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噂の妹

「第三小隊って……いきなりですか?」 


「まあ、第四小隊が現に存在する以上、あってもおかしくねえんじゃないの?ああ、新人来てたよな」 


 意味ありげに笑う吉田。そこで扉が開く。


「失礼します!アン・ナン・パク軍曹着任のご挨拶に来ました!」 


 きっちりと司法局の制服を着込んだアンが敬礼する。吉田もすぐに立ち上がり敬礼を返した。そしてそれを見て誠も我に返ったように敬礼をしてそのままネクタイを締めなおした。


「ああ、僕は隊長に呼ばれているんで……」 


 そう言って逃げ出そうとする誠だが、微笑を浮かべながらアンが誠の手を握った。


「僕もついていっていいですか?隊長に着任の挨拶も済ませてないので」 


 誠は断りたかった。そしてランにすがるような視線を向けた。


「神前、連れてってやれ」 


 淡白にそう言うとランは席に座って新聞の続きを読み始めた。見限られたと思いながらとりあえず握ってくるアンの手を離そうとした。しかしその華奢な体に似合わず握る手の力に誠は手を離すことをあきらめた。


「あのー……」 


 何かを言いたげにアンが見つめてくる。確かにその整った面立ちは部隊最年少の西兵長と運行部の女性隊員の人気を奪い合うことになるだろうと想像できるものだが、明らかに自分に色目を使うアンに誠は背筋が凍るのを感じた。


「とりあえず手は離してくれるかな?」 


 自分の声が裏返っていることに気づくが、誠にはどうもできなかった。実働部隊の詰め所を覗くと、中で吉田が腹を抱えて笑っている。


「すいません!気がつかなくて……」 


 そう言うとようやくアンは手を離した。そしてそのまま何も言わずにアンは誠に続いて廊下をついてくる。振り向いたらだめだと心で念じながら隊長室の前に立った。


「失礼します」 


 誠はノックの後、返事も待たずに隊長室に入った。


 中では難しい顔をして机に座っている嵯峨がいた。その手には棒状のものを持っている。いつものように銃器の調整でもしていると思って誠は咳払いをする。


「おう、神前か。ご苦労だったね」 


 それだけ言うと嵯峨は視線を隣の小柄な少年に向けた。アンは自分が見つめられていることに気づくとすばやく敬礼をした。


「自分は、遼南……」 


「別にいいよ、形式の挨拶なんざ」 


 そう言うと嵯峨は今度は手元から細長い棒を取り出してじっと眺め始めた。


「隊長、用事があるんじゃないですか?」 


「ああ、神前。そう言えばそうなんだけどさ」 


 ようやく用事を思い出したと言うように手にした棒を机に置くと立ち上がり、二人の前に立つ。


「実は人を迎えに行って貰いたいんだが……。ああ、アンはクバルカのところに行っていいよ。説明は全部あいつがするから」 


「はい!」 


 緊張した敬礼をしてアンは部屋を出て行く。目の前の嵯峨の顔がにやけている。先ほど吉田が向けてきた視線と同じものを感じて誠は咳払いをした。


「誰を迎えに行くんですか?」 


「別にそんなにつんけんするなよ。豊川の駅の南口の噴水の前で胡州海軍の少佐と大尉の制服を着た新入りが待ってるからそいつを拾って来いや」 


「なんで名前とか言わないんですか?それに少佐と大尉って……第三小隊の」 


「そうだよ、嵯峨かえで少佐と渡辺要大尉。まさかかなめ坊に拾って来いとは言えねえだろ?」 


 いかにもうれしそうに言う嵯峨に誠は思わずため息をついた。


 嵯峨の姪にしてかなめの妹、嵯峨かえで少佐。胡州海軍兵学校卒業後すぐに海軍大学に進んだエリートと言うことは一応聞いてはいた。だが、彼女の話が出ると十中八九かなめが暴れだし収拾がつかなくなる。妹である彼女になぜかなめが拒絶反応を示すのかはあまり詮索しないほうがいい、カウラのその助言に従って誠はそれ以上の質問は誰にもしなかった。


「わかりましたけど……でも本当に僕で良いんですか?」 


 頭を掻きながら誠が再び執務室に腰掛けた嵯峨にたずねる。


「別に誰だって良いんだけどさ。かなめ坊以外なら」 


 そう言って再び嵯峨は机の上の棒を見つめる。誠は埒があかないと気づいてそのまま部屋を出る。そこにはなぜか彼が出てくるのを待っていたアンがいた。


「なんだ?クバルカ中佐が待ってるだろ?」 


 そう言う誠をアンは潤んだ瞳で見上げる。


「あの、僕……」 


「あ、俺は急いでるんでこれで!」 


 そう言うと誠はそのまま早足で正面玄関に続く廊下を歩いた。明らかに危険を感じるセンサーが反応している。そのまま更衣室の角を曲がり、医務室の前の階段を下り、運行部の部屋の前の正面玄関を抜け出る。


 安心したように誠は振り向いた。だが、突然大きな質量の物体に跳ね飛ばされて正面玄関前に植えられた桜の樹に顔面からぶちあたることになった。


「グレゴリウス!だめだよ……ああ、なんだ誠ちゃんか。ならいいや」 


 誠の体に乗っかって生ぬるい息を吐くのはシャムの愛熊グレゴリウス16世だった。明らかに相手が誠と知って安心しているシャムを恨めしそうに見ながら誠は頭をさする。


「痛い?」 


「痛いに決まってるじゃないですか!人をなんだと思ってるんですか!」 


 誠はよろよろと立ち上がる。ぶつけた額を触ってみるが特に血が出ているようなことは無かった。


「シャムさん。グレゴリウスは鎖でつなげって隊長に言われませんでした?」 


 誠は目の前で小山のようにも見える熊グレゴリウス16世の頭をなでているシャムを恨みがましい目で見つめた。


「だってこの子はちゃんと攻撃するべき相手を選んでるから。ほらね、今回も誠ちゃんは怪我してないし」 


 あっけらかんと答えるシャムに誠は何も言葉が無かった。


「そこで静かにしていてくださいよ!」 


 そう念を押しながら誠は公用車管理の担当者が詰めている小屋に向かった。


「ああ、誰もいないよ。警備部は正門警備の二人以外お休みを取ってるから」 


 誠はそんなシャムの言葉に肩を落とす。そして誰もいない小屋の中の鍵もかかっていない公用車のキーを集めたボックスからライトバンのキーを取り出す。


「大丈夫なんですか?盗まれたりしても知りませんかね」

 

「大丈夫だよ。グレゴリウスがちゃんと見張ってるもんね!」 


 見詰め合うシャムとグレゴリウス16世を無視して誠はダークグリーンのライトバンのドアを開ける。


「それじゃあ行ってきますね」 


 じっと誠の車を眺めているシャム達を置いて誠は車を出す。そのまま閑散としたゲートをくぐって菱川の工場に車を走らせた。

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