独りの部屋
ある日、身に覚えのない罪で警察に捕まってしまう。
罪状も知らされず――いや、職場に乗り込んできた数人の刑事が読み上げてくれていたが、ボクの耳に届かなかった。
その頃のボクは抱えきれないほどの多くの問題に押しつぶされ、精神的に打ちのめされていた。
そのため、公権力に逆らえるほどのチカラも意思も残っていなかった。
ボクの知らないところでトントン拍子に話が進んだ結果、トイレと布団と洗面台とが完備された三畳のひとり部屋に住まわせてもらえることになった。
この部屋・この建物から自分の意志では出ることはできないが、仕事も衣食住も規則正しく管理してもらえる。
自由意思のない生活はとても楽だった。
そんなボクの満足とは関係なく、ボクを不憫に思ってくれた何者かがいたらしい。
深夜に突然それは現れた。
就寝時間となり、電気を落とされてから数時間が経つが、ボクは布団に寝転がっていつものように天井を眺めていた。
月明かりに照らされた部屋の中で、天井のシミはぐねぐねと動き回る。
それを見ながらぼーっとしていると、いつのまにか朝になるのだ。
――ふと、廊下から聞こえてくる音に気がついた。
刑務官が廊下を歩いている音だと思う。
こちらへと近づいてくるが、今までに一度も聞いたことのない足音だった。
それが、ボクの部屋の前で止まる。
トビラにある柵付の小窓からボクを見てくるはずだ。
ボクは眠っているふりをする。
数秒足らずで、遠のいてゆく足音が――聞こえてこない。
ジャラジャラ
これは……金属同士の、束になったカギのこすれ合う音か?
まもなく、トビラの施錠が解かれる。
そして、刑務官と思われる人間が部屋へとはいって来た。
寝たままの姿で薄く目を開いて確認するが、やはり、見たことのない人間だった。
制服を着ている以上刑務官だと思うが、目深に帽子をかぶり顔を隠している。
男が帽子を脱ぎ捨てると、押し込められていた金色の巻き毛が大きく膨らんだ。
そして、帽子に隠されていた青い目が、ボクを見下ろしにらみつけている。
金髪碧眼、白い肌をした大男。顔つきからしても外国人であることは間違いない。
気だるく、ボクは上半身を起こした。
男は、ボクが起きていることを知っていたらしく、驚く様子もない。
そのままゆっくりとボクは布団の上で正座をして、男を真っ直ぐ見据える。
やはり男に見覚えはない。
ボクからかける言葉などあるはずもなく、男の言葉を待つしかなかった。
ボクを見下ろしていた男は、何の前触れもなくボクの前で両膝を付く。
と、男は両腕でボクをつつんだ。
チカラ強く、つぶれてしまうのではないか、と思うほどボクをガッシリと抱きしめる。
抱き合ったまま、男は訛りのある英語で何かをまくし立てていた。
どうにか聞き取れた単語だけで判断すると、どうやら現在のボクの境遇を嘆き憐れむようなことを言っているのではないかと思う。
ボクを離すと、泣き笑いの表情を浮かべた大男は間髪いれず、
「脱獄するぞ。準備はいいか、いいな。行くぞッ」
カタコト気味だったが、チカラ強くそう言い切ると窓側のカベを指さした。
ボクもそちらを振り返る。
……
…………
………………
なにも起こらない。
疑問を含めた視線を男に向けると、男は手のひらをこちらに向けてボクを制した。
反対の手で携帯電話を取り出しどこかへ連絡を取り始める。
すぐに連絡がつき、その相手と二・三言、言葉を交わす。
そして、電話をポケットにしまい、ボクのほうを向き直り、
「……計画は明日だったヨ」
ボソリとつぶやき立ち上がり、こちらに背を向けて歩き出した。
あっけにとられるボクを残し、『ソーリーソーリー、シーユートゥモロー』といいながら男は部屋を出ていく。




