エピソード 1ー1 普通の女の子(仮)との出会い
おかげさまで日刊総合14位に入りました!
ありがとうございますっ!
「……これはひどい」
平原に降り立った俺は、今までのことを振り返って突っ伏した。
いくらなんでも、無防備すぎだろ。命の恩人だからとか、女神様だからとか、無条件で相手を信じて良い理由には……普通はなるような気がするけど。
だけど、俺はヤンデレを惹きつける体質なんだから、少しは気をつけるべきだった。……いや、まさかヤンデレの女神様まで惹きつける体質だとは想像しなかったけどさ。
もっとも、そのおかげで人生をやり直せたのも事実。それに、たしかに言動はおかしかったけど、今までのヤンデレと比べると、メディアねぇはまともだった気がする。
……いや、ヤンデレ娘とヤンデレ女神を比べて良いのかは分からないけど。なんにしても、他のヤンデレと比べると憎めないのは事実だ。
今もなんだかんだと言って、メディアねぇとか呼んじゃってるし……って、そんなことを考えてるから、コロッと騙されちゃったんだろうなぁ……
ま、まぁいいや。気を取り直そう。異世界転生をしたのは事実だし、これから普通の女の子と出会って、普通の青春を送ることだって不可能じゃないはずだ。
そのためにはどうするか。まずは現状の確認だな――と、自分の身なりを確認する。
服は……さっきまで着ていたのとは違うシンプルな服だな。メディアねぇが気を利かせて、この世界の平民が着るような服に着替えさせてくれたのかな?
……いや、深く考えるのは止めよう。特に、俺がさっきまで着ていた服の行方、とか。
それはともかく、なにか役に立ちそうな持ち物は……ない。なにもない。草原の真ん中に放り出されて、食料はおろか、武器すらも持ってないんですけど!?
ぐぬぬ。このままじゃいきなり飢え死にしてしまう。いや、死んでも生き返るはずだけど、異世界に降りたって最初の死亡が飢え死にとか嫌すぎる。
ほかに、なにか……そうだ、アイテムボックス!
……はて? どうやって使うんだろうか?
アイテムボックスオープンと念じたら――開いた。なにやら目の前の空間に半透明の空間が広がって、その床に金貨が十枚転がっている。
たぶん大金なんだと思うけど……今は役に立ちそうにないな。
仕方ない。まずは正攻法で人里を探そう――と、周囲を見回す。
少し坂になっている草原。遠くの方には、街道らしき一本の長い道が見える。
あの道をたどれば、人里には出ると思うけど……距離とか分からないしなぁ。ほかに、なにか頼れるものは――と、視界の隅に、半透明のウィンドウが表示されていることに気付く。
そこには――
アルゴーニアにようこそ、ですわ!
柚希くんが降り立ったのは、グラン島の南西部ですわよ。
……なんか、メッセージが口語――というか、思いっきりメディアねぇっぽいんだけど、気のせいなんだろうか?
……ずっと俺を見てるとか言ってたし、ありそうな気がする。
そう思って、こっちから書き込めないかあれこれ頑張ってみたけど無理だった。どうやら、MMOなんかにある、ログウィンドウみたいなものらしい。
それと、ログウィンドウがあるなら、ミニマップや方角が分かるようなウィンドウもあるかもと探してみるけど、マップの類いは見当たらなかった。
どうやら、ウィンドウに表示されているのは、各種ログと時刻だけのようだ。
うぅん。仕方がない。街道をどっちかに向かって歩くか……なんて考えていると、どこからともなく、女の子の悲鳴が聞こえてきた。
なになに、何事? まさか変質者――って、異世界でそれはないか。いやあるかもしれないけど、世界観を考えたら、盗賊の類いに襲われているのかもしれない。
すぐに助けに行こう――と、一歩を踏み出したところで、思わず足を止めた。
ヤンデレ女神様が作ったゲームのような世界。降りたってすぐに聞こえてきたのは、少女の悲鳴――つまりは、なんか導入イベントっぽいトラブル。
助けを求めるのは果たして、普通の女の子……なんだろうか?
正直、ヤンデレな気がする。非常にヤンデレな気がする。絶対にヤンデレな気がする。
俺はこの世界で、普通の女の子と出会って、普通の生活を送りたいと願っている。だから、ヤンデレとはお知り合いになりたくない。
なりたくないんだけど……女の子の悲鳴を無視するなんて出来る訳ない。
俺はため息を一つ、悲鳴の聞こえた方角へと駈けだした。
まずは戦う手段――どんなスキルを取ったか確認だ。
さっきはなんか無心で習得しちゃったからな。ちゃんと確認しないと――と言うことで、俺は争いの声が聞こえる方へと走りながらステータスオープンと念じる。
【名前】:水瀬 柚希 【総合評価】:102,900
【通常スキル】
筋力:D / 耐久力:C / 敏捷度:E / 器用度:D
魔力:F / 精神力:AAA / 幸運:A
【耐性スキル】
斬撃耐性:D / 睡眠耐性:C / 毒耐性:D
呪い耐性:F / 恐怖耐性:B / 混乱耐性:E
【戦闘スキル】なし
【魔法スキル】
ヒーリング:F / キュア・ポイズン:F / キュア・ディズィーズ:F
【技能スキル】
裁縫:E / 型紙:F / デザイン:E / 紡織:F / 木工:F
【先天性スキル】
武術の才能 / 攻撃魔法の才能 / 回復魔法の才能 / 補助魔法の才能
服飾の才能 / 騎乗の才能 / 交渉の才能 / 生産の才能 / 演技の才能
【特殊スキル】
鑑定:F / アイテムボックス:F / 気配察知:F / 無詠唱:F
【レアスキル】
不老不死:F
ヤンデレに死ぬほど愛される:SSS
【バッドステータス】
フェミニスト:S
【称号】
女神メディアに見初められた
女神メディアの寵愛を受けた
異世界からの旅人
ヤンデレに死ぬほど愛された
【SP】残り0SP
……あれ? 才能にあふれてるけど、戦闘系のスキルが……ない?
ああああああああああああっ、そうだった! 死んでも平気だからって、先天性スキルや特殊スキルを中心に習得したんだった!
他には……なんか変な称号が増えてるけど、戦闘には役立ちそうにない。こんなんじゃ、戦闘に参加しても直ぐに殺されてバッドエンドだよ!
いや、死んでも生き返るはずだけども。
なんて考えながら走っているうちに、街道の脇に停車させられている馬車が見えてきた。
馬車の周辺には護衛らしき剣士が三名、見るからに盗賊のような格好の連中と戦っている。
人数は盗賊(仮)の方が多いみたいだけど、技量的には護衛の方が上なんだろう。護衛に損害はなく、盗賊の方は一人倒れている。
ただ、馬車を護りながら戦っているせいか、護衛の方が押されているようにも見える。
そんなリアルな戦闘を目の当たりに、俺は恐くなった。戦闘スキルもないのに、あの状況に飛び込んで役に立てる気がしない。
死んでも復活できるはずだけど、痛覚とかはあるだろうし、無駄死にはしたくない。どうするべきか……と迷っていると、馬車に乗っている金髪の女の子と目が合ってしまった。
「そこの貴方、そこにいては巻き込まれます、逃げてください!」
命の危機にさらされていて、パニックになったっておかしくないような状況。なのに、見た感じ自分より年下の女の子が叫んだのは、救援を求める言葉じゃなかった。
死に晒されている年下の女の子ですら、俺のことを考えてくれているのに、不老不死の自分はなにを弱気になってるんだ!
俺が自分の頬を叩いて気合いを入れた。
そして雄叫びを上げながら、馬車に向かって駈けだし、驚く盗賊や護衛の隙を突いて、倒れている盗賊の側に落ちていた剣を拾い上げた。
「な、なんなの貴方は!?」
叫んだのは、盗賊と戦っていた護衛らしき女性の剣士。
「攻撃しないでください、俺は味方です!」
俺は叫んで、その証明とばかりに、女性剣士と切り結んでいた盗賊に斬りかかる。盗賊はとっさに飛び下がって回避。女性剣士や俺から距離を取った。
そのあいだに、俺は護衛達がいる馬車側まで駆け抜ける。
「本当に味方なの!?」
女性剣士が盗賊を牽制しつつ、俺に向かって尋ねてくる。
「そのつもりです。ただ、通りすがりの一般人なので、戦力は期待しないでください!」
情けないことを堂々と宣言する。
それが功を奏したのかは分からないけど、女性の剣士は信じてくれたのだろう。盗賊と切り結びながらも、少しだけ微笑んだ。
「ありがとう。なら、私達が敵を一掃するあいだ、貴方は馬車を護って! お嬢様を人質に取られたら、私達は手が出せなくなってしまうから!」
「任されました!」
戦闘経験もスキルもないこの状況。敵を倒せとか言われても困るけど、馬車の前で敵を牽制するくらいならなんとかなるはず。と言うか、なんとかするしかない。
俺は女の子が乗る馬車を背に、盗賊に剣を向けた。
「――来るなら来い!」
気迫だけは負けないようにと叫ぶ。刹那「ガキのくせに生意気な!」と、盗賊の一人が、護衛のあいだをすり抜けて向かってきた。
いやあの、ごめんなさい。
気迫だけは負けないようにと叫んだだけなので、本当に来ないでくれませんかね!?
「死にさらせ!」
「――っ!」
盗賊が上段に構えた剣を振り下ろす。俺はその一撃を防ごうと、反射的に持っていた剣を振り上げ――盗賊の剣を弾き飛ばしてしまった。
……あ、あれ?
一瞬の静寂。
我に返った盗賊が、俺を捕まえようと素手で迫ってくるけど――遅い。俺はその両腕をかいくぐり、顎先に剣の柄を叩き込んだ。
「ぐげっ!?」
潰れた蛙のようなうめき声を上げて崩れ落ちる盗賊A。
なんか……思ったよりも弱い。
い、いや、安心するのはまだ早いな。
今のは四天王の中でも最弱だっ! ――見たいなポジションかもしれないし、もしかしたら下っ端Aの可能性も……
「リ、リーダーが瞬殺されたぞ!」
「馬鹿なっ! 剣術では右に出る者がいないリーダーは一撃だと!?」
「てっ、撤退だ。逃げろ、逃げろ――っ!」
俺に倒された盗賊Aを見て、戦意喪失して逃げていく盗賊達。四天王の中で最弱どころか、連中のリーダーだったらしい。
……え、ホントに?
「助かったわ。一般人と言っていたのは、敵を油断させるための嘘だったのね!」
俺が呆気にとられていると、さっきの女性剣士が話しかけてきた。
「ええっと……本気のつもりだったんですけど……」
「ふふ、謙遜は良くないわね。相手はただの盗賊じゃなかったし、かなりの場数を踏んでいたわ。そのリーダーを一瞬で無力化して一般人とか誰も信じないわよ?」
「……え、盗賊じゃなかったんですか?」
「賊には変わりないけど、ずいぶんと統率が取れていたし、そもそも護衛のいる馬車を襲うなんてリスクの高いこと、普通の盗賊はしないもの。間違いなく訓練された組織ね」
「ふむ……」
まぁ……そうか。旅人や小規模の交易商なんかに護衛を雇う余裕なんてないだろうし、盗賊も狙うならそっちを狙うだろう。
でも、そうすると……なんで倒せたんだろう?
俺は武術の心得もなければ、戦闘スキルも習得していない。戦闘系の素質は習得しているけど、たしか……10%の補正がかかる程度。
相手が強かったのなら、あんな風にあっさり倒せるはずがないんだけどなぁ。
なんてことを考えていると、背後で馬車の扉が開く音がした。
振り返ると、ゴシックロリータを身に纏う、金髪ツインテールの女の子が馬車から飛び降りてくるところだった――って、うぇ!?
「お兄さんっ、助けてくれてありがとう!」
いきなり飛びついてくる。そんな少女を反射的に抱き留め――悲鳴を上げそうになった。
陽菜乃に襲われたときの光景がフラッシュバック。
感謝の言葉のあとに『だから、殺すね。これでずっと一緒だよ!』なんて感じで、刺されるかもしれないと焦ったからだ。
でも、金髪の女の子は危ない言動をすることなく、俺にぎゅーっと俺にしがみついている。
もしかして、普通の女の子なのかな――と、俺は腕の中にいる女の子を見下ろす。
頭がちょうど、俺の首あたり。ぱっと見た感じは十五、六歳くらいだろうか? 顔はちらっとしか見れなかったけど、年相応に可愛らしい。
とてもヤンデレのようには見えない。
……いや、判断するのはまだ早い。
ヤンデレの女の子ほど、普段は普通の美少女っぽい振る舞いをして、急に変貌したりするからな。しばらくは油断出来ない。
「ローズお嬢様、命の恩人に失礼ですよ」
警戒する俺の態度が迷惑してるように見えたんだろう。
さっき話しかけてきた女性剣士が、女の子に向かって注意した。直後、ローズと呼ばれた女の子は「し、失礼しました」と弾かれたように俺から離れる。
だけど、慌てたのはそこまでだ。直ぐに態度を取り繕うと、はにかみながらスカートの裾をつまんで、優雅にカーテシーをしてみせた。
「申し遅れました。私はブラッド家の長女、ローズと申します。先ほどは助けて頂いて、ありがとうございました」
さっきまでの年相応の子供っぽさが抜け、優雅なお嬢様と言った立ち居振る舞い。ブラッド家と名乗ったけど、もしかしたら貴族だったりするのかもな。
なんてことを考えながら、ローズを眺めていた俺は少し驚いた。左目が碧眼で、右目がハイライトの強い金色。神秘的なオッドアイの持ち主だったのだ。
なんか……いかにも魔眼っぽい。
「あの? お名前をうかがっても良いですか?」
「あっ、ごめん。俺はみな――いや、ユズキだ」
この世界で苗字があるのは貴族だけという可能性を考えて、名前だけ名乗る。
「ユズキお兄さん、ですね」
「……お兄さん?」
「はい。そんな感じがしたんですけど……ダメ、ですか?」
「いやまぁ、別にかまわないよ」
メディアねぇとか呼ぶのは恥ずかしいけど、呼ばれる分には慣れているので気にしない。
ちなみに、妹がいたとかではなく、近所のヤンデレ幼女に『お兄ちゃん大好き。だから、他の女としゃべったら……殺しちゃうからね?』とかちょくちょく言われていたからだ。
「ありがとうございます。それじゃユズキお兄さん、あらためまして。私達を助けてくれてありがとうございました。ぜひ、私の家にまで来て頂けませんか?」
「え、キミの家……?」
「はい。ぜひお礼をしたいんですが……ダメですか?」
「お礼、普通のお礼……だよね?」
お礼に私の一生を差し上げます! とか、部屋に閉じ込めて一生お世話をします! とか、そういう感じのお礼じゃないだろうな?
こうして話してる分には普通なんだけど……本当に信じても良いんだろうか?
「あの、やはりご迷惑、でしょうか?」
俺が疑いの眼差しで見ていると、ローズは少し悲しそうに眉を落とした。
そこには、俺が今までみてきたヤンデレ娘のような狂気は見えない。もしかして、本当にただ感謝してくれてるだけなのかな?
……そう、だな。
もしローズがヤンデレなら大変なことになるけど……別にヤンデレっぽい行動を取っているわけでもないのに、隠れヤンデレかもしれないなんて疑ってたら誰とも話せなくなる。
ローズのことを信じてみよう――と、俺は招待に応じることにした。