エピソード 3ー3 わずかな可能性
……どうして、こんなことになったんだろう――と、クラウディアの手を取りながら、俺はぼんやりと考えていた。
俺がヤンデレに対抗するなんて理由で、仲間を求めなかったら良かったんだろうか? それとも、ローズの屋敷から逃げなければ良かったんだろうか?
いや……そもそも、ローズを助けたあと、そのまま別れれば良かったんだ。そうすれば、俺がクラウディアを買うことも、ローズがヤンデレに覚醒することもなかったはずだ。
……思えば、前世でもそうだった。
俺がヤンデレから逃げることで、周囲の人間を巻き込むことが頻繁にあった。俺がヤンデレに抵抗するたびに、周りの人が不幸になる。
俺が、普通の幸せなんかを、望んだから……
「……ユズキお兄さん、クラウディアさんにお別れは言えたの?」
おもむろに背後から声が響く。振り返れば俺の直ぐ後ろ。ローズがたたずんでいた。
「お別れは……言えたよ。だから、もう、十分だ。俺を好きにしてくれ。俺はもう、キミに逆らったりしないから」
ローズにしてみれば望みどおりの結果で、満面の笑みを浮かべる――と俺は思っていた。だけどそこに浮かんだのは、どこか冷めた――失望するような表情だった。
「……ユズキお兄さんは、諦めるの?」
「なにを、言って……」
諦めるのかと聞かれたら、その答えはイエスだ。既に諦めている。でもそれは、クラウディアが死んで、もうなにをしても手遅れだと思っているから……
いや、ローズだってそんなことは分かってるはずだ。なのに、諦めるのかと尋ねるのは、諦めなくても済む方法があるから……?
「もしかして……なにか方法があるのか?」
「リザレクション。死んだ人間を生き返らせる魔法……聞いたことないかな?」
「あぁ……それは知ってるよ。でも、彼女には衰弱の呪いが掛かっているから……」
復活は不可能だと口にする寸前。俺はなにかが引っかかって口を閉ざした。そんな俺に向かって、ローズが淡々と告げる。
「死亡した時点で、クラウディアさんの呪いは解除されているはずだよ」――と。
「……そう、か。リザレクションで、クラウディアを復活させられる?」
「リザレクションなら可能だよ。もっとも、リザレクションの使い手がいないけどね」
「それは……この島には居ないってことか?」
「そうだね。と言うか、リザレクションが使えるのは……王都にいる最高司祭くらい、かな」
「なら、その人に頼めば良いんだな?」
俺の問いかけに、けれどローズは首を横に振った。
「毎日、どれだけの人が死んでると思ってるの? 最高司祭に復活させてもらえるのはほんの一握りだけ。権力や、コネがある――特別な人間だけだよ」
「特別な人間……」
俺は呟きながら、ローズを――ブラッド伯爵家のご令嬢を見る。
「ユズキお兄さんのお願いだからなんとかしてあげたいけど……無理だよ」
「そう、か……。だったら、自分でコネを作るしかない、か」
俺はこの世界で服飾の仕事をしようと思っていたし、日本での知識も残っている。内政チートの限りを尽くせば、最高司祭とのコネを作ることだって夢じゃないと、そう思った。
だけど――
「無理だって言ったのは、そう言う意味じゃないの」
「……そう言う意味じゃない?」
「うん。もちろん、コネがないと無理なのは本当。そして、ブラッド家でも難しいのは本当。だけど、それ以前に、ここから王都まで何週間もかかるから」
「それは……まさか!」
俺は慌ててステータスウィンドウを開き、リザレクションの項目を表示する。
【リザレクション】必要SP2,000。
24時間以内に死んだ人間を、復活させることが出来る。
二十四時間以内――つまりは、24時間以内にリザレクションを使わなければ、クラウディアが本当に死んでしまうと言うこと。
「24時間じゃ……どうやっても間に合わないじゃないか!」
朝一番に島を出る船があったとしても……とても間に合うとは思えない。
だけど――俺はスキルを任意で習得出来る。
当然、リザレクションも対象だけど……問題はリザレクションの習得に必要なSPが2,000で、俺のSPが一桁だと言うこと。
現在は20時過ぎだから、明日の20時くらいまでに、およそ2,000SPを稼ぐ必要がある。
ウサギもどき――ホーンラビットと言うらしいんだけど、あの敵なら、約40,000体。ソロでなら、その半分くらいの可能性もあるけど……どのみち24時間で狩るのは不可能だ。
だけど、襲撃犯のリーダーなら400人。
恐らくは強い敵ほど、入手SPが増える。そう仮定すれば、ダンジョンの深くまで潜るほどに入手SPが増えると言うこと。
そして、あっさり倒せた襲撃犯のリーダーで5SPなら、一晩で2,000SPは不可能じゃない?
「その表情、なにか希望を見つけたみたいだね」
「ああ。一つだけ可能性がある」
だけど……フェミニストのスキルを所持する俺は、ローズからは決して逃げられない。ローズに拘束されたら、クラウディアを救えるかもしれない、わずかな希望が潰えてしまう。
だから――見逃してくれ、と。俺は頭を下げた。
「ユズキお兄さん、何度も言ってるけど、私のことを見くびらないで。ここでユズキお兄さんを拘束したりしないから」
「……本当か?」
信じたいけど、俺の知っているヤンデレなら、俺が感謝した瞬間に絶望を……なんて平気でやりかねない。ましてや、ローズは俺が逃げないようにと手足を欠損させた。
逃げても良いと言われて、簡単に信じることは出来ない。
「本当だよ。私はユズキお兄さんのことが好きで好きで好きでたまらないから、ユズキお兄さんに振り向いてもらうためには手段なんて選ばない。クラウディアさんを助けることで、ユズキお兄さんの好感度を稼げるなら、全力でお手伝い、だよ!」
「な、なるほど……」
ヤンデレとしては……凄く意外な答えだけど、目的のために手段を選ばないというのは凄く納得が出来る理由だ。
「言っておくけど、お屋敷で監禁したときだって、約束の日が来てもユズキお兄さんの気持ちが変わらなかったら、ちゃんと解放してあげるつもりだったんだよ?」
「……約束の日?」
「二、三日なら滞在しても良いって言ってくれたでしょ?」
「あぁ……そういうことか」
少し――いや、だいぶ意外だった。俺の知ってるヤンデレと言えば、俺の意思を無視して、物理的に自分のモノにしようとする相手ばっかりだったから。
だけど、ローズは本当に違うみたいだ。
手段を選ばないという意味では同じだけど、精神的にも俺を手に入れようとしているがゆえに、俺の気持ちも考慮してくれている。
ローズは良いヤンデレだ。
「ありがとう。俺はヤンデレが嫌いだけど……ローズには感謝してるよ」
「ふふ、その調子で惚れてくれて良いんだよ?」
「調子に乗りすぎだ。俺は基本的にヤンデレが嫌いだから」
「つれないなぁ……でも、媚びないユズキお兄さんも大好き。24時間経ったら、また捕まえに来るからね」
「それは……大人しく捕まれってことか?」
本当なら、ここで捕まえられても仕方がない。それを見逃してもらうのだから、24時間経ったら捕まるべきなんだろうか……? なんて考えていたのが分かったのだろう。
ローズはクスクスと笑った。
「良いよ、逃げても。逃げて逃げて、もう私からは逃げられないんだって、ユズキお兄さんが私から逃げるのを諦めるまで追いかけるから」
「ローズ……」
結構恐いセリフに聞こえるけど……これも慈悲をかけられている気がする。
……いやまぁ。これも俺を振り向かせるための策略なのかもしれないけど。
「念のために聞いておくけど、復活したクラウディアを人質にして俺を従わせようなんて考えてないよな?」
「まさか。そんなことは考えてないよ。……あぁでも、ユズキお兄さんが望むなら、愛人としてお屋敷に住まわせてあげても良いよ。私だって、それくらいの甲斐性はあるんだからね」
「……本当に手段を選ばないつもりなんだな」
それを甲斐性と言って良いものかどうか。
なんにしても、悠長に話している時間はない。俺はもう行くよと立ち上がった。
「クラウディアさんの遺体は……どうするの?」
「あ、そうだな」
俺はスキルのアイテムボックスを開く。
Dランクの最大収納量は50キロまでで、生きている生物は入らないみたいだけど、今のクラウディアは生きていない。入るはずだと試したら……入ってくれた。
重量的に心配だったんだけど、ギリギリセーフだったみたいで良かった。
「それじゃ――行ってくる!」
部屋を出るときに声を掛けると、なぜかローズが驚いたように目を見開いた。
「……どうかしたのか?」
「うぅん。なんでもないよ。行ってらっしゃい、ユズキお兄さん」
ギルドへ到着した俺は、奥にある酒場で食料を分けてもらうなど準備を整え、すぐさまダンジョンの入り口へと向かった。そうしてダンジョンの入り口にたどり着いたのは20:30。
ローズが復活できなくなるまで、およそ23時間半だ。
「おや、キミは昼頃に来た新人だな。こんな時間にどうしたんだ?」
見張りの兵士――俺に親切にダンジョンのことを教えてくれた、苦労人っぽい面持ちのおじさんが話しかけてきた。
「実はちょっと訳ありで。今からダンジョンの奥を目指そうと思ってます。踏破済みの階層までの地図が、ここで売ってるって聞いたんですけど」
「すまない。地図はちょうど品切れなんだ。明日の昼くらいには入荷するはずだが」
「昼、ですか……」
昼に入った感じ、ダンジョンはかなり広い。浅い層で迷ったりすることを考えると、是非とも地図が欲しいんだけど……明日の昼まで待つわけにはいかない。
「なんとか、今手に入りませんか? 金貨七枚までなら出せます」
「金貨七枚って……おいおい、明日まで待てば銀貨一枚もしない代物だぞ?」
「それでも、今どうしても欲しいんです」
「……一体なにがあった? そう言えば、昼間はいた嬢ちゃんはいないようだが」
「それは……」
クラウディアが死んで、復活させるためにSPを稼がなきゃいけない。なんて言えるはずもなく、俺は思わず答えあぐねてしまう。
だけど――
「……もしかして、嬢ちゃんが死んだのか?」
「――え!?」
俺は驚いておじさんの顔を見る。
「……図星か。それで、ダンジョンに潜って、スキルを覚えようって言う訳か」
SPを稼いでスキルを習得というのは、一般人には不可能だ。だから、当てられるとは思っていなくて、俺は思いっきり驚いてしまった。
そんな俺に対して、おじさんは少し同情するような視線を向けてくる。
「ここで見張りをしてると、時々来るんだよ。お前さんみたいな必死な顔をした連中が、な」
「……スキルを覚えるため、ですか?」
「そうだ。基本的にスキルを覚えるのは、関連する行動を取ったときがほとんどだ。だが、強い敵と戦うことで、予期せぬスキルを覚えた例もある。だから……身内になにかあった連中は最後の希望に縋って、ダンジョンに潜るのさ」
「……そういうこと、ですか」
納得だ。俺はSPを貯めさえすれば、必ずリザレクションを覚えられると分かっている。でももしランダムだったとしても、やっぱりダンジョンに潜ろうとしただろうから。
「しょうがないな。俺が手伝ってやろう」
「……手伝い、ですか?」
「言っただろ、俺は元冒険者だって。五層までなら仲間となんども潜っていたし、道も大体暗記している。だから、地図の代わりに俺が案内してやる」
「それはありがたいですけど……良いんですか?」
「ああ。もう交代の時間だから問題ない」
他人を巻き込んで本当に良いのかという迷いはあったけど、クラウディアの命が掛かっている。俺はよろしくお願いしますと頭を下げた。
「それじゃ、装備を取ってくるから待っててくれ。という訳で、少しここを頼む」
後半は、もう一人の兵士に向かってのセリフだ。そしてその兵士の許可を得て、おじさんはギルドへと走って行った。
「あいつは相変わらずだな」
走り去ったおじさんの背中を眺めつつ、残った兵士がぽつりと呟いた。
「……すみません、なんだかご迷惑を掛けてしまって」
「いや、あんたを責めてる訳じゃない。ただ、今回みたいなことは初めてじゃなくてな。あいつはそのたびに、似たようなお節介を焼いているんだ」
「……親切な人なんですね」
「まぁ……そうだな。あいつが冒険者を引退したのも、大切な仲間を失ったのが原因でな。たぶん、そのときの自分と重ねているんだろう」
「……そうでしたか」
身体の欠損を魔法で再生し、命すらも取り戻すことが出来る世界。だけど、それでも、誰かが日常的に死んでいる。それを理解して、少し気が重くなった。
「あんたも、気持ちは分かるが、あんまり無理をするんじゃないぞ。今まで似たような理由で潜ったヤツは大勢いるが、望みどおりのスキルを覚えたヤツなんて居ないも同然だ。大半が絶望しての帰還。中には無理をして……ってヤツもいるからな」
「……肝に銘じます」