エピソード 4ー1 女神メディアの祝福(罠)
リザレクションの使用により、光の粒子となって崩れかけているクラウディアの身体に、復活を司る光が収束していくが――崩壊が止まらない。
まさか……間に合わなかったのか?
「クラウディア、しっかりしろ、クラウディア!」
嫌だ。クラウディアがこのまま死んでしまうなんて絶対に嫌だ! せっかく、せっかくヤンデレじゃない女の子と出会えたのに、こんな風にお別れなんて嫌だ!
「クラウディア……お願いだ、クラウディア、目を、目を開けてくれ!」
クラウディアが死んだときのことを思い出し、俺は必死に叫ぶ。
次の瞬間、クラウディアの身体の崩壊が止まった。そして時間を巻き戻すかのように、クラウディアの身体が修復されていく。
「……間に合った、のか?」
そうであって欲しいと願いつつも、そうだという実感を抱けない。そうして不安に押しつぶされそうになる俺の目前で、クラウディアの豊かな胸がわずかに上下を始めた。
「ごしゅじん、さま……?」
ゆっくりとまぶたが開き、吸い込まれそうなエメラルドグリーンの瞳が、ぼんやりと俺の姿を捉える。クラウディアの声を聞き、言いようのない感情がこみ上げてきた。
「……泣いて、いるんですか?」
クラウディアが不安そうな表情を浮かべたので、なんでもないよと首を横に振った。そうして、クラウディアには見えないように目元を腕で拭った。
「……おはよう、クラウディア」
血で汚れていない人差し指を使い、クラウディアの顔にかかった銀髪を軽く払う。
サラサラの銀髪に縁取られた小顔には、エメラルドグリーンの瞳や、筋の通った鼻。そして小さな口を始めとした整ったパーツが収められている。
そしてなにより――その下地は、透けるような白い肌。
「……想像を上回る美少女だったんだな」
「ふえっ!? な、なにを言い出すんですか。あたしには酷い火傷の痕があるし、美少女だなんて、そんな風に言われても――」
嬉しくないとでも言おうとしたんだろう。
俺はそんなクラウディアの唇を人差し指で塞いだ。
「クラウディアは最初から綺麗だったよ。火傷の跡があったときから、な」
「~~~~~~~っ。な、なんですか!? そんな見え透いたお世辞であたしを喜ばせて、一体どうするつもりなんですか!? ……って、火傷の痕があったとき、から?」
俺の言い回しに気付いたクラウディアが、慌てて自分の頬や、むき出しの胸元に触れる。その玉のような肌に、火傷の痕跡は残っていない。
「……え? 火傷の痕が……ない? どうして……うぅん。それより、あたしは、毒で死んだはずじゃ……? もしかして、一命を取り留めたんですか?」
「いや、完璧に死んだな」
「ええっと……それじゃ、ここは天国、ですか?」
「ないない。と言うか、俺は不老不死だから死なないし。ここはバンドールのダンジョン、五階層のボス部屋だよ」
「……ダンジョン?」
クラウディアが上半身を起こして周囲を見回し――えっ!? と驚きの声を漏らした。
「あ、あたしどうしてこんな場所に!?」
「言っただろ、クラウディアは一度死んだって。それで俺がリザレクションを覚えて、生き返らせたんだ。だから、火傷の跡も消えてるだろ?」
「リザレクションを覚えてって……あっ、もしかして?」
俺は頷き、ステータスウィンドウから直接リザレクションを覚えたことを打ち明けた。
「……そう、だったんですね。あたしはあのとき一度死んで……ぐすっ」
急にポロポロと泣き始める。そんなクラウディアを見て俺は驚いた。
「ク、クラウディア? どこか痛いのか?」
「いえ……あたし、あのまま死んじゃうと思ってたから……だから、ご主人様が生き返らせてくれて、もう一度、あたしに生きるチャンスをくれて……凄く、凄く嬉しくて……」
「そっか……」
痛みや悲しみじゃなくて、安堵の涙だと分かってホッと息をつく。そんな俺に対して、クラウディアが縋り付いてきた。
「……ご主人様。ありがとう、ありがとうございます」
「俺の方こそ、ありがとう。クラウディアが俺を庇ってくれたこと、凄く嬉しかった」
「あれは……その。とっさに身体が動いてしまって。それに、ご主人様は不老不死なのに、あたしが出しゃばったせいで、余計な手間を……」
「手間なんて思ってないよ。ただ……凄く焦ったから、次からは勘弁してくれ。この24時間、自分が死ぬよりずっと恐かったから」
俺はクラウディアを抱きとめたまま、片方の手でサラサラの髪を撫でつけた。そうして、腕の中にクラウディアの温もりを感じて安心する。
「……ごめんなさい」
「さっきも言ったけど、庇ってくれた気持ちは凄く嬉しかったから。だから、もう無茶はしないって約束してくれたら十分だ」
俺が自分の願いを打ち明けると、クラウディアは少し名残惜しそうに俺から身を離した。そうして、まっすぐに俺の顔を見つめる。
「……ご主人様。あのときはご主人様が危ないって思って。そうしたら勝手に身体が動いちゃったんです。だから、心配かけないようにはしたいですけど……その、また同じことをしちゃったら、あたしのこと……助けて、くれますか?」
無茶をしないで欲しいという俺に対し、俺が心配だから無茶をしちゃうかもと言う。少し不安げなクラウディアが可愛すぎである。
俺は仕方ないなぁと苦笑いを浮かべた。
「もし同じ状況になっても、絶対助けてやる」
「……ホント、ですか?」
「ああ。でも、出来れば勘弁してくれよ。ここまで焦ったのは、本当に初めてだったんだからな? それと……今更なんだけど――」
俺は少しだけ視線を落とし、それから明後日の方向を向いた。
「取りあえず、胸を隠してくれないか? さすがに目のやり場に困るからさ」
「……ふぇ?」
視界の隅で、クラウディアが下を向く。その瞳に映ったのはおそらく、ダンジョンの明かりに照らされた豊かな双丘。
「な、なななな、なんであたし裸なんですか!?」
慌てて、両腕で胸元を隠す。そんな仕草を視界の隅で確認した俺は、再びクラウディアに視線を戻した。その透けるような白い肌が、朱色に染まっている。
ちなみに、クラウディアは裸だと言ったけど、正確には素っ裸ではない。治療のさいに、上半身を脱がされただけ。ひらひらのスカートは健在だ。
……まあ、それが逆に扇情的な気がしないでもないけどな。
「こ、こんなところであたしを脱がして、一体どうするつもりなんですか!? せめて、初めてくらいは宿屋とかで良いじゃないですか、ご主人様の変態! エッチすぎですっ!」
「酷い誤解だ。……頑張ったのに」
ちょっとだけしょんぼりする。
だけど、クラウディアらしい反応でもある。
これがローズみたいなヤンデレだと『えっちぃ。でも、ユズキお兄さんが望むなら……』とかなんとか言って、誤解だという俺を無視して無理矢理……って流れだもんな。
ヤンデレじゃない女の子の反応はホントに可愛い――なんて考えていると、いつの間にかクラウディアにジーッと見られていた。
「えっと、なんだ?」
「ご主人様……いま、他の女の子のことを考えていませんでしたか?」
「そっ――んなことはないぞ?」
動揺はとっさに押さえ込んだけど、不意打ちでかなり焦った。そして、クラウディアはそんな俺の小さな反応を見逃さなかったのだろう。なんか視線が冷たい。
まさか、クラウディアまでヤンデレ化してたりしないよな? 一度死んで、衰弱の呪いは解けてるはずだから、ヤンデレ化耐性は実質的に上がってるはずだぞ。
……っと、そうだった。
「クラウディア、ステータスウィンドウを見せてくれ」
「え、そんなっ! 直接あたしを弄ぶんじゃなくて、あたしのステータスを弄ぶつもりですか!? そう言う性癖に目覚めちゃったんですか!?」
両腕を胸の前で交差して豊かな胸を隠す――と言うか、押しつぶす? なんか、逆に扇情的に感じるのは気のせいなんだろうか?
……ゴクリ。
いや、ゴクリじゃなくて。いかんな。なんか激戦やクラウディアの復活で大変だったから、まだ精神が高揚してるのかな。ちょっと冷静にならないと。
まずはクラウディアに羽織るものを用意しよう。服の代わりになりそうなものは……っと、アイテムボックスになんか服があった。
そう思って取り出したのは……オフショルダーのトップス?
なぜにこんなものがアイテムボックスに? しかもこれ、縫合とかがどう見てもこの世界のレベルに合っていない。なんか日本の街に売ってそうな服だけど……と思ったら、まるで新品のようにタグが付いていて――
頑張ったご褒美に、柚希くんの喜びそうな服をプレゼントですわ。クラウディアに着せて、存分に鑑賞してくださいね。
――貴方の大好きなお姉ちゃんより。
どこから突っ込んで良いのか分からねぇ。……いやまぁ、これも服には違いない――と、俺はタグを取ってクラウディアに差し出す。
「……これは?」
「見ての通り……かは分からないけど服だ。後ろを向いてるから、これを着ろ」
ここはボス部屋だけど、人がいる限りは再ポップしないと言う話だし、5分や10分くらいなら問題ないだろう。と言うことで、俺はクラウディアに背を向ける。
ほどなく、背後から衣擦れの音が響く。そしてなにやら、布の面積が少ないとか、サイズが小さいとか聞こえてきて非常に気になる。
細かいデザインまで見てなかったけど、どんなんだろうと待つこと数分。
「……ご、ご主人様。これで……良いんですか?」
「おう、どれどれ――」
再び振り向くと、胸の形がはっきりと分かる、オフショルダーのトップスを着たクラウディアが、恥ずかしげにもじもじとしていた。
……なんと言うか、思いっきりストライクである。と言うか、ストライク過ぎて恐い。メディアねぇは、なんで俺の趣味をここまで理解してるんだろうか……
「……そ、そんなに見られると恥ずかしいです」
「いや、すまん……」
と言いつつも、視線は外せない。
クラウディアがもじもじするたびに、服の上からでも分かる胸が揺れる。と言うか……クラウディアはさっきまで上半身裸だった。つまり、あの服の下はノーブラな訳で……
俺は思わず右手を――
「……ご主人様?」
クラウディアが小首をかしげる。その瞬間、俺は我に返った。
「あぁいや、ごめん。なんでもないんだ」
危ねぇ。一瞬、我を忘れていた。たしかに、火傷の跡が消えたクラウディアはむちゃくちゃ綺麗だし、服はドストライクだけど、相手の意思を無視するなんてヤンデレと同じだぞ。
冷静になれ、俺――と深呼吸を一つ。
「すまん。取りあえず、ステータスウィンドウを見せてくれるか?」
「はい。ステータスオープン……え? ご主人様、これって……」
「言っただろ、クラウディアは一度死んだって。だから、死ぬまで消えない、衰弱の呪いが解除されたんだ。これで、クラウディアも呪いに苦しまなくて大丈夫だぞ」
もしまた火傷をしたとしても、痕を消すことが出来る。毒を食らったとしても、キュア・ポイズンで解毒することも出来る。
喜んでくれると思ったんだけど……クラウディアはなぜか寂しげな表情をした。
「……が……えてます」
「え? なんだって?」
「ご主人様との奴隷契約が消えてます」
「契約が? あぁ……ホントだ」
なにごとかと思ったら、奴隷の契約か。たしかにあれも、呪い同様に死亡で消える類いのものだったな……って、どうして奴隷の契約が消えてがっかりしてるんだ?
「ご主人様!」
「は、はい?」
急に呼ばれてビクッとしてしまった。
「後でもう一度、奴隷契約を結び直してくださいね」
「え、別にわざわざ結ばなくても良いだろ?」
「良くないです」
「……なぜに。別に奴隷じゃなくなったからさよならとか、そんなことは言わないぞ? だから、わざわざ契約なんて結ばなくても良いだろ」
「むぅぅぅ……」
なんか、すっごい不満げな顔をされてしまった。クラウディアは押しに弱いのバッドステータスがあるから、これくらい言えば引き下がると思ったんだけどな。
と言うか、今までは火傷の痕が酷くて気付かなかったけど、クラウディアはずいぶんと表情が豊かだ。その表情がとても可愛い。
「あたしを奴隷にするのが嫌なら、ご主人様があたしの奴隷になってくださいね?」
「――なんでっ!?」
意味が分かりません。
「あたしはご主人様との絆が欲しいんです。だから、ご主人様があたしの奴隷になるか、あたしがご主人様の奴隷になるか、二つに一つです。どっちか決めてください」
「……なにその二択」
意味が分からないけど……さすがに奴隷になるという選択はない。それにまぁ……奴隷だろうがなんだろうが、重要なのはどう接するか、だ。
だから――
「分かった。クラウディアが奴隷でいたいって言うなら、あとで奴隷の契約を結び直そうか」
「二択なのに、あたしを奴隷にする方を選ぶなんてご主人様のエッチっ! あたしを奴隷にして、エッチな命令とかするんですね!?」
「しませんよ!?」
ちょっと興味はあるけど――と内心は口に出さずに否定する。
……いや、ちょっと興味はあるけどじゃなくて。さっきからどうなってるんだ。俺どころか、クラウディアまでなんかおかしいし……変なバッドステータスとか増えてないだろうな?
そう思って、クラウディアの、開きっぱなしになっているステータスウィンドウをあらためて確認。ヤンデレのようなスキルはもちろん、それっぽいバッドステータスも増えていない。
だけど――
――精神高揚:+57%
……原因みっけ。どう考えてもこれが理由だ。なんでこんな状態異常が――と自分のステータスを確認したら、自分の方にもあった。
もしかして……と、女神メディアの祝福の詳細を見直すと、自分と仲間の精神が高揚するって書いてあった。どうやら、これが原因のようだ。
やっぱり罠だったかぁ……と、俺は思わずため息をついた。
いやまぁ、女神メディアの祝福がなければ、ボスに勝てなかった。勝てたとしても、クラウディアの復活限界に間に合わなかったのは確実。習得に後悔はないんだけどさ。
でも、どうして+57%なんだ? スキルが原因なら+30%のはずなんだけど……って、まさか――と、俺は称号にあるプラス補正を計算する。合計27%だ。
つまりは……30+27=57。実に単純な足し算である。
もしかしなくても、称号による増加が加算されてるな。
――はっ!? ま、まさか、全ての能力にプラス補正って……【ヤンデレに死ぬほど愛される】なんかも含めて全て、なのか?
……ありそうな気がする。と言うか、それしか考えられない。
今までの疑問が一気に氷解した。
ヤンデレタイムのヤンデレ化が+20%に対して、ヤンデレに死ぬほど愛されるのヤンデレ化は+10%しかない。にもかかわらず、シルフィーさんが昼にヤンデレ化した理由。
それは……ヤンデレに死ぬほど愛されるの効果も全て+27%されていたから。
なんてこった。どうりで、色々とおかしいと思った。
「あの……ご主人様、大丈夫ですか? おっぱい揉みます?」
「揉みませんよ!?」
「……揉まないんですか」
「なんで残念そうなんですかね!?」
「それは……だってぇ。ご主人様の貸してくださった服、なんだかとても扇情的で……それに、なんだか、気持ちが高ぶっていて……その、ステータスでも良いですよ?」
「えっと……その……」
純情そうな女の子が扇情的な服を着て、恥ずかしそうにしながら大胆なセリフで誘ってくるとか、破壊力がありすぎる。
このまま押し倒して――じゃなくて! ダメだ。マジでヤバイ。色々とヤバイ。クラウディアもおかしいけど、俺もかなりおかしい。
俺の理性が破壊される前に、とにかくダンジョンから離脱しよう!
ボス部屋では魔石を回収――ちなみに、召喚されたガルムも魔石は持っていた。それに、SPもどうやら増えているっぽい。
ゲームとかだと、ドロップ集めやレベリング防止で、経験値やドロップがなかったりするんだけど……この世界では他の敵と同じ扱いみたいだな。
ともあれ、ボス部屋でドロップ品を回収。そのまま六層にある転移の間に向かった。
そして――
六層にある転移の間へと続く階段の半ばに倒れているグレイを見つけた。意識を失っているようだけど、話しかけたら反応があった。
「まだ生きていたんだな」
「……ユズキ、か。お前こそ、生きて……いたのか」
「ああ。それに、目的も果たしたよ」
クラウディアの存在を示すと、グレイは大きく目を見開いた。
「……そう、か。お前は、俺には出来ないことを……やり、遂げたんだな……」
そんな風に呟いて、グレイは意識を失った。
――だけど、そこに浮かんでいるのは、どこか満足そうな表情。
自分と同じように絶望するのを期待していたなんて言ってたけど、本当は自分とは違う結末にたどり着く者が現れるのを期待していたんだろう。
……なんて、俺の勝手な予想だけどな。
なんにしても――と、俺はグレイにヒーリングをかけた。一度では完治しなかったけど、何度かかけているうちに見える傷はなくなり、呼吸が整っていった。
おそらくは助かるだろう。
「……ご主人様、この方は?」
「こいつか? こいつは……そうだな。恩人……になるのかなぁ」
グレイが裏切らなければ、クラウディアをもっと楽に救うことが出来た。だけど、グレイが最初からいなければ、こんな風に五層にまで来ることは出来なかった。
ボス部屋はクラウディアを優先して見捨てようとしたけど……この状態で見捨てようとは思わない。もちろん、ギルドに事情を話して、それなりの対応はしてもらうつもりだけどな。
――俺は意識のないグレイを抱えて六層にある転送の間に。
クラウディアとグレイを連れて、一層へと帰還。そのままダンジョンから脱出した。
その後、ギルドに事情を話してグレイを引き渡したりと色々あったけど、俺の方はやはりといかなんというか、お咎めはなかった。
前も思ったけど、この世界の住人はヤンデレの発症に対する考え方が変わっている。色々と考えたんだけど、その理由は恐らく、ヤンデレタイムがあるせいだろう。
この世界の創造神たる女神メディアの力が強くなるヤンデレタイム。その時間帯は、ヤンデレが発症しやすくなり、ヤンデレのスキル持ちは2ランクアップになるという。
だけど、それでヤンデレが誰かに被害を及ぼしたとしても、創造神に文句を言えるはずもない。だから、発症させる方が悪いと言う風潮になっているのだと思う。
ただ、今回の件に関しては、温情を与えるようにお願いしておいた。甘いと言われるかもしれないけど、やっぱり責任は感じるし、結果的に助かったのも事実だからだ。
とにもかくにも、俺とクラウディアはギルドの受付嬢、シルフィーさんのところで、ダンジョンで得たドロップアイテムの換金をおこなっていた。
……と言っても、ドロップ品はほぼ全てが魔石で、レアドロップ……と言うか、魔石以外のドロップはほぼ皆無。それも、ゴミのようなものばっかりだ。
なので、価値のないものは処分してもらい、魔石は全て換金した。
「お待たせ。これがユズキくんの取り分よ」
手続きの終えたシルフィーさんが、換金したお金を手渡してくれる。
銀貨でおよそ7枚。まあ……一層から潜ったことを考えたら、悪くない金額だろう。
「それと、冒険者のプレートを貸して」
「……えっと?」
「言ったでしょ、魔石の量に応じてランクを上げるって。今回は五層のボスの魔石もあるから、かなりポイントが加算されるはずよ」
「あぁ……そう言えば、そんなことを言ってましたね」
冒険者のプレートを差し出す。それを受け取ったシルフィーさんは、魔導具らしき物にプレートを差し込んでなにやら操作を開始した。
「……おめでとう。2ランクアップで、ランクDになったわ」
「おぉ……」
まさかの2ランクアップ。どうやってローズから逃げようかと思ったけど、これで船に乗ってよその領地へ逃げることが出来る。
「二日でDランクだなんて凄いわね。それに……」
シルフィーさんは、クラウディアに視線を向ける。
ギルドマスターとの会話に立ち会っていたので、俺がリザレクションで生き返らせたことを知っているのだ。
「さすが、私が見込んだユズキくんね」
「……ありがとうございます」
「そんなユズキくんに、お姉さんからお願いがあるんだけど」
「……お願い、ですか?」
「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。お願いと言っても、Dランク以上の冒険者全員にお願いしている内容だから」
「ふむ。どんなお願いなんですか?」
冒険者に対するお願いなら、変な内容ではないだろうと続きを促す。
「実はここ数年、街道で馬車が襲われたり、女子供が攫われるなどの事件が多発しているの」
「それは……物騒ですね」
思い出したのは、ローズを襲撃していた連中。
あれもそうだったんじゃないだろうかと、詳細を伏せて聞いてみた。
「そうね、無関係じゃないと思うわ。ただ、末端の組織はいくつか潰しているんだけど、黒幕の尻尾がいまだにつかめないのよ」
「黒幕ですか……」
そう言えば、ローズの護衛もただの盗賊じゃないとか言ってたな。
「かといって、全ての馬車に護衛を付けるようなことも出来ないし……これはゆゆしき事態よ。だから、Dランク以上の人には情報収集をお願いしているのよ」
「分かりました。なにか情報があったら連絡しますね。ただ俺は港町に行くつもりなので、情報を集められないかもしれませんが」
俺が答えた瞬間、ピシッと言う音が聞こえた気がした。
そして――シルフィーさんの瞳から光が失われた。
「……ユズキくんは、この島から出ていく、つもり……なの?」
「え、いえ、そ、それは……」
「それは……?」
「そ、そんな訳ないじゃないですか。ただ、ちょっと海を見てみようと思っただけですよ!」
「……本当?」
嘘です、実はそのまま逃げるつもりです。なんて言ったら、即座に監禁されそうな雰囲気だったので、俺は「もちろんです、あはははははっ」と必死に笑って誤魔化した。
そんな俺の頑張りが功を奏したのか、シルフィーさんの瞳に光が戻る。
「そうよね。海を見るだけよね」
「ええ、もちろんですよ」
嘘をつくことには罪悪感があるんだけど……事実を言ったらシルフィーさんの犯罪行為を誘発しそうだからやむをえない。
――なんて、甘いことを考えていたから、俺は違和感に気付かない。
このとき、もう少しだけ冷静だったなら、気がつくことも出来ただろう。だけど俺は冷静じゃなくて……違和感に気づいたのは――全てが手遅れになってからだった。