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エピソード 3ー1 逃亡の果てに

 人気のない夜の路地で、クラウディアに押し倒された。最初はヤンデレ化したのかと焦ったけど……なんだか様子がおかしい。


「……クラウディア? おい、どうした――っ!?」


 クラウディアに触れていた俺の手に、熱くてヌメリのあるなにかが触れた。慌ててクラウディアの下から抜けだし、その身体に視線を向ける。

 ――クラウディアの背中に、矢が突き刺さっていた。


「な、なんで矢が!?」


 いや、結果を見れば明らかだ。何者かが矢を射かけて、それが俺に当たる寸前、クラウディアが俺を庇ってくれたと言うこと。

 つまりは――


「逃げて、ください……」

 クラウディアが息も絶え絶えに告げる。それを聞くよりも早く、俺は矢を放った犯人を見つけるべく、周囲へと視線を走らせていた。


 そして――見つけた。

 俺達が来た道の真ん中に、三人の女性の姿があった。彼女達は冒険者風の出で立ちをしていて、一人は弓を持っている。


「こんなことをしたのはお前らか! 一体どういうつもりだ!?」

「はっ、どういうつもりか、だって。それはこっちのセリフだよ!」

 三人の真ん中に立つ女性が姉御口調で言い放った。


「……こっちのセリフって、どういう意味だ?」

「あんたが悪いんだよ! あたいの誘いを断って、他の女とイチャイチャしたりするから!」


 まるで意味が分からない――と言いたいところだけど、なんとなく分かってしまった。


「お前、ギルドで話しかけてきた女だな」

 シルフィーさんが気をつけろと忠告してくれた、加虐性癖で重度のヤンデレ女。


 名前は……たしか、ユノとか言ったな。ヤンデレ女神ヘラと、同一人物として扱われている女神と同じ名前だったから、なんとなく覚えている。


「ふふん、あたいのことを覚えててくれたんだね。そこは評価してあげても良いよ」

「……そりゃどうも」

「だけど、イチャついてたことは許せないね。その女を殺して、あんたにもたっぷりお仕置きしてあげるから、覚悟しなよ」

「それは勘弁して欲しいな」


 適当に相づちを打ちつつ、これからのことについて考える。


 はっきり言って、この手の相手と話しても無駄だ。話し合いでなんとかなるような相手なら、路地とはいえ街の中で矢を放ってきたりはしないだろう。


 クラウディアに怪我を負わせた落とし前を付けさせたいところだけど……俺はフェミニストのスキルのせいで、女性に対して攻撃が出来ない。

 情けないけど、クラウディアの治療をするためには逃げるしかないだろう。


「……クラウディア、走れるか?」

 俺はヤンデレ女に視線を向けたまま、小声でクラウディアに問いかける。だけど、クラウディアは座り込んだままで呼吸が荒い。


「クラウディア、しっかりしろ」

「……ごめん、なさい。あたしのことは良いから、逃げて、ください」

「バカ言うな。立てないなら、抱きかかえて逃げるから、舌を噛むなよ」

「……え? あの。ひゃあ……」

 驚くクラウディアをお姫様抱っこで抱き上げ、俺は全力で逃げることにした。


「ちょ、待ちな! 逃げられると思ってるのかい! って、はやっ!?」


 筋力やら敏捷度はざっと三割増しオーバー。軽いクラウディアを抱きかかえたくらいで、捕まるような脚力はしていないと全力で走る――が、背中に激痛が走った。


 どうやら、矢を射かけられたらしい。


 痛みに膝をつきそうになるけど、ここで足を止めたら俺はともかくクラウディアがやられると、俺は必死に走り続け……なんとか追っ手を撒くことに成功する。

 だけど――


「か、は……なん、だ。意識が、遠く……はぁっ」

 急激に身体が異常を訴えはじめ、俺は走れなくなってしまった。あまりの気持ち悪さに、そのまま座り込んでしまいそうだ。


 でも、こんな道の真ん中で倒れたら、絶対にヤンデレ女に見つかってしまうと、俺は身体に鞭を打って、路地裏の物陰まで必死に歩いた。


 だけど……それが限界だった。


「……はあ、はっ。どう、して……」


 矢が刺さったのは痛いけど、そこまで重症じゃないはずだ。それに、前世で陽菜乃に刺し殺されたときだって、こんなに急に気が遠くなったりしなかった。

 一体なにが……と、必死にステータスウィンドウを開いた俺は、ログにランクDの毒に冒された的なことが書かれているのを見つけた。


 ――毒、か。と言うことは、クラウディアが苦しんでるのも、たぶん同じ理由だな。


「たしか、キュア・ポイズンが……よし、覚えてるな」


 俺は消えそうな意識を必死に繋ぎ止め、ターゲットをクラウディアに設定。キュア・ポイズンと唱えて魔法陣を展開。クラウディアの毒を消そうと魔法を使用するが――

 クラウディアの苦しげな表情は変わらない。


 ……そうだ。クラウディアは衰弱の呪いで、回復魔法を受け付けないんだった。

 まずい。これはまずい。ローズの毒を治すには、解毒剤の類いを投与する必要があると言うこと。だけど、俺は当然そんなものは持っていない。


 ギルドなら、毒消しくらいはある、かな?


 分からないけど、他に心当たりはない。とにかく行くしかないのだけど……毒矢が刺さったまま走り回ったせいか、俺の方が症状が酷い。このままだと、俺が先に倒れそうだ。


 俺はもう一度キュア・ポイズンを詠唱。今度は自分を対象にして使用する。

 だけど……


 気分が軽くなったのはほんの少しだけ。どうやら毒のランクに対して、キュア・ポイズンのランクが低すぎるらしい。


 何回も使えば毒は抜けるかもしれないけど……精神力が持つかどうか。それ以前、そんなに悠長なことをしていたら、クラウディアが毒で死んでしまうかもしれない。


「……ご主人、様。大丈夫、ですか?」


 こんな状況でも、自分のことよりも俺の心配をしている。そんな優しいクラウディアを見殺しに出来るはずがない――と、俺は覚悟を決めた。


 対象を自分に定めて、ファイア・ボルトを詠唱。

 まだ恐怖はあるけど……大丈夫。もう三回目だし、おおよそのコツは掴んだ。それになにより、クラウディアのためだから。


 だから、一発で死んでみせる――と、ファイア・ボルトを発動。

 俺はこの世界に来て、三度目の死を体験した。



 モノクロの世界で即座に不老不死のスキルにある復活の項目を選択。

 メディアねぇが虚空より出現――


「メディアねぇ、直ぐに生き返らせてくれ!」

「ええ。わたくしはずうぅっと柚希くんを見てるから、ちゃんと状況を把握していますわ。直ぐに生き返らせるから、頑張ってくださいね」


 本当にずっと見ていたのだろう。間髪入れずに叫ぶ俺に対し、メディアねぇは即座に魔法を詠唱。俺の意識は修復された身体へと引き戻された。


「……よし、毒は消えてる。直ぐにギルドに連れて行くから、もう少しだけ頑張ってくれ!」


 顔色の悪いクラウディアを抱き上げ、ギルドへと向かってひた走る。だけど――路地から大通りへと出る寸前、ヤンデレ女とそのツレに道を塞がれた。


 また矢を射かけられてはたまらないと反転する――が、背後にも一人、ヤンデレ女のツレがいて、道を封鎖していた。

 どうやら、俺は見事に待ち伏せにはまったらしい。


 なにか、なにか方法は――と、考えを巡らせるけど、逃げ道を塞がれていて、クラウディアは動けない。更には俺はフェミニストの効果で攻撃できない。

 どう考えてもつんでいる。


「ふふ、あはは……ようやく追い詰めたよ。あたいの愛しい人」


 誰が愛しい人だ、気持ち悪いんだよ! と、叫ぶのは簡単だけど、クラウディアを救うのを最優先に考えれば、彼女達を怒らすわけにはいかない。

 俺は血が出そうなほど奥歯をかみしめ――クラウディアをその場に下ろした。


「……ご、ご主人、様?」

「こんなことに巻き込んでごめんな。せめて、クラウディアだけは助けるから」

「ダメ、ダメです。あたしのことは良いから、逃げて、逃げて、ください……っ」


 クラウディアが必死に逃げろという。だけど俺は無言で首を横に振った。


「俺の負けだ。俺に出来ることならなんでもするから、クラウディアを助けてくれ」

「へぇ……いま、なんでもするって言ったのかい?」

「ああ、言ったよ。クラウディアを救ってくれるならなんでもする」


 ヤンデレの――ユノの言いなりになるなんて死んでも嫌だ。


 でも……クラウディアは俺が初めて出会った、ヤンデレじゃない女の子。出会ってたった半日だけど、俺にとっては唯一心を許せると思った女の子なんだ。

 だから――


「頼む、クラウディアを救ってくれ。毒が回ってるんだ」

 俺は深々と頭を下げた。


「はんっ、あたいの愛しい人にちょっかいを掛けたんだから当然さね」

「……クラウディアを助けてくれなかったら、舌をかみ切って死ぬからな?」

「――ちっ。分かったよ」

 ヤンデレ女は忌々しそうに吐き捨てた。だけど、それでクラウディアの治療を始めるかと言えばそんなこともなく。なにかを考えるようなそぶりを始めた。


「……そうだね。治療をしてやってもいい。だけどその女を治した瞬間、手のひらを返されたらたまらない。まずは、両手足を縛らせてもらうよ。おい――」


 ヤンデレ女が指示を出し、隣にいた女が俺の手足を縛り始めた。なんかその際、どさくさであちこち触られた気がするけど、俺はクラウディアのためだと我慢する。


 ほどなく、俺は両手両足をロープで縛られてしまった。


「よし、それじゃ次は……あたいの足を舐めな」

「おい、クラウディアの治療が先だろ!」

「これが聞けないなら、治療はしないよ」


 ユノは意地の悪い笑みを浮かべる。


「――おい、クラウディアを救ってくれないなら、舌をかみ切って死ぬって言ってるだろ!」

「無駄だよ。こっちにはヒーリングを使えるやつがいるんだ。舌をかみ切ったくらいなら、直ぐに治療できるさ」

「――くっ」


 こんなヤンデレと交渉しようとしたのが間違いだった。

 ただでさえ、相手は重度のヤンデレ。しかも今は、ヤンデレタイムで2ランクアップしている。会話が成り立つだけでも奇跡だったのだ。


「さぁ、どうするんだ?」

「クラウディアを救ってくれないなら従うはずないだろ!」

「そうだねぇ。でも……従ってくれたら、気が変わるかもしれないよ?」

「こっの……」


 ユノにクラウディアを救う気があるとは思えない。けど、ユノの言うとおり、俺がここで拒否をしたら、限りなく低い可能性がゼロになる。

 だから、俺に出来るのは、ユノが心変わりするように最善を尽くすことだけ。


「……分かった。言われたとおりにする。だから、クラウディアを救ってくれ」

「それは、あんたの頑張り次第だよ。まずはこっちまで這ってきな」

「……分かった」

「――ごしゅじん、さま……」


 後ろで、クラウディアの悲しげな声が響いて胸が痛むけど、俺は歯を食いしばって黙殺。両手足を縛られた状態で、膝と手を使ってヤンデレ女のところまで這って進んだ。


「よし、それじゃ、あたいの足を舐めな!」


 ヤンデレ女が、片足を俺の目前に突き出してくる。けど、ヤンデレ女はブーツを履いていて、膝上まで防具的な生地で覆われている。


「……ブーツを舐めろって言うのか?」

「そっちじゃないよ。もっと上に、決まってるだろ?」


 上……? と、視線を上げれば、タイトスカートの奥が見えている。要するに、そこを舐めろと言うことらしい。


 ……気持ち悪い。


 ヤンデレの中でも最悪に自己中心的。俺を刺し殺した陽菜乃と同じくらい気持ち悪い。そんな女に自ら舌を這わすなんて嫌だ。殺されたってお断りだ。

 だけど――


「どうしたんだい? ためらってる時間はないんだろ?」

「……分かってる」

 俺は膝立ちで上半身を浮かせ、ヤンデレ女の足の付け根に舌を――

「あぁ、もう! じれったいんだよ!」

 ヤンデレ女が俺の髪を掴み、自分の足の付け根へと俺の頭を誘う。

 そして――


「あああああああああああああああああっ!?」


 ヤンデレ女が悲鳴を上げた――けど、俺はまだなにもしてない。一体なにがと顔を上げると、顔に熱いしぶきが降り注いだ。

 ……え? ちょっと、なに、なんなの? なんの液体!?


「腕がぁっ! あたいの腕がぁ――っ!」


 ……腕? と、視線を向ければ、ヤンデレ女の両腕がなくなっていた。それどころか、ヤンデレ女の連れも、同じように腕から血をまき散らして悲鳴を上げている。


 ……なんだ、降り注いだのは血飛沫だったか。聖水的なものじゃなくて良かった……って、はい? 血飛沫? なにごと!?


「まったく……どこのどなたか知りませんけど、私のユズキお兄さんに、なんてことをさせるつもりですか。……腕を切り落としましたよ?」


 ……それは事後報告ですることじゃないと思う。けど、なにが起きたかはそのセリフで理解できた――と、俺は声の方へと視線を向ける。


 そこには――漆黒のゴシックドレスを身に纏う美少女が、護衛を従えてたたずんでいた。

 

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