プロローグ ヤンデレ女神の箱庭
書籍版はノクターン版を再編したものになっており、なろう&ノクタ版とは展開が違ったりする場合がありますがご了承ください。
また、残虐表現につきましては、書籍版の方がマイルドになっています。
R-15相当ではございますが、人によっては不快に思うような性的表現がありますのでご注意ください。
*性描写を連想させる間接的な描写においても表現を和らげる修正を施していました。(2018年3月)。
わりと強引に修正を加えたので、描写に不自然な部分がございます。ですので18歳以上の方はノクタ版をご覧になることをお勧めします。
「あはっ、あはははははははっ。これで柚希くんは私のモノだよ!」
返り血で濡れた手のひらを頬に添え、幼馴染みだった少女が恍惚とした表情で笑っている。
俺はこの幼馴染み――陽菜乃にナイフで滅多刺しにされた。理由は『陽菜乃がいるのに、ほかの女の子と浮気をしたから』だそうだ。
だけど、俺は浮気なんてしていない。
そもそも、俺は陽菜乃と付き合っていないし、付き合っていると誤解させるような行動すらとっていない。
なのに、「柚希くんが浮気するから悪いんだよ?」と滅多刺し。
いくらなんでも理不尽だと思うのだ。
とは言え、この結末を想像していなかったかと言えばそんなことはない。どっちかと言えば、ついにこのときが来たのか……という心境だった。
なぜなら、父や祖父を初めとしたご先祖様はみんな、ヤンデレの女性に殺されている。うちは代々、ヤンデレに死ぬほど愛される家系なのだ。
だから、いつかはこんな日が来るかもしれないと思っていた。思っていたけど……父や祖父は、結婚して子供を残している。俺が殺されるのは、もう少し先だと思っていた。
せめて、普通の女の子と出会って、人並みの幸せを経験してから死にたかったなぁ……なんてことを考えながら、俺は短い人生に幕を下ろした。
――はずだったんだけど、俺は知らない部屋のソファで目を覚ました。
「……ここはどこだ? 俺は……助かったのか?」
一命を取り留めたのなら病院だと思うんだけど、内装は病院と似ても似つかない。いかにも女の子らしい部屋だった。
ここは……どこだと思って身を起こすと、向かいのソファに黒髪のお姉さんが座っていた。
「柚希くん、おはよう、ですわ」
「え? お、おはようございます。と言うか……ここはどこですか? そして貴方は?」
「ここはわたくしの支配する空間で、わたくしは女神メディアですわ」
「め、女神?」
「貴方にとっては、異世界の創造神ですね」
「異世界の創造神で、女神……」
本来ならありえないと笑い飛ばすところだけど――と、俺は自分のお腹のあたりを見る。滅多刺しにされたはずなんだけど……そこには傷一つ残っていなかった。
「もしかして、女神様が救ってくださったんですか?」
「メディアお姉ちゃん、ですわ」
「……はい?」
「ですから、わたくしのことはメディアお姉ちゃんと呼んでください」
「い、意味が分かりません」
なんだろう? 異世界では『お姉ちゃん』という単語が、最上級の敬称だったりするんだろうか? ……なんて、そんな訳ないよな。そもそも日本語でしゃべってるし。
「メディアお姉ちゃんと呼んでくださいというのは、わたくしのことをメディアお姉ちゃんと呼んで、甘えてくださいという意味ですわ」
「いえ、言葉の意味が理解できないのではなく、何故そんなことを言われているかが理解できないんですが……と言うか、女神様に甘えるとか無理ですよ」
「――え?」
「そんな意外そうな目で見られても、無理なものは無理です」
「どうしても……ですか?」
真っ黒な瞳が、俺の瞳をじぃっと覗き込んでくる。
その吸い込まれそうな瞳に見られていると、なんだかメディアお姉ちゃんと呼んであげなきゃいけないような気がしてくる。
……いや、気がしてきても呼ばないけどさ。
という訳で、俺は無理です、ごめんなさいと謝った。
「むぅ……さすがはわたくしの柚希くん。これくらいでは堕ちませんか」
「……はい?」
「いえ、こっちの話ですわ。……仕方ありません。今は諦めます」
唇をとがらせ、少し拗ねるような仕草をする女神様。なんだか可愛いけど、そんな顔をされても、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
もっとも、見た目は普通の女の子だから、恐れ多いというイメージではないけどさ……と、俺はあらためて女神様を見る。
背中まであるサラサラの黒髪に、大粒の黒い瞳。スタイルは抜群で、柔らかそうな物腰。外見的には俺より少し上――大学生くらいに見える。
そんなお姉さんが身を包むのは、オフショルダーのトップスに、ティアードスカート。更にはガーダベルトで吊ったストッキングという俺の好きな組み合わせ。
なんて思っていると、女神様はスカートの裾をつまんで見せた。
「似合っていますか?」
「……え?」
「この服装のことですわ。肌を露出する服は少し恥ずかしかったんですけど、柚希くんに喜んでもらいたくて、柚希くんの趣味に合わせてみたんです」
「俺のため、ですか?」
女性に免疫のない男性なら、一発で恋に落ちそうなセリフと表情。
でも、ヤンデレに死ぬほど愛される体質の俺は、今までにも似たようなセリフを何度も言われているので免疫があるので、この程度じゃ動じない。
もっとも、言われ慣れているセリフだと『だから、ほかの女の子に目を向けちゃダメだよ。じゃないと、柚希くんの目玉をくりぬいちゃうからね? うふふ』とか続くのだけど。
ともかく、ヤンデレ的なセリフではなさそうだし、リップサービス的ななにかなのだろうと、俺は「似合ってますよ」と軽く流した。
……後から考えれば、女神様が俺の好みを知ってる時点でおかしかったんだけどな。
「話を戻しますが、女神様が俺を救ってくださったんですか?」
「ええ、魂だけ、ですけどね」
「魂だけ……ですか?」
俺は自分の身体を見下ろす。そこにあるのは見慣れた身体で違和感は感じられない。
「柚希くんの身体は、滅多刺しにされてしまいましたから」
「それで、魂だけ救ってくださったと?」
「ええ。貴方の世界の神様と交渉して、魂を保護したんです。ですので、その身体は、わたくしが記録していた情報を頼りに再現したものです」
「そう……だったんですか。ありがとうございます」
感謝の気持ちを込めて頭を下げる。
けど、仮にも異世界の女神様が、目的もなく平凡な人間の魂を救うなんて不自然だ。なんらかの思惑があると考えるべきだろう。
「気にする必要はありませんよ。わたくしも、柚希くんがなんども殺されるのを見るのはいいかげん我慢の限界だったので」
「……は? なんども、ですか?」
「ええ、柚希くんがヤンデレに刺し殺されるのは、これが初めてじゃありません」
滅多刺しにされた記憶はあるけど、なんども刺された記憶はさすがにない。
なんのことだろうと首を傾げた。
「覚えていないのも無理はありません。それは、柚希くんの前世のお話ですから」
「……前世、ですか?」
「ええ。柚希くんの魂は何百回と様々な世界に生まれ落ち、そのたびに、成人することなくヤンデレに刺し殺されているんです」
……なんか、衝撃の事実を聞いたんだけど。俺がなんども輪廻転生していて、そのたびにヤンデレに殺される運命って……なにその悪夢。
と言うか、この女神様。良くそんな個人的なことまで知ってるな。女神と言うだけあって、全知全能だったりするんだろうか?
「それにしても、あの陽菜乃という小娘、信じられませんわ」
「俺を滅多刺しにしたことですか?」
「ええ。わたくしの柚希くんを押し倒したところまでは評価しますが、滅多刺しにするなんて。そこは監禁して、自分の色に染めていくところでしょうに。この娘ならと見守っていたんですが……とんだ期待外れでしたわ」
「……あ、あの、女神様?」
なにか言ってることがヤバイ気がする。それに、さっきも『自分が記録していた情報を頼りに』とか言ってたよな。
もしかして、俺を助けてくれたのもその辺が理由?
だとすれば、この女神様はヤンデレなんじゃ……と思ったそのとき。女神様は俺を見て優しく微笑んだ。
「ふふっ、ちょっとした冗談ですわ」
「じょ、冗談?」
「ええ、ちょっと柚希くんをからかっただけですわ」
……なんだ、脅かさないで欲しい。わりと本気で焦ったじゃないか。……なんて、仮にも異世界の創造神である女神様がヤンデレなんてありえないよな。
「ともかく、女神様は命……と言うか、魂の恩人だと言うことですよね。そこまでしてくださったのには理由があると思うんですが……俺はなにをすれば良いんですか?」
「話が早くて助かります。私の作った箱庭――柚希くんにとっては異世界ですね。そこで暮らしてもらおうと思ってます。……そうすれば、ずぅっと観察できますし」
女神様がなにかぼそっと付け加えたけど、俺はそれを聞き取れなかった。そして聞き返しもしなかった。それよりも、異世界で暮らすという一言が気になった。
「それはもしや、異世界転移というやつですか?」
「ええ、そうです。ただ、柚希くんの身体は私が作ったものなので、厳密に言うと異世界転生かもしれませんけどね。なんにしても、思っている内容でおおむね間違いありませんよ」
「おぉぉ……異世界転生! 女神様、俺をその世界に転生させてください!」
俺はヤンデレに刺し殺され、普通の女の子と穏やかな生活を送るという夢を叶えることなく、短い人生を終えてしまった。
でも、異世界転生をすれば、もう一度人生をやりなおすことが出来る。今度こそ、普通の女の子と、穏やかな生活を送ることが出来るかもしれない。
そのチャンスを逃す理由なんてどこにも存在しないと飛びついた。
「ふふっ、乗り気なのは嬉しいですけど、まだ世界観とかを説明してませんよ?」
「そ、そうでした」
先走って恥ずかしいと咳払いを一つ。転生先がどのような世界なのかを尋ねた。
「柚希くんに暮らしてもらおうと思っているのは、わたくしの作ったアルゴーニアという世界。一言で言えば、わたくしに良く似た子が一杯いる箱庭です」
「ふむふむ」
女神様に良く似た――つまり、綺麗な女性が一杯いる世界ってことかな。それは、思春期の男子としては嬉しい情報だけど、肝心の世界観が分からない。
「文明レベルとか、魔法の有無とかはどうでしょう?」
「技術レベルは中世のヨーロッパくらいで、もちろん魔法もありますわ。ですから、一般的な中世のヨーロッパのイメージよりは、進んだ文明ですわね」
「剣と魔法の世界。それは……一般人が生活するには過酷な環境だったりします?」
「そうですね……平和な日本と比べると、過酷な環境と言えますわね。そして、ステータスやスキルが存在していて、柚希くんのイメージでいうゲームのような世界観ですわ」
ゲームのような世界観……それは、なんだかわくわくしてしまう。
「もしかして、スキルとかを任意で習得出来たりするんですか?」
「本来は、運次第ですわ」
「本来は……ってことは、もしや?」
普通は運任せの能力を、主人公だけは好きに習得出来る。異世界系の物語なんかである、定番チートですか!? と、俺は思いっきり目を輝かせる。
そんな俺に対し、女神様は満面の笑みを浮かべて言い放った。
「ええ。わたくしのことをメディアお姉ちゃんと呼んで、たくさん甘えてくれたら、好きにキャラメイクをさせて差し上げますわよ」――と。
――キャラメイクと引き換えに、女神様から条件を出された。
それ自体は別に驚くことじゃない。本来なら死んで終わりだったのに、新たな人生を得るチャンスをもらったんだ。多少の代償はあってしかるべきだ。
だけど、だけど、だ。
異世界の創造神たる女神様をメディアお姉ちゃんと呼び、甘えるのが代償。
正直、意味が分からない。
とは言え、剣と魔法の過酷な世界という話だし、一般人である俺が生きて行くには、多少なりともチート能力は必要だろう。
綺麗なお姉さんに甘えるだけでチート能力が手に入るなら、甘えまくるべきだとは思うんだけど……この年になってお姉ちゃん呼びはさすがに恥ずかしい。
「ええっと……メディア様じゃダメですか?」
「お姉ちゃんって言ってるじゃないですか」
「な、ならせめて、メディアお姉さんとかは――」
「甘えた感じがないから却下です」
「……じゃ、じゃあ、メディアねぇとか」
「メディアねぇ、ですか?」
「メディアお姉さんから、少し甘えた感じでメディアねぇ。それなら、なんとか頑張りますけど……ダメですか?」
「うぅん……メディアねぇですか……」
「ダ、ダメですか?」
「いえ、ありですわ! それじゃメディアねぇと呼んで、わたくしに甘えてください」
どうやらお眼鏡にかなったらしい。という訳で、俺は恥ずかしさを押し殺し、女神様に向かって「メディアねぇ」と呼んだ。
「~~~~っ。もう、我慢できません!」
「はい? なにを言って――うえっ!?」
向かいのソファに座っていた女神様が掻き消え、気がつけば俺の隣に座っていた。
どうやら、女神様は瞬間移動をしたらしい。それを俺が理解するよりも早く抱き寄せられ、ぎゅううううっと胸元に押しつけられた。
「め、女神様!?」
女神様はオフショルダーの胸元が開いたブラウスを着用しているのに、そこに抱き寄せられたものだから、思いっきり生の胸が顔に当たってる! 当たってますよ!?
「はぁはぁ、これが夢にまで見た柚希くんの抱き心地! はあああん、たまりませんわ!」
女神様がなにか言ってるけど、俺はそれどころじゃない。胸の谷間に挟まれて、呼吸するだけで甘い匂いが肺を満たすし、少し藻掻くだけでも生々しい感触が伝わってくる。
これはヤバイ、色々とヤバイ。女神様に欲情するとかシャレにならない!
「女神様、放してください!」
「まだまだ、甘えられ足りませんわ。それに、女神様じゃなくて、メディアねぇでしょ? ぎゅううううううっ」
「うわああああ、メディアねぇ、はーなーしーてーっ!」
女神様と言うだけあって見かけによらず力があるのだろう。必死に藻掻いても抜け出せない。それどころか、余計に女神様の柔らかな感触を味わうだけになってしまった。
……いや、嫌かと言えばそんなことはなかったというか、むしろ最高――なんでもない。けど、さすがに命の恩人で、異世界の女神様に不埒な考えを抱くのはヤバイ。
という訳で、俺は自分の欲望と戦うこと数分。
女神様はようやく満足してくれたのか、俺を解放してくれた。ちょっと残念……じゃなくて、助かった。助かったと思ってるから!
……って、俺は誰に言い訳をしてるんだ。
「ええっと……取りあえず、これでキャラメイクをさせてくれるんですか?」
「ええ、もちろんですわ。それに、スキルポイントもサービスしますわね!」
「あ、ありがとうございます」
こっちが役得だったはずなのに、サービスまでしてもらうとか。良いんだろうか?
ポイントまでもらえるのなら、もう一度甘えても……いやいやいや。落ち着け、俺。さっきから思考がおかしくなってる。なんか分からないけど冷静になろう。
「……ここまでしても堕ちないなんて、さすがにヤンデレに追いかけ回されて、精神力が上がってるだけありますね。でも、そういうところも素敵ですわ」
「え? なにか言いましたか、女神様」
「メディアねぇ、でしょ? そして、なにも言ってませんわ」
「だったら良いんですけど……と言うか、その呼び方、継続なんですか……?」
恥ずかしいんですけど? と抵抗してみたけど、嫌ならSPを上げませんわよと言われてしまった。仕方がないので開き直って、女神様のことはメディアねぇと呼ぶことにする。
「メディアねぇ。どうせなら敬語もやめて良いですか? メディアねぇ呼びで敬語は違和感があるので」
「え? も、もちろんかまいませんわよ?」
「ありがとう。それじゃさっそく、ステータスを習得したいんだけど、メディアねぇ、俺に教えてくれるか?」
「~~~~~っ」
女神様あらため、メディアねぇが、なにやら自分の身体を抱きしめて悶えだした。なんか恍惚とした表情を浮かべてる気がするけど、気のせいなんだろうか?
「……はふぅ、いつまでもこの幸せに浸っていたい気分ですが、このままでは話が進みませんわね。名残惜しいですが、キャラメイクを始めましょう」
「ありがと。……で、どうしたら良いんだ?」
「そうですね……まずはSPを2,000差し上げますから、好きなスキルを習得してください。ステータスオープンと声に出すか念じて頂ければ、ウィンドウが開きますわ」
「ふむふむ。それじゃさっそく――ステータスオープン!」
お約束だろうと、高らかに宣言する。その瞬間、見えている景色と重なるように、半透明のステータスウィンドウが映し出された。
なにやら色々と書かれているけど、俺の知らない言語が使われている。
「柚希くんの今までの経験をもとに、いくつかのスキルは習得済みです。2,000SPを使って、更に覚えたいスキルを追加してくださいね」
「えっと……読めないんだけど?」
「あら、ごめんなさい。まずは私の世界の言語を一通り覚えてもらいますね……っと」
隣に座っているメディアねぇが、わざわざ俺の後ろから抱きつくように、ウィンドウに手を伸ばした。なんか当たってる、背中に当たってますよ!
なんて俺が焦ってるあいだにも、メディアねぇはウィンドウを操作していく。
「……って、人のステータス画面って触れるのか?」
「ええ。柚希くんがわたくしの胸の感触を堪能しているあいだだけ、ステータスを操作出来るようになる能力を持っているんです」
「……はい?」
「で す か ら、わたくしの胸を背中に押しつけられた柚希くんが、その感触にニヤニヤしているあいだだけ、ステータスを操作できるんです」
「ニ、ニヤニヤとかしてないしっ!」
慌てて反論する。刹那――メディアねぇ背中からぎゅっと抱きついてきた。
「ダメですよ、柚希くん。柚希くんが胸から意識を逸らしたから、ステータスが操作できないじゃないですか。ちゃんと、わたくしの柔らかなおっぱいの感触を堪能してください」
「え、いや、そんなこと言われても……」
メディアねぇの胸は豊かで柔らかい。しかも、オフショルダーのトップスは、胸元が大きく開いていて……さっきの感触からするにブラを着けていない。
そんな柔らかなおっぱいが背中に押し当てられている状況。必死に意識を逸らすだけでも辛いのに、その感触を堪能しろだなんて……最高か!
――コホン。いや、違う。そうじゃなくて、これはステータスを操作してもらうのに必要なことなんだ。必要なことだから、仕方ないんだ。
という訳で、メディアねぇの豊かな胸の感触を堪能――しようとしたら、メディアねぇが少しだけ身体を離してしまった。
「ふふっ、冗談ですわ」
「………………………………え?」
「ですから、冗談です」
「そう、なんだ。冗談、なんだ……冗談」
「ええ、冗談ですけど……急に下を向いたりしてどうしたんですの?」
「……なんでもない」
ただちょっと、どうせなら最後まで騙し通して欲しかったと思っただけだ。なんて、俺が心の中で涙しているあいだに、メディアねぇはステータスの操作を終えてしまった。
「……っと、これで大丈夫ですわ」
メディアねぇが、ステータスウィンドウにあるタブをタップ。その瞬間、頭に少しだけ痛みが走り――ステータスウィンドウに書かれている文字が理解できるようになった。
俺はそのウィンドウの、最初に書かれている項目に目を向ける。
【名前】:水瀬 柚希 【総合評価】:73,100
【通常スキル】
筋力:D / 耐久力:C / 敏捷度:E / 器用度:D
魔力:F / 精神力:AAA / 幸運:A
【耐性スキル】
斬撃耐性:D / 睡眠耐性:C / 毒耐性:D
呪い耐性:F / 恐怖耐性:B / 混乱耐性:E
「なぁ……今までの経験をもとに、スキルを習得済みって言ったよな?」
「そうですけど……なにか問題でもありました?」
「問題と言うか……なんで毒耐性や呪い耐性があるんだ?」
思わず突っ込みを入れずにはいられなかった。けど、メディアねぇはその理由を知っているようで「あぁそれですか」と苦笑いを浮かべた。
「柚希くんは時々、女の子達から睡眠薬なんかを盛られたり、色々なお呪いをかけられたりしていたので、耐性があるのはそれが理由ですわね。お呪いはちゃんとした効果がなかったので、ランクが上がるほどには至っていませんが」
「ぐぉぉぉ……」
死んでから明らかになる驚愕の事実。心当たりが多すぎて犯人が分からない。と言うか、女の子達ってことはたぶん、犯人は一人じゃないんだろうなぁ。
……まあ、死んだ今となってはどうでも良い。過去より、これからについて考えよう――と言うことで、俺はステータスに視線を戻す。
「通常スキルにある筋力とかって、ランクが同じなら男女や体格に関係なく同じなのか?」
「いえ、スキルのランクはあくまで補正的なものですね」
「……補正的なもの?」
「あらゆるスキルには、表示されない基礎能力が存在します」
メディアねぇはステータスウィンドウの通常スキルと書かれている項目を指さした。
「――そこにある筋力の場合は、体格で基礎能力が決まります。ですから同じ体格であれば、スキルのランクが高い方が、筋力が強いと言うことになりますね」
あぁ……なるほど。筋力:Sの子供より、筋力:Fの大男の方が力が強いってことだな。そして、基礎能力を上げるのはトレーニングとかってことか。
「じゃあ、補正はどれくらい掛かるんだ?」
「通常スキルの横にある、詳細をタップしてください」
言われたとおりに項目をタップすると、以下のような補正値の詳細が表示された。
F:補正なし、E:5%、D:10%、C:15%、B:20%、A:25%、AA:35%、AAA:45%、S:60%、SS:75%、SSS:100%。
「柚希くんは筋力がDランクなので10%アップ。もともとの握力は50だったので、転生先の世界では、補正が掛かって55といった感じですね」
「……なるほど。高ランクなら凄いけど、普通はそこまで影響ない感じか」
所感だけど、低ランクは誤差の範囲内。女の子の細腕なのにとんでもない怪力――みたいな現象が起きるのは、Sランク以上とかそんな感じだろう。
「ちなみに、握力なんかは数値化できますが、必ずしも数値化できる能力ばかりじゃありませんので、あくまで目安程度に考えておいてくださいね」
「ん、分かったよ」
取りあえず、通常スキルのランクもSPで上げられるみたいだけど、実感できるところまで上げるにはかなりのSPが要りそうなので、無理して習得する必要はなさそうだ。
と言うことで、残りのステータスも確認してしまおう。
【戦闘スキル】なし
【魔法スキル】なし
【技能スキル】
裁縫:E / 型紙:F / デザイン:E
【先天性スキル】
服飾の才能
技能スキルに服飾関連があるのは、中学の頃の夢が、服飾の仕事に就くことで少し勉強していたからだな……と、続けて見た先天性スキルは――服飾の才能。
そっか……才能あったんだ。
諦めずに続ければ良かった……なんて、両親が亡くなって――正確には、ヤンデレだった母が、父を刺し殺して自殺したので、夢を諦めざるを得なかったんだけどな。
なんにしても、諦めてから才能があったんだと言われると切なくなる。
……いや、そうじゃないな。俺は異世界で新しい人生を始めるんだ。異世界で服飾の仕事についてスローライフとか……ありなんじゃないかな?
そうだな。異世界で死なない程度に戦闘系のスキルを取って、あとは生産を伸ばして暮らすのも楽しそうだ。それで、普通の女の子と出会って、普通の青春をする。
それを俺のあらたな人生の目標にしよう。
よし、そうと決まったら、まだ見てないステータスを見ちゃうぞ。
【特殊スキル】なし
【レアスキル】
*************:SSS
【バッドステータス】なし
【称号】
女神メディアに見初められた
【SP】:2,000SP
「ええっと……この伏せられてるスキルはなんだ?」
「それは柚希くんが前世から持っていたレアスキルですわよ」
「俺が前世から持ってたレアスキル……」
俺が前世から持ってると言うことは、経験値2倍とかそう言う系統ではないと思うんだけど、レアスキルって言われたらわくわくする。
見えるようにして欲しいなってお願いすると「キャラメイクが終わってからのお楽しみですわ」とウィンクされてしまった。……残念。
「なら、称号は?」
「そのまま、わたくしに気に入られたという意味ですわね。ちなみに、全ての能力に10%のプラス補正がかかる効果と、ステータスウィンドウを操作して、スキル各種をSPで習得出来るようになる効果があります」
なるほどね。この称号のおかげで、自分でスキルを習得出来るんだな。
……あれ? でもこの称号って、いつからあるんだろう?
メディアねぇが俺を見初めたから、メディアねぇって呼ばされた気がするんだけど。そうすると、メディアねぇって呼んだ意味が……うん。深く考えるのは止めよう。
「総合評価の数値が大きいのは、レアスキルとか称号が理由なのか?」
「ええ。ご想像の通りですわ。一般人で5,000~10,000くらい。柚希くんは73,100ありますが、レアスキルで49,500、称号で10,000あるので、それを抜けば普通の範疇ですね」
「レアスキル高いなぁ……」
二つを抜けば、13,600。精神力が高いことを考えれば、他は平均的な能力のはずだ。だけど、レアスキルだけで一般人を遥かに凌駕する総合評価。
もしかしなくても、かなりの高性能なスキルなんじゃないか? いや、考えてみたらSSSなんだから、性能が低いわけはない。これは、期待できそうだ。
という訳で、残りのステータスを――って、今ので最後だな。じゃあ、どのスキルを習得するかだけど……と、ヘルプで色々と確認する。
どうやら、先天性スキルや特殊スキルなどをSPだけで習得できるのは最初だけ。転生後は、条件を満たさないと習得出来ないらしい。
なので、それらのスキルを優先して習得したいんだけど……
先天性スキルは、対象の能力に補正がかかったり、修練が早くなるスキルで、特殊スキルって言うのはアイテムボックスや鑑定、それに直感などなど、サポート的な能力が多い。
そっちばっかり取って即戦力となるスキルをおろそかにすると、転生してすぐに殺されてデッドエンド――なんて結末にもなりかねない。
そう考えると、多少は実用スキルも取るべきかな?
リザレクション――死者の復活なんて魔法もあるけど……2,000SP。さすがにこれは取れないな。と言うか、自分で自分を生き返らすのは不可能だしな。
……うぅん、色々とあって迷うなぁ。
「柚希くん、柚希くん、こっちにも、面白いスキルがありますわよ?」
メディアねぇが、スキル画面の最後尾に書かれている項目を指さした。そこに書かれているのは、レアスキルという項目。俺の持ってる伏せ字のスキルと同系統だな。
どんなのがあるんだろうと開くと――
不老不死 10,000SP
文字通り老いることはない。また、病気や怪我で普通に死亡するが、任意のタイミングで、完全な状態で復活することが出来る。
Fランクの場合、一度復活したら、次の復活までのクールタイムが二十四時間発生する。
……おぉう。正真正銘のチートスキルだな。
これもSPだけで習得出来るのは今だけ。転生後に習得するには厳しい条件を満たす必要があるみたいだ。今のうちに習得したいところだけど……必要SPが10,000は手が出ない。
メディアねぇ、これちょうだい? とか、上目遣いで甘えたらもらえたりするのだろうか?
なんて、さすがに無理だろうし、やらないけどな――なんて思っていたら、メディアねぇが再び、別の項目を指さした。そこには、バッドステータスと書かれている。
もちろん、俺はそれを開く。
そこには――
【バッドステータス】
フェミニスト 基準値-200
このバッドステータスを持つ者は、女性に対して危害を及ぼしにくくなる。
Fは親しい人限定。Eで知り合いに範囲が拡大。Aで全ての女性が対象。Sで絶対に危害を加えられない。SSSで危害を及ぼそうという考えすらなくなる。
などと書かれていた。
「……フェミニストが、バッドステータス?」
「フェミニストが悪いと言う意味ではないですわよ? ただ、そのスキルは条件を満たせば、フェミニストであることを強制するスキルですから」
「なるほど……」
Eランクとかになると、知り合いであれば、たとえ嫌いな相手や敵対する相手でも、危害を及ぼしにくくなる――つまりは敵対しづらくなるって意味だもんな。
そう考えると、たしかに良い能力ではなさそう……って、今なんか引っかかった気がするぞ。気のせいかな? 気のせい……だな。
それはともかく、基準値-200。習得したら200SPもらえるってことかな?
「女性に危害を及ぼす気なんてないから、SPをもらえるのは美味しいけど、200じゃなぁ」
「心配ありませんわ。それはFランクを習得時ですから。高ランクまで上げれば、必要なSPが習得できますわよ」
「ランクを上げれば?」
「ヘルプの必要SPの項目を開いてください」
「えっと……これか」
指示どおりにヘルプを開くと、ポイントの項目が表示された。
スキルの上昇に必要なポイント一覧。
基本値に対して、Fは1倍、Eで2倍、Dで3倍、Cで4倍、Bで5倍、Aで6倍、AAで8倍、AAAで10倍、Sで15倍、SSで20倍、SSSで25倍と書かれている。
つまりは、基本値が200の場合、Fの習得は200SP、Eの習得は更に400SP。で、バッドステータスは逆にもらえるから……Sまで習得したら10,800SPだな。
フェミニスト:ランクSは……女性に対して、絶対に危害を加えられない――か。これを習得したら、不老不死を習得できるけど……
「……これはダメだな」
「えっ、どどどうしてですか?」
横で見ていたメディアねぇが慌て始めた。
「どうしてもこうしても、こんなのに騙されないからな」
「だ、だだ騙してなんていませんよ?」
いくらなんでも動揺しすぎである。という訳で、俺はため息をついた。
「これ、あれだろ? 女性に攻撃できないって、魔物とかにも性別女性とかがいるんだろ?」
「え? あ~いえ、それは大丈夫です。ちょっと待ってくださいね」
メディアねぇが虚空に指を躍らせると、フェミニストの詳細に以下の文章が追記された。
ただし、意思疎通の出来る人型生物に限る。また、直接的なことに限り、精神的な攻撃や誰かに頼むなど、間接的なことは含まれない。
だから心配しないで、ぜひ習得してくださいね。
……いや、まぁ……良いんだけどさ。なんか、このごり押しが罠っぽくて恐い。……どうするかなぁ。たしかに不死の能力は魅力的だけど……
「まだなにかあるんですか?」
「いやほら、不老の生物っていえば、最後は生に飽きて死を願ったり、病気を患って苦しみ続ける、とかさ。わりと良くあるパターンだろ?」
「それなら心配ないですよ。ランクを上げれば、不老はオンオフが切り換えられますし、病気とかも対象の魔法を覚えたら治せますから」
「でもなぁ、魔法で治せない病気とかないか?」
「ランクを上げれば大丈夫ですし、復活時には健康体に戻るのでなんの心配もありませんよ。ですから、このフェミニストと、不老不死を習得しましょう!」
メディアねぇがずいずいっと迫ってくる。って、近い近い! って、抱きつくなーっ!
「あぁもう、分かった、分かりました! メディアねぇがそこまで言うなら、この二つを取るよ。それで問題ないだろ?」
俺が折れて二つのスキルを習得すると、メディアねぇは幸せそうに微笑んだ。まぁメディアねえのこんな顔が見られるのなら、習得しても良かったかな?
なんか引っかかるけど……気にするほどのことじゃないだろう。
ともあれ、不老不死があるのならデッドエンドの心配はいらない。転生後は習得が難しくなるスキルを中心に覚えていこう。
「……よし、こんなものかな」
俺はメディアねぇからもらった2,000とフェミニストの残り800SPを使い切り、欲しいスキルを習得した。
「習得は終わりましたか?」
「もちろん、バッチリだ」
「分かりました。それじゃ、わたくしが作った世界、アルゴーニアに転送しますね」
「ありがとう――っと、ちょっと待った。その前にレアスキルを見せてくれ」
「……そうでしたわね。それじゃ転送前に、伏せていたレアスキルを表示しますね」
「うんうん」
わくわくしながら、ステータスウィンドウに目を向ける。すると伏せられていた部分が明らかになる。そこに表示されたスキルは――
ヤンデレに死ぬほど愛される:SSS
「………………………………………………えっと、メディアねぇ?」
「なんですか、柚希くん。貴方のメディアお姉ちゃんですわよ?」
「なんですか、じゃなくて。このスキルはなんだ?」
「ヤンデレを惹きつけるだけでなく、周囲の人間の隠れヤンデレ属性を引き出す、柚希くんの体質のことですわ。ランクSSSは最高ランクで、神にすら影響を及ぼします」
なるほど。俺がヤンデレに愛されるのは、本当に体質だった訳か……じゃなくて!
「こんなスキル持って転生したら、異世界でもヤンデレに愛されまくるよな!? ヤンデレじゃない女の子とのスローライフが出来なくなるじゃないか!」
「大丈夫ですよ」
抗議する俺に対し、メディアねぇは微笑みを浮かべた。その見るモノを安心させるような穏やかな微笑みに、俺は毒気を抜かれる。
「大丈夫って……メディアねぇの作った世界には、ヤンデレがいないってこと?」
「いえ、わたくしの箱庭にいるのは、わたくしに良く似た可愛い女の子ばっかりですから、柚希くんもきっと気に入ると思いますよ?」
「『わたくしに良く似た』って、さっきも言って――まさか!?」
不意に思い出したのはギリシャ神話。
そこに出てくる女神様が凄まじくヤンデレで、乗っていた船の名前がアルゴー船。そして、その女神様の名前は……メディア。
まさか、メディアねぇは……ヤンデレ?
いやいや、女神がヤンデレなんてあるはずない――と否定しようとした瞬間、さっきまでのメディアねぇの態度を思い出す。
――思いっきりヤンデレっぽいぞ!?
でもって、俺はなんで、女神様をメディアねぇなんて呼んでるんだ!? そして、わたくしに良く似た子が一杯いるって、まさか、ヤンデレが一杯いるってこと!?
じょ、冗談だろ!?
ヤンデレに死ぬほど愛される体質のままそんな世界に転生させられて、女性に襲われても抵抗できないって、ヤバすぎるだろ!?
「それじゃ、転送を開始しますよ」
「ちょ、まっ! 待って、ストップ、女神様! スキル習得のやり直しを希望する!」
「ダメです、女神様なんて他人行儀な呼び方をする人の言うことは聞いてあげません」
つんとそっぽを向く女神様。
「分かった、メディアねぇ。メディアねぇって呼ぶから、待って、ちょっと待って!」
「そんなに心配しなくても平気ですわよ。わたくしはずっと、ずうううっと、柚希くんだけを見てますから」
「いや、そんな心配をしてるわけじゃなくて! と言うか、ずっと見てるって恐いよっ!?」
「お姉ちゃんにそんなこと言うなんて……転送を開始しました」
「あああああ、待って、見てて良い。ずっと見てて良いから、ちょっと待って、待ってってば、メディアねぇ? メディアねぇええええええっ!」
制止の声もむなしく、俺はヤンデレ女神の作った箱庭に転送された。