええぇぇ、それは貴方が自分から言い出したことですよね!?」
「うるさーいっ! とにかくお前が悪い! お前のせいで俺のスローライフは台無しだ!」
完全に八つ当たりである。
ともあれ、俺の剣幕にラング達は驚いている。つまりは隙だらけ。だからその隙に、俺は今度こそ、サンダーバーストを無詠唱で起動し――魔法陣を展開。
「俺の怒りを、くらいやがれええええええええええええええっ!」
たまりにたまった鬱憤を解き放ち、ラング達を全員纏めてぶちのめした。





