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赤夢

作者: alkalify

 なんだか酷い夢を見た。

 僕は錆びて真っ赤になったバンを運転していた。溶けた赤錆が窓を覆っているので、視界は真っ赤だった。酷いバンだ。不器用な唸りを上げながら、バンはやがて小さな駐車場に到着した。そこはパン屋らしかった。小さなパン屋の小さな駐車場。辺りには夜が降りつつあった。

 店のドアを開けるとベルが鳴り、酔うようなイーストの香に包まれる。客の姿は無く、店員の子だけがカウンターの向こう側にいて、いらっしゃいませと言った。値段、半額でいいですよ。もうすぐ店じまいなので。

 へえ、ありがとう、と僕は微笑んで言った。

 トレイの上にパンを乗せていく。ベーコンとチーズをたくさん練り込んで焼いたフランスパンとか、雪みたいに粉砂糖が降ったシナモンロールとか……。

「お勧めなんです、あれ……」

 急にさっきの女の子がすぐ背後に来ていて、耳元でそう言った。誘うような妖しい言葉遣い……首筋に温かい息がかかる……夢精の予感を孕んでいたが、お勧めというそのパンに目をやってそれは一息に吹き消される。果たしてパンと呼べたものかどうか……長めの爪楊枝のようなものに突き刺さった赤く爛れた塊……それは、どう見ても生肉の塊なのだった。何の肉だ?

 それは幾つも並んでいた。

 あれは、本当にパンなの? と僕は尋ねた。返事はない。あれは、本当にパンなの? やっぱり返事は無くて、僕は振り返る。いつの間にか、そこはパン屋では無くなっていて、いつの間にか、僕は幼少時代に見慣れた書庫にいるのだった。僕はいつもの通り、宝探しでもするみたいな気持ちで本の背表紙を検分してゆく。同時に、耳を澄ませる。その書庫の持ち主である祖父に気取られないように……。

 そのうち僕を呼ぶ声がする。誰かが僕の名前を呼んでいる。僕の名は、こうやって誰かに呼んで貰うために付けられたのだと、今更のように思う。夢の中の僕は、まるで子供になったみたいに数冊の本を抱え、さっきまでパン屋であったはずのそこを出る。すると僕は本当に子供に戻っていて、無邪気に父親の後を追うのだった。もう見慣れた光景。曲がった父の背中。無邪気にはしゃぐ弟と妹。しっかりするんだよ、と僕は自分に言い聞かせる。覚醒が、僕を飲み込もうとしつつある、そんな予感の中、夢の外から夢の中の僕へ、しっかりするんだよ、と。そうすると僕はいつのまにか大人に戻っていて、本のかわりにまとわりつく子供達を抱きかかえている。小さな鼓動が、僕の不安を取り除いてくれた。

 例の錆びたバンに乗り込んだ。父は勢い込んで、バンを飛ばす。アクセルを踏み込み、ギアを上げた。一体どこへ連れて行くつもりなのだろう? でもなんとなく、それを聞くのは野暮な気がする。乱暴な運転とは裏腹に父の横顔は優しかった。妹と弟が、僕の身体をつねるので、好きにつねらせておきながら僕は窓外へ視線を向けた。溶けた赤錆が窓を覆っているので、視界は真っ赤だった。途中でひょっとしてと思って、窓を少し開けてみた。すると、窓が赤いせいでなく、実際に世界が錆びついていて真っ赤になっているのだった。

 予想通りだなと思って僕は窓を閉めた。


    ――――


 これは夢だから、荒唐無稽な話だ。錆びたバン云々の話は、最近友人が僕の部屋で「サイレントヒル」という古いゲームをやっていて、そこに出てくる平行世界(?)が錆だらけのように見えるのでそれを僕の下意識が引っ張ってきたのだと思う。残念ながらゲームは途中だし、映画やなんかも見ていないので錆世界が何を意味するのか、よくわからない。知りたい気もするけど、少し怖い気もする。何やらオカルトチックな話だそうだけど……。

 でも、本当に夢というのは不思議だ。目覚めた僕は靄のかかった頭でそんなことを考える。そんなふうに、現実のあの意識がこの夢の世界に作用したんだと答え合わせしながら、不思議だなと思う。

 こんな夢を見たんだ、って、話したいけどきっと引かれるからやめよう。目覚めた僕は、隣で眠っているパン屋の女の子の仄白い横顔をしばらく見つめる。目覚めた僕は、考える。今この子は何を夢見ているだろう。あれは、本当にパンだったの? シャツの裾から裸の乳房に手を伸ばすと、焼けるように、熱かった。考える。本当に正しい目覚め方ができたとでもいうのだろうか?

 視界の端がまだ赤い。


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