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エピソード 4ー2 クローズド・サークル

 翌日。俺達は朝一番に出発する乗合馬車に乗り、港のある隣町へと移動。今日の昼過ぎに出発するという帆船の前にやって来た。


「……よし、ローズの姿はないな」


 周囲の安全を確認し、俺とクラウディアは乗船手続きをしている列へと並ぶ。

 乗船して出発してしまえば、そのまま他領へと逃げることが出来る。目的地までは丸一日ほどかかると言うことだけど、さすがのローズも船の上までは追って来られないはずだ。


「……ご主人様、本当に良いんですか?」

「良いって……なにがだ?」

「ローズ様のことです。ローズ様のお慈悲がなければ、あたしは復活できなかったんですよね? それに、あたしが死ぬ直前も、色々と手を尽くしてくださったみたいですし」

「……分かってる。俺だって、出来れば恩返しもしたいって思うけど……」


 ローズが嫌な女の子でなければ、悪人でもないことは分かっている。

 そして……他のヤンデレとは違うことも。


 だけど、今のローズが監禁しないと言っていても、将来もそうだとは限らない。ヤンデレのランクが上がって……と言う可能性も十分にある。


 それに、こう、なんと言うか……追いかけられると逃げたくなると言うか、ヤンデレに追われていると考えると、全力で逃げないといけないような気がするのだ。


 ローズならどうせ、逃げてもどこまでも追いかけて来てくれそう(、、、、、、)な気がするし。


「にーちゃん、乗船するのなら許可書か、ギルドのプレートを見せてくれ」


 いつの間にか、列の最前線までやって来ていた。俺は慌てて、係のおっちゃんにに、ギルドのプレートを提示する。


「……ミナセ、か。ランクも問題ないな。運賃は一人銀貨5枚だ。それで、そっちの扇情的な格好をした嬢ちゃんは?」


 ……扇情的な格好。たしかに服は昨日のまま。オフショルダーのトップスだけども……クラウディアは指摘されて恥ずかしかったのだろう。俺の背中に隠れてしまった。


「えっと……彼女は俺の奴隷だ」

「なるほど、奴隷か。それじゃその服は……ふっ、ご主人様の趣味って訳だな。なかなか良い趣味をしてるじゃねぇか」


 ニヤニヤとおっちゃんが俺を見る。


 違う、俺の趣味じゃなくて、メディアねぇのチョイスだ――って言いたいところだけど、メディアねぇの選んだ服は、完璧に俺の趣味に合致しているので反論の余地はない。

 俺は無言で肩をすくめて誤魔化すことにした。


「まぁ、奴隷を連れて行くのは問題ない。念のために確認するから、水晶に触ってくれ」


 おっちゃんは、俺の背後に隠れているクラウディアに視線を向けて鼻の下を伸ばした。


 なんか……あれだな。純情な見た目の女の子が、大胆な服をきて恥ずかしそうにしてるのは思いっきり俺のストライクなんだけど……それを他の男に見られるのは面白くないな。


 島を出たら、普通の服や上に羽織るものを買おう――と、そんな風に決意するけど、この場ではどうしようもない。水晶を触るように促した。


「えっと……こうですか?」

 クラウディアは顔を赤らめながらも俺の背後から出てきて、水晶に右手を乗せた。だけど、それを見たおっちゃんがおや? といった表情をする。

「奴隷の契約は結んでいないのか?」

「え? あぁ……実は訳ありで、今は契約をしてないんです」

「なるほど……それは困ったな」

「困った、ですか?」

「ああ。悪いが、奴隷の契約を結んでいなければ、嬢ちゃんの乗船は認められん」

「え、許可書がなくても、俺の奴隷には変わらないんですよ?」

「犯罪者から金をもらい、同じような名目で領外へ逃がす冒険者がたまにいてな。にーちゃんがそうとは言わんが……これも規則なんでな」

「そう、ですか……」


 これは困ったぞ――と、俺は考えを巡らせる。確実なのは、クラウディアを買った奴隷商のお店に行って、再契約をしてもらうことだけど……


「おや、貴方は」


 不意に声が掛かる。見れば、おっちゃんの後ろから、紳士的な出で立ちの男がこちらを見ていた。はて……どこかで見たような気がするけど。


「これはこれは、ラング様。どうかなさったのですか?」


 乗船の手続きをしていたおっちゃんがそんな風に言う。そのラングという名前を聞いて思い出した、俺がクラウディアを買った奴隷商のオーナーである。


「ラングさん、先日はお世話になりました」

「いえいえ、こちらこそ。先日奴隷をお買い上げくださった……ユズキさんでしたかな。なにやらお困りのようですが、どういたしました?」


「実は……奴隷の証明がなければ、彼女を乗船させられないと言うことで困っていたんです」


 俺は視線でクラウディアを示しながらそういった。


「ほう。その美しい少女が奴隷――まさかっ、クラウディアですか!?」

「ええ。色々あって呪いは解けたんですが、奴隷契約まで解けてしまって……」

「……ま、まさかあの呪いが解けるとは」


 ラングさんは信じられないとばかりに目を見開いている。

 俺はそんなラングさんが驚きから立ち直るのを待って、「なので、奴隷の再契約をして貰いに行こうかと思っていたところです」と続けた。


「……ふむ。それはちょうど良かった」

「良かった、ですか?」

「ええ。少しお待ちください。――彼らに乗船許可を出してあげなさい」

 後半は、乗船の手続きをしているおっちゃんに向かって言い放つ。


「はっ、いや、しかし……彼女は」

「心配ない。彼女が奴隷であることは私が保障しよう。それに、船に乗ったら、私が奴隷の再契約をおこなう。だから、問題はなかろう」

「そういうことでしたら、かしこまりました」


 ――という訳で、乗船手続きを終えた俺達は、ラングさんと一緒に乗船した。


「ラングさん、良かったんですか?」

「ええ、この船は私が雇っているので、ご心配には及びません」

「そう、だったんですか。ありがとうございました」

「いやいや、アフターケアも大切な仕事ですからな。それで、色々とうかがいたいこともあります。よろしければ後で夕食など、ご一緒にいかがですか?」

「それは……」


 思わず返答に詰まる。死亡してリザレクションで生き返らせたとか、軽々しく話せることじゃないと警戒したんだけど……


「あぁ、ご心配なく。後学のために、色々とお話を聞きたいだけで他意はありません。それに無理にとは申しませんのでご安心ください」

「そういうことであれば喜んで」


 乗船の許可をもらうのに、あとで奴隷契約をするという約束だった。どのみちラングさんに頼む必要があるので、快く受けることにした。


 そうして「また後ほど」と船内へと立ち去っていくラングさんを見送る。



 ラングさんが立ち去った後、ほどなくして船は帆を上げて出発した。つまりは、グラン島との繋がりが絶たれ――外から誰も来ない、クローズド・サークルになったと言うこと。


 これで、ローズの追っ手がこの船に乗り込んでくることはありえない。


 ようやく安堵した俺は、クラウディアと並んで船縁にある転落防止の柵に身をあずけ、遠ざかっていく陸をぼんやりと眺める。


「……色々あったけど、この島ともお別れだな」


 ローズとの別れは少しだけ、本当に少しだけ寂しいけれど、彼女がヤンデレで、俺にフェミニストと言うスキルがある以上は仕方がない。


 いつか、フェミニストのスキルをなんとか出来たら、お礼くらいはしに戻ってこよう。


「……ねぇ、ご主人様。これからどうするおつもりですか?」

「ん~そうだなぁ。ひとまずはのんびりしたいけど……その後は服飾の仕事でもしたいかな」

「どうして服飾を? そう言えば、スカートも、器用に改造してくれましたよね」

「ああ。色々あって諦めてたけど、服飾の仕事に就くのが子供の頃の夢だったんだ」

「そう、だったんですか?」


 なぜか、クラウディアが驚きに目を見開いた。


「……なんでそんなに驚いてるんだ?」

「いえ、その……実は、あたしの実家も、洋服店なんです」

「……マジで?」

「マジです。もっとも、経営が悪化してたから、まだやってるかは分かりませんけど……」


 丘を眺めながら、風に青みがかった銀髪をなびかせる。そんなクラウディアの横顔が、妙に寂しげに映った。


「……もしかして、クラウディアが奴隷になったのって?」

「ええ、家の借金を返済するためです。と言っても、無理に売られたわけじゃありませんよ。家族を護りたいって、自分からお願いしたんです」

「そっか……」


 思うところはあるけど、よく知りもしない俺があれこれ言うことじゃないだろうと自重。話を進めることにする。


「実家が洋服店なら、クラウディアも少しくらいは知識があるんだよな? もし俺が服飾の仕事をするって言ったら、手伝ってくれるか?」

「あたしはご主人様の奴隷だから、断るという選択肢はないんですけど……でも、それなら喜んで手伝いますよ。裁縫が少し出来る程度ですけど……」


 あぁ、そう言えば裁縫スキルがあったな。あれはそう言う理由だったのか。

 でも……クラウディアには針子をしてもらうより、モデルをしてもらいたいなぁ。


「……ご主人様が、なんだかエッチなことを考えている気がします」

「まあ……否定はしない」


 清純そうなワンピースを着せたり、逆にちょっとエッチな服を着せたり。

 羞恥心に耐えながらも着こなすクラウディアを鑑賞する。それはなんと言うか、凄く充実したスローライフだと思うのだ。


「……ご主人様のエッチ。でも、服飾のお仕事が出来るなら嬉しいです。あたしはこれからもお手伝いをします。だから……これからもご主人様のお側においてくださいね?」

 青みがかった銀髪を風に揺らし、可愛らしい笑顔を浮かべる。そんなクラウディアと一緒にいたいと、俺は心から思った。




「……そうだな。一緒に服飾の仕事をしよう。これからは、ずっと一緒だ」

「えへへ、約束ですよ。港に着いたら、さっそく店を開きましょうね」

「おいおい。それはいくらなんでも先走りすぎだ。まずは店を開く資金集めをしないと」

「それなら、私が出資者になってあげようか?」

「それはありがたいけど……」


 家は没落して、本人は奴隷。お金なんて持ってないだろ――と、視線を向けると、なぜかクラウディアは、俺を見て目を見開いていた。


 ……いや、違う。クラウディアが見ているのは……俺の後方? まさかと思って振り向くと、そこにはゴシックドレスに身を包んだローズがたたずんでいた。



「ロ、ロロッローズ!?」

「そうだよぉ、ユズキお兄さん」


 ローズが無邪気な無邪気な微笑みを浮かべ――いや、彼女は凶悪なヤンデレだ。無邪気だとしても無害ではない。俺は顔が引きつるのを自覚した。


「……ローズがどうしてここに?」

「もちろん、ユズキお兄さんを迎えに来たんだよ~?」

「そうじゃなくて。どうして俺がこの船に乗るって分かったんだ!?」

「なぁんだ、そんなこと。ユズキお兄さんのことならなんだってお見通し……って、言いたいところだけどね。もちろん、ちゃんと理由があるよ」


 ローズはそう言いながら、なぜかクラウディアに視線を向けた。


「――凄いね。冒険者になったばっかりのユズキお兄さんが、クラウディアさんを生き返らせると同時に、冒険者ランクまで上げて、船で逃げ出すって言うのは予想外だったよ」

「それは……偶然だけどな」


 24時間以内にクラウディアを生き返らせなきゃいけない。

 その状況下で他のことを考えている余裕なんて一切なかった。ただ単純に、クラウディアを生き返らせるための手段が、ギルドのランクを上げるための手段と被っただけの話である。


「でも、それならなおさら、どうして俺がこの船に乗ってるって分かったんだよ?」

「ふふっ、ここまで言っても分からないの? 私がどうして、ユズキお兄さんが冒険者に登録したばっかりなことや、ランクが上がったことを知ってると思うの?」

「え、それって……まさか!?」

「うん。ユズキお兄さんは、この島に流れ着いたって言ってたでしょ? だから、島から出るのなら、近くの街で冒険者になるんじゃないかなって予測してたんだよ」

「それじゃ……あの街にいたのは?」

「うん、調べに来てたの。名前が違ってたから最初は分からなかったけど、ヤンデレに死ぬほど愛される:SSSを持ってる人がいるって聞いて、すぐにお兄さんのことだって分かったよ」

「……あ」


 唐突に理解した。俺はギルドにミナセという名前で登録をしていた。にもかかわらず、シルフィーさんがいつの間にか、俺のことをユズキくんと呼んでいた。

 それはつまり、俺の名前がバレるようなやりとりがあったと言うこと。


「シルフィーさんか……」

「そうそう。そのお姉さんから伝言だよ。『ユズキくんはギルドにとって必要な人材だから、島から出て行かれたら困るわ』だってさ」

「むぅ……」


 権力云々以前に、利害が一致していたか。と言っても、ローズが俺を監禁するつもりであろうことを知ってるかは不明だけど……


「そんな訳だから、大人しく私とグラン島に戻ってくれるかな?」


 無邪気に微笑むゴスロリ少女。見た目は可愛いんだけど……その外見に騙されると、一生部屋に監禁される生活になりかねない。


 ――という訳で、最終兵器を発動!


「クラウディア、出番だ!」


 俺はクラウディアの背中に隠れた。

 ローズが沈黙し、クラウディアもまた同じように沈黙する。


「……ユズキお兄さん、それはいくらなんでも……どうかと思うよ?」

「そうですよ、ご主人様。どう考えても、あたしには無理です」


 なんか、二人揃って俺に非難の眼差しを向けてくる。タイプの違う美少女二人に蔑んだ目で見られ、ちょっとへこみそうだ。


 だけど、ここで負ける訳にはいかない! 少しでも可能性がある限り、俺はこの場を切り抜けることを諦めない――と、クラウディアを応援する。


「大丈夫だ、クラウディア。クラウディアは衰弱の呪いから解放されて、全てのスキルランクが元に戻っている。だから、今のクラウディアならきっといける!」

「無理ですってば。はっきり覚えてないですけど、ローズ様って、ご主人様を襲った連中を血祭りに上げてましたよね?」

「諦めちゃダメだ! いけるいける! 頑張ればきっといける!」

「いえ、その……スキルランクが戻っても、あたしに戦闘スキルとかないんですよ? それに、ローズ様は恩人でもありますし」

「……どうしても無理か?」

「無理ですよ」

「無理かぁ……」

 万策尽きた。

 

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