エピソード 2ー5 束の間の幸せ
クラウディアいわく、一般的なスキルは100~1,000回くらいの修練でようやく、FからEランクにアップするとのこと。それなのに、クラウディアはたった一回ヘイストを使っただけで、ランクがFからEに上がってしまったらしい。
まるで意味が分からない――と、普通なら思うところだけど、心当たりがあるんだよなぁ。
「クラウディア、ステータスウィンドウを見せてくれ」
「ふえっ!? ご、ごご主人様のエッチ! またあたしを弄ぶつもりですか!? こんなところでしたら、あたしの声が響きますよ!?」
「……人聞きが悪いことを言うな。それこそ声が響いてるぞ」
聞きようによっては――と言うか、普通に聞いたら誤解されそうなセリフが、洞窟の奥へと響いている。見える範囲に他の冒険者はいないけど、ちょっと勘弁して欲しい。
「人聞きが悪い……ですか? だったらご主人様は、あたしにステータスウィンドウを開かせて、一体どうしようって言うんですか?」
「……本来、ステータスウィンドウは見るものだと思うんだけど?」
「じゃ、じゃあ、ホントに見るだけですか? 変なことしませんね?」
深く被っているフードで顔は良く見えないけど、恐らくはジトォと俺に疑いの眼差しを向けているんだろう。クラウディアは俺をジーッと見上げている。
「もしかして、またステータスウィンドウを触って欲しいって思ってるのか?」
「んなっ!? そ、そそっそんなこと思ってません! ここはダンジョンですよ!?」
「つまり、時と場所を選んで触って欲しいと?」
「そ、そんなことはっ、その……ないです」
もじもじしながらそんなことを言っても、説得力ないなぁ……なんて思っていたら、クラウディアは消え入りそうな声で「……ご主人様の命令なら従いますけど」と付け加えた。
なにこの、エロ可愛い生き物。
顔をフードで隠している今ですらこんなに可愛く見えるなんて、火傷のない顔で照れくさそうな微笑みを見せてくれたら、どれだけ可愛いんだろう。
……火傷の跡が消えたクラウディア、見てみたいな。
まあそのためにも、まずはヘイストのランクが上がった原因究明だ――と、俺はあらためて、クラウディアにステータスウィンドウを開くようにお願いする。
「分かりました。あたしのステータスを見せれば良いんですよね? ステータスオープン」
クラウディアがステータスウィンドウを開く。そこにはたしかに、ヘイスト:Eと書かれていた。習得したのは俺だから、間違いなくランクが上がっている。
そして、最後の一行には……残りSP25と書かれている。
「SPも1増えてるな」
「えっと……昨日も言いましたけど、それはあたしには見えないので」
「あぁ、そうだったな」
昨日は524から24になったはずなので、たぶん1増えている。
「ちょっとミラージュの魔法を自分に使ってみてくれ」
「はい、分かりました」
クラウディアは意識を集中して……さっきも思ったけど、詠唱がずいぶんと長いな。
高速詠唱があるはずだけど、2ランクダウンの呪いで、役に立ってなさそうだ。それどころか、使用スキルのランクがFより落ちて、詠唱時間が延びてる気がする。
結局、十数秒くらいで、クラウディアはミラージュの魔法を発動した。その結果、クラウディアの輪郭が数ミリほどぶれて見える。
ランクが低いからだろうけど……これはまったく意味がないな。
とは言え、重要なのは魔法の効果ではなく、ランクやSPに変化があるかだ――と、俺はクラウディアのステータスウィンドウに視線を向ける。
けど、ランクはもちろん、SPも増加していない。普通に考えたらSPは増えるはずなんだけど……上昇量が小数点以下で表示されてない感じかな。
「……特に変化がありませんね。やっぱりさっきのは偶然だったんでしょうか?」
「いや、たぶんだけど……次は、ミラージュの対象を俺にして使ってみてくれ」
「分かりました」
そして、クラウディアが同じ手順で魔法を発動した結果――
「あ、ミラージュのランクがEになりました!」
「やっぱりか」
ステータスに目を向けると、SPが26に上昇していた。
「どういうことなんですか?」
「なんか、総合評価が高い相手にあれこれした方が、成長しやすいんだろ? で、俺の総合評価は100,000を超えてるから」
「……もしかして、ご主人様に魔法を使ったのが原因ですか?」
確証は持てないけど、その可能性は高いだろうと頷く。
「一応、サンクチュアリも使ってみてくれるか?」
「えっと……はい、分かりました」
クラウディアは意識を集中して呪文を詠唱を開始……やっぱり長い。
さっきより断然長い。もともと詠唱の長いスキルなんだろう。なんか1分以上掛かって、ようやくサンクチュアリは発動した。
地面に緑色の光を放つ魔法陣が浮かび上がり、あたりを心地良い空気が満たしていく。
「はぁ……はぁ。使いましたけど……ダメですね。ランクは上昇してません」
「みたいだな。SPも変化がないし、やっぱり対象が直接俺の時だけ、って感じなのかな」
仮説だけど、ランクの上昇に必要な修練は、対処の総合評価に影響するんだろう。そして俺が対象の場合、最低値の1000倍くらい修練が進む、と。
ただし、自分自身にファイア・ボルトを打った俺はランクが上がってないので、他人が俺になにかをした場合限定だな、たぶん。
他にも色々とテストしたかったんだけど、クラウディアが慣れない魔法の連続使用で精神的にきついそうなので、テストは切り上げて魔物退治を試すことにした。
そんな訳で、別れ道だけ忘れないように記憶しながら進むことす数分。ダンジョンでポップしたとおぼしき魔物と遭遇したりのだけど……
「……魔物?」
「魔物です」
「これが?」
「魔物ですよ?」
「……なんか、ウサギに角が生えてるようにしか見えないんだけど」
白くてモフモフのウサギ。全長は30センチくらい。角を突き出して、素早く飛び掛かってくるけど、当たっても「あいたた……」くらいの感想である。
素肌を突かれたら擦り傷くらい出来るかもしれない。それに、もし目にでも当たったら危ないけど……そんなにジャンプ力はないっぽい。
「一層にいる魔物なので、ランクFですね。目安は……たしか『普通の子供でも、素手で対抗できる強さ』だったと思います」
「それはまた、ずいぶんと弱いんだな」
と言うか、角があっても、見た目はモフモフのウサギ。こんな愛らしい生き物、攻撃できるわけがない……いてぇ。
暢気に考えていたら、脛のあたりをブスッと突かれた。いや、刺さってはないけど、結構痛かった。って、いた、いたた。
「こいつ、結構凶暴だな」
俺はファイア・ボルトで倒そうとする。だけど魔法陣を展開中に敵の攻撃を避けたら、魔法陣が喪失してしまった。そう言えば、Fランクだと動きながら使えないんだった。
これは……ランクを上げないとダメだな。
「これくらいなら、魔法よりこうした方が早いですよ――っと。えいっ!」
クラウディアが可愛らしいかけ声とともに、ウサギもどきをぐしゃっと踏みつけた。
あわわ……なんか、骨の砕けるような、嫌な音が……音がぁ――っ!
「あ、あの、クラウディアさん?」
「え、どうしたんですか? いきなりあたしのことをさん付けで呼んだりして」
「いや、だって、いま、ウサギもどきをぐしゃって……ぐしゃって……」
「え、ダメでしたか?」
フードで顔を隠しているので表情は見えないけど、きょとんと聞き返すようなイメージ。もしかして、クラウディアもヤンデレなんじゃ……
いやでも、ヤンデレってステータスがあるそうだけど、クラウディアにはそのスキルがない。そう考えるとヤンデレじゃないはず、なんだけど……
もしかして、隠しステータス的なものが存在したり? それとも、ヤンデレのスキルというか性質とは関係なく、クラウディアはヤンデレじみた性格……?
「あの……ご主人様?」
「いや、すまん。クラウディアがあっさりウサギもどきを踏み潰したから予想外で。もしかして、倒しなれているのか?」
「いえ、まさか。あたしが魔物を倒すのはこれが初めてですよ」
「……そうなんだ。なんと言うか、こう……抵抗とかないのか?」
「ええっと……動物の命を奪うなら分かりますけど、魔物を倒すのに、抵抗……ですか?」
怪訝そうな声。その言葉を聞いて、俺もあれっと思った。
「魔物って、命がないのか?」
「ないと思いますよ? だって、魔力をもとに発生して、魔石で動いてるだけですし」
「あぁ……なるほどね」
俺の感覚ではちょっと凶暴な生き物って感じなんだけど、クラウディア――と言うか、この世界の住人にとって魔物は、魔石で動く精巧な作り物みたいな認識なんだな。
でも、見た目は結構リアルな生き物……とか思っていたら、ウサギもどきは光の粒子になって消え去った。そしてその後に、小さな紅い石が残った。
クラウディアはそれを拾い上げ、俺に差し出した。
「これは?」
「魔石ですね。本当に小さな魔石なので、銅貨一枚くらいの価値しかありませんが」
「へぇ……」
銅貨が十枚で、大銅貨一枚。大銅貨十枚で、銀貨が一枚。なので、たぶん……パン1個分くらいの値段。日本円で言えば百円くらいだろうか?
ダンジョンが広くて、一体と遭遇するのに結構な時間が掛かったから、そんなにポコポコは倒せないと思うけど、頑張ればバイトくらいの収入は得られそうな気がする。
「なんにしても、魔石初ゲットおめでとう」
俺はそう言って、紅い石をクラウディアの手のひらの上に置く。
「ええっと……なにをおっしゃるんですか? あたしは奴隷なので、魔石は全てご主人様のものですよ?」
「俺は奴隷じゃなくて、仲間が欲しいって言っただろ? だから、冒険で手に入れたものはちゃんと二人で分ける予定だ。でもって、それはクラウディアが初めて魔物を倒して得た魔石だから、記念に持っておくと良いよ」
「……ご主人様、ありがとうございます。この魔石、大切にしますね!」
嬉しそうな声を上げて、フードの奥で少しだけ微笑みを浮かべる。その顔の右半分は火傷の痕で引きつっているけど……俺はそんなクラウディアが可愛いと思った。
その後、二時間ほどで、合計で20体のウサギもどきを狩った。ステータスなんかを確認しながら狩っていたので、結構少なめだと思う。
ちなみに、その20体でスキルのランクは上昇しなかったけど、SPは1ずつ上がった。
データが少ないから推測になるけど、ウサギもどきは一体につき0.1SP。二人で半分くらいって感じなんだと思う。この辺は要検証、だな。
それから、魔石は全部で20個、税金として二つ渡して、お互い最初に倒した敵からゲットした魔石は記念品に。残り16個を売り飛ばして二人で分けた。
金額にしたら、夕食1回分になるかならないかも程度なんだけどな。誰かと一緒に頑張って、そうして得た報酬を半分こって言うのは凄く楽しかった。
やっぱり普通の女の子――いや、クラウディアと一緒にいるのは楽しい。
そんなこんなで、初めてのダンジョン探検は終了。ギルドを出てログウィンドウの時計を確認すると17時を回ったところだった。
「……まだこんな時間か。宿に戻るには少し早いし、なにか買い物でもしようか」
「買い物、ですか?」
「うんうん。これからもダンジョンに潜るなら装備を買わないとな」
ダンジョンの一層なら問題ないと言われたから、本当になんの準備もせずに潜ったけど、二層三層と降りていくなら、最低限の武器防具くらいは揃えたい。
「クラウディアも欲しいものがあったら遠慮なく言ってくれ」
「あたしも……ですか?」
「もちろんだ。それにお金は心配しなくて良いぞ」
「良いんですか? 報酬を折半って言うから、お金を貯めて自分で買えって言われるかと思ってたんですけど」
「将来的にはな。けど、今の収入はないようなものだから、当面は俺が出すよ」
奴隷の購入に予想していた費用がだいぶ安くてすんだからな。二人で生活しても、一年くらいはなんとかなりそうな資金が残ってる。
余裕のあるうちに、必要なものは買い揃えるべきだろう。
「あ、ありがとうございます。そ、それじゃ、その……下着と、着替えを……その、買って頂いても、よろしいですか?」
「あぁ、そういえば……俺も着替えの服や下着を買わないと。ヤンデレから逃げてきたせいで、着替えとかが一切ないんだよな」
ちなみに、今日までは寝る前に洗って……という感じでなんとかしていた。
「いえ、あの、あたしは、その……」
両腕を合わせてもじもじとする。それによって、ローブにクラウディアの身体のラインが綺麗に出てしまっている……って。
「そ、そういえば、店でローブを脱いでもらったとき、下になにも着てなかったよな? もしかして……今も?」
「えっと……その、はい」
「おぉう……」
あれか。宿屋で甘い声を漏らしてたときとかも、裸ローブだったのか。
いや、それどころか、初ダンジョンで『えいっ!』とか言ってウサギもどきを踏みつけたときも、ローブの下は素っ裸。
「……クラウディアは露出狂と」
「ちちちっ違いますよ!?」
「いやだって、裸ローブで街どころかダンジョンまでうろついてた訳だろ?」
そこまで薄い生地じゃなければ、露出があるわけじゃない。
ないけど……ダボダボローブの下は素っ裸って、結構あれだと思う。
「そ、それはだって、服も下着も持ってないんだから仕方ないじゃないですか。と言うか、奴隷に服を買い与えるのは、ご主人様の役目ですよ?」
「そうなのか。それは悪かった……って、それでも、催促すれば良かったんじゃないか? やっぱり、クラウディアは露出――」
「は、恥ずかしいから連呼しないでください! と言うか、恥ずかしいから言えなかったんですよ! もう、もうもうっ、ご主人様のイジワルイジワルっ!」
ローブの奥、火傷を負っていてもなお、分かるくらいに顔が紅く染まった。やっぱり、クラウディアは火傷をしていても可愛いと思う。
だからイジメたくなるのだ……とは、口が裂けても言えないけど。
「ごめんごめん。じゃあ、先に服を買いに行くから許してくれ」
「……ホントですか?」
「ホントだから。ただ、俺はこの街を知らないから案内してくれ」
「あたしもあんまり知らないんですけど……えっと、たぶんこっちです」
お店が建ち並ぶ区画。二人分の着替えや下着を買うために、洋服のお店へとやって来た。
一度は服飾の仕事を目指した人間として、異世界の洋服店は楽しみにしていたんだけど、正直に言えば……落胆してしまった。
中世のヨーロッパくらいと考えれば当然だけど、生地の品質はいまいちだし、色も地味で種類が少ない。それに平面製図の練習で最初に引くような面白みのないデザイン。
縫い目は丁寧だから、この世界ではこれが普通なんだろうな。
まあ、ないものは文句を言っても仕方ない。いつか、自分で洋服を作れたら楽しいな……なんて思いながら、着替え一式を揃えていく。
そして、そんな俺の横でクラウディアも洋服や着替えを選んでいた。
そのうちの一式は着て帰ると言うことで、今は店の奥にある試着室で着替えている。……裸ローブがよっぽど恥ずかしかったのだろう。
「……ご主人様、どうですか?」
しばらくして、試着室からクラウディアが出てきた。
顔は薄手のヴェールで隠し、ブラウスも長袖で首元も隠れるようなデザイン。そしてスカートだけが、膝丈で少しだけ露出している。
有り体に言えば、アンバランス。だけど、火傷の跡があるクラウディアにとってはきっと、目一杯のオシャレなんだと思う。
だから……
「うん。よく似合ってるよ」
「……本気で言ってますか?」
「嘘はつかないよ。ただ、どうせ足を出すのなら、もう少し変化を付けた方が面白いかな?」
俺はそう言って、店主へと視線を向けた。
「すみません。もう少し立体的なデザインのスカートはありませんか?」
「……立体的、ですか? それは、パニエを下に履くという意味でしょうか?」
店主は首をひねった。
ローズが来ていたゴシックドレスは比較的立体的なデザインだったんだけど……やっぱり、そう言うデザインは貴族が着るような高級品だけ、なのかな。
「えっと……すみません。このスカートを少し弄りたいのですが、少し場所をお借りしても良いですか? もちろん、ご迷惑でなければ……ですが」
目の前で完成品を改造するのは失礼かなと思って、少し控えめに訊いてみる。けど、店主は興味を抱いたらしくて、かまいませんよと快く裁縫セットを貸してくれた。
「ちょっと触るぞ」
俺はクラウディアのスカート前面をつまみ上げた。
「……ご主人様?」
ジーッと俺の顔を見つめる。
その目が、まさか人前であたしを辱めるんですか? とか言ってる気がしないでもないけど、たぶん気のせいだろう。
「少し改造するだけだから、そのままでいてくれ」
「そういうことら……分かりました」
本人の了承を得て、ちょいちょいとたくし上げたスカートの前面を、ウエストの裏で縫い止め、アシンメトリーのスカートに改造した。
それだけで、シンプルだったスカートが少しだけ立体的に広がって見える。
「ご主人様、凄いです。なんだか、ふわぁって広がりました」
「……たしかに、わずかに手を加えるだけで、このような変化をもたらすとは」
完成したスカートを見て、クラウディアと店主が感嘆のため息をつく。
スカートの前面を少し短くしただけの、ささやかな改造……なんだけど、どうやらクラウディアは気に入ってくれたみたいだ。
ちなみに、側面を短くするか、前面を短くするか迷ったんだけど、俺がクラウディアの白い太ももをよく見たかったと言う理由で前面を選択したのは秘密である。
「どうかな? 嫌だったら元に戻すけど……?」
「嫌なんて、そんな。凄く素敵です」
「気に入ってくれたなら良かった」
「もちろんです。ところで……ご主人様からみても、似合ってますか?」
「うむ。その太ももに飛びつきたいと思う程度には」
「……ご主人様のえっち」
つんっとそっぽを向く。けど、その声はまんざらでもなさそうだ。宿に戻ったら、ご主人様権限で膝枕をお願いしてみよう。――なんて、馬鹿なことを考える。
……いや、わりと本気だけども。
それはともかく、洋服を買い終えた俺達は武器防具のお店へ。
鎧というか、冒険用の丈夫な服をそれぞれ一着ずつ購入。それに剣と短剣を一本。それにダンジョンに潜るのに必要な小物を購入した。
そうして今日の買い物は終了。日もすっかり暮れたので、俺達は宿屋へと戻ることにした。
「……なんだか色々な装備を買いましたね。そんなに持ち歩くのは大変だと思いますよ? と言うか、普通は奴隷のあたしが持つものだと思うんですけど……」
「さっきから言ってるだろ。クラウディアを奴隷として扱う気はないって。それに、荷物なら大丈夫だ。アイテムボックスを持ってるからな」
アイテムボックスをアクティブに。買い込んだ装備を放り込んだ。それを見たクラウディアは驚く――のではなく、なぜか呆れていた。
「ご主人様……そんなに無造作に放り込んだら、中でごちゃごちゃになりますよ?」
「……はい?」
なにを言ってるんだと、アイテムボックスに意識を向ける。そうするとたしかに、中の空間で、放り込んだものがごちゃごちゃになっていた。
「……なにこれ。異次元空間みたいな感じで、綺麗に纏められたりするんじゃないのか?」
「アイテムボックスのランクが高いと、そういうこともあるみたいですね。でもFランクだと、ただの小さな倉庫って感じらしいですよ」
「なるほど……」
軽くアイテムボックスの詳細を確認すると、たしかにそのようなことが書かれていた。知らずに食べ物と服とかを一緒にしたら、大惨事になるところだったな。
「教えてくれてありがと。やっぱり、クラウディアがいてくれて助かったよ」
「ご主人様のお役に立ててるなら嬉しいです――」
クラウディアのセリフを遮るように、どこからともなく鐘の音が聞こえてきた。それを聞いた瞬間、クラウディアが表情を引きつらせる。
「……ご主人様、早く宿に戻りましょう」
「急にどうしたんだ?」
「どうしたもこうしたも、今のは19時の鐘……そういえば、ご主人様は別の世界から来たって言ってましたね。歩きながら説明するので、急いで宿に戻りましょう」
「え、ちょっと、おい?」
クラウディアに強引に腕を引かれ、俺は転ばないように慌てて後を追おう。
「なにをそんなに急いでるんだ?」
「この世界は、ヤンデレの女神、メディア様の作った世界であることはご存じですよね?」
「ああ、それは知ってるよ」
……と言うか、やっぱりメディアねぇはヤンデレの女神って言う認識なんだな。予想どおりというか、なんと言うか……
「それと、クラウディアが急に焦り始めたのと、どんな関係があるんだ?」
「夜――具体的には19時から6時までは“ヤンデレタイム”なんです」
「……は? なんだって?」
「ですから、ヤンデレタイムです。その時間はメディア様の力が強くなるんです」
「……メディアねぇの力が強くなる? それって……まさか!?」
驚く俺に対し、クラウディアがこくりと頷いた。
「ご主人様の予想どおりだと思います。夜になると20%ほどヤンデレ化しやすくなり、既にヤンデレの人は一時的に2ランクアップするんです」
「そう言う、ことか……」
思い返せば、ギルドマスターも、奴隷商の主人も。そろって夜がどうのと言っていた。
それに今にして思えば、ローズが豹変する直前にも、19時の鐘が鳴っていた。そして、俺が手足をもがれたり、陵辱されたのも、やっぱりクラウディアの言うヤンデレタイムだった。
とは言え――
「夜がヤバイって言うのは分かったけど、クラウディアはヤンデレ化耐性があるから平気なんだろ? それとも、クラウディアもヤバイとか言うのか?」
「……ええ、さっきからご主人様を監禁したくて仕方がありません」
「マジで!?」
俺は思わず足を止め、クラウディアの顔を覗き込む。
クラウディアは……クスクスと笑っていた。
「冗談ですよ。散々イジメられたお返しです」
「……ホントにホントか? 冗談だといって、実はってオチじゃないよな?」
「大丈夫ですって。耐性持ちは伊達じゃありませんから。ただ、既にヤンデレを発症してる人は一気にヤバくなります。ご主人様のスキルと夜の相乗効果を考えると――ご主人様!」
いきなり、クラウディアに押し倒された。
「え、ちょっと、クラウディア!?」
マジでヤンデレ化したのか? 俺はフェミニストがあるから、覆い被さられた状況ではどうしようもない。ヤバイ、これはヤバイと焦った俺の耳に響いたのは――
「ご主人、様。無事、です……か?」
――クラウディアの苦悶に満ちた声だった。
3000ポイントに達しました。
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