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エピソード 4ー4 真の敵は……

 ヤンデレローズと、暴走クラウディアの前から逃亡。

 その後は必死だった。

 とにかく、逃げるしかない――と、ただひたすらに走り続ける。


 だけど、しょせんは中世のヨーロッパに魔法を加えたレベルの世界。帆船のサイズがそんなに大きいはずもなく……直ぐに一番奥とおぼしき貨物室へと突き当たってしまった。


「ど、どこかに隠れる場所は!?」

 俺は必死に隠れられそうな貨物がないか探す。


「――ん~っ、ん――っ!」


 不意に、複数のうめき声が聞こえた。なにごとかと周囲を見回すと、声は布がかけられている荷物の一つから聞こえてくる。


「……誰か、いるのか?」


 恐る恐る布を捲って中を見る。そこには――檻の形をした大きな箱。そして中には――猿ぐつわをされて拘束された少女が5人ほど放り込まれていた。


「えっと……あ、なんだ、奴隷か」


 ラングさんは奴隷商だし、島の外に売る奴隷を連れているのだろう。そう思って、布を戻そうとしたのだけど――


「んっんっ! んんんっ!」

 女の子達が一斉に騒ぎ始める。


「……ええっと、なにか言いたいことがあるのか?」


 なんとなくそう尋ねると、みんな物凄い勢いで首を縦に振った。

 

どうやらなにか言いたいことがあるみたいだけど……はてさて、どうしたものか。彼女達がラングさんの商品であるのなら、勝手に猿ぐつわを外すのも憚られるし……


 ――って、待てよ。


「なぁ、あんた達は奴隷、だよな?」

「んんんんんっ!」


 一斉に首を横に振る。だとしたら――と思い出したのは、シルフィーさんに頼まれていた一件。最近、人が攫われているという話。


「もしかして、拉致された……のか?」


 全員の答えは――首肯だった。俺は格子の隙間から手を差し入れ、一番手前にいた、イヌミミのある女の子の猿ぐつわを外す。


「助けてっ、人さらいに攫われたの!」

「それは……もちろん事実なら助けるけど、なにか証拠はあるのか?」

「……えっと、ボクはラナ。Dランクの冒険者だよ。プレートは取られちゃったけど……最近多発してる誘拐事件を調べてたの」

「ふむ……」


 誘拐云々の話を知っているからギルドメンバーとは限らないけど……嘘をついてるようにも見えないな。


「……ユズキお兄さん、もう逃げないの?」

「……ご主人様、ようやく追い詰めましたよ?」


 背後から、ローズとクラウディアの声。俺はちょうど良かったと振り返る。


「二人とも、一時休戦だ。ここに誘拐された女の子達が――」

「ユズキお兄さん、もうその手は通じないよ?」

「そうですよ、ご主人様。乙女心を弄ぶ悪いご主人様にはお仕置きですよ?」

「いいいいやっ! 真面目な話だから!」

「――なんの騒ぎですかな?」


 不意に、ローズ達の背後から、別の足音が複数近づいてくる。そうして、部屋の入り口にいるローズ達の直ぐ後ろに現れたのは、ラングさんを初めとした複数の男達だった。


「みなさん、ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ」

「あら、申し訳ございません。ユズキお兄さんを捕まえたら、直ぐに出て行きますわ」


 ローズが伯爵令嬢としての対応を即座にこなす。


「二人とも、そいつらから離れろ!」


 ラングさん――いや、ラングの船で、この場所に入れるのが関係者だけ。彼女達が本当に誘拐されたのなら、ラングが無関係なはずはない。


 とっさに叫んだ瞬間、屈強そうな男が襲いかかってくる。それを見た俺はアイテムボックスから長剣を引き抜き、剣の腹で男を叩き伏せた。


 だけど――


「動かないで頂きましょう!」


 ラングが叫ぶ。

 慌てて視線を向ければ、クラウディアとローズがそれぞれ、ラングに付き従っていた男によって羽交い締めにされていた。


「なにをするのですか!」

「え、え、なんですか!?」


 ローズが怒りの声を上げ、クラウディアは戸惑いの声を上げる。だけど、二人は首筋に短剣を突きつけられ、強制的に黙らされてしまった。


「ユズキさん、動かないでくださいね」

 ラングが俺を見て下卑た笑みを浮かべた。


「……ここにいる女の子達を攫った犯人は、本当にあんたなのか?」

「彼女達を攫ったかと言われると事実です。なにしろ、私は奴隷商、ですから」


 ラングが淡々と告げる。


「人を攫った、ですって!? 奴隷商が扱って良いのは、お金で身請けしたものか、犯罪を犯したものだけ。誘拐した者を商品として扱うなんて許されませんわ!」

「……おや? 貴方は、どこかで」

「私はローズ・ブラッド。この島を収めるブラッド家の娘よ! 分かったら、今すぐ私達を解放しなさい! じゃないと、取り返しのつかないことになりますわよ!?」


 凛とした声で言い放つ。その姿には、上に立つ物の風格すら漂っているけれど――ラングは笑い声を上げた。


「なにがおかしいのよ!?」

「いやいや、これは僥倖だと思いましてね。まさか一度は諦めた獲物が、二人も同時に手に入るとは……完全に予想外でしたよ」

「一度は諦めたって……まさか!」


 ローズは目を見開いた。


「気付きましたか? 貴方の馬車を襲ったのは、私の子飼いですよ。もっとも、私に繋がる証拠は出てこなかったでしょうがね」

「……そう。貴方がブラッド家の領地で好き勝手やってる集団の黒幕ということね。ブラッド家の名誉にかけて、貴方は絶対に許しません!」

「ふふっ、許さなければどうするというのですか?」

「この船には、私の騎士が乗っています。逃げられるとは思わないことです!」

「おやおや、わざわざ教えてくれるとはありがたい。では貴方を人質に、そいつらも全員捕らえるとしましょう」

「くっ、このっ! 放しなさい!」


 ローズは暴れるけど、屈強な男に羽交い締めにされては抵抗できないようだ。そんなローズを横目に、俺はラングに視線を向ける。


「一つ聞きたいんだけど……」

「なんでしょう?」

「さっき、一度は諦めた獲物が二人って言ったよな? でも、クラウディアはあんたの奴隷になっていた。もしかして……」

「おや、良く気付きましたね。ええ、クラウディアが最初にいた奴隷商の店に火をかけたのは私ですよ。そのどさくさで奪う予定だったんですが……色々と計算違いでした」


 クラウディアを連れ出せなかったこと。そしてクラウディアが呪い持ちで、火傷の痕を消せなかったことが計算外だったと言うことだろう。


「でも、どうしてクラウディアを狙ったんだ?」

「それは……いくら貴方達が捕まる運命でも、そこまで教える義理はありませんね」

「そうか……」


 悪役らしく、べらべらと白状してくれれば良い物を。

 ……仕方ない。二人が人質の状況では尋問も出来ないし、詳しい話を聞くのは全てが終わってからにしよう。


「このっ、よくもブラッド家の領地でそのようなマネを。絶対に許しませんわよ!」

 ローズが魔法を使おうと魔法陣を展開する――が、


「――させると思ってるのか!」

「あぐっ」


 腕をひねり上げられ、展開中の魔法陣が喪失した。そうして痛みに苦しむローズを見て、羽交い締めにしている男が下卑た笑いを浮かべる。


「くくっ、しかしこの金髪の嬢ちゃんは上玉だな。すっげぇ良い匂いがしやがる」

「こっちの嬢ちゃんも、すっげぇ上玉だぜ。しかも、なんだこの大胆な服はよぉ?」


 ローズを羽交い締めにしている男がクンクンと鼻を鳴らし、クラウディアを羽交い締めにしている男は、背後から大胆に開いた胸元を覗き込むような仕草を見せた。


「止めろ! 二人に変なことをしたらぶち殺す!」


 カッとなった俺は、声を荒げた――のだが、


「そうです。私にえっちぃことをして良いのは、ユズキお兄さんだけですわ!」

「そうです。あたしにえっちぃことをして良いのは、ご主人様だけなんです!」


 二人に追従されて反応に困った。


「ええっと……今はそういうことを言ってるわけじゃなくてだな? ええっと……と、とにかく、二人に手を出したら許さん!」


 反応に困った俺は、ごり押しで言い放った。

 俺達のやりとりにぽかんとしていた男達は、けれど徐々に怒りをあらわにしていく。


「こ、このガキ! 大人しそうな顔して、こんな美少女二人に手を出してやがるのか!」

「いやまて、誤解だ! どっちかって言うと俺が手を出されてる方だから!」

「自慢かこんちくしょう! てめぇみたいなやつがいるから、俺達にいつまで経っても彼女が出来ねぇんだ! 今すぐぶち殺してやる! 抵抗したら、この女達を殺すからな!」


 キレられてしまった。

 両手足を切り落とされて陵辱されるとか、自慢にはならないと思うんだけどな……いや、変われと言われても変わらないけど。


 取りあえず、これ以上怒らせるのは控えよう。

 いくら俺にリザレクションがあるとはいえ、殺される苦しみを味あわせるのは嫌だし、二人同時に殺されたら対応できなくなる。


 ここはなだめすかせて、落ち着いて対処する必要がある。

 ――と言うのに、


「ユズキお兄さんっ、こんなモテない男に屈することなんてないよ! 私のことは気にしなくて良いから、今すぐボコボコにしちゃって!」

「そうです、ご主人様! あたしも、ご主人様以外に触られてるの嫌です! あたしもろともでかまいませんから、こいつらを吹き飛ばしちゃってください!」


 ……二人とも過激すぎである。

 そのあまりの剣幕に当てられたのか、怒り狂っていた男達が警戒するように口を閉ざした。


「二人とも落ち着きなさい。そんな風に自分の命を軽々しく扱って。柚希くんが悲しみますよ? そうですよね、柚希くん?」


 ラングが試すような口調で俺を見る。

 ここで頷くのは、二人が人質として有効だと認めるようなものだけど……それが分かっていても、首を横に振ることは出来ないと頷いた。


「そういうことだから、お前達も少し落ち着きなさい。これからも彼女は出来ないでしょうが、うちでしっかり働いていたら奴隷の一人くらいは買えるようになるはずですよ」


 ……それは、慰めてるのか? なんかトドメ刺してるような気がしないでもないんだけど。


「奴隷を購入……好き放題、ゴクリ」


 あ、それで良いんだ。


「さて、ユズキくんには投降して頂きましょうか」

「……断ると言ったら?」

「彼女達も含めて、命の保証は出来ませんな」

「……まあそうだよな」


 非合法の奴隷売買をしていると知った俺達を逃がすことは、彼らの身を滅ぼすことになる。なにがなんでも、俺達の口を封じようとするだろう。


 だけど、俺がローズに手も足も出ないのはフェミニストの影響があるから。ラングを始めとした敵は男なので障害にならない。

 選択肢さえ誤らなければ、この状況をひっくり返すことは難しくないはずだ。


 ……そうだな。サンダーバーストで、全員無力化するのが良いかな? 敵対してる敵にしか当たらないはずだし……いや、羽交い締めにされてたら影響を受けるか?


 電気ショックだと考えれば、羽交い締めにされている二人に影響が出ないとは思えない。だけど、サンダーバーストは魔法で、中心にいる俺は被害を受けない。


 大丈夫なはずだけど……念のためにとスキル詳細を確認すると、『範囲内にいる、敵対関係にある対象だけにダメージを与える』と書かれていた。


 ――そして、柚希くんが味方だと思っている相手には絶対に当たりませんわ。とログウィンドウに書き加えられた。


 メディアねぇ……あいかわらず見てるんだな。

 ともあれ、これなら心配ない。全員纏めて吹き飛ばそう。


「取りあえず、投降して頂けませんかね? そうすれば、命の保証はもちろん、出来るだけ売り飛ばす先も優遇するとお約束いたしますよ?」

「……奴隷にする以外でなんとかして欲しいんだけど」


 ラングの投降勧告を適当に受け答えをしつつ、俺は作戦を煮詰めていく。


 女神メディアの祝福付きサンダーバーストなら、全員を一撃で無力化することも不可能じゃないはずだけど……と、魔法を使ったときの光景を思い出す。


 魔法陣の展開におよそ十秒で、派手な魔法陣が俺を中心に描かれていく。俺が魔法を使おうとしたら、相手に丸わかりになってしまう。


 なんとか誤魔化す方法があれば良いんだけど……と、思い出したのは無詠唱。


 無詠唱は声が必要なくなるだけで、魔法陣の展開時間は逆に長くなる。しかも魔法陣は丸見えと、声が出せない状況でしか役に立たない仕様だった。


 だけど――今までの法則で言うと、スキルはどれもEランクで初めて、実用に耐えうる内容に変化する。その法則から考えるともしかしたら……と無詠唱の詳細を表示する。


 Eランクの項目に、日中なら見えないくらい、魔法陣の光が暗くなると書かれていた。


 どうやらアタリだったらしい。

 ここは船の底だけど、魔石を使った明かりに照らされている。なので、魔法陣が完全に見えなくなるレベルではないかもしれないけど、気を逸らせばごまかしは利くだろう。


 そしてSPも――ある。五層のボスを倒したときに得たSPを使っていないので、608残ってる。なので、俺は即座に400SP使って、無詠唱をFからEにランクアップした。


 これで準備は整った。

 無駄な殺生をするつもりはないけど、手加減をして二人を危険にさらすつもりはないと、俺は無言で女神メディアの祝福をアクティブにする。


 そして、俺はラングとの会話を続けながら、無詠唱でサンダーバーストを展開――


 システムメッセージ:フェミニストの効果により魔法を使用できません。


 ……え゛?

メディア「あぁ、柚希くんがまたわたくしの罠に引っかかって……たまりませんわっ」

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